パパ寄生存ifの甘々彩葉が見たくて描きました。
反省はしてません。
彩葉's birthdayよりも早くに構想してたはずが遅れに遅れてこんな時期に。
反省してます。
あと、権利関係でpixiv版とは若干異なります。
「〜〜♪ ラララ〜ラ〜♪♪」
ご機嫌な鼻歌混じりの金髪が他に誰もいないリビングルームを縦横無尽に駆け抜けていく。その手に携えるは高性能ハンディ掃除機。言わずもがなかぐやは掃除の真っ最中であった。
しかし部屋の窓側を見れば数多くの雑貨が積み上げられるようにしてそこかしこの床に直置きされており、はっきり言って掃除機をかけるうえでは邪魔だとしか言いようが無い。そんな中でも彼女はその1つ1つを丁寧に退けては掃除機をかけるという作業をひたすらに繰り返していく。もうかれこれ小一時間は掃除機をかけているが、それは作業が丁寧だというよりはむしろ彼女が目に付いた雑貨の尽くで遊んだり感慨に耽ったりするのを憚らないためにより多くの無駄な時間を過ごす羽目になっていると言う方が適切だろう。
「ふふんふふんふ〜ん、てれれれれー♪」
さて、彼女がこれほどまでに手間暇かけて掃除に努めているのには理由があった。例えば今日は配信の予定が無い。あるいはお得意の料理だって昨晩気合を入れすぎてしまった結果とうに下拵えを片付けてしまっている。遊びの予定も無ければ定期メンテナンスの日でもない。彩葉が仕事に行ってかぐやが留守番をする、いつも通りになるだろう一日。まあ、言葉を選ばずに言ってしまえば彼女はすごく暇なのだった。
それで数ある暇潰しの中で掃除を選んだきっかけなのだが、正直特にこれといって特別なことは無かったり。ただ、最近の掃除は専らク◯ックルワイパーを使うだけの簡単バージョンだったなと思い、丁度そのとき少し遠くでお利口に充電スポットでお座りしている掃除機の姿が目に付いたというだけだ。貯まりに貯まったネット通販のポイントで交換したちょっとイイお値段の家電、今使わねばいつ使うのだということでこうして一念発起したわけである。
「……ふぅ、こんなもんっしょ」
けれど掃除でもなんでも、作業というのはやりさえすればいつかは終わるもの。かぐやが遅々として進めていた作業は気付けば終わろうとしていた。なんかあれこれひっくり返して掃除したせいで色々滅茶苦茶になっている気もするけど、ちょっとした大仕事を終えていい感じの達成感に浸っていた彼女はもうあまり考えないことにした。
ふと時計を見れば4時過ぎ、彩葉が帰ってくるにはまだまだ早い時間だ。つまり、かぐやはあともう少しだけこの暇に対処しなければならないということ。ただ困ったことにこれ以上は当てが無い。どんなに考えてもやることが浮かばない。一瞬ツクヨミの管理とかが浮かんだものの、必要そうなことは大体午前中に済ませてしまっていた。仮に何かあったとしても向こうに置いてあるマジモンのAIヤチヨがどうにかしてくれるだろう。ああ、今だけは自分の優秀さが恨めしい。このままスマホとかテレビとかゲームに洒落込むのも悪くはないが、せっかく腰を上げたのだからもう少し別なアクティブなことをしたいとも思う。そう思って、あてもなくふらふらと部屋を見渡してみる。
そんなとき、部屋のどこかで物音がした。
「およ?」
かぐやの興味は一気に"それ"に惹きつけられた。けれどここからじゃよく見えない。かぐやはとりあえず部屋のものを少し整理しながらその正体を探ってみることにした。待ってろよ面白そうなこと、そんな風に意気込みながら立ち上がった彼女はまさに探検家気分だった。
「つ、疲れたぁ〜」
絞り出したような情けない声は夕方の雑踏の中に溶けて消えていく。駅周辺は私と同じように仕事から帰ってきたのであろう人でごった返していた。
綺麗な茜色に染まった空を見上げながら、朝家を出る直前に交わした会話を思い出す。細かいところはあんま覚えてないけど、今日は特にやることが無いから暇になりそーだとかぐやがぼやいてたのだけはよく覚えてる。それに対して私も最近大きな仕事を片付けたばかりだから多分同じだと返事したし、実際家を出るまではそうだと思っていた。
しかし蓋を開けてみればそうはならなかった。まずもって大仕事が片付いたとて私のやることが無くなるわけじゃない。1つの研究が終われば今度は並行してた別の研究に本格シフト、それに研究生の指導も考えれば普段の仕事というのは中々無くなるものではない。さらに今日は偶々緊急で対処しなきゃいけない案件が午後になってから突然生えてきたせいでもうまるでてんてこまいになり、なんだかんだ普段と同じ時間になってしまった。てんてこまいになったのに定時上がりできた時点でラッキーと言われればそうかもだけど、疲労困憊状態の今の私にそんなポジティブ思考はできません。ああもう、今日ぐらいは早上がりしようかななんて思ってたのに。
項垂れる私の脇をやけに賑やかな高校生ぐらいの団体が通り過ぎていく。
「……せっかくの金曜なんだし、早く帰らないとっ」
ずり落ちた鞄を掛け直し、さっきよりも近付いた我が家を見上げる。ドアを開けた向こうではきっと退屈極めし私のお姫様が帰りを待ち侘びていることだろう。
滞りなくエントランスを通過して、流れるようにエレベーターに転がり込む。手慣れた動作でボタンを押し、なんとなくスマホに目を落とした。さっきからメッセの返事が無いけど、何かあったんかな? ……いや、十中八九今日もどえらい料理に挑戦してる最中だからスマホが見れてないとかそんなところだろう。なんか昨日の夜張り切って下拵えしてたみたいだし。
「よしっ、やっと着いたぁ……」
鞄から家の鍵を取り出し、差して、回す。ガチャンという手応えのある音と共に開錠したのが手の感覚でも伝わってくる。そしていつも通り、空きっ腹の私は晩御飯のことに思いを馳せながらドアノブに手をかけた。
「ただいま帰りましたよ~っと。……あれ?」
いつもなら数秒もすれば軽快な返事の後に私の太陽が駆け寄ってくるはずなのに、今日は妙に静かだ。キッチンで何かしてるのかとも一瞬思ったけど、にしては物音がしなさすぎる。テレビが付きっぱだから2階に行ったわけでも外出したわけでもなさそうだし、うーん……。
「――じゃ、こ――は―する?」
ふの耳を澄ましてみれば、あの子の話し声。方向的にクローゼットの方か? 電話でもしてるのかな。でもなんでクローゼット……。いいや、聞けば分かる。
「かぐやー? いるならいるって言ってよ」
「え、彩葉⁉ ……やっばもうこんな時間! ちょ、ちょっと待ってて!」
やっと反応してくれたけど、なんかやたら慌ててる。……怪しい。なんか隠してる?
