『月姫』を識る者   作:マジカル赤褐色

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主は天にいまし

 

 

「それで、なんでアルクェイドは死徒ってやつを追ってるんだ?」

 

 

夜の街の中を俺とアルクェイドは二人で徘徊していた。

行き場を失った俺にはもう、家とかほとんど関係ないんだが…………それでも、吸血鬼事件に関して、姉貴が最後に残してくれた手がかり…………

 

 

北苑持寺教会への道を記したメモを大切にポケットに仕舞う。

 

 

「わたしはある死徒に力の一端を奪われている。よって、それを取り戻すためにそいつを1000年近く追っているの」

 

「せ…………1000ッ、年ッ!?」

 

 

そりゃ吸血鬼は人間なんかより圧倒的に長生きだから2、300年と思いきや1000ときたか………

頭のなかに想像もしたこともないような単位の年数を聞かされて俺の脳は思考を停止してしまった。

おんなじ相手に1000年なんてどんな執着だよ…………

 

 

「それで白夜?寄りたい場所ってどこなの?」

 

「あぁ…………この先に、どうやら教会があるらしいんだ。そこに行ったら情報があるかもしれないって、姉貴が」

 

「教会、ね…………」

 

 

アルクェイドが渋い顔をする。

どうにも、教会に行きたそうにない感じだ。

 

 

「その教会、絶対行かなきゃいけないの?」

 

「え?いや、当たり前だろ…………大丈夫だよ、怪しい宗教とかなわけないって。そこの神父が街の人からも信頼されてる人だって言うから、頼りにするくらい構わないだろ?」

 

「まぁ、それは白夜に任せるわ。わたしは教会には行かない。行くなら一人で行って」

 

「え?なんで?」

 

「嫌いなのよ、教会の連中」

 

 

 

 

 

 

──────橋の西から、俺の屋敷のある場所よりさらに北へ歩いて行くと舗装された道路は途切れ、獣道が続いていた。

 

斜面の道をアルクェイドと二人で登っていった先に、いきなり石畳の道が広がっていた。

 

 

 

そしてその先に、荘厳そうな見た目をした、けれどもわずかに謙虚さを感じさせる白い聖堂が見えた。

 

立派な門の先に庭園、そしてさらにその先に聖堂が広がっている。

 

 

「じゃ。わたしはここで待ってるから。用事があるならさっさと済ませてきなさい」

 

 

アルクェイドは門に身体を預けて眠るように瞳を閉じた。

 

 

「─────────────」

 

 

なんだ?こんなヤンチャそうな女のくせして、もしかして信仰深い他宗教(ところ)があったりするのか?

さっき教会のこと嫌いみたいに言ってたが。

もしかして仏様の信仰?

 

まぁいいや、詮索しても無駄な話だ。

 

 

俺は門を迷いなく抜ける。

 

門は初めから開いていた。

 

 

「………………綺麗な庭だな」

 

 

教会の庭の草木は丁寧に手入れされていた。

舐瓜さんの仕事には遠く及ばないが、ぜんぜんいい仕事っぷりだ。

となると本当に、ここには庭師がいるのか、はたみた聖職者がスキマ時間に手入れしているのか、とにかく定期的に人が来ている痕跡があるようだ。

 

……………薄暗く、静かすぎて一周回って不気味な庭を一人で歩く。

 

 

子供たちの肝試しスポットとしては100点満点だろう。まぁ………罰当たり極まりないが。

 

でも確かに、神社や寺や教会の夜というのは、なんだか、不思議な力を感じて怖くなるのはちょっとわかる。

 

 

 

──────そんなことを考えていたらもう聖堂の扉についていた。

 

俺は手で優しく2回ノックする。

 

 

「───────────────」

 

 

中から返事は来ない。

 

 

「………………開いてる、」

 

 

扉に鍵はかかっていない。

俺は扉を開こうとして踏みとどまった。

 

今日の昼似たようなことして痛い目に遭ったばかりだ。いくら開いていたからといって、他所様の扉を勝手に開けるのは法律違反だしマナーにも反するだろう。

 

 

「はぁ………いつ出直すか…………」

 

 

仕方ない、今日はもう夜で不在なのだろうか。

引き返してアルクェイドのところに戻ろう、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────ワーッ!!!」

 

「ぶぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 

俺は背後を振り向いた瞬間、眼前で大声を挙げてきた人影に驚いて、トラックにハネられたように飛び退いた。

 

扉の手すりに腰をぶつけ、しかも驚いたときのショックで腰を抜かして俺は座り込んだ。

 

 

「はぁ………っ!!びっくりした………って痛って!!!」

 

 

俺は敵が来たと思い、痛む腰をさすりながらなんとか敵を視界に入れようと視線を上に向ける。

 

