やることから逃げて書いてるシリーズ第一弾

「人生のリソースかぐやにフル投入だったから28になっても酒飲んだこと無いいろPが見たい~~~~~~」の一心で書きました

深夜テンションに悔いはないです

pixivにもあげてます
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―2040年某日

 あれから10年が経ったというのに日本の夏の様相は実際のところさして変わっていなかった。太陽がよく照るから天気自体はからっとした快晴であるものの同時に存在するジメっとした空気感が梅雨の面影を微かに残している。定期的に襲ってくる篠突く雨と毎度それをかき消してくる酷暑のコンビネーションは良く言えば夏の風物詩、悪く言えば命に関わるサウナ状態。それをなんとかエアコンでやり過ごしながら日々を過ごしているうちに、いつの間にか世間は夏休みシーズンになっていた。当然とっくに学生の身分から卒業した私に夏休みなんてものは無いけど、突然送られてきた一件のメッセージはそんな私を一瞬でお休み気分に変えてくれた。

 

『今度、飲みに行きませんか』

 

 一見すると普通の誘い文句。ただ送ってきた人が問題だった。

 目を疑うように画面の上側を見やる。そこに表示されていた名前は、確かに”酒寄彩葉”。今や日本の色々な、それはもう色々な分野における研究をけん引する酒寄研究所所長その人であり、同時に私の大切な10年来の親友の一人だ。

 けれど、実を言えば彩葉からメッセージが送られてきたこと自体はまったく問題じゃない。高校を卒業してからも彩葉真実私のイツメン3人で女子会がてらご飯しに行ったことは何回かあったし、真実が子育てに追われるようになってからは二人きりで食べに行くことも増えた。

 問題なのは”飲み”に誘われたことの方だった。

 

 咄嗟に今までの集まりを思い出す。季節も時間帯もまちまちで、秋頃にカフェで温まったりもしたし、春の夜に居酒屋に行ったりもした。こうして考えてみると本当に共通点が無いのだけど、それでも確実に共通している言えることが一つだけあった。

 それは、彩葉が何があってもお酒を飲まなかったということだ。別に真実も私も特別お酒が好きなわけじゃないけど、何度かは軽く楽しむぐらいのノリで頼んだことを覚えている。でも彩葉は一度として飲まなかった。大学生の痛いノリじゃあるまいし私達が強要するようなことは当然無かったけど、何にせよ彩葉は断固として口にしなかった。私達が飲もうが飲むまいが関係なく、アルコールの一滴も摂取しようとはしなかった。

 理由を聞いたことは無い。野暮かなと思ったのもそうだし、それに何より聞くまでもなく簡単に想像できたというのが大きな理由だった。高校生の頃の彩葉は見てるこっちが心配になってくるほどのハードワーカーで身を削ってまで勉強趣味バイトに入れ込む姿は正直見ていられなかった。その反省かは知らないけど、かぐやちゃんに身体をつくってあげるという明確な目標ができてからは自分の体調も多少は顧みるようになってくれた。それが大学生にもなると、むしろ無茶や向こう見ずなやり方を目の敵にするかのように徹底的にコンディションの維持に努めるようになっていった。現に酒寄研究所のホワイトさは業界だけでなく世間の知るところにもなっていて、夢を絶対に実現させるためのある種の決意表明なのではないかと思っている。そんなわけだからコンディションを乱す最大の原因である酒煙草クスリには絶対手を出そうとしなかったのでは、というのが真実とも一致する私の見解だった。

 じゃあなんで今になって飲みに行くという話になるのか、それが最大の問題だった。てかいつも使わない敬語で聞いてくる時点で相当切羽詰まってるように見える。私としても今までの頑固な態度を変えてまで誘ってきた動機が気になったので、メッセージに返信する形でその点を追求していった。

 

