死滅領域ネクロリバイブ 不良JKは幽霊同士のデスゲームで生き返りを願う 作:ここんぽ
「なあっ!?」
「ぼ、ぼ、ぼぐぅの、死因は、落下死だがらさぁ! 落としだら、勝゛ぢ、なばっ、なんだよねえ!」
屋上の下に下層階はなかった。下は空洞で、日の差す奈落には暗闇が重い水面を晒している。
踏み出した本人である羽城は落ちない。足から伸びたフェンスが残った床の断面まで足場を形成していた。
「おおおおっ! んのっ、野郎!」
羽城に向かって、一歌は刺すように遮断桿を突き出した。羽城を支える足元のフェンスに絡みついた。
同時。咄嗟に、足場を求めた。すると空洞の校舎の内壁から線路が伸び一歌の落下を防ぐ。間一髪、一歌は虚空に伸びたレールの上に留まった。
落下していく瓦礫に底の暗闇に飲み込まれて消えていく。
「空洞!? 屋上の下には何もねえ! 高さは3〜4階建てだってのに、空っぽだ!」
「ぐぅ〜ふふふ、しょ、象徴的だぁよねぇべへへぇ。ま、実際はざぁ〜、ぼぐの死んだ屋上ォオには中は関係ないっでごどなんだろうけどぉさぁあ〜、僕にとっでもそうだよぉ。ぐぷっ。学校は空っぽぉ! 虚無の、ぐらやみっ!」
羽城は声に怨嗟を滲ませ、一歌に拳を振るう。
「ふんっ!」
一歌は、遮断桿を思い切り押し下げ、その反動に合わせて跳んだ。フェンスに鎧われた拳が空を切る。幽霊の体は高く跳び、羽城の頭上まで飛び上がる。
後ろに下がっていた藍島が声を掛けた。
「一歌! 下まで落ちるなよ! 死ぬぞ!」
「わかってるよんなこた! っ!?」
叫び返すも羽城は動いている。空中にいる一歌を金属の拳が捉えて殴り飛ばした。
「がはっ!」
腕でガードしても感じる重さ。骨が軋むほどに、固く、重い。
殴り飛ばされた一歌は、先ほど自ら生み出した遮断機に当たって屋上ぎりぎりで止まった。肺の中の空気が絞り出された。
かろうじて着地すると、新しい遮断桿を作り出して、握る。
「落ちてよぉ、ぼく、みだいにぃいい」
周囲に張られていたフェンスが消えていた。一歌の領域に由来する線路と遮断機、そして背の低い鉄柵だけが屋上を囲っている。
一歌が屋上の外に放り出されずに済んだのは幸運の結果と言えた。
屋上の傾斜がひどくなっていく。羽城芯吾の精神の不均衡に比例するように。
「っくしょぉ〜…………痛ってぇな。……オッサン! 師匠ならなんかアドバイスくれよ!」
「ああ〜? めんどくせーな……仕方ねえ、教えてやる。レッスン1だ」
藍島はいかにも面倒そうに顔をしかめたあと、喋り出す前にもう一度面倒そうな顔を一歌に向けた。
「いいか、相手の死因と同じダメージを受けるな。それが魂を最も深く傷つける攻撃だからな。魂は死の痛みを一番強く覚えてる。どうすりゃ魂に響くかっつー理解度は段違いだ。死因に由来する攻撃を『致命攻撃』という。ちなみにお前の電車も同じな」
「けほっ、死因? ……落下死か」
「それがルール。まず一番重要なこと、『致命攻撃』を受けるな! そして、お前の致命攻撃を奴に当てろ」
一歌は羽城に向き直り、遮断桿を担いだ。
致命攻撃。羽城は地面に自らを叩きつけ、潰れて死んだ。一歌は電車に轢かれて死んだ。死の直前のイメージが一歌の脳裏に蘇る。
目を焼く夕日。迫る圧力。轟音。認識する間もほとんどない衝撃。
「あたしの場合は電車、ね」
「落ぢでぇよぉ〜死んんでぇよぉ〜」
うわ言のように殺意を漏らす、白い巨人。その巨躯の奥の視線が一歌を見据えると、踏み込みながら腕を振り上げた。
「ねぇえええええ!!」
奇声と共に、振り上げた右腕が芋虫のようにうごめいた。しかし、距離が遠い。一歌は対処に迷った。明らかに、一歌まで届く距離ではない。
「……来い線路!」
「ぜんぶっ、うっ、壊しぢゃうがぁらねぇええっ!!」