 

 

 

「────好奇心のままに扉を開くことより、道徳や法による拘束と世間一般の常識を優先するほどの理性がおありとは、澄み渡った心の持ち主ですね」

 

 

俺の前に立っていたのは、黒い服を着た男だった。

 

幼稚園生の持たされたクレヨンのような明るい黄緑色のストラとマントを羽織り、髪色は外套と同じ黄緑色。

上下黒いその不思議な服の胸元には、十字架の飾りがかかっていた。

 

男は色白い碧眼の笑顔で俺を見下ろしていた。

 

 

「ごめんなさいね、あまりにも深刻そうで隙だらけな後ろ姿だったもので、つい脅かしてしまいたくなってしまいました」

 

 

いかにも聖職者と思われる見た目の若男は俺に手を差し伸べてきた。

 

 

「お、おう……………って!!いきなり何しやがんだ………痛ェじゃねーか!!!」

 

 

俺は手を取って立ち上がりながら抗議の声を上げる。

 

 

「それだけの元気がおありなら心配はないようですね」

 

「それは俺が決めることだろ!!だいたい、アンタは誰なんだ!!」

 

「誰………と言われましても。見ての通り、ただの神父ですがそれがどうかしましたか?」

 

 

立ってみたら、意外と俺より背が高かった。

俺、けっこうデカいほうなんだけどな。

となると、肌の色もかなり白いし、外人か?

 

 

「こんな平日の夜に礼拝に来られるとは殊勝な心がけですね。本日はどうなさいました?」

 

「あ…………えーっと…………」

 

 

第一印象は最悪だったが、話しかけられるとなんだか心を鷲掴みにされているような気分になる。

なんだろう、この不思議な感覚は。

 

とても、なんだか…………優しい感じがする。

 

 

「あなた、心に何か深いお悩みをお抱えのようですね」

 

「な…………勝手に決めつけんなよ…………」

 

「ま、詳しいことは中で話すとしましょう。私もちょうど庭木の手入れ作業を終えたところですので。この時期の夜にお外は凍えるでしょう。どうぞ中へ、」

 

 

神父は重い2枚扉を押し開け、俺を中に通してくれた。

 

 

「し、失礼します……………」

 

 

俺は球場に入った時に一礼するような感覚で入っていった。

 

庭も綺麗だったが、礼拝堂の中は綺麗を通り越して圧巻だった。

天井が非常に高く、ステンドグラスもマジで綺麗。

無数に並べられたベンチの中を、まるで神社の神が通る道のように、一直線に通路が通っている。

そしてそのすべてが芸術的なまでにシンメトリーに並んでいるのは、見ていて気持ちよくすらなる。

 

 

「……………さて、あなたは自身の生き場についてお悩みのようですね。家はあるけど帰れない………助けてくれるほど友達も多くない、彼女はいない………」

 

「オイ最後」

 

「もしかして、警察のお世話になってご家庭から勘当された、といったところですか?」

 

「…………………………………………………………………」

 

 

マジかよ……………当ててきやがったぞ。

 

 

「…………わかるのか?」

 

「えぇ、当然ですよ。私はあなたのような人々を見てきたのですから。神足天耳他心宿命天眼漏心を持ってこその神父ですよ」

 

「六神通じゃねーかそれ」

 

 

仏教だろ。教会関係ねぇじゃねーか。

 

 

「お、よくご存知なんですね。しっかり勉強されているようで」

 

 

なんか…………よくわかんねぇんだよな。

この男、掴むのが難しい。

明らかに聖職者としてしっかりしてるんだろうが、胡散臭いと言うか。ほんとに神父務まってんの?って思うっていうか。

人格者だけど性格悪くね?と思うというか。

 

 

「人は生き場も失い、希望も失った時、最後に頼るのは神様です。人類は古きから火災や落雷や悪天候といった、当時科学も存在しない時代には証明することも説明することもできなかった摩訶不思議な現象を、この星に自分たちよりも前の時代から存在していた、自分たちよりも遥かに優れた存在…………すなわち精霊の仕業であると考えました。それが、神様の誕生、信仰の始まりですよ。神が人を作り給うたのではなく、人の信仰こそが、神の存在証明であって、力の源なんです」

 

 

凄いな、聖職者が「神とかいない」とか言い始めたぞ。

ほんとにこの人、頭大丈夫なの?

なんでこんなんで神父として教会任されたの?