 しばらくやり取りしてようやく経緯が分かった。

 まず、最大の原因はかぐやちゃんのボディが完成したことだった。いよいよ完成が近いということは教えられていたけど、いざそのときが来てみると私としても嬉しいもので即座にお祝いの言葉を送った。味覚のような高度な機能の実装を除けばほとんどの機能が備わっているプロトタイプの完成は、彩葉にとってこの10年の努力の結晶と言わしめるにふさわしい区切りとなったに違いない。これからまだまだ研究は続けることになるだろうけど、とりあえずは夢が叶ったということでようやく肩の荷が下りたという感じのようだ。けどこれだけじゃ理由としては弱い。別に仕事がひと段落したとは言っても、これからも研究は続いていくのだからあえて今までの縛りを解禁する必要性は無い。この程度じゃ揺るがない決意だったからこうも長く続いたんだとも思う。

 それで次に分かったのが、どうやら研究生達が彩葉の想定していた以上に彼女の成功を喜んでくれているらしいことだった。働く環境も良ければ所長の人柄も優れている酒寄研究所内の雰囲気は最高で、何回かお邪魔したときにも彼らに篤く信頼されているというのが少し見ただけでよく伝わってきた。彩葉のことを大好きな人達は、そんな大好きな所長が念願の夢を叶えたと知っては居ても立ってもいられなかったらしい。普段はお堅く研究活動に勤しむ研究者とはいえど人並みには騒ぐのもお好きなようで、彩葉が何かを言う前にあれよあれよという間にお祝いの飲み会の日取りが決められてしまったらしい。最初こそ自分も研究生にお世話になったのだから一方的に祝われては悪いし何よりプライベートの時間を拘束してはいけないと思って断ろうとしたようだけど、数十人がかりのお願い攻撃にあえなく撃沈したとのこと。数十人がかりとはいえかぐやちゃん以外でもそうなってしまうのは流石にチョロ葉が過ぎると思うんだけどね……。

 ともかく、そんなわけで所内の飲み会に参加することになった彩葉だけど、ここにきて飲酒の経験が無いことに困り始めたようだ。別に飲めるか分からないんだから下戸とでも嘘ついて今まで通り飲まなきゃいいと思うんだけど、せっかく誘ってくれたんだし少しは飲んでみたいと思ったみたい。それで飲むんだったら正確に自分のキャパを把握しておきたいという妙に律儀な部分が発動した結果、事前に別で飲みに行ってみるという発想に至ったとのことだった。

 

『それで、なんでサシで飲もうと?』

『駄目?』

『いや駄目じゃないけど。行くならみんなで行けばいいじゃん』

『真実はそろそろ上の子が小学校に上がるでしょ? お兄ちゃんはなんか忙しいっぽいし。それに、かぐやは……』

『かぐやちゃんは?』

『まだ味も分かんないのに外ご飯誘うの流石に酷いかなって』

 

 ……そう考えると確かに都合が付くのは私ぐらいか。

 

『もしかして芦花も忙しい?』

『全然! そういうことなら喜んでお供いたします』

『なにそれ笑』

『じゃ、決まりね』

 

 その後は驚くぐらいスムーズに進んだ。お互い都合の良い時間で決めて、私の方で手ごろな大衆居酒屋の飲み放題プランを予約しておいた。あとは待つだけ。ただ私にはこのたった数日間が待ち遠しく思えてしょうがなかった。

 

 

 

 どんなに長く思える時間も過ぎてしまえばあっという間なもので、ついに約束の日になった。と言っても途中まではいつも通りのご飯会。二人とも相応におめかしした状態で待ち合わせして、予約したお店に入って、案内されるまま禁煙のボックス席に座る。

 ただ、ここからが違う。今回私達は飲み放題プランで予約したので、いつも出されるメニュー表に加えて、ラミネートされたペラペラのアルコールドリンクのメニューが渡された。メニューは両面刷りになっていて、私は予約した色々飲める方のオプションが見えるように裏返した。

 

「それではごゆっくりどうぞ」

 

 店員さんが静かに戸を閉める音を境に、ボックスの中が外界と隔絶されたような心持ちになる。いつもとは違う、正真正銘の二人の大人だけの世界になっていた。

 今まで見たことも無かったものを前にして、彩葉はまるでなりたての大学生のように興味津々に目を光らせていた。今まで意図的に抑えていただけで完全に興味が無かったという訳でもないみたい。

