『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』 作:うずつるぎ
第50層の突破。それは人類が長年成し得なかった快挙だ。
ダンジョン第50層の主『終焉を喰らう者』が霧散し、地下深くに数百年ぶりに「本当の光」が差し込んだことを、街中が酒と歌に酔って祝っている。
俺が拾い上げた最高の仲間たちも、今は等しく勝利の美酒に浸っていた。
その光輪の端で、憲兵たちに力ずくで押さえつけられ、地面に這いつくばっている一人の女がいる。
「嘘……嘘よ……。アタシの計画が、王国の威信を懸けた工作が、こんな……こんなバフ師ひとりに……ッ!!」
マルレーヌだ。
艶やかだった藤色の髪は泥にまみれて乱れ、豪華だった魔法衣はボロ雑巾のように引き裂かれている。彼女は拘束魔法の鎖に繋がれながら、なおも執念深く俺を呪うように睨みつけた。
「放しなさい! アタシを誰だと思ってるの! 王国が黙ってないわよ!!」
喚き散らす彼女の言葉を遮るように、巨大な壁のような影が彼女の前に立ちはだかった。
自由都市アエテルナの支配者にして、冒険者協会長マキシム。
彼は鋼鉄を思わせる巌のような肉体に、一切の揺らぎを感じさせない静かな威厳を湛え、冷徹な瞳でマルレーヌを見下ろした。
「王国か。残念ながら、先ほどあちらの特使から連絡が入ったぞ。自由都市の経済と治安を混乱させた全責任は、すべて『独断で暴走した魔導師マルレーヌ』にある、とな」
「な……ッ!? 嘘よ、そんなの嘘だわ!!」
「王国は貴様という『負債』を切り捨てることにした。トカゲの尻尾切りだ。……マルレーヌ、貴様は本日をもって自由都市アエテルナから永久追放、および国際指名手配とする。然るべき牢獄で、自分がいかに未熟であったかを一生かけて反省するがいい」
「そんな……ああ、ああああああッ!!」
かつての毒婦は、無様な悲鳴を上げながら引き立てられていった。
王国の魔の手は去った。
路地裏に集まった野次馬たちの凄まじい罵声を浴びながら、彼女の姿は二度と表舞台へ戻ることのない闇の中へと消えていった。
その場の鬱憤が晴れたところで、マキシム協会長が再び前を向き、腹の底まで響くような、地響きに似た朗々とした声を周囲に響かせた。
「それでは発表する!!」
「階層ボスを討伐し、王国の陰謀を砕いた若き英雄たち……。ギルド『白銀の黄昏』を、本日より最高位・Sランクギルドへと昇格させる!!」
地鳴りのような、爆発的な大歓声が街を揺らした。
俺の隣で、ティナが感極まって涙を流し、マフユが「おおお! 拙者たちがSランク……夢のようでござる!」と飛び跳ねている。
ルオンは照れくさそうに顔を背けていたが、その唇は微かに笑みを湛えていた。
リアナは優しく俺の肩を抱き、「頑張ったね、ルーくん」と耳元で囁いてくれる。
そして、壇上にはもう一人、男がいた。
勇者ゼノンだ。
彼は壇上の中央へ進み出ると、集まった群衆、そして俺の前で、深く、深く頭を下げた。
「みんな、聞いてくれ!! 俺は……俺は愚かだった! 仲間の価値を理解せず、自分のプライドのためにラルスを追放し、みんなを危険に晒した! 呪われていたとはいえ、それは俺の心の弱さが招いた結果だ!」
広場が静まり返る。
ゼノンは俺の目を見て、真っ直ぐに続けた。
「ラルス。……俺のギルド『黄金の暁』は、お前のギルド『白銀の黄昏』に合併させてほしい。俺を、お前の部下にしてくれ。……お前が作る『誰もが笑える最強』を、俺も一番近くで支えさせてほしいんだ」
かつての傲慢な勇者はもういなかった。
俺は一瞬だけ驚き、次いで苦笑して、あいつの右手を強く握りしめた。
「部下じゃない。……『共同経営者』だ、ゼノン」
俺の言葉に、ゼノンが目を見開く。
「お前の『武』は、最大の資産だ。それをどう運用するかは、俺がコンサルティングしてやる。……ただし、あのバフは禁止だぞ? ホワイト経営がうちの社訓だからな」
「…………ああ!!」
勇者とバフ師。
かつての相棒が、再び一つになった瞬間、歓声は最高潮に達した。
♦♦♦
それから、さらに数週間。
新しく合併・設立された超大型ギルド『白銀の暁月(ぎょうげつ)』の本拠地。
広々とした執務室で、俺は【神の眼】を使いながら、新しいクエスト・プランを練っていた。
「ラルスさん! 今月の……ふくりこーせー? ちょっと予算オーバーじゃないですか? 冒険者専用の温泉施設を増設するなんて……」
「ティナ。それは『無駄遣い』ではなく『未来への投資』だよ。社員の肉体的・精神的な幸福度が上がれば、攻略成功率は統計的に15%向上し、負傷による欠勤コストは40%削減される。結果的に利益は増えるんだ」
「なるほど! さすがはラルスさんです!」
窓際では、ティナが新しい秘書業務に四苦八苦しながらも、楽しそうに笑っている。
「ラルス殿ーっ! おやつの団子を持って参ったでござるー! ……あ、あわわっ!?」
「マフユ! 貴重な書類の上で転ぶな!!」
ドタン、という景気良い音と共に、マフユが床と親睦を深める。
それをルオンが「……相変わらずね」と呆れながら、最新式のバリスタを磨きつつ眺めている。
「ルーくん、コーヒー入れたよ。少し休もう?」
リアナが淹れてくれた香りの良い一杯が、疲れを癒やしてくれる。
ふと窓の外を見ると、訓練場ではゼノンが新人冒険者たちに「安全第一」を説きながら、熱心に剣を教えていた。
「……いい光景だな」
かつては「無能」と蔑まれ、ゴミのように捨てられた。
だが、あの絶望があったからこそ、俺は気づくことができた。
数字の裏にある人の想い、効率の先にある本当の価値。
俺の【神の眼】には、まだこの先の景色が見えている。
第51層から先、まだ誰も見たことのない未知の領域。そこには、さらなる強敵と、さらなるフロンティアが眠っている。
「さて……。休憩は終わりだ。……諸君、業務を再開しようか」
俺の言葉に、仲間たちが一斉に顔を上げる。
「次の目標は、世界全体の『冒険者業界のホワイト化』。……そして、この世界の最深部だ」
俺は琥珀色の瞳を鋭く光らせ、不敵に笑った。
最強の脳筋、最強の盾、最強の矛、最強の癒やし、最強の近衛。
そして――それら全てを掌握し、最適化する最高の指揮官。
俺たちの「本当の冒険」は、まだ始まったばかりだ。
(完)