近頃自身の友人でる、石田三成の姿が見えないと心配した家康は、本人に話を聞きに行くのだが

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豊臣秀吉伝 作石田三成

徳川家康は狼狽した。

 

焼けつくような大坂の陽光の下、絆を重んじる男として培った忍耐力を遺憾なく発揮し、廊下を渡る風を切り、周囲の視線など意に介さず、滝のように流れる汗もそのままに、とにもかくにも、ワシは歩いた。己のやるべきことはただひとつ、友人のもとへ一刻も早くたどり着くことである。

 

 

(必ず無事でいてくれよ、三成!)

 

 

ワシはこの数日間、姿を見せない友人の不機嫌そうな面構えを思い浮かべ、その些か目つきの悪い三成に、友情の勝利を固く誓ったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

武士というのは、戦をしている時よりも、していない時の方がよほど忙しい生き物だ。

 

とくに豊臣の直臣ともなると、それはもう悲惨である。

 

戦がなければ暇かと言われればそんなことはない。

 

むしろ、戦がない分だけ仕事が増えるのだから、たまったものではない。

 

評定だの、書状だの、茶会だの――

 

どれもこれも「失敗しなければよし」とされる類のものばかりだが、それを延々とやらされるのだ。

 

 

(あれでよく皆、発狂しないものだ)

 

……いや、三成は半分ぐらい発狂しているな

 

 

そういうわけで、ワシはいま友人の体調管理に余念がない

 

三成みたいに、潔癖症がそのまま歩いているような男が、きちんと寝ていると思ったら大間違いである。

 

「三成、最近寝てないのか? 顔色がいつも以上に悪いぞ」

 

向かいに座る三成が、表情筋を微動だにさせないまま言った。その手には「秀吉様への忠誠」という前衛的な薬湯(精神的な意味で)が握られている。

 

 

「別に、いつも通りだ」 

 

「いつも以上にだ。ただでさえお前は寝ないというのに、これ以上は倒れるぞ」

 

「そうか。そんなに言うなら貴様が手伝え」

 

「もちろんだ! それで、一体何をやってるんだ?」

 

普段は頼るどころか、自分自身についてほとんど話すことのない三成が、頼ることに。

 

ワシは少し驚いた後、気恥ずかしいが嬉しくなった。

 

 

「秀吉様が、サルと呼ばれていると知った」

 

三成が、表情を変えずにポツリと言った。

 

ワシはその別称について知ってはいたため、それをあまり怒っていないように思える三成に驚いた。

(ちなみに、ワシはあの巨体はどちらかといえば、以前南蛮の書物に乗っていたゴリラが近いと思っているが、さすがにそれを言うほど愚かではない。)

 

「そ、そうなのか!? それが今からすることと関係あるのか」

 

内心冷や汗が止まらない。

 

三成は豊臣のこと、特に秀吉のこととなればその聡明な頭脳は途端に機能しなくなるからだ。よくも悪くも一直線な男のことだから、実はそれを言っていた人間を夜な夜な見つけては切り付けている

「大坂辻斬り魔」になっているから眠れないのだ、などと言われても、納得してしまうぐらいの盲目っぷりだからだ。

 

「三成、わしは友人が辻斬り魔となるのはちょっと……

 

「貴様、何を言っている」

 

 

眉をすごい角度に傾けて怪訝な顔を作る。どうやら三成はそこまでではないらしい。

 

「いや、すまん。てっきり三成のことだから、そんなことを言っている奴を斬り捨てて回っているのかと……」 

 

「何をおかしなことを言っている。私が悩んでいるのはこれについてだ」

 

そう言って三成は棚から一冊の本を出し、ワシに渡した。表紙には、ワシが見慣れた三成が書いたであろう文字が書いてあり、表紙はところどころほつれていて、よっぽど読み込んでいることがそこから読み取れた。

 

「これは……? 日記か何かか?」

 

 

「中身を見てみろ」

 

ワシは言われたままページをめくる。と、白い用紙とともに一つの題名が書かれている。 

 

「豊臣、秀吉、伝?? 三成、これは何なんだ」

 

「あのような別称が広まるのは秀吉様の素晴らしさを知らないせいだ。私はそれに怒りよりも哀れみを感じた」

 

「そうか、三成、お前も……」

 