 

「ね、ねぇ芦花。このファジー、ネーブルって何?」

「ピーチリキュールをオレンジジュースで割ったカクテルだね。甘くて飲みやすいよ」

「じゃあ、この泡盛ってのは? 日本酒のブランド?」

「珍しいね、沖縄のお酒だ。結構キツいから初心者におすすめはしないかな」

「中と外って何? マトリョシカみたいになってるわけ?」

「ホッピーね。中が焼酎のことで、外がホッピーっていうビールっぽいほぼノンアルの飲み物こと。好きな割合で飲めて足りなくなった方を追加注文できるの」

 

 その後も彩葉は盛んに質問してきた。特にカクテルの名前が気になるらしく、スクリュードライバーだのモスコミュールだのに目移りしていた。知ってしまえば難しくはない知識なんだけど、こういうのを見てると本当に今まで飲んでこなかったんだなぁと強く感じる。教科書を初めて見た子供のように色々聞いてくる様子が酒寄博士の知的好奇心が変な部分で発揮されている気がしてならず、少しだけおかしかった。

 それから色々悩んだ挙句、結局彩葉は私が飲みやすいと太鼓判を押したファジーネーブルに決めたようだった。私は……今日はクエン酸サワーの気分かな。では早速と彩葉が注文しそうになったので、先に何か胃に入れた方が良いよと言って一緒に適当なサラダも注文してもらった。タッチパネルを押してから届くまでの間、彩葉は妙にそわそわしていた。

 

 

「思ってたよりは苦くないんだね? 飲みやすい」

「でしょ~。でもそれ結構度数高いから気を付けてね」

「もちろん。こういうのはゆっくり飲めばいいんでしょ?」

「流石でございまーす」

 

 最初に届いた海藻サラダを軽くいただいてから、私達は乾杯した。今注文リストには適当につまむものが前倣えしている状態だ。色々種類を飲んでみたいらしくお腹を空かせる作戦のようだ。初っ端からちゃんぽんとは感心しないけど、まあ私が付いてるし大丈夫か。

 

「ねぇ芦花、それ美味しい?」

「ん? 結構酸っぱいけど大丈夫?」

「平気平気。これも社会勉強ですよ」

「おっさんくさ~。……ん」

「どーも。……って酸っぱ!」

「だから言ったじゃん」

 

 なんか、初めて飲んだ頃を思い出すなぁ。お酒って初めて出会う大人っぽいことの一つで、この同世代の友達と手探り手探りしてく感じ、懐かしい。彩葉はきっとこういうのもきっぱり断ってきたんだろうな。

 そんなことを想っている内にも、どんどんと時間は過ぎていく。

 

 

「んぅ~」

「彩葉、飲みすぎ」

「え~? そんぁ、ことないですよぉ?」

 

 それから彩葉はレモンサワー、コークハイみたいなあまり度数のキツくなさそうなものを何個も選んで挑戦していき、やはりと言うかなんと言うか、ちゃんと酔いが回ってしまったようだ。受け答えはできているけど呂律も回ってなくてダルそうだし、何より顔が赤い。空になった皿とジョッキを丁寧に避けて、できた隙間に差し込むようにして突っ伏していた。

 

「ん? てかチェイサーは?」

「ちぇい、さー? なんかの掛け声すか?」

 

 まさかと思って彩葉のコップを見てみると注いであげたお冷が全然減ってなかった。

 

「彩葉、気を付けてって言ったよね?」

「んぅでも、ゆっくり飲んだよぉ?」

「ジュースの飲み方じゃないんだから。それにお酒飲んだら同じか倍ぐらい水飲まないと」

「そっかぁ」

 

 駄目だ完全に酔っ払ってる。何回かお冷と合わせて飲むように言ったつもりだったんだけど、楽しくって止まらなかったみたいだ。良かった、所内の飲み会が初めてじゃなくて。あの人達ならなんとかしてくれそうなもんだけど彩葉もプライドとかあるだろうしね。