「かぐや! あんた、また何か変なことしようとして、んじゃ……」
うちの暴れん坊が大変な事態を引き起こす前に止めなければ、そう思って急いで靴を脱いでリビングに向かった。クローゼットは入ってすぐ左のキッチンを抜けたところ、かぐやは案の定そこにいた。なぜか扉が開いてるから何かを引っ張り出そうとしてたらしいけど、その前にこの惨状のリビングをどうにかしてほしい。そんなお小言が喉元のギリギリまで出かかったところでかぐやの背後にいる”それ”、……いや”その子”が目に入り、数秒の思考停止と共にそんなことはすぐさま頭の中から吹き飛んだ。
「……子供?」
うまいことかぐやを盾にするように位置取っているせいでよく見えないけど、確かにそこにいたのは子供に見えた。一般的な日本人と、というか私と同じような黒髪。それをショートカットにしたパステルピンクのシャツとほの青いズボンの女の子。
こうして遠目に見てるだけなのにどうにも既視感が拭えない。キッチン越しのここからじゃ大体の特徴しか分からないので一歩ずつ近付いてみるけど、その感覚は解消するどころかますます強まっていく。
「彩葉、これはそのぅ、違くて!」
必死に説明を試みるも混乱しているのが見え見えなかぐや。そんな彼女の脇越しにちらりと覗いたその子の顔を見て、私はすぐに確信した。
「てか、私……?」
かぐやの背中に隠れていた子供、大体6歳の頃の私と瓜二つな女の子。信じがたいが、確かにそこには私がいた。他人の空似と言うにはあまりにもな彼女は私と目が合うとびくりと体を震わせてかぐやの背に深く隠れた。そして、消え入りそうな声で呟いた。
「ほんまかんにんしてやぁ、おかあさん」
「……お母、さん?」
「えお母さん⁉️」
涙ぐむ
そんな騒ぎも混乱極まって今は沈黙。誰も口を開かない微妙な空気の中、最初に動いたのは決まりが悪そうにしたかぐやだった。
「んじゃ私は? これから晩御飯の用意があるので~? ここら辺で失礼しま~」
「ちょっと待てや」
「はい」
「かぐや? 説明、してくれるよね?」
「……はい」
その後、かぐやから私が帰ってくるまでに一体何があったのかを聞いた。とりあえずソファに移動して落ち着いてから情報整理、のつもりだったのだけど、話を聞いた今はより一層訳が分からなくなってしまっていた。
「待って? つまり、クローゼットの方で物音がしたから気になって調べてみたら、どこからともなく現れたこの子がいたってこと?」
「か、かぐやもなにがなんだかって感じで、この子最初ずっと泣いてたからあやすのに必死で、ようやく泣き止んだと思ったら丁度彩葉が帰ってきたんだよ、……ホントだよ!」
「どうどう別に誘拐とか疑ってないっての」
最初はまたもかぐやが何かしでかしたんじゃないかくとヒヤヒヤしていたけど、どうやら今回は本当の本当に無罪のようでこの子については何も知らないらしい。うーん、見た感じは絶対小さい頃の私なんだけど、本当にそうなのかとかそもそもなんでこんなことになってるのかとか、その辺に関してもう少し情報が欲しいところ。私は何か知っているだろうことを期待して、早速かぐやの膝の上で大人しく座っているその少女に目を向けた。まずは身元か。
「それであなた、名前はなんていうの?」
「……」
「ほら、よく見て。私はお母さんじゃないよ? そんな怖がんなくてもいいんだよ?」
「……じゃあ誰なん。わたし、知らん人にお名前教えたらあかんて、おかあさんから言われてん」
「あんたねぇ」
まー防犯意識の高いお子さまだこと。いやそれ自体はすごく良いことなのだけど、こと今に限ってはすごく困る。大体なんで私がお母さんに似てるからって避けようとしてたわけ? 聞いてもやはり少女は答えない。
……いや待て。なんか想像できるな。
「大方そのお母さんと喧嘩でもしたんでしょ」
「……っ!」
「図星。それでクローゼットかどっかに閉じこもって、しばらくしてお母さんに見つかったかと思えば全然知らない人で、それで……って、あれ?」
でもそれだと結局この子が私達の家に突然現れたことの説明がつかない。私もこのぐらいの頃は喧嘩なんてしょっちゅうだったからそこまではいいとしても、問題なのはそこじゃない。この子と私は別の存在。向こうはまだ子供で京都の実家住みかもだけど、こちとらとっくに成人してるしそもそもここは立川だし。場所どころか時間も違う。このままではタイムスリップとかワープみたいな不思議現象が起こったことになってしまう。いやまあ、かぐやのおかげで異常な存在には慣れてるっちゃ慣れてるし、ぶっちゃっけ既にそうなってる気がせんでもないけど。でも流石にいきなりそんな風に決めつけるのもどうかと思う。何にせよ、今は色々聞いてみるしかないか。この子が私というのもまだ思い込みの可能性があるわけだし。
「あんたまずここどこか分かる?」
「なんやとつぜん……」
「いいから。あと今が何年かも、言える?」
「え? ……え? えと、2ーー」
「あとはーー」
「ちょちょストップ、ストーップ! さっきから話滅茶苦茶だし、この子困ってるじゃん!」
肩を揺さぶるかぐやにドヤされてハッとする。見れば少女はすっかり怯えていて、縋るようにかぐやの服の裾を掴んでいた。
「あっ。……ご、ごめん」
「色々気になるのは分かるけど、子供相手なんだからもっと優しくいかないと! それに~」
途端に聞こえてくる、くぅという少しく響くような音。一瞬お腹に視線をやってさすった後、顔を上げれば私と同じようにお腹をさすっていたらしい女の子と目が合った。どちらかのお腹が鳴ったのではなく、どちらもお腹が鳴ったのだ。そういえば、私はお腹が空いていたんだ。
「まずは晩御飯! そんなんじゃピリピリしちゃうのも当たり前。腹が減ってはなんとやら、だしね!」
カトラリーやランチョンマットで彩られたテーブルに私と少女が静かに座っている。かぐやは1人キッチンに立って晩御飯の用意をしていた。
「お味噌汁だけ簡単に作っちゃうから、ちょい待っててね~」
「分かった」
それきりかぐやは調理に集中してしまったので、私は女の子のことを意識せざるを得なくなる。その姿が自然と目に入る。座高にしてみれば私の肩にも届かない。さっきはこんな子を相手にムキになっていたのか、そう思うとなんだか情けなくなってくる。
2人きりになっても特に言葉は出てこず時間だけが過ぎていく。それからかぐやが料理を完成させるまでにそれほど時間はかからなかった。
「お待ちどうさま! 本日のご飯は~、マグロ漬け丼とアオサのお味噌汁! 丼は具もお米もおかわりあるから、たーんとお食べ?」
予想通りマグロの料理が出てきて内心やっぱりと思う。だってこないだキハダマグロの解体配信やってたばっかだもの。本当はもっと手の込んだ料理を作りたかったんだけどとにへら笑うかぐや。クーラーボックスに封印してあるアレを見るに兜焼きでも作るつもりだったのか? いやまあ美味しければなんでもいいけど。
ふと気になって隣に目をやれば、両膝に手を置いたまま固まる少女が見えた。
「……? 食べないの?」
「え、ええの? こんな、いただいちゃって」
「マグロ嫌い?」
そんなわけがないと思いながらも、聞く。
「そんなこと、ないけど」
「じゃあ食べようよ。かぐや、……あー、この料理作ってくれたあそこのお姉さんの言う通り、お腹空いてちゃ何もできないからね」
「ブイ!」
「お腹いっぱい食べて、それからお話しない?」
「……分かった」
「絶対気に入ると思う。なんてったってかぐやの料理は超うまい、からね」
後押しされるまま少女はマグロを一口。
「……ちょー、うまい」
「それはよかった」
つられて私も一口。うん、流石だ。ご飯にありつけた瞬間に一転して満足そうに舌鼓を打つ私達を見て、かぐやは大層嬉しそうに両手でブイサインを作ってみょうちきりんな踊りを踊りながら喜びを表現してみせる。そんなかぐやを見て、私達2人は揃ってくすりと笑い、それがどうにもおかしくて、笑顔なまま嬉しい気持ちのまま食事は続いていった。
