メシマズテイワットで「食育」をする話   作:メシマズ世界観はいいぞ

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Attention!
この小説には以下の要素を含みます

・原神のストーリーのネタバレを含みます
・この話の主人公は旅人じゃありません。Not旅人です
・キャラ崩壊があるかもしれません
・いろいろと捏造に次ぐ捏造してます
・オリ主の味付けが濃いです。めちゃくちゃ濃いです
・今回はメシマズ世界観となっています
・作者の趣向は、貴方の地雷の可能性があります
・「細かいことは気にすんな!!」精神で読んでください

上記の注意書きの内容が無理な人は閲覧をやめてください



読んだ後の批判は受け付けません






それでも「読んでやるよ!」と言う方はどうぞ↓




メシマズテイワットで「食育」をした私が、責任を取れと迫られる話

「お疲れ様でした!!」

「ああ、お疲れ様。またよろしく頼むよ」

 

ランバド酒場の手伝いが終わり、レストランを出て行く夕実。

その手にはバスケットに入ったサンドイッチがあり、それが彼女のお昼ご飯だ。ちらちらとレストランで食事をしている人たちから見られ、噂されていることにも気づかず、夕実はサンドイッチを食べるのにちょうどいい場所を目指す。そして見つけたのが、ほど良く日の当たるベンチだった。

 

「ここならいいかな」

 

ざわざわと風によってざわめく木々。寒すぎず、暑すぎないここなら、美味しくサンドイッチを食べることが出来そうだ。くぅ、と小さく鳴る腹の音に苦笑を浮かべながら、ちょこんとベンチに座る。夕実の書いたレシピによって料理が変わったランバド酒場は大盛況で、手伝った夕実もばたばたと右へ左へと忙しかったのだ。(なお、夕実の作る料理を目当てに来る人がいつもより増えていることを、彼女は知らない)

訪れた国で空とパイモンが冒険者協会からの依頼をこなしている間、その国のレストランや食堂を夕実が手伝う。その日課が当たり前になっており、夕実は結構気に入っている。なんというか、実感がわくのだ。作った料理が食べた人たちの血肉となり、しっかりとした栄養になっていることが嬉しい。出来ることなら、あの黒焦げの料理には戻ってほしくない。

 

ぱかり、とバスケットを開け、サンドイッチを取り出す。しゃきしゃきのレタスにしっとりと沁み込んだ照り焼きソースを纏ったお肉が香ばしい匂いを漂わせる。食欲に逆らうことなくぱくり、と口にして噛めば、口の中に幸せが広がる。良かった、今日も大成功だ、と自画自賛し、夕実は食べ進める。そして一個目の最後の一口を食べようとして、

 

 

後ろに無言でこちらを見ながら佇む見知った人間の姿に、思い切りむせた。

 

 

「げほっ、ごほっ……。な、なんで毎回無言で私の背後に立つんですか、アルハイゼンさん!!」

「君が気付かなかっただけだが?」

「声かけてくれなきゃ気付けるわけないでしょうが!!」

 

あまりにも理不尽な物言いに夕実はツッコむが、アルハイゼンはどこ吹く風だ。そのまま表情を崩すこともなく、夕実の座っていたベンチに己も腰かける。距離は微妙に空いているが、向けられる視線に距離は関係ない。じっとアルハイゼンは夕実を……正確には彼女の手にあるサンドイッチを見つめる。言葉を発することもなく、無言のまま。穴でも開いてしまいそうなその視線に、無言の圧に、一般人の精神を持っている夕実が絶えられるはずがなく。それに、彼がこうなってしまった責任は自分にもあるので。すす、とサンドイッチの入ったバスケットをアルハイゼンの近くに移動させる。

 

「半分だけなら、食べてもいいですよ」

「ああ、ありがとう」

 

礼を言うが早いか、アルハイゼンはバスケットの中に入っていたサンドイッチを手に取り、黙々と食べる。どうやら今日作った照り焼きソースの味付けが気に入っているようで、食べる速度が速い気がする。今日もきっとこうなるだろうからと、サンドイッチを多めに作っておいてよかった。それを察知できるという事実に喜べばいいのか、悲しめばいいのか。それも分からないまま、夕実はサンドイッチを食べる。やっぱり、味は変わらず、美味しかった。

