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10月下旬、JBCクラシック系のレースは大井レース場で9R、10R、11Rで一気に3つのG1が開催される。
順番はJBCレディスクラシック、JBCスプリント、JBCクラシックだ。
今は9RのJBCレディスクラシックが終了した時間帯だ。
次は10R、JBCスプリント。
いつも通り、控室でジープベニザクラは靴ひもを結び終えて準備を終える。
だいたいの場合はジープベニザクラは準備を早々に済ませてしまい、出発までは時間が少し余ることが多い。
なぜなら、ジープベニザクラには慌ててもないし、ルーティンもないし、心を落ち着ける必要もないから。
「……1つ聞いてもいいか」
腕時計を見ながら、石原トレーナーはジープベニザクラに尋ねた。
「はい?」
「お前はJBCスプリントに出たいと言った時、俺は何も聞かずGOサインを出した。それがベニザクラに言うべき答えだと思ったからな」
質問ではない前振りにジープベニザクラは「はい、そうですけど?」という風にきょとんとする。
「……GOを出してから聞こうじゃないか。なぜクラシックでもなく、レディスクラシックでもなく、スプリントに?」
アールライズとの勝負をしたかったらJBCクラシックで構わないし。
アールライズとの勝負を避けたかったならJBCレディスクラシックで構わない。
ジープベニザクラにはどちらも適性がある。
しかし、その2つではなく、あえてJBCスプリントを選んだ理由。
石原トレーナーにもその理由を察することは未だできていなかった。
ジープベニザクラは石原トレーナーに向き直る。
どうやら、話し辛い理由ではないらしい。
「--JBCスプリントとは。100人ウマ娘がいれば90人は適性がなく、残りの9人は見向きもしない。そんなレースです」
ジープベニザクラはざっくりとした例え話を始めたが、要はそれくらい出走者が少ないレースだということだ。
ただでさえダート適性があるウマ娘は全体のわずか。短距離適性があるウマ娘も全体のわずか。
それを乗算しようものなら、そもそも全体の1割いるかどうかすらも怪しいほどの人数しかいない。
JBCスプリントとは、出たい出たくない以前に、それくらいしか"出られない"レースだということだ。
そして、ウマ娘のレースとは大井レース場に限らずどこでも第11レース、11Rこそがメインステージ。
メインレースである11Rだけは見に来るという観客もちらほら見かけられる。
つまり、全体の観客数は10RであるJBCスプリントよりも11RであるJBCクラシックのほうがわずかに多いのだ。
で。仮に1割もいないウマ娘がJBCスプリントに出られる権利を得られたとして。
JBCクラシックに出られるなら、多くのウマ娘はより名が売れるJBCクラシックを選ぶ。
わずかな者しか得られない"権利"を得られたところで、それに見合うだけの"対価"は、JBCスプリントにはない。
多くのウマ娘はマイルか中距離のどちらか1つ以上は適性がある。ジープベニザクラだってそうだ。
よって、全体の1割もいないうち9%は、JBCクラシック。
仮にマイルまでにしか適性がないならJBCレディスクラシックを目指すだろう。※
残るのは、1%以下のごく少数。
「だからこそです」
ジープベニザクラはむしろごく少数しかいないから出たい、という風に石原トレーナーへ1歩踏み出す。
「私が残りの1人だというのなら、出ようじゃありませんか」
そこまで言われて、石原トレーナーはようやく理解した。
ジープベニザクラは名声には興味がない。おそらく最強を目指すために道を極める、というほどストイックでもない。
だが、アールライズのように、何もかもを捨て感情のない暴走機械と化してレースを走りたいわけでもなかった。
ジープベニザクラは、大多数と同じ道を歩くことを嫌がる。
"誰も行かないような道で結果を残して自分を証明する"。
そのためにこの世界に来たのだと。
「なるほどな。"地図に載らない桜"になりに行くわけか」
「ええ、咲かないと思われていた場所で咲くのもなかなか悪くないんじゃありませんか?」
「ああ。そんな場所に咲く桜は、一層美しいと思うかもな」
※現実のJBCレディスクラシックは牝馬限定戦ですが、今回は考慮しないものとします。