IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
ごうごう、と風が鳴く。
聞こえる訳ではない。ただ、長年の経験が視覚情報とシチュエーションから幻聴にも似た作用を引き起こしている。
銃を撃つ前は、いつもこんな風の中だった。
これから誰かを撃つと言う事実、現実。
いまや麻痺してしまったとも言える銃殺に対する背徳感が、いままで屠ってきた連中の亡霊のようにじわじわと精神を浸蝕する。
一見何も感じていないように見えて、どんなに冷静さを装い口元を引き締め集中しようとも、聞こえることのない悲鳴は耳にこびり付いている。
我ながら女々しいと、愚かだと、偽善だと思う。嗤わせる。
狙撃銃を一生の相棒にした理由が悲鳴を聞きたくないとか、殺した感触を手に残したくないとか、経緯はあれど真っ当な理由ならまだいいが、私はそんなものではない。
ただ、血で服を汚したくない。それだけだ。
血なんて汚い。人間が生きている証だなんて誰が宣ったのだろう?
血は死の象徴だ。人が死ぬときは毒殺か絞殺か、よほどマニアックな殺し方でない限りは血が出る。
汚い、汚い。折角の服が、たかがもういない人間の体液如きに穢されるなんて我慢ならない。血が掛かってる服を見てしまっては妹に何を言われるか。
死んだ人間は死んだままでいい。迷惑かけるな。殺害されたら潔く死ね。
自殺なんか正に迷惑の極みだ。軍人であれば戦死は二階級特進で残された一家はしばらく安泰だろうに。以前祖国で手を組んでいた二国の内の一つは自殺大国だという。
そんなに迷惑掛けるのが好きか、猿共。
そんな国がISを作っただなんて反吐が出る。ひょっとしたら過ちの歴史なのではないかと最近常々感じている。
ああ、話が逸れたな。狙撃銃が相棒である話、だったな。
もう一つ、理由を重ねて言うならば、恨まれたくない。
これは臆病者の言だ。そして臆病者の特権だ。めんどくさがりの、性だ。
いちいち誰を殺したなだの、復讐に走る連中は粘着質で困る。
お前らあれか、そんなに暇か。復讐なんて暇事に現抜かしてたら、いつの間にか殺されてるぞ。
友情? 愛情? 知ったことか。ああただ姉妹愛ならわかるな。
うん、兄弟姉妹はアレだ、うん、何となくわかる。
でも殺されたから殺す、なんて動機は死んだ兄弟に失礼だ。
殺したいから殺したい。
それでいいじゃないか。
まあ、そんなことをほざいてる私は殺人鬼ではなく傭兵だ。殺し屋だ。
そんなこんなで、今も私はある人物を狙っている。
自分がいる地点はヨーロッパでも二番目に高い地点、ドイツ首都ベルリン・ミッテ区アレクサンダープラッツにある標高368mの塔の頂上。
目標と、その周囲の人間のパーソナルデータを参照した結果だ。
「…………」
念のため依頼主から貰った光学迷彩を張り、発見される確率を減らしておく。
この最悪な足場でも射撃体勢を取れるISというものは実にいい。
本日の相棒は
かの
ただISにはどんなに重く、どんなに巨大だろうがある程度ならば簡単に扱えるらしい。素晴らしい。
ただそうとなると今までの銃より遙かにコストの高い銃を仕入れ無ければならないし、今回は依頼主からの貸し出しだから好きに使っているが、今後はどうだか。
「………距離、1028m。風速、南西に1.6m/s。方角、南西」
思わず、言ってしまう。
確かにハイパーセンサーとやらで計測すれば一発で正確な情報が出るのだが、それは癪に障る。
ISに使われるなど御免だ。
私が、ISを使うのだ。
私が、銃を撃つのだ。
私が、殺すのだ。
スコープを覗き、目標を捕捉。
ここから1km以上離れた病院の前に、急患が運ばれている。
血塗れの、片腕の少年だ。左肩から先が無い。どうやら依頼主の目論見は上手くいったみたいだ。
ならば、今度は私だ。
最悪なことに、依頼主に妹を人質にされている身としてはこの
だから、
「………恨まないで下さいね」
誰にも聞かれない独り言を呟き、スコープを右斜め上に移動する。
血塗れの男の、その傍らにいる男の脳天に、照準を定めた。
血塗れの男と、骨格が、顔の作りが似ている。彼らも兄弟だろうか。
少しスコープの視界を広げれば、近くにIS《暮桜》を纏った世界最強がいる。
おぉ、怖い怖い。スクリーンでも見たが、あれは正面切って攻めるべきではないな。
多少変化球で行こうにも、持ち前の実力にねじ伏せられてしまいそうだ。
できれば、敵対することは避けたいが。
まぁ、実の弟を殺すのだから、何らかのアプローチは覚悟しておこうか。
「…………」
謝罪はしない。
これが、私が私であるためにそして、私の世界を、妹を守るために。
「Auf Wiedersehen」
引き金を引いた。
20XX年。
この年は多くの出来事があった。
中でも有名なのは、ドイツで起きた変死体だ。
世界的に注目を集めた『第二回モンド・グロッソ』が行われた日、ベルリンテレビ塔の下に奇妙な死体が『落下』していた。
頂上からの落下が死因、とは断定しがたいものであった。
その死体はISを纏っていた。絶対防御という安全装置があるISが操縦者を死に至らしめる、というのは当時の見解では難しいものだった。
もう一つ、死体は塔から落ちる前に死んでいた形跡がある。
原因としては、ISのフィッティングの
本来操縦者の体格、体型に合わせてISは操縦者の最適なサイズに固定装着される。
だが死体が纏っていたISは、操縦者よりも二回りも小さいサイズになっていた。
つまり、既にフィッティングを済ませた筈のISが強引にサイズを変えた結果、
「『絶対の安全性を約束されたISがまるで
閉じていた瞳を開く。
夢を見た。悪夢を見た。
過去を。全てが始まったあの日を。
既知からの脱却。あの日から
結果としては最近着々と開花したり奪ったりの繰り返しで、こういった副作用が両の手の指の数では余るほどにもなった。
だが、
「別に苦でも屁でも無ェし? こんなんで音を上げるタマじゃねえだろ、俺は」
「どうかしたか? ボス」
「いんや」
向けられた声に、思わず笑う。
よもや、こいつに今の夢の事を告げるわけにはいかねェだろ、普通はよ。
コイツを守ろうとして、返り討ちにあったヤツの記憶なんか、な。
「なんでも無ェよ、オータム。さっさとスコールと合流すっぞ」
―――この事件は、その年に起きた事件の中でも
誘拐事件。
傷害事件。
殺害事件。
変死事件。
そして―――奇跡の蘇生。
裏の世界でも知る人は少なく、言葉にするのも憚られる。
そのすべてが、ある2人の人物へと帰結する。
この日、ナニカが壊れ、ナニカが死に、ナニカが生まれ、ナニカが目覚めた。
それが世界にとって幸か不幸か、誰一人でさえ判断することは出来ない。
それから3年。
裏でまたいくつもの公に出来ない事件が多発する中で、世間では世界初の男性IS操縦者の話で持ちきりだった。
これにより、沈黙の二者が動き出す―――
いままでどこにも書かれなかったいわゆる前日譚というやつです
……もう誰が誰だかおわかりですね?(笑)
2012/11/9修正