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「では人に名前を聞く前にまずは自分から。今年からダートでお世話になります、打出 康隆(うちで やすたか)と申します。」
緑セーターの男こと打出トレーナーは石原トレーナーに礼儀正しくお辞儀をして自己紹介した。
数年後、ダート界で名を馳せる"ガルディアコダン"を担当し、"逃げの打出"の異名を賜ることになるあの打出康隆だが。
この時代ではトレーナーとして1歩目を踏み出した新人トレーナーにすぎず、もちろん異名なんかない。
「そしてこちらは小原さん。小原 幸生(こはら ゆきお)さんで……」
「別に覚えんでいい」
打出トレーナーは白スーツの男こと小原トレーナーのことも紹介したが、途中で追い払うような手で遮られた。
数年後、ダート界で名を馳せる"テンカバスター"の担当となり、ダート界を代表するトレーナーとなるあの小原幸生だが。
「"アールライズ"のことだけ覚えておけ。この世界に来る気なら絶対に戦ってもらう」
小原トレーナーは石原トレーナーをビシッと指さした。
この時代ではアールライズと呼ばれるウマ娘を担当しているようだ。
そして、自分の担当ウマ娘のことにしか興味がないのはこの時代から変わらないらしい。
「分かった、覚えておこう。俺は石原 泰介。今まで担当した子は――」
石原トレーナーも自己紹介を行い、かつて担当していたウマ娘の名を上げる。
それぞれ皐月賞、菊花賞、桜花賞などを制覇し、今から数年前といえどもまだその名は廃れていないはずだが……
「ええと、僕は聞いたことがありませんね……」
「ひよっ子じゃねえのは分かったがそんな奴は知らん。アールと戦わないからな」
2人にはバッサリ切り捨てられてしまった。
石原トレーナーは心の中で頭を抱える。
思っていた以上に芝とダートの隔たりというのは大きいらしい。
「見ろ、ゲートに入るぞ」
小原トレーナーが顎でダートコースを指さす。
石原トレーナーは慌てて今回出走しているウマ娘の名前が書かれたリストを取り出し、1人1人確認を始めていく。
朝、何十人というウマ娘のデータを頭に叩き込んだはずだが。
リストの中の名前も、ゲート前に集合している顔も全員見るのは初めてだ。
そんな中、石原トレーナーは1人のウマ娘の名前に注目する。
「"ジープベニザクラ"……ジープ、ベニザクラ?」
不思議そうな声で石原トレーナーはウマ娘の名前を繰り返した。
ベニザクラは分かる。紅色の桜ということだろう。
風流な名前だ、ウマ娘の名前としても相応しい。
だが、ジープは間違いなく……
アメリカで生まれた軍用車両から始まり、現代ではSUVやピックアップトラックを販売している車メーカーの、あのJeepのことだろう。
随分と滑稽な名前だ。"ウマ"娘の名前に"車"のメーカー?
仮にそれが良かったとして、可愛らしい軽自動車やコンパクトカーなどならまだしも。
ジープといえばオフロードをパワフルに走る大型車で可愛さとは真逆の車だ。
まあ、ダート向けと言われればピッタリではあるが……。
ジープベニザクラの両親は何を思って愛する娘にこんな名前を付けたのか不思議でならない石原トレーナーだった。
そういう疑問はとりあえず後回しにして。
石原トレーナーはジープベニザクラがどんなウマ娘なのかを確認する。
金髪のハーフアップの髪形をしたウマ娘がそうだった。
分類上は栗毛というカテゴリになる。
身長は165cmほど。
名前通り、赤い桜の髪飾りを左耳側に着けているから遠くからでも分かりやすい。
目の色も真っ赤。
印象としては穏やかで上品な顔立ちをしており、大人しそうに見えるウマ娘だった。