 

だが、おかげで一つ確信できることが増えた。

 

 

「その柔軟さというか、この掴みどころのなさは間違いないな。あんたが、アレだろ。この街の教会にいる便利屋まがいっていう、」

 

「なるほど合点がいきました。あなたのような無宗派で信仰心の欠片もなそうな少年が、なぜ教会へ足を運んだのか、そういう事だったのですね」

 

 

信仰心の欠片もないのはお前のほうだろ。

 

 

「でしたら、案件をお聞きする前に自己紹介交換といきましょう。私はこの教会を任されている神父、ヨエルと申します。今は便利屋モードですが、普段は教会の神父として礼拝などの行事を行っているので、ぜひお見知りおきを」

 

 

緑髪の神父、ヨエルは俺に深々と一礼をしてきた。

なんかこういう仕草の一つ一つを切り取っただけならただの人格者に見えるのに不思議なもんだ。

 

 

「どうも。俺は中村白夜、お宅の近くにある屋敷の長男だ」

 

「お屋敷の中村というと、なるほどあの橋の上のですか。そこのご長男直々のご指名とは。これはこれは恐縮ですね。報酬はさぞかし弾んでいただけるかなと、」

 

 

──────なるほど。

こいつ、心に声帯がないんだ。

思ったことぜんぶ口にするタイプだ。

もう報酬の話するか?しかも、俺が名家の長男って知ったからその思考に至っただろ今。

 

 

「しっかり報酬は取るんだな…………まぁ当たり前だけどよ、」

 

「我が手は主の代行、とはいえお金さえ弾んでいただければ。お布施みたいなもんですよ」

 

「まぁ…………そうか、」

 

「さて、本題に入りましょうか。巷を騒がす吸血鬼事件についてですね、」

 

「あぁ、よろしく頼────って、俺なんも言ってないんだが!?」

 

 

なんで勝手に話進めてる!?

しかも、合ってるし!?

 

 

「私に見通せないものなんてありませんよ、これが天眼というやつです」

 

 

俺はもうコイツの読心能力を信じることにした。

もうどんなサードアイが飛んできてもツッコまないことにした。

もうツッコんでたらキリがない。ヨエルの異常性は神の奇跡がもたらす物ということにしとこう。

 

 

「俺は今、アルクェイドって奴と一緒に、この街の事件を追いかけている。もし吸血鬼殺人事件について、何かつかんでいる事があったらどんな些細なことでもいいから教えてほしいんだ」

 

「ほぅ、アルクェイド・ブリュンスタッドですか。彼女のことは教会でも有名ですよ」

 

「そ、そうなのか」

 

 

アルクェイドって教会単位で有名なの?

アルクェイドって、カトリック教会に語られるなんかの天使とかの名前だったりするのか?

 

 

「彼女は教会の外にいらっしゃるのですよね?我々教会と彼女は対立関係にあるので、無闇に近づけないのは仕方ないですね。お顔の一つでも拝見したかったのですが…………おっと失敬、今のは余談でしたね」

 

「あぁ。ともあれ、アルクェイドを知ってるってことは吸血鬼がほんとにいるってことも知ってるんだな」

 

「えぇ。我々はどちらかというと【そっち系】を専門としていますので」

 

 

そっち系………?

 

 

「さて、そこまであなたがご存知なら全てを知っている前提で手短に。…………目下の問題ですが、現時点でこの街には3体の吸血鬼が跋扈していると私は観測しています」

 

「3?一体じゃないのか?」

 

「一つは明確な痕跡を残す吸血鬼の【蜘蛛】、もう一つは痕跡を残さない吸血鬼の【獣】、そして最後にアルクェイド・ブリュンスタッドと切っても切れない縁のある【蛇】と呼ばれる吸血鬼です」

 

「蜘蛛…………?蜘蛛って、」

 

 

俺の脳裏には颯の姿が映った。

よく考えたらアイツのアーム、蜘蛛の脚のような見た目をしていた。

アイツが女たちを縛って吊るしていたのなら、あれは蜘蛛の糸だろうか?

 

そして、俺が昨日路地裏で見た繭…………

 

 

「俺はそのうちの『蜘蛛』に会ったかもしれない。阿良句颯っていう翡翠色の髪のやつ」

 

「アラク………?ふむ。それで、その方はどのように?」

 

「アイツ、女性を攫っていたぶったあと、殺して糸にひっかけて壁に吊るしてやがった」

 

「なるほどなるほど。やはり私の読みは正しかったようですね」

 

 

ヨエルは満足げに頷いた。

 

 

「何の話だ?」

 

「おや。あなたにはお伝えしましたよね?あなたの探しているものは、青い看板のスポーツショップの向かいの廃ビルにあります、と」

 

「………!!!まさか、お前あんときの……!!!」

 

 

 

 

 

(貴方の探しているものは、青い看板のスポーツショップの正面にある廃ビルにあります、要件はそれだけです)

 

 

 

 

 