「ごちそうさまでした」
「今日もおいしかったよ、ありがとね」
「えへへ~、おそまつさま~」
食事が終われば洗い物の時間だ。スポンジはかぐやの役目、私はすすぎと水切りだ。子供の私はテーブルに座らせている。流石に届かないだろうし、何よりすぐに終わるし手伝ってもらいたいほど大変なことじゃない。
予想通り洗い物はあっという間に終わり、今は再び3人でソファに戻ってきていた。たださっきと雰囲気はまるで違う。かぐや特性のお茶付きの、もっと緩い雰囲気だった。
「さっきはごめんね? 私、ちょっとピリピリしてた」
「わたしこそ、ヤな言い方してもうてた、かも」
なんか変な感じ。自分で自分に謝ってるし、謝られてるし。もう色々おかしいや。
「……てか、まず先に私達のこと話さなきゃか」
「そーだよ! さっきの彩葉の目、なんかもうすごかったよ? 自己紹介も無しにあれじゃ不審者扱いされても仕方無いって!」
「いやほんともう、おっしゃる通りです……」
けど、どうしよう。こっち視点ではこの子が過去の私だってことは分かってるけど、向こうは何も知らないはず。いきなり私酒寄彩葉でーすなんて言っても混乱させるに決まってる、だってこの子も酒寄彩葉なんだから。かと言って下手に嘘ついても信用されなくなるだけだし、ここは慎重に考えないと――
「そしたら、さっきも言ったけど私かぐや! それでこっちが彩葉! よろしく!」
「……は?」
おいおいおい待て待て待て待て。色々すっ飛ばしすぎじゃないか流石に。
「いろは……」
かぐやにとんでも情報をぶっこまれた少女は目を点にして私の名前を反芻する。ほらこうなるから下手なこと言えなかったってのに。これで混乱でもされたら……。
「いろ、は。……お揃いや、わたしとおんなじ名前!」
……いやまあ、ポジティブな反応が返ってくるならそれに越したことは無いけどさ。確かに割とポピュラーな名前だから初っ端から同一人物とは思わないか。けど本当かぐやにはいつになってもハラハラさせられる。まあ、今回はそのおかげで手っ取り早くなったという点では助けられたかな。そこについては感謝しているということを目で伝えると世界一の笑顔が返ってきた。ああもう、結果論だったけど関係ない、最高。
てかこうなってくるともう色々関係無いな。いい加減尻込みしてないで単刀直入に聞いてしまおう。最悪なるようになれだ。
「じゃあ次はこっちのばん! わたし、さかよりいろは!」
「あの〜私も酒寄って言うんだけど」
「苗字も同じなん? すごい偶然!」
「いやそうじゃなくて」
私を指さして。
「酒寄彩葉」
「うん」
目の前の私を指さして。
「さかよりいろは」
「そうやね」
お互いを交互に指さして。
「多分だけどおんなじ、酒寄彩葉」
「おんなじ?」
頭上にはてなマークを浮かべる少女。
「そんなわけないやん。おんなじわたしが2人って、ドッペルゲンガー違うんやから」
「でも実際そうなの。疑うんなら何でも聞いてくれて良いよ? 多分あなたのことなら私、なんでも答えられると思う。私、だからね」
「そんな言うんなら……」
と言っても20年以上前の記憶だから心配ではあるけど。
慎重に質問を考えているのかうんうんと唸る少女の姿を、若干の緊張を抱きながら見守る。
「……マイメロとクロミちゃんなら、どっちすき?」
「絶対クロミちゃん」
「初めてピアノコンクールで賞取れた曲は?」
「忘れもしない、メヌエット」
「そしたら、お兄ちゃんが今好きなサッカー選手は?」
「えー覚えてなー! ……確かサンガの×村だっけ」
「……せーかい、ぜんぶ当たりや」
合点がいかない様子のいろはが俯くようにしてそう呟く。あぶなー、最後だけ当てずっぽうだったけど正解だったみたいで良かった……。
けど私も私で今のやりとりを通じて確信が持てた。この子は間違い無く私だ。まあ、向こうからしたら未だに訳分かんないんだろうけどね。
「……おかあさんやないってのはもう分かってたけど、でもまさかもう1人のわたしとは思わんやん。てかなんでそないに背大きいん? 絶対そっちのがお姉さんやんな?」
「それは普通に年齢が違うからだろうね。私が今年で30になったから、……えっと、あんたいくつだっけ?」
「7才」
「そしたら見た目なんかすごい変わるでしょ。それはそれは私をお母さんと見間違えるぐらいには」
「ごめんてぇ」
「はっはっは、結構ショックだったからしばらく引きずるよ?」
「……? てか今何年なん?」
「ん? 2043」
「よんじゅッ……! そらわたしもこんなお姉さんなるわ」
……てか23歳差マジかぁ。私も年取ったなぁ。
いや今それはいいとして、これでいろはと私が同じ存在ってことは確定したわけだ。そして西暦を聞いて驚いたということはマジでタイムスリップしてきたということでもあるらしい。
なんか、昔の自分と出会うなんてとんだフィクションだと思っていたけど、それが今こうして否定しようの無い現実だってことが分かってしまうと案外すんなり受け入れられるものなんだなぁ、なんて自分ごとなのにどこか他人ごとのようにも思えた。
「そういえば、さっきは聞けなかったから今聞くけど、あなたどうやってここに来たか覚えてる?」
「さっぱり。なんも変なことしてへんよ?」
「んじゃここに来る前は何してた?」
「それこそさっきいろはが言うた通りや。ちょっとおかあさんと喧嘩してもうて、それでクローゼットに閉じ籠ってたらいつの間にか、や」
「結局誰も何も分かってないってことか……」
他にも何か分かればって思ったけど、今いきなり全部ってのは流石に贅沢か。いずれ分かることを期待しよう。
「てか、いろはは未来のわたしなんだから、なんで今こうなってるのかも知ってる筈やない? 何年前かは知らんけど、小さい頃に同じ目に遭ってる筈やん?」
「……確かに」
言われてみれば、この子が小さい頃の私だというなら今の私がこの状況に覚えが無いのはおかしい。確かにそうだ、言われてようやく理解した。こんな経験をしたことがあるなら覚えているはずだ。けれど、どう考えても私の半生で非日常的ファンタジーなことが起こったのは17歳のあの夏以降だけ。こんなタイムトラベルじみた経験をした覚えは無い。辻褄が合わない。
結局何も分からないから2人して首を傾げ頭の中をはてなマークで満たしていく。そんな中で、さっきからずっと静かだったかぐやは突然間の抜けた声を上げた。
「ん? ……え、2人とも彩葉? なんで⁉️」
……かぐやさん? 今更っすか?
「な、何? しょーがなくない? だって高校生より若い頃の彩葉ってかぐやなんだかんだ見れてないんだからね? 雰囲気似てるかも〜とかは思ってたけど、まさか同一人物だとは思わないじゃん! どんなファンタジーだよ!」
「タイムスリップしてきた宇宙人がそれ言う?」
「8000年生きてきたけどぉ、そんなことする地球人ひっっっとりもいなかったんですけど⁉️」
「……ふっ、それもそうだね」
少し気が抜けた。分かんないことをこれ以上考えても仕方が無い。それにこのままじゃせっかくかぐやが淹れてくれた紅茶が冷めてしまう。とりあえず小休止することにしよう。
「そうや。かぐや、さっきの話の続きしてくれへん?」
「ん? あー、あれね! いいよぉ、なんでも教えてしんぜよう」
「何の話?」
「彩葉が帰ってくる前さ、ライバーのこと話してたんだ!」
「おぉ、いいじゃん」
「あといろはも!」
「……え私?」
「大人になったわたしって何してるん? 気になるわ、教えて?」
「いいけど」
「教えて〜?」
「あんたは知ってるでしょうに!」
それからは真面目な話も一旦休憩。子供の私と大人の私、そしてやっと話に追いついたかぐやも交えた3人でなんてことの無い話をする。とても、心地良い。まだ温かい紅茶を慎重に啜ると心の奥底がさらに満たされていく気がした。
……あれ? 過去の自分に未来のこと教えるのマズいか?