少しずつ、変わろうとしているんだな。

 

初めて会った時は、豊臣に逆らうものすべてを切り捨てていた三成だったが、排除以外のことを、こんなに悩みながらも不器用ながらにも実践しようとしているのか。

 

感動したワシは、笑みを三成に向ける。

 

「読んでもいいか?」

 

「ああ、そのために貴様を呼んだ。恥ずかしい話だが、私の今の文章では秀吉様の魅力について表せない。一人で行き詰まっていた。感謝する」

 

 温かい気持ちになりながら次のページに手を伸ばす。

 

「なになに、――日輪、大坂の地に堕つ。その時、大地は地鳴りが巻き起こり、水、地、空すべての生き物が祝福

し、枯れ木は一瞬にして純金の果実を実らせた。これこそが、我らが主、豊臣秀吉様の御誕生である」

 

だが、読み終わったころにはすっかりと、そのような暖かい気持ちは過ぎ去っていた。

 

「なぁ三成、一応聞くがこれは『伝記』だよな」

 

「? そうだとさっき説明しただろう」

 

「ワシには、どちらかといえば……いや、言わなくとも神話に見えるんだが」

 

「まぁ貴様がそう思うのも無理はない。秀吉様は神のように神々しいお方だからな」

 

「いや、そうではなく――」

 

「貴様!! 秀吉様を愚弄するのか!!!」

 

「違う、違うぞ三成。秀吉殿は尾張出身じゃなかったか」

 

「秀吉様の存在そのものが奇跡なのだから、誕生の瞬間に地殻変動が起きるのは必然だろうが!」 

 

「家康、やはり貴様になど相談するんじゃなかった」

 

刑部、刑部はどこだ!! そういう三成にワシは慌てた。

 

「いや、すまん三成! そんなつもりではなかった! そうだ、次はおすすめの話を見せてくれないか?」

 

 

「わかったのならいいが、つぎはない」

 

三成は至極めんどくさいというような顔をしながら、次のページを指した

 

 

「これだ」 

 

「なになに、ある日秀吉様が、例年不作続きの土地へ赴いた……」

 

読み進める。秀吉殿が後ろを向けと言えば、荒れ果てた畑が大きな実をつけていたという話だ。

 

(お、これならまだ、奇跡の範疇として許容でき……)

 

「……三成、その程度の描写では……凶事よな……」

 

背後から響く、不気味な車輪の音。刑部の登場だ。

 

「刑部! どこに行っていた、貴様の知恵を借りたい!」

 

 

三成がいつもより機嫌のよい目で刑部を仰ぎ見る。

 

「……三成、百姓の畑の話だが、ただ実がなっただけでは秀吉様の『覇気』が伝わらぬ。……その実り、すべて純金に変えておけ」

 

「な……!? 刑部、それじゃ百姓が食べられないじゃないか!」

 

「……食わねばよかろう。秀吉様から賜った黄金を愛でて死ねるなら、百姓としても本望……。三成、『百姓は涙を流して喜び、その黄金を抱いたまま昇天した』と書き加えろ……」 

 

「流石は刑部! 秀吉様の慈悲は、生死の境すら超越するというのだな! 家康、今のを書き留めろ、早くしろ!」

 

「書けるわけないだろう!? どんどん怖い話になってるよ! 秀吉様、ただの祟り神みたいになってるじゃないか‼」

 

ワシの悲鳴を無視して、二人の筆は加速していく。

 

「次はこれだ、刑部!天から米が降り、飢えた民は一瞬で腹を満たした。敵軍は、あまりの神々しさに秀吉様をみたことで、自身の醜さにきずき、そのまま出家した! 」

 

「……ふふ、面白い……。ならばその米、一粒の重さを十貫にしよう。空から降るそれは、まさに天罰……。敵軍は米の質量に押し潰され、豊臣の軍門に下るのだ……」

 

「米で圧殺!? 秀吉様を何だと思っちゃうの!?」

 

 

その後、挿絵を提供しに来た左近の絵が拙すぎて三成にキレられたり、様子を見に来た半兵衛はその本をよみながら笑いころげるなど現場はもはやカオスへと化した。

 

結局、その場は、徹夜で気が立っている三成を、ワシと半兵衛がかりで布団に押し込み、強制的に寝かせるということで満場一致となった。

 

(完)

 


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