死滅領域ネクロリバイブ 不良JKは幽霊同士のデスゲームで生き返りを願う   作:ここんぽ

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踏切の幽霊

 鉄条一歌は踏切の真ん中でうろたえた。周囲を見ても、自分以外には誰もいない。

 

「何が起きた……? 依子は、どうなった? あたしは………………死んだ、よな。死ぬだろ、電車に轢かれたら……」

 

 少女の表情は困惑の一色である。

 自分の立っている場所の異質さに平静を保てない。今際の際に見ている末期の夢だろうか。冷や汗が頬を伝う。

 ……あるいは、ここが死後の世界なのか。天国か。地獄か。

 

「……圏外」

 

 電波が届かない。

 ここがどこなのか、一歌に知る術はなかったが、歩き始めた。ここには何もない。ひとまず、家に帰ることにした。何もかもが橙色の濃淡に置き換わる時間。一歌の影が一つ、濃く長く伸びていた。

 

 一歌は帰れなかった。見知ったはずの道ではない。いつも通りの、両脇に短い草が生えた、土の道。途中からは古いアスファルト。しかし遠い景色は陽炎のように曖昧で、近づくと踏切に戻っている。どころか、後方に踏切があるのに目の前に踏切が現れることもあった。無限に、どこまでも踏切が続いている。

 

「どうなってんだ……?」

 

 何時間も歩いた気がしたが、夜が来ない。腹も減らず眠気も来ず、疲労をまったく感じない。時間の経過というものが一切感じられない。

 光明が見えない状況についに、一歌も気が滅入ってきてしまった。踏切の真ん中でしゃがみこむ。

 

「どーなってんだぁ〜〜……」

 

 ふと、顔をあげた一歌の目に、非常停止ボタンが止まった。これでどこかに異常事態が伝わるかもしれない。

 そう思って腰を上げた一歌だったが、ボタンに近づいて異常に気づく。印字されている文字が違う。非常停止ボタン、ではない。

 ネクロリバイブ、と書かれていた。

 

「ネクロリバイブ……?」

 

 見慣れない言葉。さらに、ボタンの下の文章もおかしい。

 

『1人殺せば1ポイント。100ポイントを集めた者は、生き返ることができる』

 

 それだけが書かれていた。

 

「なんだ? これ……」

 

 一歌の脳に疑問符が浮かぶ。首を傾げながらもボタンに指を伸ばしたその時、突如として警報機が鳴り響いた。拍子木じみた甲高く鋭い音が一歌の鼓膜を掴んで揺さぶる。

 

「うおっびっくりしたァ! なに、電車……?」

 

 一歌は突然の音に肩を跳ねさせた。

 前後の遮断機が降りてくる。不思議と、外に出ようとは思わなかった。左右を見ても、電車の影はまだない。しかし、線路の上を歩いて、人影が近づいてきている。

 背の高い、黒いコートの男だった。夕焼けの作る影が塗りつぶすようにその姿を隠している。だが、その全身から立ち上るような強烈な殺気が一歌の肌を刺していた。

 耳が痛いほどに、急かすように警報が音量を増す。

 

(電車じゃない。この、『警報』は…………)

「よう。踏切かあ、飛び込み自殺ってとこか? 所持ポイントは? ま、答えなくてもいいけどな」

 

 一歌の前に立った男は古傷だらけの顔を引き攣らせるように歯列を剥いた。コートの下は道着と袴だった。右手に、刀を持っている。鏡のような白刃を照り返しで黄金に染めた、冷たい刃である。

 警報は鳴り続ける。

 

「所持ポイント?」

「なんだよ死にたてか。じゃ、とりあえず1ポイントゲットってことで我慢しとくか」

 

 言うやいなや男の指先を始動として刃が跳ね上がった。悪寒と閃光、死の予感が一歌の脊髄神経を焼く。予兆のない突然の攻撃だった。

 

「っうおあ!?」

 

 かろうじて、首を狙うその軌道を避ける。確かな輪郭を視認できない速度で光の残像を描きながら、一瞬前まで一歌の首があった座標を剣先が貫いた。一歌の髪が切られて舞った。春先に染めたきりの、毛先だけが金の黒髪。

 

「お……?」

 

 男は意外そうに眉をあげた。さらに袈裟掛けに一撃。そこから胴薙ぎの二撃。連続した斬撃を、一歌は飛びすさってかろうじて避けた。

 

「っぶねえな! なんだよその日本刀、時代劇かてめーは!」

「へーええ。避けやがる。トーシロにしちゃいい反応してんぜお前」

 

 男は感心したように刀を担ぎ、一歌を称えた。

 