 

 

 

 

『夕実はアルハイゼンの説得をお願い!!俺とパイモンはナヒーダの説得に行くから!!』

『それ、一番無茶がありませんか、空君?』

 

モンドや他の国のように「食育」を進めるため、スメールに訪れた夕実が真っ先に隣にいた空に言われたセリフがそれだった。

レシピをレストランや食堂にスムーズに渡すためには、上の立場の存在たちの説得が必要。スメールといえば、神であるナヒーダと教令院のトップであるアルハイゼンが当てはまるだろう。だからと言って、あの書記官に一人で説得に行かせるのはどうなのか。普通、そこは知り合いである空とパイモンがアルハイゼンの説得に、自分がナヒーダの説得に行くべきではないか。そう伝えれば、空は大丈夫だから、と笑う。

 

『事前に手紙で知らせたからさ、問題ないって』

『いや、問題あると思うよ?』

 

いくら手紙で伝えてあるとはいえ、夕実はスメールに来るのは初めてだ。つまり、スメールに住む人間とは初対面。それはアルハイゼンにも当てはまっていて。あのマイペース全開、合理性の塊の文弱の説得は荷が重すぎる。だが、ナヒーダのいるスラサタンナ聖処には怪しい人物は入れない。それは夕実が入れないということと同意義で。なので、夕実は泣く泣くその意見に賛成するしかなかった。「大丈夫、夕実の料理なら一発OKだから!!」と背中を押してくれてるのか分からない言葉を最後に、スラサタンナ聖処に向かう空とパイモン。一人になった夕実は不安を抱えながらも、アルハイゼンのいる家へと向かう。そしてたどり着いたそこで、緊張のままにノックを二回。すると、少しの間をおいてから、ドアが開く。

 

『こ、こんにちは。私は、』

『……ああ、君が旅人の言っていた人間か』

 

見下ろしてくる緑色の瞳は、どんな感情を宿しているのか、分からなかった。

 

 

 

『すまないが、俺は君たちのやることに協力する気はない』

 

入り口で話すのもなんだから、ということで家にお邪魔して少し。サンドイッチの入ったバスケットをテーブルの上に置き、さあどうぞと言おうとした夕実に、リビングにあるソファに座りながらアルハイゼンのそう言い放った。夕実は「え」と困惑する。まさかの真っ向からの協力しないという宣言。その理由を聞きたくて、おそるおそると言うように夕実は質問する。すると、アルハイゼンは淡々とした声で答えた。

 

『君たちのいう料理の改善だが、やる理由が見つからない。健康的な身体を作るため、と言われているが、今のままでも充分健康的だ』

『い、いや、今は大丈夫でも後々大変なことになることも、』

『そもそも、昔から伝わっている料理の方法を変えるという大変さを考えたことはあるのか?今は食物にアビスによる異常がなくなったとはいえ、その料理方法でなければ食事をすることも出来ない人間だっているだろう。その人間に無理やり食べさせるつもりか?』

『う、うぐ……』

『このことから、俺は君たちのやることに協力しないことにした。話は以上だ』

 

話は終わった、と言わんばかりに本を読み始めるアルハイゼン。だが、アルハイゼンの言うことは、他の国で起こったことの事実でもあった。昔から伝わっている料理の方法を変えることは、食事関係に置いて混乱を招くこともある。実際、このスメールに来るまでに行った国、モンドと璃月、稲妻も素直に受け入れることが出来たかと言われれば首を横に振るしかない。だからこそ、夕実は自分の作った料理を上の立場の人に食べてもらい、納得してもらってからレシピをレストランや食堂に下ろしてもらったのだが……。

 

⦅な、難易度が高すぎる……!!⦆

 

上の立場の存在達に認めてもらうのがスムーズだったのは、空という存在がいたからだ。彼がいたから、話も通しやすかったし、説得力も違った。だから、レシピの普及もそこまで悩まずにできた。だが、今回は違う。空とパイモンは傍におらず、頼れるのは己のみ。そして説得するべき相手は、マイペースで合理性の塊で、教令院のトップの文弱。夕実はもう泣きたくなった。今すぐにでもこの家から出て行って、空とパイモンに泣きついてしまいたい。