逡巡の結果、一歌は線路を呼んだ。鉄と枕木で構成された線路が屋上の地面から鎌首をもたげるように伸びて壁になった。
しかし、結果的には無意味。羽城の右腕は一歌ではなく、屋上の床そのものに叩きつけられる。ばしり、と入った亀裂が一瞬で全体に走った。端から端までが崩壊の予兆に震える。
「!? てめぇ!」
「ごぉぉお〜〜〜ん、落ぢぃいいいいえええ!」
亀裂が音を立てて決壊していく。
沈みゆく船上のような、もはや支えを感じられない死にゆく足場。
一歌は瞬間的に、壁になっている線路を蹴飛ばし真っ直ぐに伸ばした。
羽城の鎧を突き刺す勢いで伸びた線路の先端が、肥大した右腕によって払われ、叩き落とされる。
「マジかよ」
一歌の顔が青ざめた。咄嗟に背後に飛び、屋上のへりに伸びている警報機に取り付いた。同時に、一歌の立っていた足場が完全に崩落して奈落に消えていく。
もう屋上には床と呼べる場所は残っていなかった。蓋を取り除いた箱のように、下では奈落の深淵が待ち遠しそうに口を開けている。
羽城が喜色満面の声色ではしゃいだ。グリッド線じみた自分だけの足場を伸ばしながら、一歌に向かって歩いてくる。
「詰みぃ、だよ、一歌ぢゃん! そごを崩せばぁあ、きみは、おぢるっ! ころぉおお、ごろぉおおおす! 一歌、ちゃんん、ごろし、でっ! ぎらいだがらぁあ、依子どがいうのも、ご、ろすっ!」
「………………あ? なんつった、おい!」
一歌の目が刃のように鋭く、羽城を射抜いた。窮地も忘れて殺意を迸らせる。看過できない一言だった。
「殺すぞ」
「………………。……んふっ、ぐぶっ、げっ。いい、ね。ぼぐに、あつい、気持ち、うれじい。もっど、見で!」
羽城が一歩近づくたびに、校舎が一歌の後方へ傾いていく。屋上の縁にヒビが走った。
「一歌。レッスン2だ」
藍島が頭上から呼びかけた。藍島は、乾いた土の板のような、不思議な足場を形成して立っていた。
「魂を意識しろ。さっきの現場検証と同じで、自分の形をちゃんと意識しろ。そうすりゃお前の存在はそうそう崩されねえ。領域ももっと色濃く出せる。てめえのことを誰にも自由にさせねえってことだ。得意分野だろ?」
「…………ああ! 得意中の得意だぜ」
指先まで、髪の毛の先まで一歌は、誰にも自由にさせるつもりはない。一歌の何もかもは一歌だけのものであって、自分が持つ権利を害する何者も許してはおかない。殴らなければ気が済まない。
そうした、意思を浸透させていく。自分の姿を思う。血の流れを自覚するように、神経の先まで意思で制御するように。
(…………なんだ? さっきまでと、違う。体の全部、あたしの思い通りに動くような……変な感じが、する)
肉体であって肉体でない、幽霊だけの知覚。
それを自覚するだけで全能感に似た感覚が静かに湧き上がった。
そして、一歌は跳んだ。警報機がしなるほどの強さで蹴り、羽城に向かって、暗闇に続く虚空を貫いて跳んだ。距離は10m以上あったが、届くという確信があった。
「お?」
「らあっ!」
攻城弩弓のような飛び蹴りだった。フェンスの破片が花びらのように粉砕して舞った。一歌のスニーカーの靴底が直接、羽城の鼻面を潰した。蹴り抜くしなやかな脚が不動だった羽城の巨躯を仰け反らせていた。
「ごぎゃばあっ!?」
「……来い、踏切!」
奈落へ落ちていくその足元に、アスファルトの地面が現れた。地面の消えた空中を上書きするような、一歌の領域そのもの。
一歌と羽城の立つその場だけは、ジオラマのように切り取られた踏切が現出していた。
「なんとなく、わかった! あたしの場所はあたしで作れってこったな。スッキリしたぜ、お前の顔面にブチ込めてよぉ」
「うーっ、ううーっ、いたい、ごわいぃ。いじめ、ないでぇ! やめでよぉお!」