「俺がお前を襲うのはポイントを貯めたいからだ。いいか? お前みたいな幽霊を、1人殺せば1ポイント。100人殺せば、生き返ることができる」

「幽霊だぁ?」

「お前もう死んでんだよ。そして同様に、お前が俺を殺せば1ポイントだ。遠慮すんな、どうせお互いにもう死んでる。ボーナスステージだと思って思いっきり来い」

 

 男は一歌を挑発するように人差し指で手招いた。

 一歌の目の色が変わる。怒りと、意味不明な状況への鬱憤は同種の激情となり、その矛先は男へと向いた。

 

「……やってやるよ。ボコボコにぶちのめしてやるァッ!」

 

 ずかッ! 一歌は男に踏み寄った。迷いのない足取りで、離した距離を詰める。

 

「刀相手に素手で寄ってくるか。いいね手加減してやるよ」

 

 本物の針を敷き詰めた壁に自ら突っ込んでいくようなプレッシャーだった。一歌はそこに踏み込むことができる。

 さらに一歩。そこが死地。

 確実に何かの「線」を踏んだ、という実感。間合いに入った一歌を全自動で殺害する機械、そのような反射速度で男は刀を振り下ろす。

 

(……何が手加減だよ!)

 

 全身の毛穴が総毛立つ切断の予感に痺れるような錯覚を覚えながらも、一歌は下がらない。むしろ進んだ。刃を迎え撃つその右手には、愛用のスカジャン。

 

「!」

「ぶん殴ってやる!」

 

 いつの間に脱いだのか、一歌が右手を思い切り振ると、それに引かれてスカジャンがはためく。振り下ろされる刀をそれに巻き込んだ。スカジャンが巻きついた刀は押しも引きもできない。

 

「へえ」

 

 刀ごと男を引き倒す。それを迎えるように、拳。

 男は空いた手で一歌の拳をたたき落とすと、そのまま裏拳で一歌の鼻を潰した。

 

「んっぐ!!」

「くっくっく、当て勘もある」

(当たってねーんだよ!)

 

 足が地から離れる。仰け反ったような姿勢で盛大に飛ばされながら一歌はさらに怒りを煮やした。線路に頭から落下して鈍い音を立てる。

 

「っが!!」

「悪くない。手加減しても戦いになんねー奴ばっかりでよ」

 

 愉快そうに男は踏切のバーに指を食い込ませる。遮断桿という。ばきんっ、と音を立てて基部をねじ切ると、男は軽々とそれを振り回し、一歌に投げた。

 

「ほれっ」

 

 ずがんっ!! と烈音を立てて遮断桿が突き刺さる。砂利がはじける。一歌はそれを間一髪転がって避けた。

 

「っぶねえ! なんっつー怪力してんだ」

「幽霊にゃ普通のこったよ。使ってみろ」

「ちくしょうがっ、なんなんだてめーは! 現代日本で辻斬りかァ!? …………そんなにお望みなら殺してやるよコイツでよぉ!」

 

 一歌はバラスト軌道の砂利を蹴って、刺さった遮断桿を掴み引き抜いた勢いで殴り掛かる。

 

「おぉおらっ……!?」

 

 その手に伝わる違和感があった。あまりに軽い。軽い繊維プラスチック素材である。しかし、それにしても長さと大きさに見合う質量ではなかった。まるで小枝かなにかのように。

 

(軽っ……?)

 

 困惑しながらも振り下ろす。男はそれを腕で受けた。今度は逆に、想定よりも重い音が響く。一歌が思った以上の威力で、棹は男の腕を打った。

 

「いいね、人の殴り方を体でわかってる。頭に向かって躊躇も怯えもなしのフルスイング。本当に現代人か? イカレてるよお前、くっくっく……」

「っ…………」

 

 振りかぶっては何度も振り下ろす。しかし、どれも男に軽く受けられて止められる。まるで弄ばれるかのようで、両者の間に横たわる圧倒的な実力差を如実に示していた。一歌の表情に焦りが浮かぶ。

 

「ぐっ…………ッの、野郎ォーッ!!」

「……合格だ。お前、俺の弟子になれ」

 

 渾身の振り下ろしを、掴んで止められた。万力じみた力で指が食い込み、押しも引きもできない。歯を食いしばり、毛穴が逆立つほどの力を込めても、びくともしない。

 

「ぐぅうう〜〜……っ!」

「俺がお前を強くしてやる。100点集めて、生き返るチャンスをやる。代わりにお前は強くなれ。俺と同じくらい強くなって、俺を楽しませろ」

「ずっと何言ってやがんだかわかんねえよ!」

「断るんならこの場で殺す」

 

 血管を浮かべて睨む一歌に冷たい笑みで男は返す。爪が白くなるほど力を込めても男の力のほうが強い。だが、一歌の意思は他人によって左右されるものではない。

 少女は手を離し、拳を振り上げた。

 

「馬鹿が」

 