「あのタレコミは、お前のやつだったのか」

 

「えぇ。以前から、蜘蛛のヤサがあそこにある事は聞き及んでいたので」

 

 

マジかよ………そこまではわかるが、なんで俺が林檎を探してる時にタイムリーに俺の電話にかけてきたんだよ。

こいつのヤバさには恐れ入る。

 

 

「それで?あなたのお求めのものは見つかりました?」

 

「いや…………なかった」

 

 

俺はヨエルに、自分が巻き込まれた不可解な出来事の全てを説明した。

 

 

 

 

 

「──────そういうわけだ。ま、でも一応礼は言っておく」

 

「お礼をいただけるのはありがたいですが、おかしいですね。攫われた者が返されているとは。それに、携帯電話が移動している件については本当に謎が深い」

 

「なぁ。吸血鬼って、相手の記憶を消したりできんのか?」

 

「それは分かりません。分からないというより、断定はできない………といった方が正しいですか。異能を持つほどの強大な吸血種は数が限られていますが、そのどれもが固有の能力を有しています。蜘蛛の死徒の能力によって記憶を消される………可能性としてはありえなくはないですがね。少なくとも、我々人間が想定しているよりもはるかに器用に立ち回れると言っていいでしょう」

 

 

敵の正体も掴めないのに戦える気がしない。

しかし、俺は記憶を消されていない。

俺に現場を見られて、顔を見られたんなら、俺を殺せなかったにしても記憶ぐらいは消せたろうに。

 

 

「…………それは違いますよ。遠隔で記憶を消すなんてそんな無駄なプロセスは不要ですね。そんなややこしい能力を作るくらいなら、最初から遠隔で脳天を爆破させたほうが効率が良いですから」

 

「うっわキモ。俺の考え読めんのかよ、」

 

「私にはすべてがお見通しです」

 

 

 

「…………あの後、颯はどっかに逃げやがった。どこにいるのか分からねーが………とりあえず明日苑持寺高校に行ってくる。アイツが着てたのが、あそこの制服だったんだ。見つけ出して、徹底的にブチのめして俺の無実を晴らすんだ」

 

「死徒の疑いのある人物を倒す、と来ましたか。これはなかなか大きく。しかし、どうするのです?勝算はあるのですか?」

 

「…………………………………………」

 

 

ヨエルの冷静な観測が地味に助かる。

確かに、よく考えたら俺はアイツに対抗する手段がなにもない。

あの蜘蛛の脚みたいなアームがあるせいで近寄れないし、近寄ってもパワーと手数で押し負ける。

それに…………他にも奴はまだ能力を隠し持ってると俺の直感が言っている。

 

 

「……………唯一、あるんだ」

 

「ほうほう。それは一体、」

 

「─────昨日も今日も、一瞬だけ俺の手に赤い刀を出せるんだ。俺が素手で行ったり鈍器で殴ったりしても全然効かなかった死者も、あの颯の野郎にすらも、その剣なら効いているっぽかった」

 

「なるほど…………となると、概念武装の類いですかね?」

 

「概念………武装?」

 

「いえいえ。私の勝手な憶測ですのでお気になさらず。つまるところ、あなたの持つ剣は、死者や人外の存在に対して何かしらの『特攻』があるようですね」

 

 

俺も、その刀を使うことが打開策であると考えている。

だが、発動すると身体に強烈な負担がかかり、一振りでもすればたちまち力尽きて動けなくなる。

 

 

「あの剣は一回しか振れない。一発だけの一回勝負、」

 

「─────なんてことはないかもしれませんよ?」

 

「なに………?」

 

 

ヨエルの意外な否定に俺は止まった。

ヨエルが今言ったのは「俺はあの剣を継続して振り回せる可能性がある」という意味だ。

 

 

「なんかあるのか、根拠」

 

「根拠というより………現状ですかね。その剣を初めて取り出せたのが昨日だというのなら、あなたはまだその剣の力を制御しきれていないのだと推測できます」

 

「俺の能力を制御できて、いない…………」

 

「中村家は鬼種の末裔と聞いています。となると、その刀はおそらく、自らの血を武器として編み出すことのできる、混血特有の能力である『血刀』と考えられます。吸血種と同じように、東洋の鬼も強力なものは異能を持つと言われていますがとりわけあなたは剣に特化している能力なのでしょう」

 

「剣に特化……………」

 

 

 

「その能力、今ここで見せてもらってもよろしいですか?」

 

「いやいや、そんな出そうと思って出せるもんじゃねーよ…………」

 

「なるほど、でしたら私が少し手助けをしてあげましょう…………さぁ。付いてきてください、」

 

 

 

ヨエルは礼拝堂の外に出ていった。

 

 

