約束を果たしましょう   作:燈台

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予定通り遅刻いたしました。
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やっぱりリゼロ第三話はやばかった、第四話はかっこよかった、第五話は――果たして平和回なのか!?


第一章  03「立ち上がっても」

「――菜月、さん?」

 

 スバルがそれに気付いたのは、声が聞こえてからだ。

 冷たい床も、教室も、自分の影ですら視界に入れたくなくなったから。

 

 まだ完全には座る姿勢になれるほどの気力が戻っていなくて。だから、少しだけ顔を上げると、視界に、冷たい物は映り込まなかった。――否、映り込んでいたがそこに意識が向かなかった。

 

 代わりに、映り込んだのは――。

 

 ただの桃色ではなく、蛍光色の異物――否、女子生徒が履く上履きだ。

 それが誰の物か、スバルには一目で見抜けるほどの観察眼は(そな)わっていない。

 ただ、声から。その銀の鈴を鳴らすような声から、靴を履いている人物が誰なのかすぐに特定できた。

 

「――ナナ?」

 

 目の前に立っている人物はおそらくナナだろう。

 彼女が戻ってきたということは、軍と連絡が取れたのか取れていないのか――そのどちらかだ。

 その結果がどちらだったか訊こうと、今度は座る姿勢に直そうと体を起こす。

 

「――ぇ」

 

 予想通り、目の前に立っている人物はナナだった。普通だった。全体が桃色で、毛先だけが白色の髪を白い花形の髪飾りで結い、エメラルドグリーンの瞳を宿していた。――ただ、彼女が唖然としていたこと以外は。

 

「菜月さん、泣いていますよ……? どうかしたんですか…?」

 

 何をしているんだと、スバルへ視線が飛ぶ。

 

 ああ、泣いていたのか。

 流れる涙を乱暴に拭ってから、ぼやける視界を元に戻そうと何度も瞬きをした。

 

 ナナは「とりあえず、教室に入りましょう」と、後ろの方に指を差してスバルに手を差し伸べる。

 気を遣わせるなんて、なんと情けないことだろう。自分で自分に腹が立って、それをナナにぶつけるわけにもいかないから心の中ですり潰した。

 

 でも、格好をつける以前に、保健室に行くよりも、したいことがあった。訊きたいことがあった。

 だから、彼女が差し伸べてくれた手を取ろうとする思いを端に寄せ、自分で立ち上がった。

 ――まだ微かに、吐き気を催すほどの密閉感は残っていたが。

 

「ごめん、大丈夫だ。――ナナ、軍と連絡は取れたのか……?」

 

 恐る恐る、鼓動が速くなる心臓に右手を当て、ナナにそう問うた。

 

 ナナは、スバルの茶色がかった黒目と目を合わせると――、

 申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……すみません。軍の方と連絡はまだつけられていません。先生が必死に電話をしていますが、全然繋がらないみたいで……」

 

「そんな」

 

 この島は、『人類の敵』を倒すために子供たちが集められる場所ではなかったのか。

 何のために、軍に電話が掛けられるようになっているのか。――生徒達が、危険に曝されたときに助けられる最高戦力がすぐさま駆け付けられるようにするためのはずだ。

 

 俯いても、何かが変わるわけではない。かといって、俯かないようにするのは今のスバルには無理だった。

 

「菜月さんが『人類の敵』が来ることを教えてくれたから約二時間。あと四時間ほどで『人類の敵』がわたし達を殺しに来るはずです」

 

 ナナの温かい声とは裏腹に、整理された内容はひどく冷たいものだった。ナツキ・スバルが――否、ナツキ・スバルを含む学校にいる者全員が死んでしまうまで、あと四時間。

 二時間の大半を、スバルは無駄に浪費しただけだった。それどころか、ナナオを傷つけただけだ。

 

 今度は深く、床に映る影をもう一度睨みつけるために俯こうとする。だが、ナナの「それまでに、」という声に引っ張られ、彼女の目を見るために少し頭を上げた。

 

「――軍ともし連絡が取れたときのために、菜月さんには職員室に居てほしいんです」

 

「――。職員室?」

 

 彼女が何を言ったのか、理解が出来なくて反応が遅れる。

 

「はい。何故、電話を掛けてきたのか。軍の方を説得できるのは菜月さん以外に居ませんから……」

 

 スバルを見上げる彼女は、申し訳なさそうに目を逸らした。けれど、自分にはそれを、成し遂げられるとは到底思えない。

 