 瞬間、男の背後から音が聞こえた。硬質で規則正しく、重い音。がたん、がたんがたん、ごとん。

 四角い箱のような、夕焼けの橙と黒に染まるシルエットが、遠方から速度を伴って近づいていた。

 一歌の死因、電車だった。

 

「う……」

「あん?」

 

 男が振り向く間にも、電車は迫っている。咄嗟に踏切の外に出ようとした一歌の腕を、男が掴む。

 

「なっ」

「返事を」

 

 男は目だけで振り向いて一歌を見た。

 

「聞いてねえ」

「答えなら決まってる! てめーなんかに従うのはごめんだね! 殺してぇんならやってみろ! ……まだ、あたしは手も足も動くぞ」

「へえ。生き返りたくねえと。本当に? 本当にいいのか。つまんねえ意地で、死ぬんだぜ」

「はっ、意地も張れずに生きたかねえよ」

「何も残してこなかったのか」

「!」

 

 一歌の脳裏に影がよぎった。依子の顔が浮かんだ。父親の顔が浮かんだ。

 迷いが生まれる。

 

「…………っ」

 

 逡巡する。一歌のいなくなったあと、依子がどうなるか。彼女がまたひとりに戻るのか。

 母が亡くなって、自分も死に、父は何を思うのか。

 目の前の男に生殺与奪の全てを握られていることは、もはや間違いない。一歌にもそれはわかっていた。今まさに、死地に縫い付けられている。

 

「……って前!」

 

 そこで気づいた。すぐそこにまで電車が迫っている。

 一歌は腕を掴まれたまま男を引っ張った。声に焦りが滲む。

 

「わかったよ。弟子になってやる、なってやるからまず出ろ! あたしも死ねねえ理由はあった」

「くっくっく。そりゃよかった」

 

 男は満足そうに口角を吊り上げるも、そこから動かない。

 迫る車両。二人を粉砕してあまりある質量と運動エネルギー。

 

「おい!」

 

 男は動かない。

 一歌が死の予感に身構えた衝突の瞬間、男は剣を振り上げた。

 

 ひゅん、と軽い音が鳴った。

 

 剣先が弧を描き、電車を正面から、縦に両断した。伝播する破壊は電車の通過速度よりも速く全ての車両を切断し、一歌の視界いっぱいに迫っていた鉄塊が左右に流れていく。軌道を変えた電車の残骸に巻き込まれた踏切が粉砕されて散った。世界が割れたかのような錯覚を覚えるほど。海を割るモーゼのごとく、男は刃で眼前を切り開いた。

 

「…………!?」

「弱ぇな。もっと鍛えろ」

 

 踏切の両脇で雪崩のように殺到し、土をかき混ぜて蹂躙した車両の後尾は垂直に立って、轟音を立てて落ちた。高く土煙が立つ。

 

「んじゃ、今からお前は俺の弟子。俺の言うことには絶対服従。逆らったら死刑。代わりにお前に、戦い方を教えてやる」

「そこまでは承服してねえ。……あたしは、まだなんにもわかってねえんだよ。死んだ、ってのはなんとなくわかったけど……」

「それだけわかってりゃ上等だ。何も問題ねえな、くっくっく。とりあえず領域を解け」

 

 不承不承といったふうに頭を掻く一歌に対して、男は愉快そうに笑う。

 

「リョーイキってなんだよ」

「この踏切だよ。ここはお前の世界だ。幽霊ってのはみんな一人残らず、死んだ時の光景を自分の領域として持ってる。で、領域の全部はその主が自由にできるってわけだ。消したいと思えばそれだけで消えるぜ」

「あたしの世界ぃ……?」

 

 いまいち芯を掴めないでいる一歌であったが、しかし男の説明は理解できた。

 この夕暮れの、どこまでも続く踏切の何もかもが一歌の思い通りなのだという。そう言われて触れれば、先ほど握った遮断桿がいやに手に馴染む気がする。まるで、肉体の延長のように。

 

「…………消えろ」

 

 呟くと、虫食いにほどけるように遮断桿は消えた。それを起点にするかのように、足元が、警報機が、橙の空の彼方が同じように揮発して消えていく。

 

「わっ」

「言ったろ。戻るぜ、『現実』に」

 

 ほつれていく夕暮れの中に、男と一歌が立っていた。足元から、霞のような暗闇が薄く漏れ出した。

 

「そういえば、名乗ってなかった。あたしの名前は、鉄条一歌だ」

「いちか? くっくっく。カワイイ名前だなオイ」

「うるせえよ。あんたは?」

 

 視界が暗闇に包まれる。晴れることのない闇の向こうから声がした。

 

「藍島銀一」

 

 鉄条一歌と藍島銀一。二人の幽霊が出会ったのは終わりなき黄昏、黄金色の光の中だった。

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