まあいいや。なるようになれ、だからね。
しばらく話をして雑談のネタも尽きそうになった頃、ふといろはが何かを指しながら声を上げた。
「ねぇ、あれ何なん?」
「あれ?」
引きずられるままに向きを変えた私の視線はすぐにその"何か"を捉え、そして理解した。
「あぁ、キーボードね。あんたも知ってるでしょ? 曲とか演奏するやつ」
「……ほんまや! もっとよう見して!」
速っ! 私達が何かを言うより先にものすごい速度で近付いていったぞ。いつぞやに読んだ子育て雑誌の"子供から目を離さないように"というアドバイスはきっとこういうことを想定してのことなんだろうな、なんて呑気な心持ちで遠巻きに眺めていた。
「え、しかもうちにあるやつと同じちゃう? 形とか似とるし」
まぁ、買い替えてないから同じだろうね。
「定期的にガタが来るから捨てようとはしてんだけどね……」
「駄目! 今回もうまく修理しといたから!」
そう言いながら自らも近づいた後、手の甲で鍵盤を撫でてガッタガタのグリッサンドを奏でるかぐや。毎度のことアキバやらでパーツ揃えてらっしゃるけど、もう新品買った方が安いんですからね? まぁ、私も使えるんならその方が良いけどさ。
「もしかしていろはもピアノ弾けるん?」
「え? いやぁ、どうだろ。人並みかな。メインで使うのは打ち込みのときだけだし」
「彩葉の演奏、好きだけどなぁ……」
ほらこんな感じ、と言ってかぐやが私の弾き語り配信の様子をスマホで見せる。恥ずかしいからあんま見せんで欲しいんだけど。いつのって感じだし。
……てか、いろは全然画面見てねぇ。さっきからずっと視線がチラチラしてるし、分かりやすすぎでしょ。
「弾きたい?」
「うぇっ⁉️ そ、そんなことあらへんよ?」
嘘。目が泳いでる。
「え! ちっちゃい頃の彩葉のピアノ? 聞きたい聞きたい〜!」
「じゃ、じゃあ、……ちょっとだけ」
あーあかぐやのおねだりをモロに食らったね、無事では済むまい。案の定、いろはは遠慮する様子を見せながらもニヤケを抑えきれておらず子供らしくちょこんと椅子に座った。そして静かに鍵盤に指を添えた。かく言う私も気になってたり。
いろはは一呼吸した後、手始めに教本に載ってるような簡単なものを何曲か弾き始めた。自分に対する色眼鏡のせいか妙に上手く聞こえる気がする。少なくとも同年代の中では上手い方の部類だろうことは間違いなかった。
「すごいすごい! 流石です、先生ぇ!」
弾むように跳ねながら全身で感動するかぐや。最高のオーディエンスからの歓声を受けていろはは少し気恥ずかしそうにしつつも演奏を続ける。
いや、それにしてもなんか上手い気がする。上手すぎると言ってもいい。今弾いてるのだってコンクールで定番の曲だけど、昔の私ってこんなピアノ上手くなかったような気がするんだが。別に自分を下げてるとかそんなじゃなくて、シンプルにこの子がやたら上手いのが気に掛かる。
……あれ?
そう言えば私、7才の頃ってもう音楽……。
「先生! アンコール、アンコール!」
「しょーがあらへんなぁ! そしたらとっておきやで?」
かぐやがそう囃し立てるのが耳に入りハッとしたと同時に最後の1曲が始まる。自信満々な音色で始まったそれは、今までで一番耳馴染みのある曲だった。
(彩葉、この曲って……!)
不意に目が合ったかぐや。瞳越しに心の中の声が伝わってくる気がした。ゆっくりと曲に意識を戻しながら私は納得する。なるほど、私にとって"とっておき"と言うなら確かにこの曲だろう。打ち込みじゃないから雰囲気は違うけど、メロディー自体は同じだから耳が自然と曲に馴染んでいく感覚がした。意識が奥底に深まっていくと同時にかぐやも今聴き入っているということが心で伝わってきた。
そうしているうちに、"メロディー"が流れた。
ーー大切なメロディーは流れてるよ あなたのハートに
演奏されたその一音一音が耳を通じて頭の中に積み重ねられていくようで、遂には溢れ出るようにして口が勝手に言葉を紡ぎ出していた。
ーーこの一瞬を最高のパーティにしよう
それはかぐやも同じだった。あのときの私を生かしてくれた曲、そしてかぐやをここまで連れてきてくれた曲。奏でられていたのは2人にとってはまさに人生とも言える宝物の旋律だった。
ふと前を見れば嬉しそうな表情で鍵盤に釘付けになっている横顔があった。こうして聞いていると私達の曲とは細かいところが違うというのが分かる。楽器の違い以上に、やっぱり弾いてる人の違いがあるのかもしれない。それでいて懐かしい彼女なりのメロディー、この場の3人全員が深く浴していた。
気が付いたときには1番が終わっていた。ウィニングランのようにアウトロがつながる。再びかぐやと目が合い、暖かな気持ちと共に目の前の少女を見守っていた。
しかし、演奏は終わらなかった。
「……え?」
思わず目を開けると、再びかぐやと目が合った。目を大きく開いて驚きをたたえた表情、多分私も同じ顔をしているだろう。邪魔だけはしないように静かに聴き続けるけど、正直気が気じゃなかった。
さっきのはアウトロではなかった、間奏だったのだ。けれど、子供時代この曲はまだワンコーラスしか無かったはずだ。その続きは高校生になってからだ。過去から来た私も1番しか知らないはず、演奏できないはず。だというのにその曲は今どんどんとその続きを顕にしていく。私達の曲、とはまた違う。本当に彼女だけのメロディーが続いていった。
知っていた筈の、私自身の手で作った筈の曲の知らない姿に困惑する。
けれど不思議と不安はない。未来にいる筈の私に分からないことが現れたことに深く動揺したり、あるいはここが現実か確かめるためにかぐやに縋ったりは、しない。むしろ私はより一層目の前で繰り広げられるまったく知らない、それでいてすごく懐かしい音楽に夢中になっていた。
……そうか、分かった。
この曲は
けどこの曲はそうじゃない。このあまりに耳馴染みがある旋律の数々、その奥に私はとびきりに懐かしい影を見た。もう温度すら思い出せないかつて隣にあった人影、20年以上も前の忘れ難い人影、それが間違いなく存在していた。
「な、なぁ、どうやった? ……もしかして微妙やった?」
少女の声を聞いて自分が呆けていたことに気付いた。その矢先に不安そうな顔が見える。実際には衝撃で動けなくなっていただけだったのだけど、2人して黙っていたせいで変な勘ぐりをさせてしまったようだ。悪いことをした。
「全っ然⁉️ もうサイコーだった、彩葉スゴすぎ〜ッ!」
「ほんま? よかったぁ……」
「……私も、すごく良かったと思う。この曲、お父さんと一緒に作ったやつだよね?」
「よう分かったな……って思ったけど、そっか。あなたもこの曲知ってるんだもんね。……自分で自分に褒められるっちゅうのも変な話やけど、おおきにな」
少女は年相応の笑みを見せる。その目元には泣き腫らした跡も無ければ何かを我慢しているように口の端が引き攣る感じも無い。滲み出るままの幸せに私はある種の確信を抱き、意気込んで、そして聞いた。
「なぁ」
「ん? なぁに?」
「……お父さん、元気?」
隣のかぐやがバッとこっちを見た。(こいつマジか、なんでそれ聞く?)とでも言わんばかりの表情。私だって確信してるわけじゃないよ。でもあれは……。
少しの間の後、少女は要領を得ないような反応を見せながらコテンと小首を傾げた。
「いきなり何なん? 元気やで、普通に」
……あぁ、そうか。やっぱりだ。
だから、あんな曲が……。
「……いろは?」
途端に子供の私の声がくぐもって聞こえる。
一体どうしたと言うんだろう……。
「なんで、泣いとるん?」
私が? 泣いて?
