呪術とは 進化とは
わかるぞ すべてがわかる
そうか 時間と空間と私との関係はこんなにも簡単なものだったのか
なぜ術式が生まれ、受け継がれるのか
なぜ領域展開が呪術の秘奥とされるのか
その全てがこのためにあったのだとしたら
この形になるのも理解できる
領域展開とは、宇宙を喰っていくことに等しい
それはきっと すばらしいことだよ
禪院家。
御三家と呼ばれる、日本の呪術師を代表する名家。
多くの分家を抱え、組織化し、独自で多数の戦力を抱える古き家。
その末端にも等しい分家に、その娘は生まれた。
誰もが落胆した。誰もが失望した。
誰もが、その誕生を望んでいなかった。
禪院家は古い家である。
それは家柄であり、家格であり、思想さえも。
術式を持たぬ者に価値はなく、女と生まれた者にも価値を認めない。
女に一切の権利を認めない男尊女卑の権化ともいえるこの家は女にとっては地獄。男が生まれぬ限り、子どもには何一つとして与えられはしない。
真っ当な生も、権利も。
故に彼女は望まれなかった。
育てられたのは使用人とするためであり、今後生まれ得る男子のサンドバッグとするためであり、今いる者たちの捌け口とするためだった。
しかしその娘は奇妙としか言いようがなかった。
生まれ出でたその時から、ただの一度も泣くことなく、母の顔を理性ある目で見つめていた。
食事は与えられなかった。母親がそう望んだ。地下牢に入れられ、死を待つばかりかと思われたが、衰弱するどころか健やかに育っていく。いつしか娘は、鍵を開けることなく、外に出て縁側に座っていた。
話しかけても反応することはなかった。
日がな一日静かに空を見つめ、瞬き一つさえしない。食事を必要とせず、睡眠を必要とせず、虚空のような瞳は人の姿を映さない。
家の者は娘を白痴と呼んだ。しかしそれは理解の外にある存在を貶すための、ほんの微かな抵抗に過ぎなかった。
ある時、一人の男が娘を蹴り飛ばそうとした。縁側に座っているのが邪魔などと理由をつけてはいたが、それが白痴の女を貶す行為の一環であることは言うまでもなかった。
しかし蹴った男に待っていたのは脳死という末路。術式を使った形跡は見当たらなかった。にもかかわらず、その男は二度と目を覚まさなかった。
もはやアレは人間ではない。今更になって家の者はそれを実感し、誰も触れることをしなくなった。
母親は己が産んだ者のおぞましさに気が狂って死んだ。
誰も「ソレ」に触れなくなった。
誰も「ソレ」に近づかなくなった。
「ソレ」は、ただ生きているだけで家の者を圧倒し、跪かせた。
本家には何も言えなかった。「何故か」その発想自体が皆の頭から消されていた。
幾許かの時が過ぎた。
破綻の時は唐突に訪れた。
「領域展開」
「虚無幻影羅生門」
「ソレ」の瞳が何かを映した時。
全ては虚無の、あるべき空間へと還っていった。
娘は目を覚ました。
ふらり、ふらりと。ふわふわと。軽快な足取りで、無人となった家を駆け回る。
あはは。
あはは。
楽しいね。
楽しいね。
みんないっしょだ、うれしいね。
とうさんも、かあさんも、ほかのひとも、みんなみんなここにいる。
おはなししたけど、みんな「五条」さんのことがこわいんだって。ほんとにそうかな?会ってみよう。
願ってみればほら不思議。行きたいところへひとっとび。
みつけた。蒼い瞳の男の子。生まれたばかりでかわいいね。ほらみんな、ごあいさつ。ね、こわくないでしょ?
それじゃあこれであいさつおわり。みんなでおうちにかえろうね。
わたしの近くはわたしの宇宙。どんなことでも叶う世界。
呪術がなにかはしらないけれど、やってみればできると思う。
とうさんの術式。おじいちゃんの術式。ひいじいちゃん、おじさん、大おじさん。みんなすごいね、あこがれちゃうね。
もっと宇宙をひろげよう。もっと空間をひろげよう。
わたしはきっと、そのためにうまれてきた。みんなでいっしょに行くために。
待ってよね、見知らぬだれか。5,000光年先の宇宙で、あなたを倒しにいくからね。
ビッグバンよりすっごいパワーで、かならず倒しにいくからね。
「領域展開」
◆ ◇ ◆
「ずっと昔、赤ん坊の頃にさぁ、怖いもの見たんだよね」
「僕が生まれた頃、いきなり女が飛んできてさ。あ、飛んできたって、空じゃないよ?空間。空間跳躍。オマケに息をするように常時領域展開なんかしてんの。術式も何かわかんなくてさ、もう泣くどころじゃなかったよね」
「それでその女、僕に手のひら見せてくるの。そしたらその中に沢山の人の顔が浮かんでてさ、それがこっちに手振ってくんのよ。さしもの僕でもちょっとビビっちゃった」
「その時に本能的に悟ったんだよね。あれは普通の女じゃない、女のカタチをした宇宙そのものなんだって」
「生まれて初めての敗北ってやつ?アレがずっと頭から離れないんだよ。寝ても覚めても、どれだけ強くなったとしても。六眼でも解析しきれないアレを、何としてでも解明しなきゃならない。だからずっと探してる。あの時の女を」
「あんなおぞましい生き物見たらさあ、最強がどうのとか言ってらんないでしょ」
◆ ◇ ◆
「はじめまして、見知らぬ人。お話があるの、聞いてくれない?」
「なんだい、お嬢さん。その物騒な領域をしまってくれたら聞いてあげよう」
「ごめんなさい、しまえないの。これはわたしの宇宙だから。もっともっと広げる以外に、どうにかする方法がわからないの」
「……驚いたな。生得領域を自分の周囲数メートルに限定することで常に領域を展開しているのか。縛りにしては緩すぎる。他に何か種があるのかな?しかし、それで果たして呪力が保つのかい?」
「いらないよ、そんなもの。あなたは息をするのに理由がいるの?自分の足で歩くのに、何か理屈が必要なの?」
「は……?は、ははっ。なんだい、それ。それじゃあまるで、進化したみたいじゃあないか!領域展開をすることを生態とする新たな生命!人類の可能性!そんなものが自然発生していいと思ってるのかい!?最高じゃないか!」
「それじゃあお話、聞いてもらってもいい?」
「もちろんさ!私は君が知りたい!隅から隅まで、あらゆる全てを調べさせてくれッ!」
「いいよ。それじゃあ、一緒に行こっか。進化の意志、生命が生まれた意味、宇宙が存在する意義。その全てを知る旅に」
「進化の時だよ、あたらしいお友達」
ほんの出来心のつもりで思いつきを領域展開。
短編っていいですね。こういう雑な思いつきをさくっと書いて残せるので。
ここの五条先生は最強とか言わないタイプ。