しかし、それは許されない。もとはといえば、自分が各国に「食育」をするために始めたことなのだ。その当事者である夕実が逃げて良いはずがないし、諦めるわけにもいかない。なら、どうすればいいか。この「食育」を良いものだと納得してもらうためには、やっぱりバスケットの中にあるサンドイッチを食べてもらうことが一番だろう。

そのために、するべきことは。

 

 

『……ふーん、空君とパイモンからスメールの人は思慮深くて凄い人たちだって聞いてましたけど、そんなことないんですね』

 

 

その声は、心底呆れた、と言わんばかりのものだった。

ぴくり、とアルハイゼンの目じりが動き、夕実を見やる。鋭い視線に、夕実は情けなく震えそうになる身体を必死にこらえ、嘲笑うかのような、人を見下すかのような表情を作った。ひく、と口の端が引き攣ったことに気付かれないことを祈ったまま。

 

『健康的の意味が分かってます?肌ツヤが悪い、筋肉が付きにくい、疲れが取れない。そういう人間が健康的であると、何故言えるんですか?若い時からそんな状態なら、歳を取った時にどうなるか、分からない貴方ではないでしょう?』

『……』

『少なくとも、私が皆に食べてもらおうとしている料理は、その悩みをゆっくり解決していくものです。その証拠に、空君とパイモンがいる。彼らに聞いてもらえれば分かりますよ。私がレシピをもとに作る料理がどれだけ素晴らしい物か』

 

自分の言っていることが正しいんだと、心の底から信じている声音で言葉を紡ぐ。生意気だと思われてもいい、嫌われてもいい。この「食育」のためには、目の前の彼が、アルハイゼンの力が必要なのだ。なら、ここで怖気づいてしまうわけにはいかない。彼の心を刺激して、サンドイッチを食べさせる。それが、夕実にとっての勝ちだ。

 

『それに、昔から続いていることを変えるのは混乱を招く可能性があることは認めましょう。でも、スメールでもありましたよね?アーカーシャという便利な、慣れたものが使えなくなったことが』

『そのことまで知っているのか』

『空君から教えてもらったんです。でも、そのアーカーシャが無くなったとしても、人は慣れていく。別の方法で調べたいことを調べて、知っていく。それをアルハイゼンさん、あなたが一番近くで見ていたのでは?』

『……』

『料理も同じです。調理する方法が昔と違っているとしても、その変化にゆっくり慣れていくものだと私は信じてるし、実際にその光景を見ています。……まさか、かの教令院にいる人が自分の推測だけで「これは信じられない、受け入れられない」なんて言うつもり、ないですよね?』

 

スメールの教令院は、少なくとも憶測だけで判断するような場所じゃないと信じている。体験し、実験し、知りたいことを知っていく。それをするための場所のはずだ。そのことを、そこで勉強していたアルハイゼンが一番分かっているはずだ。だから、夕実はそこを突く。少しの隙を狙い、興味を引かせる。なら、あとは、

 

『アルハイゼンさん、貴方の協力を無駄にはしません。だから、一口で良いんです。このサンドイッチを食べてみてくれませんか』

 

ぱか、とバスケットを開ければ、そこには白いふわふわの食パンで挟んだサンドイッチがある。しゃきしゃきのレタスと、みずみずしいトマト、そしてタレでコーティングされた大きなお肉が誰かに食べてもらうのを今か今かと待ちわびている。

サンドイッチを一瞥し、少し間を置くアルハイゼン。しかし、夕実の視線と言葉に、そしてサンドイッチへの興味が自分の意見より少し上になったらしい。はあ、とため息を一つ。その大きな手でサンドイッチを一つ掴み、一口かじる。もく、もく、と噛み続け、また一口かじる。その光景を、夕実は黙って見ていた。

 

⦅……き、気まずい……⦆

 

一言も発さずサンドイッチを食べ続けるアルハイゼン。その表情は変わることなく、すましたままだ。美味しいとも不味いとも言わない。ただ、食べ続けていることから不味くはないらしい。……多分。