狼狽える羽城の前で、一歌は遮断桿を担いだ。
「あたしのものはあたしのもの。ブッ殺されたらそん時ぁ、あたしの仇はあたしがとる」
「や、だあああああああーっああああああ!!」
羽城の振りかぶった巨拳を避けるスペースはない。一歌は眉ひとつ動かさず、避けるそぶりすらなかった。振り下ろされる拳をそのまま額で受ける。今度は押し込まれることすらなく、受け止めた。
「えっ!?」
「ぜんっぜん、効かねーな! お前の拳なんかよォ!」
額から血が噴き出る。赤く染まる顔面。血よりも激しく噴き上がるのは闘志だった。怯むことも、動じることもない。一歌本来の喧嘩のやり方。攻撃する側の闘志を折ってしまうような。
「くっくっく。名前通り、鉄みたいな奴だな」
「歯ァ食いしばって、噛み締めやがれェ!」
バットのように振り抜く遮断桿が羽城の横腹を打った。フェンスがひしゃげて内部まで衝撃を伝える。
「ううっ!」
「もう一発!」
今度は剥き出しの頭に振り下ろし、全力で殴りつけた。こめかみが割れて血が飛び散った。
「ぎいいいーーーーーっ!!」
「とどめェ!」
間髪入れずに振りかぶる。青筋が浮くほど満身の力を込めて振り下ろす、その直前。
羽城の全身からフェンスが溢れ出した。
「っ!?」
「もっどぉ、もっどぉ、んもっど守るんなっぎゃあ! ご、ご、ごここ、こわいぃよぉーーーっ」
「無駄だよ!」
振り下ろす一歌の攻撃を、渦巻いて羽城を被っていく濁流のようなフェンスが防いで絡めとった。
フェンスが覆う。さらに、その上から室外機や、ドアや、コンクリートのタイルがめちゃくちゃに覆いかぶさって奇怪な塊になっていく。
「ちっ、往生際の悪い……」
「一歌、ちゃんん……これで、あんじん。もう、ごわれない! ぞれに、きづいでる? ごぽぽっ。いぢがぢゃんには、逃げ場、も、ないよ! じぶんで、足場もない、屋上ぉの真ん中に来でぇ、ごんな、狭いどごろで、僕に勝でるとおもうのぉ? 落とずだけで、ぼくの勝ちなのにぃ!」
「逃げ場なんていらねーよ……」
羽城の領域がさらに崩れていく。屋上の縁に展開されていた一歌の踏切もろとも、崩れて落ちていく。
しかし、一歌は踏切の大部分を占領しそうな大きさの羽城を前にして、むしろ遮断機を下ろした。長い遮断桿が警報と共に降りていく。
「電車でてめーを轢き殺す」
「自分ごとぉ? む、り、むり! いくらいぢがぢゃんでぇも、致命攻撃には耐゛えられない! 逃げられもじない!」
「は! そりゃどうかな!」
「ぞれにね、残念だげど僕ぅはここから出られるわげぇ。空中に足ぃ場ぁ、出せるから……」
語尾を待たずに遮断桿が増えた。前後左右を完全に塞ぐように、リングロープのように、しかし頭上まで幾本も同じ遮断機を生やしていく。
「あえっ」
「出さねーよ馬鹿が。お前のその鎧と同じように、とにかく大量に出しゃ突き破るにも時間かかるだろ。焦ってきたか?」
「ば、ば、馬鹿ぁはぎみだろぉおおおおおお!? な、な、なんっ、本゛気゛ぃ!? 死ぬっ死ぬ気でぇ……!?」
警報が音量を増す。もはや遮断桿の襖に遮られているが、その向こうからいつ電車が突っ込んでくるかわからない。
「う、う、うぁああああああ!!」
狂乱した羽城が拳を一歌に叩きつけた。だが、一歌は魂の輪郭を強く保って耐えた。譲らない。意思と意地だけは誰にも負ける気がしない。
故に一歩も、こゆるぎもしない。
「レール」
T字に似た断面を持つ鋼材が蛇のように羽城に巻きついた。屋上の景色を丸めて人型に成形したような異形に線路が這い上がって拘束する。
「うわぁ゛ああああ゛あ!! やぁだあ! 一歌ちゃんん、本当にごれでいいの!? 心中ぅなんてぇ、がばぼっ、いいのぉ!?」