 にしても、どうしようかなぁ。そろそろ出なきゃいけない時間だ。

 

「とりあえずこれ飲んで」

「ん……。ちめた」

「……」

 

 本当に、私が初めてで良かった。

 

 何杯か手遅れのチェイサーでお冷を飲ませた後、酔っ払い彩葉に肩を貸し、なんとか立ち上がる。ボックス席だから少し大変だったけど、意識はあるのと本人もそこまで力が入らない訳ではないみたいなのもあってギリギリでどうにかなった。完全に潰れられたら増援を呼ばなきゃいけないとこだった。

 最早軽いお荷物になった彩葉を支えて、気合でお会計を済ませた。彩葉のことだから後日ふじゅ~payで払ってきそうなものだけど、今のところは帰宅最優先。全奢りで行かせていただきます。彩葉んちから近いとこ選んでよかった。

 

 いつもより温かい彩葉を肩に感じながら、私は彼女の家に向かっていく。エントランスまで行ければかぐやちゃんが開けてくれるだろうし、そうなれば部屋まで運ぶだけのお仕事だ。まだお肌には影響しない時間帯、最後のひと踏ん張りだ。

 

「芦花ぁ?」

「なぁ、に!」

「ありがと」

 

 びっくりした。

 

「どしたんいきなり?」

「芦花とご飯、は何回も行った、けど、初めてのお酒、楽しかった」

「そっか」

 

 かなりアルコールは抜けてきたみたいだけど、彩葉はまだ息も絶え絶えな様子。そんなでも必死に紡いでくれた言葉が、じんわりと口の奥の方に広がって、残っていた酸味と苦みがすっかり押し流されていくような気がした。ぎゅっと、腕に力がこもる。やはり高い体温がじんわりと伝わってくる。

 

「でも飲みすぎ、反省ね」

「は~い」

 

 この人はちゃんと分かってんだか。

 ……いや、分かってるんだろうな。

 

「でもね、芦花がいるって、分かってるから、好きに飲めたんだよ。だから、ありがと」

「……そっか」

 

 この人は、そういうところがある。長年付き合ってきて前から分かってたことだ。

 でも、そうだと分かっていてもこれ……。あー私も酔いが回ってきたかな、顔が熱いや。

 

「ほら彩葉さん、そろそろ着きますよ~。……彩葉?」

 

 しばらく歩いてから丁度良いタイミングで声を掛けたとき、突然ぐんと重くなった気がした。

 見れば彩葉はノックダウンしていた。

 

「……もう」

 

 これはちゃんと寝かせてあげないとか。

 気合を入れ直すべく肩で持ち直した私は、力を込めて彩葉を部屋まで引きずっていくことになった。

 

 

「ふぅ」

 

 目の前で閉まる自動のガラスドア。これでもう全部終わった。後は私も帰るだけ。

 

 メッセージアプリを開く。あて先は、明日の彩葉。

 

『アドバイス!』

『あんま強くないっぽいから飲み過ぎないこと! できれば1か2杯!』

『あと絶対チェイサー飲んでね。水かお茶でいいから」

 

 夏の夜は少し蒸して、やっぱり暑い。

 でも、さっきまで埋まっていた左肩だけは少し寒く感じる。

 

『それと彩葉』

『今日は私も楽しかった』

『ありがと』

『またいこうね』

 

 スマホをスリープにして鞄にしまう。

 左肩をぎゅっと掴んで、力をこめる。

 

 彩葉はきっとこれからも頑張る。まだプロトタイプができたばかりだけどかぐやちゃんに味覚が実装されるのもそう遠くはないのかもしれない。そうなればきっといつかは2人でお酒を飲んで、今日の思い出も私達だけのものじゃなくなる。

 

 でも今は、今だけは。

 

 どうか、今は私しか知らないこのわずかな温もりを、今だけは独りで堪能させて欲しい。




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