……本当だ。
「なんでだろ、止まんないや」
「大丈夫? どっか痛いん?」
「そういうのじゃないよ。多分……、最近ちょっと疲れてたからだと思う」
指先で涙を拭う。しかし何度拭っても目元が乾く気配は無い。
「ねぇ彩葉、ホントに大丈夫?」
「平気、平気だから。それよりもういい時間だよ。誰かお風呂入っちゃったら?」
「ほんまにどうしたん? さっきから変だよ?」
「……かぐや達ちょっとお話したいことあるからさ、いろは先に入ってくれる?」
「え⁉️ ……なんやいきなり、かぐやまで」
「駄目?」
「……ええけど」
「ありがとね」
我が家には赤子用の服はあっても子供服は置いてない。だからあの子にはなんとかオーバーサイズの寝巻きで甘んじてもらうことにし、そんな感じで適当に着替えとタオルを見繕った。音を立てて閉まる風呂場の扉。ついぞそのときまで私達はまともな会話を交わすことは無かった。
再びソファに座る、今度は隣り合って。時計の針の刻む音が、どちらのものともつかぬ呼吸の音が聞こえる。骨組みの軋む音でさえはっきりとしていた。そして、今度は隣で軽く息を吸う音が聞こえた。
「彩葉、もう平気?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「そっか」
よかったぁとかぐやは漏らすように呟く。
「ねぇ、彩葉」
「なに?」
一呼吸、挟まる。
「あの子ってさ、本当に彩葉なの?」
息の詰まる後がした。多分、私だ。
「……どうなんだろ。分かんないや」
輝くような笑顔が瞼に映る。
「顔と声、それに私の直感で判断するなら、子供の頃の酒寄彩葉で間違い無い、と思う」
今度はさっきの曲が頭の中でループする。
「けど、私じゃないなって思う部分もある」
そして、あのメロディー。
「本当に分からないんだ。私の知らない曲の続き、私の知らない私の過去。同じ見た目をしていても、あの子は本当に私なのかな?」
「彩葉……」
けど、確かなこともある。
「でも唯一、確かなことがあるとするなら、それは今のこの気持ちだと思う」
「気持ち?」
胸に手を当てるとまだ温かい気がした。
「あの子と私で違うところは色々あるけど、決定的な違いは”あの人”の存在なんだと思う。あの子の笑顔、声色、それに何よりあの曲の中に、私はお父さんが生きているのを感じた」
もう、声も顔も記憶の中から消えてしまったと思っていたのに。
「過ぎたことだと思っていたんだ。割り切れたんだと思ってたんだ」
でも、こうして面影に触れてしまうと、やっぱりどうしても。
「どうしても、忘れられないんだな、って」
優しかったお父さん。
今よりもずっと楽しそうだったお母さん。
元気そうに前を走っていたお兄ちゃん。
そして、ずっと笑っていられた、私。
……ああ、そうか。
「あの子が私と違うんじゃないんだ。私がもう、あの子じゃないだけだったんだ」
もう取り戻せない幸せだった頃の家族の姿。私から離れて行ってしまった温かな記憶。あの子を見ていると楽しそうに揺れる瞳越しにそれが見えてしまうから、こんなにも心が揺さぶられたんだ。
「……かぐや、彩葉に言わなきゃいけないことがーー」
沈黙を破ったかぐやの声。彼女がその続きを紡ごうとした矢先、しかしてそれは突如として響き渡った扉を開ける音に遮られてしまった。
「いろは?」
「何かあったのかな?」
時間で言うならまだ10分も経っていない。流石に早すぎる。その原因に考えを巡らせるよりも前に、蚊の鳴くような声が変に増幅されて聞こえてきた。
「かぐや~、いろは~……。ちょっと来てくれへん……?」
「マジでどうしたの?」
「とりあえず、行こっか。話はまたあとで」
「おけ」
どっと肩の力が抜けた私達は、足早に声の主の方に向かっていった。
驚いた。いや別に新事実が分かったとかではなくて、シンプルにびっくりした。だって、何かあったのかと思って駆け付けたら――
「お風呂一緒に入ってくれへん?」
なんて言われたんだもの。どうしたもんかとか、なんでとか、色々な文言が頭の中でぐるぐる回っていたとき、再び少女は声を上げた。
「あかん?」
「え、いやそれは」
こちらをチラチラ見やるかぐや。
「ねぇ、かぐや」
「はいっ、な、何?」
「……助けて?」
対して、よそ見は許さんと言わんばかりの上目遣い。かぐやはそれをモロに食らった。
「……彩葉?」
「やだ」
「なんでぇ! まだ何も言ってないじゃん!」
「やだったらやだ、第一そんな入んないでしょ」
かぐやはおねだりされ慣れてないからこんなことになるんだ。対して私は百戦錬磨、何年一緒にいると思ってるんですか? 大体大人なんですから、今更そんな手には引っかからなーー
「ふぃー! いい湯だったぁ!」
「……」
「ほんまおおきにな、2人とも。普段は平気なんやけど、今日はどうにも怖くてかなわんくて」
……何? 話が違うって?
何言ってだ、私がかぐやからのおねだりを耐えられる訳無いでしょうに。10年前、あるいは8000年前、いいやきっと宇宙が始まる前からそうだと決まっているに違いない。
だから結局、私達は3人でお風呂に入った。いろはの髪や背中をかぐやが洗い、大量の水を溢れさせながら一緒に湯船に身を沈めた。狭いったらありゃしなかった。……あちなみにかぐやがどこからか引っ張り出してきた水鉄砲を使ってゲリラ開催された射撃大会ではキッチリ白星を取らせてもらいました。小娘共にはまだ負けんよハハハ。
違くて。……ああもう、色々悩んでたはずなのに全部どっか行ったわ。なんかかぐやはいろはの髪を乾かしてあげてるし、いろはも楽しそうになんか歌ってるし。こんなん見てたらどうでもよくなってきちゃうじゃん。
カチリ、とドライヤーのスイッチが切られる。
「ねぇ、かぐや。今日一緒に寝ぇへん?」
「いいよぉ、一緒に寝よっかぁ」
おいもう抵抗すらしなくなってんじゃん。
……てか流石にデレすぎじゃない? こっちにもあなたの彩葉さんはいるんですよ? ……ねえ?
「ねっ彩葉! 3人で寝よっ!」
「……え私も?」
「あったりまえじゃん! やってみたかったんだぁ、川の字って奴〜」
まーた古い表現使いおってからに。
「ね、彩葉。ダメ?」
「ぐ……。だ、駄目」
「一緒に寝てくれへんの?」
「ぐぐ。……駄目ったら駄目。3人なんて狭すぎるし、第一いろは、お母さんが心配するよ?」
「そんなこと言われてもどうやって帰ればいいん? もうお外暗いよ?」
「それはまあ、確かにそうだけど」
「……それに、まだ帰りたないし」
あ、コラそこ。これ押したら行けるなって顔しない。行けないから、駄目だから。
「彩葉、一緒寝よ?」
「ぐぐぐ……」
行けないから。
「駄目?」
「ぐぐぐぐ……」
……駄目だから。
「ね、彩葉?」
「おねが〜い?」
「ぐぎぎぎっぎぎぎ……」
……それさぁ、ホントずるくない?
とりあえず、とりあえず今晩のところは一緒に寝ることにした。成り行きでこんな時間になっちゃったのは私達の責任だし、この子1人で寝させるのも私だけ一緒に寝ないのも変な話だし。いやほんと、とりあえずだから。明日になったら真面目に考え始めるから。
だから、今夜ぐらいはいいよね?
