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「そこのマヌケが思ってる通りだ。走法の矯正ってのは半端なく難しい」
小原トレーナーもマヌケとは言いつつも石原トレーナーに賛同していた。
物心ついた時から走り出しているウマ娘の走り方を矯正するというのは、利き手・利き脚を変えるほどの至難の業だ。
1日2日で矯正できるものではない。
何カ月、下手すれば何年とかけて直す必要があるし、それでも治らないことも珍しくない。
しかもウマ娘の競技人生というのはとても短く、1年2年で終わってしまう子が大半だ。
「どうにか走り方の癖を直したけど、もう全盛期の力はありません、引退です」なんて事態になったら目も当てられない。
よって、トレーナー学でも「走法の矯正は割に合わないことが多い」という結論がすでに出てしまっている。
「実際に担当してみないと何とも言えませんが、ベニザクラさんはあのままのほうがいいんじゃないでしょうか……」
打出トレーナーは自信なさそうに首をひねりつつも、レースを見学していく。
レースは最終コーナーを通り過ぎ、最終直線を残すのみ。
先頭にいたのは、先ほどジープベニザクラに砂をかけた不良ウマ娘の1人だった。
素行は大問題だが、ここまでずっと先頭をキープできていたところから、実力そのものはあるのだろう。
「(ゴールが見えたぜ!このままオレ様が逃げ切って勝ちだ……!)」
残り400m。
「横。失礼します」
横から聞き覚えのある丁寧な声が聞こえ、不良ウマ娘はゾクッと全身が震えた。
振り向くと。顔が砂まみれのままのジープベニザクラが真横まで迫ってきていた。
「なッ……お前いつの間に!」
不良ウマ娘が逃げなのに対して、ジープベニザクラは先行。
残り400mで真横に並ばれることがどういうことか、さすがの不良ウマ娘でも勘づく。
圧倒的に強い。
勝てるわけがない。
「先頭変わって抜け出したのはジープベニザクラ!速い、後続をどんどん引き離していく!」
大きなストライドを取ったまま、ジープベニザクラはどんどんと差を広げてゴールに向かっていく。
その様は、舗装された道路じゃなく、砂煙を上げ、オフロードも何のそのと全速力で走り抜けるSUVのよう。
上品で丁寧な顔立ちと声からは予想のつかない、パワフルな走りを見せつける。
「良い加速とトップスピードだ……!」
数々のG1ウマ娘を見てきた森内トレーナーですら感嘆したその時。
ジープベニザクラは、1着でゴール板を突っ切った。
2位との差は、およそ4バ身と1/2。
終わってみれば、あっけない模擬レースだった。
「……マヌケだったのはどっちだろうな?」
石原トレーナーは意趣返しのつもりで小原トレーナーに問いかけた。
小原トレーナーは悔しそうに鼻を鳴らし、顔をそむけた。
「ふん。調子に乗んな。ベニザクラが強いだけでお前がマヌケなことに変わりはねえ」
石原トレーナーは先ほどの1戦からジープベニザクラのことを分析し始める。
「ふむ。ああいうウマ娘は最後までスピードを保っていられる。先行適性も高いしこのまま伸ばして行ければなかなかのウマ娘になるな」
「とりあえずマイルは走れるとして中距離まではいけるか。長距離はさすがに厳しいかな……」