 「ごめん」と、勇気なんてどこに含まれているのかわからない言葉を放とうとしたとき、逸らしていた彼女の瞳がこちらを向いた。

 エメラルドグリーンの瞳。美しい植物を思わせるようなそれは、スバルが瞬く度宿す光が強くなっていく。

 頭一個分ほど彼女の方が身長が低く、『人類の敵』との体格さが大きいかもしれないのに、彼女の瞳は揺れていない。勿論それは、今の彼女がまだ一度も『人類の敵』に出くわしていないからこそかもしれないが、それを否定するべきではない。

 もしきっと、スバルがナナの立場だとして、瞳が揺れないという確証は微塵もないからだ。

 

 

 「わかった」と声を上げるまで、一体どれほどかかったのかはわからないが――、

 

 彼女は微笑み、「わたしは皆さんに報告してきますね。何かあったら連絡します」と言うと、スバルの横を通り過ぎて、教室の扉の前で止まる。

 

「ここで何もしないってのもできるけど、」

 

 手を振っているナナの顔を見て、より一層断れなくなった。

 孤独な廊下を、彼女の光がそのままにしてくれない。

 

 優しいナナの表情を背に、何も掴めない手を握りしめ、スバルは職員室へ向かった。

 

 

  * * *

 

 

「職員室、まさか自分から行くことになるなんてな」

 

 ――絶対に行きたくないと思っていたのに。

 

 設置された看板を見上げ、視線を戻し目をつむると、慌ただしい教員達の声が聞こえた。

 

「大丈夫」

 

 何度か深呼吸をし、心拍の上がりを落ち着かせて勢いよくドアをスライドした。

 

「――すみません、軍の人との電話のことで」

 

 最初は声を張り上げることができたものの、その威勢もすぐに風船から空気が抜けるようにしぼんでしまった。

 

「――あ、菜月くん! こっちに来て!」

 

 俯きかけたスバルを呼んだのは大量の汗をかいている見慣れた教師だ。彼は、職員室の奥にあるパーテーションで仕切られた場所へ手招きをすると、また奥へと戻っていく。

 スバルの予言のせいで大変なことになっている職員達も、電話を必死に掛けている。床に何枚も落ちているプリントは、どれも『人類の敵』や生徒達のプロフィールだ。

 

 床を埋めるプリントを踏まないように、道を塞ぐ椅子にぶつからないように注意しながら、パーテーションの向こう側へと辿り着く。

 

「取りあえず座って」

 

 仕切られた部屋の奥にある、向かい合って二つ置かれた橙色ソファーと焦げ茶色のローテーブルの間を通り、スバルは壁側の方に座る。

 

 教師は、低い棚の上に置いてある固定電話のボタンを押すと、左耳にあてる。コールが何度も繰り返され、二十秒以上待っても相手の応答はない。眉を下げて、教師はスバルの向かい側に座った。

 

「ずっとこんな調子なんだよ。軍との連絡はしょうがないとしても、上の人とも繋がらないなんて……」

 

「すいません、大変ッスよね。でも、『人類の敵』と戦うためにはどうしても」

 

 二時間、ずっと。けれど、英雄のようにできないスバルにとって、今行える手段はこれしかない。

 

「……うん、それは分かっているんだ。『人類の敵』を予知したときのことを詳しく教えてくれないかい?」

 

「あ、はい」

 

 詳しくというのは少し難しい。スバルの能力が予知能力ではなく『死に戻り』ということが露呈したとしても、弁明する余裕などない。

 

 ――だからここは、上手く誤魔化さなくてはいけないのだ。

 

 

  * * *

  

 

 言葉を聞いた教師は、スバルが瞬いた頃には頭を抱えていた。しばらくの沈黙の後、やっと顔を上げると「昨日もそうだけど、菜月くんは『人類の敵』について知らないの?」と、眼鏡を掛け直してから訊いた。

 

 一瞬目を見開いて、それから「はい」と答えた。

 今が、『人類の敵』について深く知るチャンスではないのか――と、教えを乞おうとした言葉を発しようとした口を閉じる。

 遥か遠くに感じてしまうような、今すぐにでも消えてしまいそうな、薄い記憶をたぐり寄せて、それから引っ張り出した。

 

「あれ? でも先生、『人類の敵』は見たことなかったんじゃねぇの?」

 

「そうだよ。でも、見たことある人の話は聞いたことがあるんだ」

 

「――! それって誰の?」

 