「でね〜そんときの彩葉もう凄くて〜」
「え〜そうなん?」
向かい合って語らいながらおかしそうに笑うかぐやといろは。思わず私も口の端から笑みをこぼした。
「そういや」
「ん? どしたの?」
「2人はどうして一緒に暮らしてるん?」
あー、その辺説明してなかったっけ。
「お父さんとお母さんとお兄ちゃんもおらんみたいやし」
「それはまあ一緒に暮らしてないからね。ここ実家じゃないし」
「あやっぱり? てかそもそもどこなん?」
「立川、東京」
「東京⁉️ なんでまた」
「色々あったんです。ね、かぐや」
「話すと長いよ〜?」
「えー気になるわ。てか、そしたら今はみんな京都におるん?」
「あいや、お兄ちゃんも都内だけど、ここじゃなくてもっと一等地のマンションに恋人と住んでて……」
「なんで⁉️」
「もーホントに色々あったんですよ」
「ですよ〜」
「もうさっきからずっとそれ、もっとちゃんと教えてや〜。……けど、あれやな」
「ん?」
「2人ともおうちからいなくなってしもうて、お母さんとお父さんは寂しいやろなぁ」
「……そう、だね」
なんだか、急にまた懐かしくなった。
「とにかく! 訳あって東京に来た私は高校生の頃にかぐやと出会って……、ってここからの話は聞いてるか」
「うん。いろははかぐやのプロデューサーさんになってるんでしょ?」
「あげないよ〜」
「あれ? でも結局なんで一緒に暮らしてるん? 仲良いのは分かるんやけど、そんなに?」
私はかぐやの腕の間にすっぽり収まっているいろはに向けていた視線を少し上げて、言った。
「まあ、かぐやは私の全部、だからね」
「〜〜ッ! 彩葉〜! かぐやもだよ〜」
あちょコラ! 抱きついてこないの。
「く、くるし……」
「わわ、ごめんごめんごめん!」
ほーら潰されて苦しそう。
「……ぷっ」
「ふふっ」
「アハハハハハハ!」
なんか、幸せだなぁこういうの。飽きもせずくだらないことで笑い合って。この子もかぐやも、そして私も、ずっと幸せでいられたらなって思う。
「はははっ、ねーほんまお腹痛〜」
「ねぇいろは?」
「ん? 何?」
「結局今まで聞けなかったけどさ、お母さんとは、なんで喧嘩したの?」
「ちょっと彩葉」
「大丈夫」
さっきと違ってもう頭に血は上っていない。でもこれは聞いておかなきゃいけないことだ。思いを内に秘めるというのは素晴らしいことだけど、それと同じぐらい気持ちを外に放出することもまた重要なことなのだから。言わんとしたことが分かったのか、かぐやは不承不承という表情で言葉を呑んだ。
スッ、と。息を吸う音が聞こえた気がした。
「笑わないって、約束してくれる?」
「笑う? なんでよ、大丈夫笑わない」
「……ご飯の後さ、お風呂入ったやん?」
「ん? そう、だね?」
……風呂? なんでお風呂?
「確か怖いからって言って、それで3人で入ったよね」
「それ実はな、こないだホラー映画見てしまったせいなんよ」
ん、ん? 何の話?
「ロードショーでな、やってたんよ、クラス一のホラー好きのあーちゃんがおすすめしてたホラー映画。ふきゅーの名作だって、それでわたしも見たくなって」
喧嘩の話だよね? ほら、かぐやもよくわかんないみたいな顔してる。
「おかあさんに見たい見たい言うて録画させてもらおう思ったんやけど、『夜中トイレ行かれんくなっても知らんよ』言われて、わたしもうそんな年じゃないからって言ってるのに聞いてくれんくて。ほんでもういい言うて1人のとき勝手に見たんやけど、……その、トイレは平気だったんやけど、夜眠れなくなってしもうて……」
「あー……」
「そんでおかあさんに『ほら見たことですか』って言われて、カッとなってしもうて、そのまま……」
「口喧嘩になって涙目敗走、と」
「ちょ、そこまで言わんといてや!」
ほんま、あの人は昔っから口が立つからなぁ。弁護士スキルをフル活用したレスバのなんと大人気ないことよ。
……にしても。
「くふっ……」
「あー! 笑った! 笑わん言ったのに!」
「ふふっ、あはははっ!」
「かぐやまでぇ!」
良かった。昔の私みたいに殺伐とした喧嘩してなくて、こんな、こんな普通のことで呑気に喧嘩ができてるようで、本当に良かった。
「あーもう知らん、知りません!」
「ごめんごめん、ほんとごめんて。……けどさ、どう? もう結構経ったと思うけど、気持ちは整理できた?」
「……」
あー、これは相当酷くやられたね。こればっかりは昔の私そっくり。
「いろははさ、将来のわたしは、もっとうまくやれてるん? おかあさんと」
「え、全然?」
「全然⁉️」
「今でも電話すれば毎回お小言ラッシュが飛んでくるし」
「ええ……」
その顔はドン引きしてるのか、あるいは時間が経っても何も変わらないことを思って辟易してるのか。
「ああ、いやでも上手くはやれてるよ。流石に」
慌ててフォローを入れたけど、依然顔は暗い。
「いろははさ、お母さんの言ってることはどう思ってる?」
「……すごく、正しいと思う。同じぐらいムカつくけど」
分かる、まったく同じ感想だ。
「あの人ってさ、すごく、それはもう信じられないぐらいすっごく言い方が悪いけどさ、それでも絶対間違ったことは言わないんだよね。昔っからずっとそう」
「うん」
「でもね、間違ってるからって何も言っちゃいけないわけじゃない」
「……え?」
「要は付き合い方なんだよ。お母さんが遠慮なくあんたに物言うように、何か言いたいことがあるならあなたもお母さんに言えばいい。それは正しい正しくないの問題じゃない。私なんて今だってあの人に口喧嘩で勝てるとは到底思えないけど、でも思ったことを伝えるようになってからは随分楽になったよ。何かを言わないようにすることの大切さは分かってるし、今あなたがそれを大事にしてることも分かってる。あなたは人を思える優しい子だから。でも、それと同じぐらい何かを伝えることを考えてみても良いと思うな」
「……うん」
「けどまぁ、私は何より」
「……? かぐやがどうし、ってうわ! なんやその顔」
「む〜……」
いろはを抱き抱えているかぐやの今の表情、ここ十数年で何度も見てきた。あれは『理屈ではお母さんの言い分も分からんでもないが感情面ではまったく許せないのを隠そうとしてる』顔だ。見るからにブスッとした彼女の頬は小さな風船を咥え込んだかのように膨らんでいた。
「何より、私の代わりに怒ってくれる子がいるから、そんな気にする必要も無いだけなんだけどね。……とにかく! あなたはあなたの好きなように生きて毎日を過ごせばいいの。案外、何とかなるもんだから」
「……うん、わかった。わたし、帰ったらおかあさんと話してみる! 逃げないで、ちゃんと!」
「よしよし、偉い偉い」
実を言えば我ながら危ない話題に触れたものだと内心ヒヤヒヤしていたけど、思ったほどじゃないみたいで良かった。お父さんが生きてるだけでこんなに変わるもんなんだなぁと、私のようで私じゃない不思議な存在がかぐやに撫でくりまわされてるのを眺めながら漠然と思っていた。
「むむ、その顔は。さては彩葉も撫でて欲しいな〜?」
「別にそんなんじゃ、ってちょっ!」
「うりうり〜」
「髪崩れるって〜、もう」
外を見ればすっかり暗くなっていたけど、部屋の中は眩しすぎるぐらいだ。
そんなこんなで就寝時間になり、部屋の電気を消せばいよいよ真っ暗だ。月明かりとお互いの体温のみが頼り。私達はかぐやの要望通り川の字になっている。ただその提案者当人はと言うと既に安らかな寝息を立てており、辛うじて2人の彩葉が起きているのみだった。
