死滅領域ネクロリバイブ 不良JKは幽霊同士のデスゲームで生き返りを願う   作:ここんぽ

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領域侵蝕

 暗闇が晴れる。

 一歌の足元が崩れ、宙に放り出される。

 地上5m。青空が体の周囲で回った。一歌は頭から落ちた

 

「だああっ!? がむっ」

「死なねえから気にすんな。幽霊は領域の外じゃ傷一つつかない。覚えとけ」

「びびった……」

 

 失敗した前転のような奇妙な姿勢だったが一歌は脱力した。

 身を起こすと、踏切の中だった。周囲を見ても、一歌が命を落とした踏切で間違いない。しかし、一歌の凄惨な死体もなければ警察が来ているわけでもない。いつも通りの光景だった。

 

「アレ? ……もしかして、幽霊になった人間は最初からいなかったことになる、とかあるか」

「ないない。単純に死んでからもう何日か経ってて、片付けはすっかり終わってるってだけだろ。幽霊は時間の感覚も距離の感覚もテキトーだからな」

「あ、そういうことか……良かった、自分の死体なんざ見たかねーからなァ」

 

 自嘲気味に笑う。自分はそれを見ずに済んだ。

 しかし、あの時、無我夢中だったが依子を突き飛ばすことには成功したはずである。ということはつまり依子にかなりショッキングな、一歌が電車に轢かれる光景を至近距離で見せてしまったことになる。

 そればかりは申し訳なく思った。人間が肉片になる光景などトラウマになりかねない。

 

「……依子、どうしてっかな」

「誰だ? いや待て、興味ないから言うな。さっそく藍島式領域講座を始めるぞ」

「あたし親父の様子とか見に行きたいんだけど」

「知るか。別の日にしろ。まずお前がすべきことは現場検証だ」

 

 藍島は一歌には一瞥もくれずに踏切のレールを検分し始めた。

 一歌も立ち上がる。

 

「現場検証?」

「自分が死んだ場所をよ〜く見て理解を深めておく、のとそうでないのでは領域の強度に明確な違いが出る。幽霊ってのァ曖昧だからな。記憶が曖昧なら領域の形も簡単に変わったりするわけだ。そういう領域は脆い」

「ふうん」

 

 一歌は気の抜けた返事を返した。きょろきょろと辺りを見回すが、自身の領域であるらしい踏切と、特に異なる箇所はないように思われた。記憶しろと言われてもかえって苦労するような日常の風景。

 よく見ろと言われて、とりあえず藍島に倣ってレールを観察してみる。摩擦に削れた鉄の色が、空を鈍く照り返して青銀に見える。

 踏み板の質感やささくれであったり、踏み板のある部分だけ短いレールが2本あったり、なるほど見てみればこれまで気づかなかった点はあった。しかしこれが何かに繋がるかと言えば、一歌にはどうにも疑問なのだった。

 

 いつの間にか、踏切には人通りがあった。いずれも2人には気づいた様子もなく、ただ通り過ぎていく。

 

「……幽霊、か」

 

 ただ通り過ぎているわけではない。まったく認識されていないことがわかる。一歌と衝突することをまるで気にしておらず、実際、触れてもすり抜けてしまう。

 一歌は自身が幽霊であることを再認識した。

 

「…………お?」

 

 砂利の茶色いのとそうでないのとをじろじろ眺めていた一歌の耳に、藍島の不思議そうな声が聞こえた。

 振り返ると、腰をかがめて遮断機を眺めている。

 

「どした、藍島のオッサン」

「……くっくっく。こりゃレアケースだなァオイ。一歌、お前おもしれーよ」

「あァ? なんだよ……?」

「見てみろ」

 

 藍島の指さす場所を見て、一歌はぎょっと目を見開いた。

 異常な痕跡が残っていた。遮断機の機関部、踏切を閉鎖する遮断桿の根元が握りつぶされたようにひしゃげて痕がついている。黒く焼け焦げたような、指紋のような奇妙な痕。

 人の手の形をしていた。

 