しかし、依然空気は固いまま。「早く空君とパイモン、戻って来て……!!」と心の中で助けを求める夕実の前で、また一個とサンドイッチを食べ終えたアルハイゼンの手が止まる。どうかしたのかとバスケットの中身を見れば、そこには空っぽになっていた。

 

『……君も、食べたのか?』

『いや、食べてないですよ。それはアルハイゼンさんが一番分かっているのでは?』

 

夕実はアルハイゼンがサンドイッチを食べている間、動いていない。つまり、バスケットの中に一杯にあったサンドイッチは、彼が全部食べたということで。再び無言になったアルハイゼンは、思案するように少しだけ首を傾げる。なんだか心なしか、頭部のアホ毛がしおれているような……。その姿を何も言わずに眺めていると、こんこん、とドアがノックされた。そのノックにアルハイゼンが入っていいと許可をすれば、ドアが開かれる。そこにいたのは、夕実が待ち望んでいた人たちで。

 

『ただいまー!!夕実、ナヒーダの説得は上手くいったよ!!』

『サンドイッチとキャンディー、すごく喜んでたぞ!!』

『そ、それは良かった……』

 

どうやら空とパイモンによるナヒーダの説得は上手くいったようで。だが、アルハイゼンの説得が上手くいったかというと、なんとも言えない顔をするしかない。どうしよう、どう伝えようかと悩む夕実だったが、ばさ、と目の前のテーブルに広げられた紙束とペンに目をぱちぱちと瞬かせる。いつの間にか立ち上がっていたアルハイゼンが、家にある紙の束とペンを持ってきたようだ。だが、その理由が分からない。戸惑う夕実に、アルハイゼンは淡々と言葉を紡いだ。

 

『レシピ、君が書くんだろう?』

『え、あ、はい、そうですけど……』

『なら、この紙に書いてくれ。俺は今からクラクサナリデビ様の元へ行き、彼女と共にランバド酒場にこの件を伝えてくる』

『は⁉』

『あ、俺もついて行こうか?』

『オイラも一緒に行くんだぞ!!』

『ああ、その方が良いだろう。説得する人数が増えると楽だ』

 

唐突な展開に思考が追い付かない。というか、最初に言っていることと行動が全く当てはまってないが?そうツッコみたいが、ツッコめる空気ではなく。善は急げと言わんばかりにアルハイゼンは家を出て行き、その後ろを空とパイモンが追いかけていく。残されたのは、紙の束を前に呆然とする夕実だけ。

 

『……とりあえず、書こう』

 

現実逃避のように、レシピを書くしか道がなかった。

 

 

 

 

その後のことはあっさりと事が進んだ。

かのクラクサナリデビ様と教令院のトップであるアルハイゼン、旅人とパイモンにより、ランバド酒場にレシピをスムーズに下ろすことが出来た。夕実もびっくりの速度だった。もしかしたら、今までの国で一番スムーズに事が進んだのかもしれない。

そして、夕実の書いたレシピにより、黒焦げの料理は作られなくなった。最初は多少の混乱もあったが、食欲と美味しさに逆らえる人間はいない。他の国と同じように皆、黒焦げではない、美味しい料理を食べるようになったのだ。それにほっとした夕実だったが、別の問題が生まれてしまったわけで。

 

 

その問題というのが、現在進行形で夕実の隣でサンドイッチを食べているアルハイゼンだ。

 

 

 

 

「アルハイゼンさん、お願いですから無言で背後に立たずに、普通に声をかけてください……。びっくりして腰抜かすかと思いましたよ……」

「だが、君はベンチに座ってるじゃないか。腰が抜けても大丈夫だろう」

「心は大丈夫じゃないんですよ!!毎回心臓に悪いから、本当に止めてください!!」

「善処しよう」

「それ止める気ないですよね?」

 

あれから、スメールに訪れる度に夕実はアルハイゼンと遭遇することが多くなった。というか、アルハイゼンが夕実の元へと足を運んでいる、と言ったほうが正しいだろうか。しかも無言で背後に立つというおまけつき。最初の頃、夕実はあまりにもびっくりしすぎて腰を抜かしてしまった。声にならない声を上げ、座り込んだ夕実を心配しながらアルハイゼンに怒った空とパイモンのおかげで少しはマシになるかと思ったが、毎回驚かされていることには変わりない。考えても見てほしい、自分よりも背の高い、筋肉ムキムキの男性が自分を見下ろしているのだ。しかも無言で。見知った相手とは言え、これに恐怖を覚えるなというほうが無理だろう。