「ねぇ、いろは」
「なぁに?」
「いろはは、家族のこと、好き?」
いつかに投げかけられたような質問をしてみると暗闇の中だけど目の前の少女が少し目を丸くしたのが分かった。けれど、すぐ元の笑みが戻ってきた。
「うん! おとうさんもあかあさんも、おにいちゃんも!」
「……そっか」
……いかん、子供体温のいろはを抱えるようにして寝ていたせいか、私まで熱くなってきたような気分だ。
「それはよかった」
私の手から無くなってしまった、その筈なのに今この手の中にある幸せの塊。かぐやとはまた違う、温かな優しいパステルカラーの大切な感情。時空を超えた隔たりにある今の私にできることは限られている。今はただ、祈るだけだ。
「絶対、大切にしいや」
どうか、どうかこの子のいく先がこれからもずっと、今までと同じように優しく照らされていますように。そう優しく祈りながら。
「うん!」
とびきり元気な返事。この分なら当分大丈夫そうだ。
「うぇひひっ……」
突然かぐやが言葉を漏らす。私達2人とも驚きのあまりギョッとしながら彼女の方に目を向ける。
「2人ともぉ、今日は何食べる〜……?」
しかしそれもすぐに寝言だと分かる。私達は揃って微笑みを漏らす。私はいろはごとかぐやを抱き寄せる。いろはとかぐやと私、やっぱり体温が違う。けれど、やがてそれも混ざり合うように変化して境界が曖昧になる。身体と意識が溶け合いそうになる感覚の中、私達は柔らかな笑顔の中で微睡に沈んでいった。
最初に思った、"寒い"と。
はたと起きて見てみれば、いろはがいない。
そして、かぐやもいない。
「え⁉️」
ギョッとして飛び起きる。
あてもなくフラフラと漂わせた視線は、しかしてすぐに開け放たれたベランダの窓を捉えた。
私を手招きするようにカーテンがたなびいている,
「あ、起きた〜? おはよ」
「お、おはよ」
果たしてかぐやはベランダにいた。
寝巻きのまま、その金色の髪をたなびかせながら、とびっきりに美しい微笑みを輝かせる。
そんな彼女に対して、私は少し気が引けながらも、聞いた。
「ねぇ、いろは見てない?」
何の意図も無く投げかけたその質問に、かぐやは少し寂しそうな笑顔を見せる。
「分からない。かぐやが起きたときには既にいなかった。キッチンもお風呂もトイレも全部見てみたけど、いなかった。多分帰っちゃったんだと思う」
「そっか……」
「……身体冷やしちゃいけないから、中入ろっか」
「うん」
部屋に入るとかぐやはすぐ布団の上に座る。
「どうしたの?」
「かぐや、ちょっとお話ししたいことがあるの。いい?」
「……分かった。話そっか」
私も布団に腰を沈める。なんとなく、離れられない気がした。
「それで? 話って」
「いろはのこと」
まあ、そうだよね。
「1個聞いても良い? 彩葉は、あの子の正体って何だと思う?」
「……正体?」
あまりにも突然な質問に思考が軽く硬直する。何だろう、あんまり細かくは考えてなかった。
……いや、突然じゃない。確か昨日ーー
「昨日、あのとき言ってた"言わなきゃいけないこと"って、これ?」
「そう。でも、まずは彩葉の考えを聞かせて」
そう言われても、あんまり真面目には考えてないからなぁ。
「何となくでもいい?」
「大丈夫」
「分かった」
いろはは、私と色々なところが違う。
まずは年齢。背丈が違うし京都弁も抜けてないから、本当に子供の頃の姿なのだろう。
だから、最初はあの子がタイムトラベルしてきたものだと思ってた。
けれど、それ以上に違う点が浮かんでくる。
例えば時系列的な整合性。
例えば家族に対する真っ直ぐな感情。
それに何より、私の知らないあの"メロディー"。
そこから考えて、私は自分でも短絡的で非現実的だとすら思うある考えに改めた。
「私は、いろはがパラレルワールドみたいなところから来たんだと思う」
かぐやの表情は変わらない。
合っているのか間違っているのかも分からないけど、今はただ言葉を続ける。
「こことは少し違う、お父さんがまだ生きてる世界から来たんだと、私は思ってる」
「かぐやも、そう思う」
意外、なんとなくで思ったことを口にしただけなのに簡単に同意をもらえた。
でもそれだけじゃないはず。こんな簡単なはずが無い。あんな、滅多に見ない真剣な顔をしていたのだから。現に今もかぐやはうんうん唸りながら体をくねらせている。これまでのパターンから判断するにこの感じだと何か気まずい話をしようとしてるんだろうけど、一体何を話そうと言うのか。
「かぐや、私からも1個良い?」
「んえ? あ、うん、……いいよ」
「かぐやはさ、あの子と私、どっちが好きなの?」
「……はい? ん、ん? なんで?」
「ありゃ、違ったか」
「ほんとに何⁉️」
「いやなんか、すごい言いづらそうにしてるから、いっそ当ててやろうかなって」
「滅茶苦茶だよ⁉️」
やれやれと分かりやすく呆れるかぐや。
「それで?」
「え?」
「えじゃないよ。実際どっちが好きなの? なんか昨日は矢鱈デレデレしてたみたいだけど」
「……もしかして妬いてる?」
「妬いてない」
「あーもう、可愛いなぁ! ごめんね〜、寂しい思いさせちゃったかにゃあ? うりうり〜」
「ちょ、髪崩れるってば!」
だーッ! ミスった! 下手にカマかけようとするもんじゃないわ。本当に。
今ので完全にいつもの調子に戻ってしまったかぐやは私をひたすら撫でくりまわす。好き放題されるがまま。解放されたのはしばらく経ってからだった。
「よし! ちゃんと話します!」
「……どうぞ〜」
髪はボサボサ息も絶え絶えな私に対し、やけに元気そうになったかぐやは、一呼吸を置いて話し始めた。
「さっき彩葉はさ、パラレルワールドって言ったじゃん? じゃあパラレルワールドって、どんなイメージ?」
「イメージ? なんか映画とかだとバタフライ・エフェクトみたいなのはよく言うよね。異なる選択の結果、みたいな」
「そう、選択。あれってフィクションの話だけど、現実世界にも通じる部分があると思うんだ」
「と言いますと?」
「彩葉は今までの人生でたくさんの選択をしてきたよね。例えばテストの答えとか、晩御飯何食べる〜とか、ほんとに色々。はっきりこれにするって意気込んでたのもあれば、なんとなくだったものとかもあると思う。それこそ実家から出てきたときなんかはホントにいろんなことを決めなきゃだったっしょ?」
「それはまあ、確かに」
進学先からバイトに住む家に何が何まで、やっぱあの頃が一番キツかった。
「かぐやも、同じだったんだよ。8000年前からず〜っと、時間だけは嫌になる程あって、でも体は1個しかなくて。やっぱできることとできないことってのがあるからさ、いつも何かを選んで、何かを捨てなきゃいけなかった。それが何十回何百回何千回何万回、もう数え切れないぐらい。何が正解で何がダメかなんて誰も教えてくれない。でも、彩葉に会うんだ〜絶対ハッピーエンドにするんだ〜って、必死だった」
束の間、かつて覗き見た光景が脳裏で仄かに明滅した。
「それから色々あって、大戦が終わって少し経ったぐらいかな、突然世界を動かせるぐらいの力が手に入ったんだ」
「あの、ワインの人関係?」
「覚え方ー。いやまあ合ってんだけどさ。……そう、ああいう感じのちょっと人には言えない人脈とか、お金とか、あの時期のかぐやは冗談抜きにちょっとぐらいなら世界を支配できたと思う。実際はツクヨミを作るのにほとんど使っちゃったんだけどね」
世界を、支配する。あの苦高校生だった時代と比べれば今はかなり裕福な生活を送れている自覚があったけど、それでもそんなものには想像がまったく及ばない。現実離れしすぎているし、考えたことも無かった。