「するわけねーだろ、ダボ! 心中なんてよぉ! ようは、電車をてめーにぶち込んでやりゃいいわけだ」
「…………!」
体を捻り、腰だめに拳を構える。拳を作っている一歌の右前腕に、武士の腕甲のように、小さな踏切があった。そこからレールが後ろに伸びて、一歌の身長を追い越した。頭上、レールの先に、おもちゃのように小さな電車があった。
「あれ……?」
羽城はそこで気づいた。自分たちを囲む遮断機の、警報機が点灯していない。
警報が鳴っているだけだ。
その音源も、周囲を囲む遮断機ではない。一歌の腕の踏切から鳴っている。
「てめーにぶち込むなら! あたしの手でだろ!」
「あれぇえええ!?」
羽城が鎧の中で目を見開いた。こいつは、この女がしようとしているのは、もろとも電車で轢かせての心中などではない。
「くっくっく。一歌、レッスン3だ。お前の死を深く理解しろ。自分の死を深く理解して領域の解像度を高めていけ。お前の死因は電車事故。だが……その根底にはまだお前の知らない真実があった」
藍島の声が上から降った。一歌は構う様子もなく、真っ直ぐに羽城を睨みつけている。
「お前の死因に付け加えるなら……霊障。霊障による電車事故、だ。幽霊のお前が電車で轢いてやるなら、くくく、ピッタリ同じシチュエーションだ。ただ棒でブン殴るのとは、理解度は段違いだな」
「サンキュー、師匠」
一段と圧力が増す。一歌の拳が羽城の鳩尾に突き刺さる。
「ごおっ!」
「成仏しろよ!!」
火薬が爆ぜたように電車が加速して火花を散らしながら踏切を超えた。線路から飛び出して、何もかもを破砕する。
大口径の大砲のようだった。一瞬のうちにフェンスもコンクリートも、肉も骨も貫いて大穴を開けた。
「が、ばあ…………っ!」
鎧がばらばらに砕けていく。遮断桿の束もまたへし折れて、開かれた虚空に羽城は落ちていった。
「……ふうっ、敵討ち完了」
領域がグズグズに溶けてほどけていく。空から暗闇が降りてきて、足元から暗闇が溢れ出した。
「うわっ、なんだ」
「勝ったってこった。おめでとう、初めてのポイントだぜ、くっくっく」
暗闇に閉じていく視界の向こうから藍島の声が聞こえた。一瞬の暗転の後、視界が開ける。
何事もなかったかのように、元の踏切にふたりは立っていた。
「…………うお、元の場所だ」
「全部領域の中のことだからな。傷も治ってるだろ」
「え? ……マジだ」
額に手をやると、濡れた感触も痛みもない。血すら嘘のように消えていた。
視線だけ上げると、藍島がやはりにやにやとしたいやらしい表情で一歌を見下ろしていた。
「しかしアレだな。思ったより領域の使い方がヘタクソだなお前は」
「いや勝っただろ! つーか初心者なんだよこっちは」
「まずまともな足場を出せるようになるところからだな。くっくっく、なんだよあの最後の攻撃は。外にもうちょびっと足場出せりゃ拘束した時点で勝ててたぜ。遮断機もお前のサイズならくぐって出れるしな。アホの攻撃だな」
「ぐぬ…………」
反論に慣れていない一歌は歯噛みして黙った。こういう場合は殴りかかるのだが、この男にそれは通じない。閉口しつつも何も言えない。
「だが、勝った。まずは1ポイント。どうだ? まだ99ポイント稼がなきゃならんが」
「どうだって言われてもな。やるしかねーだろ」
「くっくっく。いいね。じゃ、死ぬ気で強くなってもらうぜ」
「……もう死んでるけどな」
空を見た。青い、雲ひとつない青空だった。一歌の魂に焼き付いた夕暮れとは対照的な色だった。
(絶対、生き返ってやる。このまま死んでたまるか)
一歌は決意を固めた。残された親友を孤独にするわけにはいかないという思いがあった。
鉄の心を携えて、少女が1人、黄泉の修羅道に踏み入った。
鉄条一歌。死因、電車事故。
現在の所持ポイントは1。