ーーー98ーーー
観客の入場が終わった大井レース場は始まる前からざわざわとしている。
メジロの姉妹がこんな辺鄙なレース場に来ただけでも大きな話題だが、別に2人は出走するわけではない。
メインである今日の東京大賞典の出走者、こちらにも大きな見どころがある。
ついに1強の暗黒時代を打ち倒し、2勝目に大きな期待を寄せられたジープベニザクラ。
打ち倒されたとはいえ、その強大さはいまだ健在のアールライズ。
そして2人には敵わないと予想されつつも、その予想をひっくり返さんと機会を狙うウマ娘たちがいる。
この場所はダートの大一番であり、終着点であり。
約束の地どころか約束していなくとも、仲間でライバルが集う地だ。
「--3番、メティキュラス。戦績は9戦4勝の3番人気」
「これまでには東京盃(G2)やレパードS(G3)などG1には届かずとも名だたるダート重賞を獲得しています。自信をもって2人に挑んでほしいですね」
白いシャツとピンクのサファリベストのメティキュラスは、覚悟を決めた様子で前を向き、パドックを歩いている。
きっと、まだ本当は自分に自信があるわけじゃない。
けど、東京大賞典に意気込むその表情は、どう見たって"落ちこぼれ"だとは思えない。
「続いて4番、アルマダクロック。4番人気。7戦5勝の戦績を残しています」
「獲得した重賞はマーキュリーカップ(G3)やみやこステークス(G3)など。伏兵として見るは十分な能力じゃないでしょうか」
青いバンダナを巻いた船乗りのような格好のアルマダクロックは実況解説の言葉に小さくうなずいた。
ウマ娘の世界で伏兵という言葉は存在するが、人によっては誉め言葉ではないだろう。
要は脇役に過ぎないのだから。
状況が有利に傾いたり、まぐれ当たりがあってようやく1番人気と同じ土俵に立てる、そういう捉えられ方なのだから。
だが、アルマダクロックにとっては伏兵で結構。
"伏兵として名を残す。"
それだけで十分だ。
脇役としても情けない、そんな走りだけは絶対にしない。それだけだ。
5番のウマ娘が紹介された後。
砂を踏むカーキ色のコンバットブーツが観客の前に現れた。
それだけで観客の期待を含んだざわつきが大きくなる。
「さあさあ、来ました本日の1番人気!6番ジープベニザクラ!8戦7勝!」
「獲得したG1は全日本ジュニア優駿、ジャパンダートダービー、JBCクラシック、そしてチャンピオンズカップ!」
黒いワンピース、赤いアクセサリーの金髪のウマ娘は周囲の期待に控えめに手を振っている。
彼女はけっして大手を振ったり、人差し指を突き上げたりしてファンにアピールするわけではない。
本人はそんなつもりではないかもしれないが、大人しいアピールとそこからは想像もできない"イカれた走り"に魅かれたファンがいる。
「もはやこの中にチャンピオンズカップの勇姿を知らぬものは存在しないでしょう!」
「知らないわ」
解説の言葉に周囲の観客が熱狂する中、ただ1人メジロラモーヌは冷めた言葉をつぶやいた。
当たり前だ。知りたいとも思わなければ、知る必要もないのだから。
「ですから今日、知ってもらいます」
隣にいたメジロアルダンが、メジロラモーヌの手をつないで返した。
今日の東京大賞典の出走者は全部で12人。
10人までの紹介が終わり、11人目の紹介になった時。
大井レースの空気が一変した。