「お、おぅ……………」

 

 

俺は言われるがまま、ヨエルの背中について行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────ヨエルが俺を連れてきたのは崖だった。

 

 

「──────崖?」

 

「いえいえ、そんな良いものではありませんよ。せいぜい5、6メートルほど下があるだけです」

 

 

崖の先端までくると、確かに高い段差ではあるが下になにか空間がある。

 

だだっ広い敷地の一面に、同じ形をした石たちが立っていた。

 

 

「─────教会の、墓地か?」

 

「えぇ。そうですよ、」

 

 

ヨエルが手元をいじっていると、裾の中からチャリン、と何かが落ちた。

 

 

「おや…………コインがどこかに落ちてしまいましたね。すみません、探していただけませんか?」

 

 

ヨエルの足元には金貨が1枚落ちていた。

 

 

「え?あぁ、ここに落として────」

 

 

俺がコインを拾い上げようとした時。

 

 

「あっ!手が滑りました!」

 

 

ヨエルが俺の身体を掴み、崖の下に投げ捨てやがった─────!?

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

俺はギリギリで受け身を取りながら墓地に落ちた。

 

 

「いって……!!!何しやがんだ急に!!!」

 

 

6メートルぐらいうえにいるヨエルに向かって俺は抗議の声を浴びせる。

 

 

「言ったでしょう?あなたの力が出せるようにサポートするとね、」

 

「あぁ、ん…………?」

 

 

俺がヨエルを見あげていると、背後から物音がした。

 

 

「────────は?」

 

 

俺は音のした方向に首を向ける。

 

 

「ァ────、ぁ………」

 

「ぉ…………ァぃ……………」

 

「ゔ…………ゥヴ……………」

 

 

墓の生えていた地面から、死者がゆっくりと出てきやがった。

 

 

「おい…………なんだこりゃ………!!!」

 

 

俺は一瞬でヨエルのほうを激しく睨みつける。

 

 

「──────浄化しきれなかった魂がカタチを持って蘇ったんですよ。普段は何もしなければ死者が出ることはありませんが、健康な生者の肉体が領域内に踏み込めば、たちまちそれを欲して這い上がって来ますよ」

 

「なんだよそれ………!!!ふざけやがって………ハメやがったのか!?」

 

「酷いご冗談を。私はあなたを助けるためにやっているのに、」

 

 

だっていうのに、ここで死んだら元も子もねーだろ!!!

俺はヨエルの瞳の中を覗き込む。

だが、この目はホンモノだ。

 

こいつ…………【ガチで俺を裏切ってる】!!!

 

ヨエルのことは信用しないほうがいい。

油断したらここでやられる…………!!!

 

コイツは冗談なんて言わない。

いや、たしかに悪ふざけのつもりかもしれない。

てか、普通にそうだろう。

 

だが、こいつの場合は、悪ふざけの結果、人が死ぬことを何とも思わないパターンだ。

 

もし俺がここで無様に死者に食われようものなら、俺の死体を見下ろしていた「見込み違いでしたかね」って言うに決まってる。

 

 

ここ生き残らなきゃ、まず俺は明日を迎える権利すら与えられない─────!!!

 

 

 

「くそっ………!!!」

 

 

こんなことなら、こんな所に来るんじゃなかった。

アルクェイドはこのことを把握しているのだろうか。

いや、いつもアルクェイドが来てくれる望みにかけても仕方ない。

 

アルクェイドを大声で呼ぼうかと思ったが、

 

たぶんアルクェイドが駆けつけてくるより先に俺が死者にやられてる!!!

 

 

 

 

「ちくしょおおおおお………!!!」

 

 

俺は死者たちから逃げ出す。

 

 

一旦、距離を置くしかない。

一刻も早くあの赤い剣を出したくて、必死に「現出()ろ」と念じているのに、手には何の変化もない。

 

なんかしら、条件があるはずだ。

俺がアレを握る時には、絶対何か決まりがあるはずだ。

 

 

「アー…………アァァァァ!!!」

 

 

「ぐわっ………!?」

 

 

俺は死者に背後から体当りされ、地面に押し倒された。

こいつら…………足が早い…………!!!

 

 

「クッソ…………が!!!離れろ…………!!!」

 

 

俺は死者を殴り蹴りしながらもがくが、まるで聞いてない。

俺の反撃に呼応するように、死者は牙ではなく爪を俺の身体に突き立てた。

 

殴られたから殴り返すように。

 

 

「ぐぅぅぅぅぅ……………!!!!」

 

 

────痛っっってぇぇぇぇぇぇ!!!!!