しかも、毎回毎回夕実がバスケットの中に作った料理を詰め込んでいる時にやって来るのだ。そして無言で、視線だけでその料理をよこせと言う。だから、その視線に勝てない夕実は彼に料理を渡すしかないのだ。もちろん、タダではなく、幾分か多いモラを貰っているのだが……。

 

「そもそも、お腹が減っているのならランバド酒場に行けばいいじゃないですか。あそこならあったかい料理を食べれますよ?」

「確かに、出来立ての温かい料理は良いものだろう。だが、俺を満たす料理は、君の料理以外ありえない」

「……ん?」

 

今、とんでもないことを言われなかったか?

そう思った夕実だったが、聞き直すのはなんだかやばい気がする。ここはスルーしておくかと思ったが、それを許してくれる相手ではなく。サンドイッチをぺろりと食べ切ったアルハイゼンは、淡々と言葉を紡いだ。

 

「そういえば夕実、君はスメールに住む気はないのか?よければ物件を紹介するが」

「え、えーっと……お気遣いはありがたいんですけど、私は空君とパイモンの二人と旅をするのが楽しいので。それに、調べなきゃいけないことがあるから」

「それは教令院にある書物にもないことか?」

「あー、どうなんでしょう……探せばある、かも……?」

「なら、スメールに居住を構えたほうが良い。教令院に入る許可は俺が出す」

「それ職権乱用って言うんじゃ……というか、なんでそんなに私をスメールに住ませたがるんですか?アルハイゼンさんにとって得なんてないはずじゃ」

「何を言っているんだ?君が責任を取りやすくするためでもあるんだが」

「……せ、責任?なんの?」

 

突然言われたことに問いかけるしかない。責任とはいったい何だろうか。なにか、とんでもないことを知らぬうちにやらかしてしまったのだろうか……。さあ、と顔から血の気を引かせ、記憶をたどる夕実。そんな彼女に、影がかかる。気が付けば、アルハイゼンは夕実の近くに移動していて。がしり、と夕実の肩を、アルハイゼンが掴む。痛くはない。だが、決して逃がさないと暗に示すくらいの力だった。

 

「あ、あの、アルハイゼンさん?なにを、」

 

この流れは良くない。とても良くない。そう思うが、掴まれた肩を振りほどくことは出来ず、夕実は困惑しながらもアルハイゼンの名を呼ぶしかなく。至近距離にある美丈夫が、自分を見下ろしている。その緑色の瞳には、見たことのない色が宿っていた。

 

「君の料理を食べてから、俺は空腹を知ってしまった。でも、どの料理を食べても、満たされることがない。飢えて、乾いて、仕方ないんだ」

 

自分が作った料理も、誰かが作った料理も、レシピは同じで美味しいはず。なのに、どうしても満たされる感覚がしない。くうくうと鳴る空腹。腹が満たされるまで食べたはずなのに、飢えと渇きが収まらない。飢えて、飢えて、飢えて、渇いている。

 

「だが、君の料理を食べると、飢えも渇きも収まるんだ。空腹だけではない、心の奥が満たされる感覚がする」

 

そう、目の前の彼女が作る料理だけが、飢えと渇きを癒してくれる。くうくうとなっていた空腹が鳴りを潜め、ふわふわとした柔らかな幸せに包まれることを知った。

だが、それは一時的だ。夕実がいなくなってしまえば、また飢えと渇きに支配され、苦しむことになる。それは彼女の料理を、「美味しい」を知った時から、繰り返されていること。自分では、解決することはできない。これを解決できるのは、彼女だけ。

 

「だから、君は責任を取るべきだ。俺に「美味しい」を教え、知らなかったはずの飢えと渇きを気付かせた。満たされないという苦しみを抱かせた。俺をそうさせた責任を」

「え、あ、え?」

「苦労はさせない。君はただ、俺の隣にいて、俺の飢えと渇きを癒し、満たしてくれればいい。だから、」

 

