深夜テンションですのでノリで楽しんでください。
奪い取られたかのように急激に去った猛暑が季節の変わり目を告げた。今年に関してはさして暑くなかったような気がしないでもないが、今なお続く不機嫌な天気模様を前にすればそんなことは最早どうでもいい。女心は秋の空と言われるぐらいだ。駄々下りする気圧とそれに振り回されて大荒れとなった天気を迎え撃つことの方が我々小市民にとっては余程重要なのである。
「ぬぅうう〜〜〜、あ゛ーー」
「うっさい」
「あだ!」
そして荒れているのは、そこな今をときめく銀河級のお姫様も同じことのようだった。
「ぐおぉぉ、リアルな痛み……。なんか最近こういう地味な鈍痛増えた気がする。頭も痛ぇし」
「お、早速アプデが効いてるじゃん」
「……一応聞くけど、何したん?」
「まず天気痛含めた気圧への感度上昇でしょ。それに感覚系の整備、視力の調整、あとは……小指を」
「多い多い多い、月一の量じゃなさすぎる。てかさ、調整するとこ無いからって最近すごいニッチなとこ攻めてない? 体の組成と重さ以外もう普通の人と変わらないンですけど」
かぐやの指摘はほぼ正解だ。確かにこの酒寄彩葉という者、己が科学力を以て好き勝手している側面がある。当初こそ自己増殖性ナノマシンや五感を維持した状態で無機物に意識を拡張・定着する技術、果ては人の消化と同じメカニズムで動く融合炉等、時代を幅跳びでもしてるかのようなノーベル賞ものの発明を数々打ち出していたものだが、ここ数年はそこに接頭辞でも付きそうなことばかりしている。
しかし、これらは目的無く行われているわけではない。一見するとイグノーベル的でも、決して惰性で行われたわけではない。それは遥か月の彼方に、歴史の裏側へと連れ去られたかぐや姫を自分の元に引きずり戻すため、かぐやを真の意味で人間にするために色々と彩葉が苦心してのものだ。言葉にこそしていないが、かぐやもそれは分かっている。
ただそれにしてもニッチすぎるのでどうかと思うというのがかぐやの正直なところ。特にそれが実害をもたらしているともなれば尚更だった。
「そこんところどのようにお考えで」
「あ、ほら見て。新商品発売みたいだよ」
「話逸らすの下手すぎない?」
けどここは敢えて乗ってあげるかぐや。肩越しにテレビ画面に目を向けると、確かに大手フードチェーンの広告らしかった。餅挟んだハンバーガーって本当に美味いのだろうか。そこが妙に気になった。というか、新発売といっても実際は一月以上前からやってるんだけどこれ。かぐやはそうも思った。
どうやら二回連続やるタイプだったようで、画面はさっきとまったく同じ映像を頭から流し始めた。いい加減かぐやは目線を元に戻した。
「それで、彩葉せんせーはどこまでやるつもり?」
「分かってて聞いてるでしょ」
彼女は振り返らない。
「どこまでも」
ただ、テレビ画面に月のイラストと共に商品画像が浮かんでいるのが映り、そこで広告が終わった。
「ふーん」
この頃は六時台でも空が暗くなるようになった。カーテンを開けて外を見てみれば部屋から漏れ出た光で雨粒の一つ一つが暖色に染まるのが目に映る。勢いとしては霧吹きのようで多少は傘無しでも外に出られるだろうが、洗濯物は絶対干せない程度。
ただ問題なのは雨の多寡ではなく、存在だった。
「やっぱ雨か〜〜」
手元のスマホに目を落とす。今日は丁度十五夜。雨レーダーはこの辺り一帯を水色一色に塗りつぶしていた。
スマホをパタリと置き、今度は食卓に突っ伏す。かぐやの向く先、テーブル中央には見事な三方が。渾身の団子を乗せているうえに、芒まで添えられているこだわりのガチ仕様であった。
「ぶあぁあぁ、月見団子をばはや積み立てつ〜〜」
「それはなんか違くない?」
