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「うぇ……口の中が、ジャリジャリして……気持ち悪いです」
泥だらけの状態で控室に戻ってきたジープベニザクラ。
服も顔も泥まみれなことくらい分かっていたが。
ウマ娘のレース後だとは到底思えないその姿を目にした石原トレーナーは思わずその様に唾を飲む。
例えるなら残酷さや悲惨さをテーマにした戦争映画の兵士のよう。
こんな激しい戦場で戦って良く生きて帰ってきた!という冗談を言ったとしたらきっと本気にする人がいるだろう。
「まさか汗拭き用のタオルで泥を拭くことになるとはな、ほらベニザクラ、こっちを向け」
あいにく盛岡レース場の控室にシャワー室などない。
石原トレーナーは荷物から大きなバスタオルを取り出して広げる。
ジープベニザクラは大人しく広がったバスタオルに顔をうずめ、石原トレーナーにされるがままに顔を拭かれる。
「トレーナーさん……」
顔をぐしゃぐしゃと拭かれ、バスタオルに顔をくるまれている状態でジープベニザクラはつぶやく。
「何だ」
「悔しいって……こんな気持ちなんでしょうか」
石原トレーナーの手が止まった。
このレースでジープベニザクラは初めての敗北を喫し、連勝もストップしてしまった。
芯の強いジープベニザクラだとしても、その瞬間にはやはり思うところがあるのだろう。
独り言かのようにつぶやいたジープベニザクラだったが、そのバスタオルの奥では悔し涙がにじんでいるのだろうか。
「泣いてるのか?」
「泣いてないです!」
ジープベニザクラは石原トレーナーからバスタオルを強奪すると、自分でゴシゴシ顔を拭き始めた。
その仕草だけで石原トレーナーは察したが、口には出さないことにした。
つらい時でも余裕そうに、飄々と振舞うウマ娘こそがジープベニザクラだ。
悔しくて泣いている姿など、誰にだって見られたくなかろう。
「ベニザクラ。お前は今日、足りなかったものを手に入れたんだ」
ジープベニザクラの手が止まった。
満足に競技人生を終えられたウマ娘の中で、無敗だったウマ娘など存在しない。
必ずどこかでウマ娘はどこかで敗北し、その悔しさを糧に成長する。
ジープベニザクラにとっては、それが今日の南部杯だっただけだ。
また、あのアールライズとて、38戦38勝ではない。
アールライズもまた、どこかで敗北し、悔しさをかみしめていたはずだ。
「アールはその悔しさ、手に入れたのに捨ててしまったようだが……」
「--ベニザクラは捨てるな」
アールライズは全てを捨てて、重荷をなくしてレースに勝ち続けている。
だが、石原トレーナーにとって、ジープベニザクラを同じ道に歩ませることは断じて許されることではない。
「その悔しさを背負って走るんだ。次はこの地獄を終わらせに行くぞ」
ジープベニザクラはバスタオルから顔を上げた。
その顔には、泥も涙の跡すらも見られない。
「トレーナーさん。もう少し過激な言葉をください」
この言葉はNOという意味ではない。
この敗北を経て、ジープベニザクラにとってアールライズは絶対に倒すべき仇敵となった。
"アールライズがもたらす地獄を終わらせに行く"なんてまだぬるい。
より過激に、私を奮い立たせてください。
という、意味だ。
「--そうだな。"復讐だ"。」
「"次はあのクソ伯爵のツラをダートに叩きつけて、口の中一杯に砂を食らわせてやれ!"」
「はいっ!」
ジープベニザクラはガッツポーズをしながら、強いYESの返事をした。