「なんだこりゃ……?」

「くっくっく。『領域侵蝕』だ。いきなり上級編だぜ一歌。他人の領域に干渉する技術……しかもその外法、バカの使い方だな。現実そのものを巨大な領域と解釈して侵蝕を掛けてやがる」

「現実に……って」

 

 遮断機を見上げる。それそのものか異質な存在に見えた。遮断機を握り潰す『手』。嫌な連想が脳裏を走る。

 

「まさか、それで遮断機を壊した、ってのか」

「だろうな。機械の方はもう修理されてるみたいだが……こっちは見逃されたか。たぶん遮断機が壊れてたせいで轢かれたんだろお前。異常なことだぜ、領域侵蝕ってのはメリットに釣り合わないリスクがある。魂の輪郭を自分で崩すってことだからな、どんだけ上手くやっても歪みが残る」

 

 藍島は心底愉快そうに遮断機に残る痕をなぞった。

 

「しかも現実ってのは亡霊どもの妄想じみた領域とは強度が違う。まるで別物なんだよ。100パーセント負けるし、逆に侵蝕を掛けた側が致命的で不可逆な侵蝕を受ける。……これをやった奴はまず無事じゃねえ。それをわかってそれでもお前を殺したかったってんなら……お前、相当の恨み買ってるぜ」

「………………」

 

 一歌を思わず喉を鳴らした。遮断機に残る痕の意味を知ると、ひどくいびつでおぞましい妄執の具現に見える。

 心当たりがないわけではない。数え切れないほどの相手を殴り飛ばしてきた。恨みは買っている。しかし、これは次元の違う恨みの強さに思えた。

 自身の死の思わぬ事実に戦慄を覚え、眉をひそめる。

 

「なんだってんだ……? 殺されるほど恨まれるようなことした覚えは……。うーん……ないよな、あるよな…………」

 

 病院送りにした者の顔を思い出しつつ頭を捻っていると、1人、一歌をまっすぐ見つめるものがいることに気づいた。

 踏切に続く坂の下、眼鏡を掛けた学生服の男子である。整えていない短髪で、立ち姿もどこか不安定な印象を受ける。年齢は一歌と同じくらいだった。

 

「…………一歌、ちゃん……」

 

 一歌を見て、呟いた。

 

「なん……。…………!? お前、あたしが見えてんのか」

「へえ」

 

 死んだはずの一歌を視認する。つまりそれは、この男子も幽霊であることに他ならない。

 一歌が応えると少年は目を見開き、爛々と輝かせた。

 

「お、おおおっ……! 探したんだよ、もしかして、消えちゃったのかな、って……。うふふふ、やったぞ、賭けに勝ったぞぉ! 」

「何言ってんだ、お前……誰だよ」

 

 少年は喜色満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに跳ねた。幼児じみて見えるほどに全身で喜びを表現すると、たまらないといったふうに早足で一歌に駆け寄る。

 

「ちゃんと幽霊になってくれたんだね! ぼ、僕の思いが通じたんだ……!」

「なんだよ!?」

 

 ぎょっと仰け反る一歌に詰め寄り、その瞳を覗き込んでくる。

 

「最高だ……! 本物の一歌ちゃんが本当に僕を、見てる! もう2人は幽霊だってことだよ!」

 

 一通りまくしたててなお興奮冷めやらぬ様子の少年に、一歌は苛立ちを覚えてきた。このまま喋り続けるなら殴って一旦黙らせるか、などと思い始めたとき、少年の右腕に目がいった。

 その異変に気がついた。学生服の袖に隠れる右腕は、だらりと力なく垂れたままだ。その袖口から墨汁のような黒い雫が点々と落ちている。血の色ではない。

 

「あの女が邪魔でさあ、君を独り占めして、ブッ殺したくて仕方なかったんだけど、でも、そうだよね! 君は優しいから、助けちゃうんだよなあ! 誤算だったけど、良かった! ずっと2人で暮らそう! もう誰もォ゛っ」

 

 言葉は濁って途切れた。少年の喉の奥から口腔内までが膨らんで気道を閉塞していた。顔に立つ青筋、白目までも、黒く血走っている。垂れ下がった右腕がホースのように暴れて急激に膨張した。