 

肩に刃物を5本一斉に突き立てられたら、誰だって痛すぎて動けなくなる。

こんなムカついたのは今日の昼ぶりだ。

まぁ、アレほどムカついたこと、人生この先多分ないと思うがよ。

 

 

「痛ぇだろうが………クソ野郎がぁぁぁぁ!!!」

 

 

すると、俺の身体に異変が起きた。

 

 

「うぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「─────ッォ………!!!」

 

 

さっきまで無意味だった俺のパンチが、死者に苦悶を伴うダメージを与えたのだ。

 

俺はその隙に身体についた土をはたきながら、地面から立ち上がる。

 

 

「─────分かったぜ………俺の能力のトリガーが…………」

 

 

ダメージを与えられたってことは、方向性が合っているってことだ。

やっていることはこれで正しい。

だが、まだもうひとつ足りない。

 

血刀の発動条件、一つは俺が怒りの感情を感じている時だ。

そして、もう一つは───────

 

 

「───────────」

 

 

…………………俺の手に赤雷が宿る。

 

 

 

 

(ほほう、なるほど…………怒りと殺意の現出が、彼の力の源なのですね。彼本人の能力というより、彼自身の激情が、彼を構成する血肉が、その感情の概念を形成したもの…………それが彼の能力の正体のようですね、)

 

 

「でぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

【目の前の相手を殺してやりたい】と思った時だ!!!

 

 

 

俺の血刀が死者を一閃。

死者は霧のように霧散死滅。

 

 

 

「うっぐ…………!!!」

 

 

だが、たった一振りでこれほどの脱力感……!!

まだ継続して能力を連発できる状態ではないらしい…………

 

 

「くぅ……………っ、」

 

 

だが、これまでと違うのは。

刀を振って疲弊した状態にも関わらず、気を確かに保てていることだ。

前までは振ったらその時点で気絶するか、1時間ほど動けなくなっていた。

 

だが、今の俺は息も絶え絶えながらにも、なんとか動けている。

 

 

「はぁ………はぁ…………ぐ…………っ、」

 

 

俺は再び死者から距離を取る。

 

ヒットアンドアウェイを繰り返せば、俺一人で残り二人もまとめて片付けれそうだ……………!!!

 

 

──────呼吸を整える。

 

幸いにも日光がないため、夜の俺の回復はかなり早い。

あと一閃で2人まとめてやる。

 

もう一発だけやるぶんの気力と体力があればいける。

 

だが、問題は視界がかすんできたことだ…………体力を消耗しすぎて、脳に酸素が生き届いていないらしい。この眠気が目眩の証拠だ。

 

 

「────────いや、やる、」

 

 

ここまで来たらやるしかないだろ。

残り二人、まとめて斬り払う─────!!!

 

 

 

「行くぞ─────ォォォォッ!!!」

 

 

 

俺は自分から死者二人に突撃していった。

 

俺の脚の速さは陸上部も目を見張るレベルだ。

打者だからな。次の塁かホームベースまでまっすぐ駆け抜けるのは得意なんだよ。

 

体勢を低くして這い寄るように死者の前に躍り出て、赤の刃を振り上げる。

 

死者の爪が腕2本が2体、4本同時に突き出される。

 

 

「────────────」

 

 

───────俺には見えている。

 

あの星待の投球は完全には見切れないが、いったい何千個のボールの軌道を読んできたと思ってるんだ。

 

少なくとも、時速100キロを下回る全ての物体は目で捉えられる。こんなもの、当たるほうが難しいだろう。

 

 

「そこ、」

 

 

俺は目の前に出てきた腕を、最小限の動きで切り落とす。

 

そして地を叩いた刃を翻し、燕返しの要領で、反射された刀身を切り返す!!!

 

 

「ゼェェェェェェェェェイ!!!!!!!」

 

 

「オワ…………ァァァァァァァ!!!」

「────ォ………ォ………ゥゥ、ゥぉ、!!!」

 

 

死者たちはまとめて俺の一閃の前に消え去った。

 

 

「よし……………行けた…………」

 

 

俺は抗えない脱力感………朦朧とした脳が最期に下した「今すぐその運動をやめないと死ぬぞ」という異常事態の警報を受けて、地面に倒れた。

 

 

「ァ……………ゥ……………」

 

「ォァ………、……」

 

「ィ………ァガギ…………」

 

 

 

「──────────────」

 

 

だが。

 

事態はまったく進んでいなかった。

むしろ悪化している。

俺が倒した死者は、この墓地に潜んでいた連中の何%だったのだろうか。

 

気がつけば、さっきよりも圧倒的に数多くの死者が俺に迫ってきていた。

 

 

 

「ウソだろ…………」

 

 

もう俺は動けそうにもないっていうのに、さっきよりも多くの数相手にしろってか…………!?