 教師の発言に驚いて、スバルはローテーブルに思い切り手をついて立ち上がる。無論、すぐにソファーに座りなおしたが。

 

「いや、聞いたことがあるというか、教科書に載っている程度の――、」

 

「お願いします!」

 

 教師の言葉に重ね、それから勢いよく頭を下げる。おかげでローテーブルにも勢いよくぶつかったのはご愛嬌。

 そもそも、教科書をちゃんと読んでいないのだ。教師から教えてもらえるだけでありがたい。

 

「本当は柊さんや小野寺くんにも話したかったんだけど、転校生で授業が遅れている分、今説明するね」

 

 

 教師の話によると、前半部分は前に聞いたはずのナナオの説明と同じだったが、初耳の情報もあった。

 

 ――『人類の敵』には個体差があること。

 見た目や性格が同じ者はいない。もし『人類の敵』を見ても、その個体の姿形だけを警戒すれば良いということではないらしい。

 

 ――『人類の敵』は”飛べる”者もいること。

 二次元だけに囚われてはいけない。上から襲って来る可能性だってあるのだ。

 

「やっぱ、あのとき俺とナナオを突き落としたのも、『人類の敵』か…」

 

 最初に突き落とされたとき、誰が突き落としたのか全く見えなかった。でも、突き落としたのが『人類の敵』ならば、あのとき頭に当たった衝撃は、能力とは程遠い、物理攻撃だった。

 その頭に残った違和感を杞憂だと振り払い、再び教師の目を見る。

 

「菜月くん?」

 

 急に考え込んだと思ったら顔を上げるものだから驚いてしまっただろう教師を置いてけぼりにして、スバルの頭の中はフル回転していた。

 

「――飛べる、飛べる、飛べる。『能力者』と同じことができんのか?」

 

 『人類の敵』も『能力者』と同系統のものが使えるのかもしれない。

 前にも推測していたが、それが事実となってしまったら――。

 能力を自分達だけのものだと驕れば、すぐに奈落へ突き落とされるだろう。

 ナナを突き落とそうとしたあの『風』も、やはり『人類の敵』が使っていたのなら。

 

 ――どちらにしろ、警戒するしかない。

 

「今確定してる『人類の敵』の力は風だよな。何人いるかもわかんねぇし……」

 

 もういっそ、生徒達のように能力のリストでもあればいいのだが。

 

 

「そろそろ、軍ともう一度連絡をしてみよう」

 

 教師は言葉を発してからすぐに立ち上がると、スバルから見て左側に歩いていく。

 棚の上、固定電話のボタンを迷いなく押し、受話器を取って左耳につける。その後、永遠とも感じられるような空白が生まれ――、

 

 教師は首を()()振った。

 

 

 諦めきれず、また教師は電話を掛ける。

 

 ――首を横に振った。

 

  

 また電話を掛ける。

 

 ――首を横に振った。

 

 

 電話を掛ける。

 

 ――首を横に振った。

 

 

 電話を掛ける、首を横に振った。電話を掛ける、首を横に振った。電話を掛ける、首を横に振った。電話を掛ける首を横に振った。電話を掛ける首を横に振った。電話を掛け首を横に振った電話を掛ける首を横に振った――、

 

 

 幾度となく繰り返され、それにはまるで終わりがない。

 

「――っ」

 

 また、なのだろうか。

 何度電話を掛けようが、軍は電話に出ない。

 本当に気付いていないのか、それとも『能力者』を何とも思っていないのか。

 

 堪えきれずスバルは立ち上がり、心に溜まった怒りを床にぶつける。ダン、と音を立て、教師の左斜め後ろに立ち、液晶に表示されている時間を見て、心拍数が上がった。

 現在の時刻は、16時44分。『人類の敵』が来るまであと一時間半ほどしかない。

 

 ――なのに。

 パーテーションに遮られていない空間を横目に、スバルは受話器を取ろうと手を伸して、

 

 

 ――右目に異物が入り込んだ。

 職員ではない。椅子ではない。資料でもない。それは、ここに来る理由がないはずだ。

 

 

 

 

「――柊ナナさんはここに来ていませんかっ!」 

 

 

 それは――否、その人物は、数時間前に喧嘩したはずの中島ナナオ(クラスメイト)だったのだから。




最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回の投稿は…一週間後にしたいけど全然進んでいないのでまた遅れるかもしれません。
やっぱり定期更新は無理だ…もうすでにできてないし…
今後ともよろしくお願いします!
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