 

「なんっ、なんだ!? 急に……」

「もォ誰ぼぉほっ、ぼぐぅらの邪魔、じなぁい! ふだりで、ふだりで、ぐららっ、ごぶぅううっ」

「決まりだな。……現実に領域侵蝕をやったのは、こいつだ」

 

 藍島が一歌に囁いた。そうしている間にも少年の様子は異常の一途を辿り、がくがくと震えながら黒い液体をほとばしらせ、撒き散らしている。

 

「よく見ておけよ。これが、現実に触れた奴の末路だ」

「……こいつが……? ってことは、こいつが、あたしを……いや、依子を……?」

「よりぃごっ!? やだぁ! そん、の、女のなんまえ、出ずなぉ! いぢがぢゃんばぁ、ぼぐだけっ、僕ぅだけ見てでよォ!」

 

 金切り声を上げて、少年はサッカーボールのように膨らんだ顔をあげた。

 

「一歌、ぢゃんん! いっじょにいようねえ! だがらぁ、だがらぁ、……ずっどぉ、いっ、ごろっ、ごろっ、いぃ! ごろしだいっ!! 殺しだいっ! ずっとぉん、殺したがっだん!! んんぅ!!」

 

 少年は喉ごと引き裂くような声を上げると、異常膨張した右腕を振り上げた。右腕の肉は学生服を内側から引き裂いており、真っ黒な表皮を日光に晒していた。

 まともな音ではない絶叫を全身から放ちながら、少年は右腕を叩きつけた。アスファルトに触れるよりも前に、虚空に叩きつけられる。世界が割れる。

 暗闇が噴き出して何もかもを覆い隠した。

 

「うっ、くそっ! 今度はなんだ!」

「ぼぐの、ポインド、に、なっでよぉ」

 

 闇が晴れる。

 見渡す360度、青空が水平線のようにあった。一歌は高所、傾いた学校校舎の屋上に立っていた。背後には藍島もいる。

 

「へえ、これがあいつの領域か。見晴らしが良くてケッコーだな、くっくっく」

「領域……ってことは、あたしの踏切と同じってことか。学校……?」

 

 校舎の周囲はごく普通の街並みが広がっているように思われたが、その地面の色だけは、揮発する海のような朧気な暗黒だった。

 

「う、ふふっ、ぶふふっ! 飛び降り、たんだばっ! 僕ぁば、いじめ、られででっ、づらぐで、辛く、で、死んだんだ!」

 

 同じ場所に少年もいた。黒い泡を口から飛ばしながら、夢想するように喘ぎ続ける。

 一歌は険しい目でそれを見た。遮断機を壊した下手人、いわば、一歌を殺害した張本人である。

 

「でもざぁ、幽霊になっでざあ、君をみづげだっ。ぼぐをいじめたようなやづらを、殴って、殴っでえ、いじめ、られでだ、子を、助けでだ! か、が、かっごよぐってざぁあ!! ひとめ、ぼれ、だったんだよぉ!」

 

 引きずるように足を出す。一歌に向かいながら、少年の全身に蔦のような白色の何かが這い上がる。格子の形をしていた。

 屋上を囲うフェンスだった。実際よりも小さなそれが、幾重にも少年の体を被って、鎧のような人ならぬ姿に変えていく。

 

「ぎみを、殺す。僕のなまえは、羽城芯吾」

 

 羽城と名乗った少年の図体はフェンスに隙間なく覆われ、今や3mにも届かんばかりだった。特にその肥大した右腕はさらに重厚に覆われて、シルエットはさらにいびつになっていた。

 

「フェンスで、体を守る。そういうこともできんのか」

 

 一歌は羽城の姿に対して怯むこともなく、スカジャンのポケットに両手を突っ込んで堂々と立っていた。

 

「急にバケモンになりやがって……なるほどな。これが、幽霊か。こいつを倒しゃああたしに1ポイント。そういうこったな」

「そうだ。名乗れ、一歌」

 

