99%のウマ娘がそうであるように、彼女にも負けはあります。
ーーー67ーーー
観客席・関係者席側からみた今のゴール後の様子は。
次々とゴールしてきたウマ娘たちが、汚い泥濘と化したダートにも関わらず膝を突いたり座り込んだりしている様。
そして、そんな死屍累々のダートにただ1人立っているアールライズだった。
ジープベニザクラはアールライズに最も近い位置まで肉薄し、アールライズに手を伸ばしながらも届かずに倒れている。
この様が地獄でなければ何というのだろうか。
「あのベニザクラですら敵わないなんて……!」
「今年もダートはおしまいだ……全部アールが持っていくんだ……!!」
観客席からアールの勝利を称える言葉はほとんど聞こえない。
腰を抜かし、頭を抱え、顔を覆って悲痛な言葉を漏らす者ばかりが目立っていた。
「……俺たちの負けだ。あれほどアールが遠い存在にいるとはな」
石原トレーナーもまた悔しそうにジープベニザクラが敗北したことを認め、歯を食いしばった。
「お前も味わったようだな。アールは手が届きそう、倒せるかもしれねえって思うやつは何人もいる」
「--そいつらの悲鳴を聞くのは心地いいね。ベニザクラには近くまでは寄られたがな」
小原トレーナーはしてやったりといったドヤ顔を石原トレーナーに見せつけた。
ゴールしたアールライズは呼吸を整えると、後ろを振り向く。
誰もかれも倒れているか、膝をついているか、座り込んでいるか。
アールライズを除いて、立っている者はおらず。
靴以外に泥がついていないのもアールライズだけだった。
今年に入ってからの6戦。
全てアールライズはこのような悲惨な光景を作り上げてきた。
小原トレーナーを除いて自分の勝利を称えられないアールライズにとって、楽しかっただとか、嬉しかっただとかそういった感情はほとんどない。
ただ地獄を作り上げたというほんのわずかな優越感だけを感じた。今回もそれだけのはずだった。
「……それで構わなかった」
だが、今日は1つだけ、アールライズは自身の様子がいつもと違うことに気が付いた。
"肩で息をしていた"ことだ。
今までのレースなど呼吸すら乱すことなく、ライバルとも呼べないウマ娘たちを片手間に斬り捨ててきたはずなのに。
今日だけは無意識にいつも以上に本気を出してしまった。
アールライズは、無意識に自分をそうさせた、目の前のウマ娘に視線を落とす。
目の前のジープベニザクラは、右手だけが伸びている状態で顔から泥濘に突っ込んでほとんど動かない。
アールライズはジープベニザクラの目の前にしゃがんで、顎に手を添えると。
クイッとジープベニザクラの顔を引き起こした。
案の定、顔も勝負服もベッタベタの泥まみれで、元々どんな顔だったか分かったものじゃない。
それでも、ちゃんと激しい息をして。ちゃんと目線はアールライズを向いていた。
「カワイイ顔が台無しね、ベニザクラ」
「……あなたが……台無しに、したんですよ……」
ジープベニザクラは息も絶え絶えの状態ながらもアールライズに憎まれ口を叩く。
「そうね。そのグチャグチャになったツラが見れて気持ちいいから、今日出たレースに意味はあったわ」
相変わらずアールライズは魔王のようなセリフを吐き捨てると、ジープベニザクラの顔を掴んでいた手を放した。
未だ顔すら上げる気力のないジープベニザクラの顔はダートにベチャリと叩きつけられる。
「くっ……!」
「--悔しいんでしょう。今年あと3回のG1、どこでもいらっしゃい」
JBCクラシック、チャンピオンズカップ、東京大賞典。
アールライズは今年行われるダートG1に全て出走することをジープベニザクラに宣言した。
それは同時に、ジープベニザクラのことをライバルとして認めたという証になる。
アールライズは用はそれだけと言わんばかりに立ち上がり、踵を返して盛岡レース場を後にする。
彼女の手に、盛岡レース場の優勝レイはなかった。