自然現象なんだから仕方が無い。分かってはいるけど、諦められなかった。数週間前に今年の中秋の名月は数年に一度のスーパーなんとかムーンだと聞いてからコツコツと準備を進めてきたのに。今年は彩葉と一緒にやったのに。今更諦めたくなかった。
「彩葉〜〜?」
「駄目」
「まだなんも言ってない!」
「どうせ雨止ませて、雲晴らしてとかでしょ? 前も言ったけどそういうことすると生態系めちゃくちゃになるんだから」
「出来はするんだ……」
彼女の科学力に若干引きつつも、しかしかぐやは力なく俯いた。なんでも思った通りに進むわけではないこと、それはこれまでの経験で既に嫌という程分かっていたはずだ。大体、これほどの長雨が頻発しているのに生活に何も影響が無いことの方を喜ぶべきだ。連日ニュースで報道されている冠水被害を受けた地域の数々。そこに比べればマシなはず。
マシな、はず。
「ご飯にしよっか。お団子も一緒に食べようよ、固くなっちゃう前にさ」
「……うん。分かった」
準備準備〜と台所へ駆けていくかぐや、その背中に彩葉は言葉を投げた。
「ねぇ、かぐや」
「なーに?」
「ご飯が終わったらでいいんだけどさ――
一転して清々しく晴れた夜の空。どこか現実離れした光景は実際、ツクヨミのものであった。
場所は限られた人しか立ち入れない高層ヤグラ。楽しそうに揺れる銀髪のツインテールが美しい。隣の狐耳も喜びを隠せないでいた。
「いやぁ考えたねぇ。確かにここなら天気は自由!」
「今度は月が嘘っ子だけどね」
「いやいや。月とのパスになってる分かなり月っぽくはありますよ〜」
「それもそうか」
二人の視線の先、空には場違いなまでにギラギラの月が煌めいていた。風情なぞあったものではない。
「管理者権限でこんなこともできちゃいまーす」
「ちょっと? お腹いっぱいなんですけど」
「確かに。じゃ一個ずつね」
目の前に出現したプチバーチャル三方を見つめながら、やっぱりこっちだと神がかってるなこの娘、と彩葉は思った。
「ありがとね」
「どういたしまして」
「今日のだけじゃないよ。いつもいつも、彩葉は私のことばっかり考えて、分かってくれてる」
「当ったり前でしょ。何年一緒やと思っとるん?」
不意に手が重なる。
でも、この手はもう冷たくなんかない。
確かに温度がある。
確かに、ここに存在している。
「彩葉」
重ねられた手が離れる。
その手で肩を叩かれる。
視線が自然と、ゆっくりと隣を向いた。
「る、るなみ団子〜」
そこには、団子を両頬にあてた歌姫の姿が。
「照れたね」
「うっさいやい」
「てかそれ私のじゃん」
「何? やっぱ彩葉も食べたかったんじゃん」
「……うっさいやい」
帰ってくるといつもの部屋。
繋いだ手を解く。
外したスマコンの温もりは排熱か、あるいは。
「いやー、たまにはこういうのもいいね」
「だね」
空調でカーテンが揺らめく。
微かに光が覗いたように見えた。
「あれ、止んだん?」
重たい布を退けて、窓の外を見上げる。
そこには。
「……わぁっ!」
それは、さっきまでのと比べると微かで。
儚くて、弱くて、雲がかって朧げで。
それでもずっと温かくて、確かに存在していた。
「ね、彩葉」
「なに?」
柔らかな熱が手のひらの間に生じる。
「月が、綺麗だね」
「ここから見てるからかな」
ぎゅぅと、熱が一層強まった。
「いや」
「二人で見てるからだよ」
ベランダに並ぶ二人の人影。
少し湿り気を残したビル風が妙に心地良い。
「かぐや」
「んー?」
今度は、自分から。
すっかり遠くなった待宵月を見上げながら。
「私、死んでもいいわ」
今までずっと一緒だった。
それは多分、これからもそうなんだ。
そう、していくんだ。
「うん。二人でなら、ね」
小生にしては短め。
今度こそ本筋に戻ります。
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