「グロワス陛下、今宵はこのような機会を頂戴しありがたく・・・」
「楽にしてほしい、ポルタ教授。俺とあなたの間にそのような礼儀は不要です」
ぼくが顔を上げると見知ったイケメン。やわらかな笑顔を浮かべている。一方のぼくはと言うとカチカチだ。鏡を見なくてもわかる。そうに決まっている。
「教授、そちらの御仁を紹介してもらえるかな」
「彼はジュール・レスパン。私の講座の期待の星です」
僕は由理くんに"ジュール・レスパン"を紹介する。彼は今をときめくアイドルグループのメンバーで朝のニュースキャスターも務める俊英だ。当然イケメン。イケメン二人に冴えないおじさんが一人。
わけのわからない構図だが安心してほしい。ここからはイケメン二人の会話だ。ぼくは椅子に深く腰掛け二人の会話を眺める置物。こういうのは得意だよ、訳知り顔で黙って見ているのは。いつもやってるからね。
こうして映画「この人を見よ」の序盤の山場、主人公二人の邂逅シーンの撮影が終わった。
そう、ぼくがいるのサンテネリじゃない。東京のとある洋館。昔は迎賓館として使われていて今は一般公開もされている観光地だ。その豪華な一室を借りて撮影が行われた。このネオバロック様式がどこまでサンテネリを再現しているのか不明だけど、それは症候群の皆さんにしかわからないから関係ないか。
覚えているかな?由理くんがぼくにした無茶なオファーを。主役、グロワス13世の役はどうにか断ることができたけど、完全に断ることはできなかった。彼の方がぼくより意志が固いからね。折衷案?妥協案?として引き受けるしかなかったわけだ、ポルタ教授の役を。小説だともう少し老齢のはずだけどね。
撮影は滞りなく終わって打ち上げ。撮影しないといけないシーンは当然まだあるけど、ぼくが関わるのはおしまいだ。由理くんはあちこちのテーブルを回っている。いいことだ、こんなおじさんの隣にいるよりはずっといい。とはいえあちらから見ればぼくはスペシャルゲスト。無下に扱うこともできない。
そばにつくのは若い美人の女優さん、なんてことはない。ぼくと同じおじさんたちだ。正直助かったよ。もう懲りているからね。いや、嫌なわけじゃないよ、断じて嫌なわけじゃない。贅沢な言い方になるかもしれないけど「間に合ってます」から。そういうの。誰かさんたちの顔が浮かぶけど今は忘れよう。
おじさんたちの一人、俳優"由理・レスパン"のマネージャーさんが空いたグラスにビールを注いでくれた。ぼくの配役と言う由理くんの無茶を軟着陸させた手腕の持ち主、つまり有能な調整者だ。堀田くんといい彼といい、由理くんは人に恵まれているね。いいことだ。人間一人にできることは少ないからね。
「社長、由理のわがままを聞いてくれてありがとうございました」
「いえ、わがままだなんて・・・その通りですがね」
彼とは既に何度もやりとりをしている。冗談を言える程度には。
初めて会ったのは由理くんとの深夜のファミレスデートをすっぱ抜かれたときだ。
彼が謝罪に来た。菓子折りを持って。
いや、一番最初は会社のCMを頼んだ時か。でもそのときは彼を彼とは認識していなかった。出演俳優のマネージャーとしてしか。通り一遍の会話はしたはずだけどその内容も大して覚えていない。
「社長には感謝しているんですよ。今の由理がいるのは社長のおかげですから」
この話を聞くのも何度目だろう。
同じ話題の繰り返しは悪いことじゃない。毎度新しい話だと疲れてしまうからね、おじさんは。
「昔の由理は一匹狼というか人付き合いをしたがらないところがありましたから」
なにかを成したいなら他者を巻き込むべき。ぼくが由理くんに伝えた言葉がきっかけだった。由理くん自身がそう吹聴している。
というわけで「この人を見よ」が、今の由理くんがあるのは"ぼくのおかげ"。それでぼくの特別出演が許可された。誰に?ここにいるおじさんたちにだよ。
おじさんたちの心内も不明だけど面と向かって文句や皮肉を言わない程度には納得している。おじさんは大人だからね。時々そうじゃない人もいるけど。
「お隣よろしいですか」
とここで新たなおじさんの登場。おじさんでよかった。繰り返しになっちゃうけどおじさんだと気後れしなくていいからね。
現れたのはそろそろおじさんも卒業かな?という感じの壮年。と言っても老いてる印象は全然ない。時計師のアブラム・ブラーグ役を務めている俳優さんだ。
時計師!憧れの職業だ!最初はこっちの役がいいと思ったけど「この人を見よ」のブラーグさんはグロワス13世の"現代知識"に振り回され様々な機械を作る天才だ。出番も多い。ぼくには無理。
で、この俳優さん、ぼくとは同好の士でもあった。会ってすぐにわかったよ。お互い左腕に巻いてるからね、証拠。
挨拶もそこそこに時計の話になる。他の人には悪いけどこうなると僕も"ブラーグさん"も止まらない。
しょうがないよね、好きなんだから。
そして今注目のブランド、エストブールジャパンの話題になるのも当然。微力ながら広告塔を引き受けている手前、僕も【PR】をしないわけにはいかないよね、これ。
(ここで時計のディープな話が2800文字くらいあるが、私の力量では無理なのでアルパカさんからの手紙を受け取った詳しい人に書いてもらう)
少しはしゃぎすぎたかな、とも思ったけど周りから冷ややかな視線を向けられることはなかった。少なくともぼくが”そう”とは感じない程度には。それもそうか。おじさんはおじさんのことなんて興味ないからね。
"ブラーグさん"はエストブールの時計のファンになってくれるかな?なってくれたら嬉しいな。
由理くんにも挨拶をして帰途につく。彼との会話は短めだ。またすぐ会えるだろうからね、由理くんとは。と、ここで高性能見守りサービスからの連絡。寄り道は許されないとの"圧"がかかる。あまりにもタイミングがいい。良すぎる。どうやらあの場に"内通者"がいたみたいだ。
由理くんかな?違うよね?
分かったところでどうしようもないことは考えても仕方ない。それに逆らう理由がないのに逆らうほどぼくは若くはない。
ぼくは素直に帰ることにした。元よりそのつもりだったわけだけどね。そのはずだよね?
後日、映画は無事クランクアップした。ぼくに届いた試写会の招待状には5枚の券が入っていた。
結局映画の話はどうなったんだろうと考えていたらだらだら妄想が続いたので投下しました。オチも方向性も決めずに書いたら酷いことになってしまい、なおしたい部分もありますが誤変換以外はそのままです。地に落ちを読み返しながら書く気力はなかったので(地に落ちをちゃんと読むには気力がいる)矛盾点は気にしないことにします。
余談ですが「ぼく」視点で書いたのはこれが初めてかもしれません。