「それでなんだけど、いよいよツクヨミを作ってヤチヨになるぞ~ってときに、ちょっと、悩んだことがあったんだよね」
「悩んだ?」
私が確認するとかぐやは静かにうんと返し、そしてここ一番の気まずそうな表情を作った。けれど、すぐに腹を括ったような顔をして再びこちらに向き直った。
「かぐやはずっと、彩葉と再会することだけ考えてたから考えたことも無かったんだけど、でも思っちゃったんだよね。彩葉にとって私と再会するのは本当に幸せなことなのかな~、って」
「それは、どういう……」
「あいや! 今は疑ってないよ? でも、正直あの頃は結構病んでたって言うか、変わっちゃったかぐやを彩葉は好きになってくれるのかなって、すっごく不安だったの。最初からずっとかぐやの全部は彩葉だったけど、彩葉はどうなのかなって。分かんなくて。ずっと悩んでた。彩葉の人生を考えたときに、そもそも私と出会わなかったらどうだったんだろって。いやね、高校生の頃の彩葉は超無理限界ギリって感じだったから確かにかぐやが来なかったらヤバかったんじゃねとは思うけど、そもそもああなってなかったら、彩葉が家族と離れることがなかったら、どうなってったんだろって、考えちゃったの。それで、彩葉のお父さんを守れないかって思ったんだ」
「……え? ……いや、お父さんは事故で……」
「そこも含めてだよ。ツクヨミを造れるだけのリソース、ヤチヨになるのに必要だったお金、人脈、時間、その他なんでも、注ぎ込めるもの全部注ぎ込んだらお父さんを守れないかなって。それができるだけのものはあったし。少なくとも、彩葉達が成人するぐらいまでは絶対に家族を守れる、確信してた」
「……でも、かぐやはそうしなかったよね」
「うん、やっぱ色々怖くてさ」
目が俯き伏せられる。
「怖い?」
「うん。お父さんを助けるってことはかぐやが知らない世界にシフトする可能性があるってことだし、……何より彩葉が実家にいたままだとあの夏に彩葉とかぐやが出会わないことになって、タイムパラドックス的なあれで、そのぅ」
指遊びしながら尖らせた口があらぬ方向を向く。
「かぐやが消えるかもしれなかった、し」
「……は?」
「ちょちょちょ、そんなマジになんないで! あくまでも可能性、可能性の話だから!」
「もう焦らせないで……」
もう本当に、たとえ仮定の話であったとしてもかぐやがいなくなるなんてのは二度とごめんだ。誰が、誰がみすみす手放すもんですか。
「それで結局、そのときも色々悩んで、最後は元通り彩葉と再会することに決めたの。人の命に確実なことなんてまったく無いし、かぐやも彩葉に会いたかったから。だから、言っちゃうもわがままなのかも。でも後悔はしてないよ。この道で良かったんだって、ハッピーエンドだって、思ってた。……でもさ」
「……かぐや?」
「もしパラレルワールドなんてものがあるなら、私が自分が消えることになったとしてもお父さんを、彩葉を守ろうとした世界もあったのかなって」
「ッ⁉️」
そう、いう。かぐやが言いたかったのはそういうことか。
やがて、こちらを見つめる美しい宝石のような真っ赤の双眸が静かに潤む。
「でさ、今日いろはに会って、あんな、あんな幸せそうな顔見てたらさ、間違いだったのかもって、思っちゃって。あのときのかぐやが、私が、彩葉の幸せを見殺しにしちゃったんじゃないかって、怖くて、……怖くて。だから、いっそあのとき、私が消えてたらーー
「かぐや!」
咄嗟に両手でかぐやの肩を掴む。
衝撃に驚いた瞳が大きく開かれる。
「冗談でも、冗談でもそんなこと言わないでッ!」
「冗談なんかじゃ……」
「分かってる……。でも、もしもの話だとしても、絶対、二度と、そんなのは聞きたくない。もし本当にかぐやが消えたら、私、……私ぃ」
「い、彩葉?」
かぐやの声がくぐもって聞こえる。
「……ごめんね」
「もう、あんなこと言わないで」
「分かった分かった、よしよし」
「頭撫でんなぁ……」
自分でも分かるぐらいカーッと熱くなった頭をかぐやの胸に押し付ける。あぁ、落ち着く。頭を撫でる手の平の柔らかさ、体の暖かさ、声色。大丈夫だ、かぐやはここにいる。生きている。
ちょっとだけ、落ち着いた。
「……ねぇ」
「はいな」
「結局かぐやは、どっちの私が好きなの?」
「……それさっきも言わなかった?」
「言ってない。結構無理やりはぐらかされた。だから、ちゃんと、聞かせて」
「え〜、なんか照れっちーんだけど」
何を今更。
「……じゃあまず子供の彩葉から。最初にあの子を見たときは一瞬思考が固まったよね。こんな、こんな可愛い子がこの世には存在するのかっ、て。そもそも大好きな人の昔の姿なんだから、なんか家族写真見させてもらってるみたいな感じで不思議な気分だったかな。性格も、子供の頃の彩葉とは思えないぐらいまっすぐで、会えることなら会ってみたかったなって思った。……それで、彩葉の方だけど……」
「……? かぐや?」
胸元から顔を離し、視線を上げれば、そこには見事な紅潮。
「彩葉は、彩葉じゃん……」
「ッ!」
「確かに子供の頃の彩葉も可愛かったよ? 眩しくて、真っ直ぐで、みんなこの子を好きになっちゃうんだろうな〜って感じの子。……でもね」
そっと、頬に手が添えられた。
「彩葉はさ、やっぱり今まで色んなことを経験してきたんだろうなって顔してる。笑ったり、怒ったり、涙を流したり。幸せなことばっかじゃなかったかもだけど、でもその全部が今の彩葉を作ってて、だからこんな綺麗なんだろうなって。ああやっぱ、かぐやが好きになったのはこっちの彩葉だ〜って、思うんだ」
「かぐや……」
「……いやー、普段から好き好き言ってる自覚はあったけど、こうして言葉にするとなかなか照れるものがありますなぁ」
「かぐや」
「おょ?」
添えられた手を握り返す。
かぐやがこんなにも真っ直ぐ伝えてくれたんだ。
次は私の番だ。
「私もだよ、かぐや。私はかぐやがいない世界なんて考えらんない。出会った最初の方は振り回されてばっかで正直うざったくもあったけど、でもあの夏、かぐやは私の人生に丸ごと意味をくれた。いつの間にか私の人生になってた。それぐらい私はかぐやが好き。だから、いっそ消えればなんて、言わないで」
「彩葉……。って、わわっ!」
腕の中にかぐやを抱き寄せる。
やっぱり温かい。確かに、温かい。
「私は今、すっごい幸せだよ。向こうの私も幸せかもしれないけど、それ以上に、自慢してあげたいぐらい。確かにお父さんが生きていた世界もあるってことが分かったときはびっくりしたしそれなりに懐かしくもなったけど、でも今までの人生とか選択に後悔は無いよ。だって、ここまで来れたんだから。かぐやは、どう? 今幸せ?」
「〜〜ッ! そんなん、かぐやもだよー!」
「おっと」
ぎゅっと抱きしめ返される。なかなか力が強い。出会った頃はあんなに小さかったのに、こんな大きくなって、大人になって……。いかん、最近やけに涙脆い。歳かな。
でも、こんな歳の取り方なら大歓迎だ。
ベランダに出て冷えていたはずの体は、今やしっとりとした暖かさに満ち満ちている。
外を見ればすっかり明るい。そろそろ朝ごはんにしなきゃ。
でもまあ、もう少し、あともう少しだけ、このままで。
いいよね? だって、今日は土曜日なんだから。
作品コード入力とか初めてやりました。
書きたいの書いたので次こそは本筋に戻ります。
誤字報告や感想などあらば、ぜひ書いていってください。