 

 

この身体で、5、6メートルもある崖を登ろうなんて無理だ。

プロクライマーの挑戦番組で見るような断崖絶壁を見ている感覚だ。

 

この場から逃げるという選択肢は論外だ。

とてもじゃないが無理だ。

 

………………だが、この身体でこの死者たちを相手にするのはもっと無理だ。

 

血刀ももうとっくに消滅している。

なんでこんな不便なんだよ!!!

 

能力を継続させるには、あの全力の状態をキープし続けろってことだろ!?

そんなペース配分をしろなんていう難しい注文、今の俺にできるわけがない。

 

 

できることは、地面をずり這って、少しでも時間を稼ぐことだけだ。

 

だが、もう目の前に墓石があったのをみた瞬間、俺は詰みを確信した。

 

目の前に急に石の壁が出てきて、これ以上どうするっていうんだ。

 

 

 

「くそっ…………来んな…………来るな…………こっちに来んじゃねぇ………!!!」

 

 

死者たちは数目測で20。

一斉にかかられたら終わりだ。絶対に助からない。

 

 

「くっ………………!!!」

 

 

俺は歯を食いしばって奴らの進撃に備えようとした。

 

 

だが、その必要はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前に現れた死者たちが、まるで夢だったかのように全員消滅した。

全員だ。1人も残りなく。

 

 

死者たちは、空から振り注いだ細長い、レイピアのような剣に貫かれて霧散した。

 

地面には、赤い柄の刃が人数ぶん突き刺さっている。

 

 

「──────────!?」

 

 

予想外の結末に俺は目を見開いた。

 

ヨエルはどうなったんだ?

目の前の死者がいなくなったことでそっちに気を配る余裕ができた俺は、ヨエルのいた崖上を見あげる。

 

 

「──────そこまで。………ちゃんと見せてもらいましたよ、あなたの力を。ね?私はあなたの味方だったでしょう?」

 

 

ヨエルの手には、地面に刺さっている剣と同じやつが握られていた。

指の間に3つ挟み込み、それを投げナイフのように投擲したのか。

 

 

「お前…………戦えたのかよ!?」

 

 

俺はヨエルへの怒りを忘れて、ソッチのほうが気になって口を開いてしまった。

 

 

「えぇ!まぁ、下級の死者くらいしか相手に取れませんが」

 

 

ヨエルは飛び降りてくると、俺を背中に抱えて、崖の上に運んでくれた。

 

なんか、さらっと5、6メートルある崖を飛び越えた気がしたんだが。

そんなアルクェイドみたいな芸当、こいつにもできたのか?

 

 

 

 

 

 

俺は礼拝堂のベンチに座らされた。

 

 

「お見事です。十分能力の制御ができているみたいですね。負担がまだ重いようですが、そこは身体の慣れです。場数を重ねれば、きっと継続してアレを使用し続けれるでしょう」

 

「お前な…………いくらなんでもやり方ってのが…………」

 

「私の目を見て「こいつはホントにやる」って思ったんでしょう?でしたら、それはうれしいです。私も、あなたが死にそうになったら助けるつもりでいましたがそれを悟られては折角の特訓の意味がありませんから」

 

 

俺の直感を騙すポーカーフェイス………

こいつやっぱりただ者じゃない。

 

 

「どうせなら、あなたを騙した私も倒すくらいの勢いで来てほしかった所ですが、まぁ合格点というところでしょう。それだけの戦闘能力があれば、下級の死者に後れを取ることはないでしょう」

 

 

けっきょく、コイツは俺の能力を試したかっただけだった。

 

 

「なんでお前、そんな能力があんだ。その剣、普通のレイピアとかとは違うんだろ?死者は金属バットで殴ってもダメだったんだ。なら、死者に対して有効な武器なんだろ。それはあれか、神の加護的な?」

 

「まぁ、そういうものだと思ってもらっていいです。あの金髪の真祖から、【代行者】について聞きましたか?」

 

「だい…………こう、しゃ?」

 

 

くそ────!!!

わかんねぇ!!教会とか血刀とか死徒とか真祖とか!!!なんでこんなわかりにくい業界用語ばっかりなんだよ吸血鬼界隈は!!!