そこで言葉を途切らせ、アルハイゼンは夕実の肩に置いていた右手を、彼女の頬に添える。展開について行けず、されるがままになるしかない夕実は抵抗も出来ず。低く、聞き心地の良い声が、鼓膜を揺らす。一人の男の、懇願。

 

 

「頷いてくれ」

 

 

ぱちり、と合わさった黒色の瞳と、緑色の瞳。その緑色の瞳には、耐えがたい熱が宿っていて。目を逸らすことも、目を閉じることも許されない。そのまま、近づく距離。かぱり、と大きく開かれた口が、見えた気がした。

 

(あ、私、)

 

 

 

食べられ

 

 

 

「ストーーーーップ!!」

 

 

 

瞬間、空気が壊れた。

夕実の肩と頬に触れていた手を叩き落とし、誰かが彼女を守るように抱きしめる。第三者の乱入にぽかんとしていた夕実だったが、自分を抱き締めている相手に気付き、声を上げた。

 

「そ、空君⁉」

「大丈夫か、夕実⁉何もされてないか!?」

「パイモンも⁉」

 

遅れて現れたパイモンはぜえぜえと息を切らしていて。どうやらよっぽど急いでこちらにやって来たようだ。依頼は無事達成できたのか、とか持って行ったサンドイッチの味はどうだったのか、とか聞きたいが、それを聞ける空気ではない。ふうふうと荒い息を上げ、アルハイゼンを睨みつける空。完全に怒っていると察するのに、そう時間はかからなかった。

 

「本っ当に油断も隙もないなぁ!!ちょっと目を離すとこれだよ!!」

「そのまま、もう少し目を離してくれても良かったんだが。あともう少しだったのに、惜しいことをした」

「アールーハーイーゼーンー!!」

「そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえている」

 

空の怒りの声をさらりと躱すアルハイゼン。それが余計に空の怒りを買っていて。夕実が堂々と宥めようにも、空に強く抱きしめられているため、行動できず。目の前で繰り広げられている会話を聞いていることしかできない。どうしてこんなことに、と遠い目をするしかなかった。

 

「俺はただ夕実にスメールに住まないかと誘っただけだが、なぜそんなに怒る必要がある」

「それだけなら、あんなに顔を近づける必要はなかったよね!?というか、夕実は俺とパイモンと一緒に旅をするの!!どこかに永住することはないの!!」

「それを決めるのは、君ではなく彼女だろう?それに旅人、君の旅は平穏ではない。一般人の夕実には荷が重いものではないか?」

「俺が守るから大丈夫です!!最悪の場合は塵歌壺があるし!!」

「守ると言っても、全ての脅威から守れるとは限らないだろう。それに、夕実は調べたいことがあると言っていた。スメールに住居を構えれば、教令院でその答えが見つかるかもしれない。そのチャンスを、易々と手放すのか?」

「夕実の調べたいことは俺たちとの旅の方が見つかりやすいの!!夕実もそう言ってるし!!そうだよね、夕実!!」

「え、あ、うん」

「ほら!!」

「それは言わせていると言ったほうが正しいんじゃないか?」

 

交わされる会話(と言っていいのだろうか)は収まることなく。身動きの取れない夕実は隣にいるパイモンに話しかける。

 

「ねえ、パイモン。いつになったらこの会話は終わると思う?」

「……分からないんだぞ」

「そっか……」

 

スメールでの有名人二人が言い争っている(空が怒っているのをアルハイゼンが躱しているだけだが)光景に、周りにいた人間がざわざわと小声で何があったんだと憶測を話し合う。そして空に抱きしめられている夕実の姿に、恋人同士の修羅場か何かかと勝手に妄想し始める。具体的な、細かいことは分からないが、大変な誤解がスメールで生まれようとしている。そう二人に進言したいが、口を挟める雰囲気ではなく。

 

 

「今日も空が青いなぁ……」

 

 

現実逃避のように、空を見上げ呟く夕実。

彼女の心境とは裏腹に、空には太陽がさんさんと大地を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

その後、スメールでは「あの書記官と旅人には譲れない相手がいる」という噂が流れ、当事者である夕実はしくしくと胃を痛め、パイモンに慰めてもらっていた

 

 

 

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