 振り返る。藍島は一歌を見ることもなく、羽城の姿を眺めていた。

 

「相対したらまず名乗れ。この領域で、お前の存在を主張すんだ。お前の領域で身を守れ。そして殺せ」

「…………わかった。芯吾っつったか。よく聞け。あたしの名前は[[鉄条一歌]]! 今からてめーをぶっ殺す。恨むなよ」

 

 名乗りを上げる。同時に、一歌の背後に、屋上フェンスよりさらに外の外縁に、地面に、線路と遮断機が現れた。警報が鳴り始める。

 青空の果てから西日が差して、橙と青が混じった。

 一歌の手の中に遮断桿が生まれた。

 

「ぶん殴る! さっきオッサンを殴れなかった鬱憤含めてなァ!」

「性格悪いなコイツ……やれー! いけ一歌!」

 

 殴りかかる。顔面と思しき場所に向かって唐竹割りに振り下ろした一歌の遮断桿はしかし、フェンスの鎧を破ることなく受け止められた。フェンスのたわむ音が羽音のように響く。

 

「硬ぇな!」

「ジェイルマン。ぼ、僕を閉じごめだ、檻。がっごう、は、檻だよ、いぢが、ぢゃん。わがるだろっ! ぎみも、学校ぉ、ぎらいだろぉおお!」

 

 くぐもった声が中から響く。羽城は身をひねると、重厚そうな外見に見合わぬ速さで下から右腕を振り抜いた。

 一歩下がり、スウェーで躱す。大きいだけで動きはまるで素人。一歌は羽城が晒した隙に、同じ場所に遮断桿を叩きつける。

 

「っらァ! 脳みそ揺れるまで殴ってやんよ!」

「ぐ! んぐ、う! 甘いよ゛ォ! ぼぐはぁ、そのていどじゃ、割れないぃ!」

 

 白鉄の帷子に大きなダメージはない。少々ひしゃげたところで中の羽城までは届かないのだ。

 さらに反撃で振るう拳を遮断桿で受け止めた。しかし、一歌を想像以上の力が襲う。

 

「!?」

 

 完全に受け止めたにもかかわらず一歌は急ブレーキに滑る自動車じみて押し飛ばされた。ブレーキ痕すら残りかねないと思うほどに強烈なパワー。

 

「けっこうパワーあんじゃねえか、芯吾ォ!」

「げばっ。フェンスはぁ! ぼくが、動か、せる、んだよォ! ちからぁが、集まればぁ! 僕の筋力でもぉ! にんげん、ひとりぐらい、ペチャンコにでぎる!」

 

 一歌が一直線に跳んだ。飛び蹴りが羽城の顔面に入る。さらに振り下ろす遮断桿の一撃。反撃より早く、ニ撃、三撃を連続して振り下ろす。木製バットにて手に覚えのある殺人的な連打である。

 それでも壊れない。かといって、一歌の体躯では関節技を掛けることすら難しい。

 

「ふんっ!」

 

 遮断桿を手放す。腰を捻り、素手の右拳を腹に打ち込んだ。人間に打てば体をくの字に折り悶絶させる一歌の拳だが、表層のいくつかをへし曲げただけでやはり内部にダメージはない。

 

「……マジか」

 

 まるで要塞。金属の繭は羽城を完全に守っている。

 異常なほどの耐久力。

 羽城は効いた様子もなく拳を振るう。一歌は今度は受けることなく、姿勢を低め、羽城の巨大な拳を受け流した。しかし、羽城の足が床を踏みしめると、そこからびしりとヒビが入った。

 

「!? 足元がっ」

 

 ヒビは一気に広がり、一歌の足元までも追い越して後方まで砕く。一拍遅れて、ヒビが入った床面全体が瓦礫と化して崩落した。

 一歌の体が宙に浮く。

 

「は!?」

 

 校舎は空洞で、底まで吹き抜けていた。全身の皮膚が粟立つ。

 本能的な死の予感が脊髄を走った。

 落下死。遺伝子に刻まれた、重力に約束された死の形。

 

「ぐぐぷっ、落ちてよ、一歌ちゃん」

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