 

 

「私はしがない神父ですが………本職は教会の極秘組織・聖堂教会に属する異端審問官です。主の御名において人に仇なす邪悪を祓う、エクソシストのようなものです」

 

「わからん。要は吸血鬼ハンターってことか?」

 

「あーそうそうそんな感じです。なので、アルクェイド・ブリュンスタッドは私たちにとって本来は討伐対象です。いくら人を襲わないとはいえ、存在そのものは教義に反しますのでね。なのでアルクェイドと聖堂教会は天敵同士なのですよ」

 

 

だからアルクェイドは教会に入りたがらなかったのか。

 

 

「──────まぁそれは置いておくとして。私は一つだけあなたに聞いておくべきことがあるんです。それが、私がこの地に派遣された理由………役目ですから」

 

 

ヨエルは笑顔のまま、目だけを真剣なものにした。

 

 

「なんだ?」

 

「なぜあなたは戦うんですか?中村白夜くん」

 

「───────────」

 

 

まさか、こんなやつに核心に迫る問を投げられるとは。

俺も考えたことがなかった。なぜ、俺はアルクェイドと一緒に吸血鬼を倒そうとしたのか。

 

 

「街の人々のため………じゃねーかな、自分でもよくわかんねぇ」

 

「あなたからすれば、街の人々のために己を削る理由なんてないはずなんですけどね」

 

 

そうだよな。

俺も、なんでこんなことしてるんだか。

 

 

「まぁ、あなたの人生はあなただけのもの。人生とは「人の生きる道程」と書いて人生。たとえ主であっても、一個人の人生に触れることはできません。あなたの人生は、あなたの選択で生きるべきもの。戦う理由なんて、後付けでも構いませんよ。この事件に関わって生きていくというのなら、その途中のどこかで、あなたの戦う理由を探してみてください」

 

 

ヨエルは背を向けてしまった。

 

もう今日はこいつから言うことはないらしい。

 

 

「お代はいくらだ?」

 

「いりませんよそんなもの。神父や便利屋としての職業はお仕事なのでお金はいただきますが、代行者であることは私にとって呼吸をするのと同じです。べつに、あなたの能力を引き出したのはあなた自身の覚悟であって、私のやったことと言えば、ただ自分のコインをわざと落として、あなたを投げたくらいです」

 

「そうか……………まぁ、世話になったな。だが、電話の件については俺はお前自身が考えてやったんだと思うぞ」

 

「─────────────」

 

 

どーいう気まぐれでやったのかは知らないが、アイツが本当に代行者としての仕事を当たり前だと思い、俺のことがどうでもいいならあんな電話を寄越したりしなかった。

 

 

「今回のことはしらねーが、お前、あの電話だけは確かに善意があったと俺は信じてる。これからまたなんかあったらここ来るけど、またなんか俺に道を示してくれるか?」

 

「…………………………………」

 

 

ヨエルは最後に背中を見せたまま、俺のほうに顔だけ向けてきた。

 

 

「えぇ、もちろん。迷える子羊に道を照らす光を与えるのが、我々神職の仕事です」

 

「ふっ。お前、良いやつだな。じゃあな、」

 

 

俺はヨエルに言いたいことは全て言った。

いや、これさえ伝えれたらよかった。

 

 

俺は礼拝堂の扉を開く。

 

外には相変わらず夜の星空が広がっていた。

俺の家よりさらに標高が高いから、星が綺麗に見える気がする。

 

 

 

 

 

「っし……………行ってくるか!」

 

 

俺は外で待ってるアルクェイドに会いに、礼拝堂から走って外に出た。

 

 

 

 

 

「……………行ってらっしゃい。あなたの旅路に、主のご加護のあらんことを──────」

 

 

扉が閉まる直前、代行者ヨエルは俺に向かって祈りを捧げてきた。

 

 

それは、俺に神の加護が必要なくらいの苦難を確定させる呪いであって、同時に、俺の無事を祈るヨエルとしての願いがこもっていた気がした。

 

 

 




主の使徒としてを魔を狩らんとす『代行者』

ヨエル

性別 男性   年齢 不明
属性 不明   クラス 聖堂教会代行者
誕生日 12月24日   血液型 B型
身長 177cm   体重 61kg
好きな物 他者への施し、信頼、読書
嫌いな物 責任
主武装 黒鍵、魔剣『冥の献花(ネルガル)
イメージCV:石田彰さん

苑持寺の北にある教会の若き神父。
飄々とした優男だが、真っ当な人格者ではなく、常に不可解な言動を取る胡散臭い青年。
神父の傍ら便利屋まがいの仕事をして街の人々の信頼を買っている。
だが、その裏の顔はカトリック教会の極秘組織である聖堂教会から派遣された人物であり、実力行使を専門とする異端審問官・代行者の一人。
混血族、吸血種などといった「人外」の存在についての豊富な知識を有しており、今回の連続殺人事件の真相も一部なりと掴んでいると思われる。
本人は戦うことが苦手なため白夜に任せるということにしているが、黒鍵という猛者しか使用しないとされている武器を携行している時点で只者ではない。
『六神通を持つ』という噂があり、そんなバカなと白夜から思われているが実際、未来予知と疑うほど不自然に仕事が早い。
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