IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
入学式翌日、AM8:02。
一夏、箒、希空の3人は一年生寮の食堂で朝食を摂っていた。というのも、今朝の希空は寝惚け様が酷いようで(2人には周知の事実)、時折鼻提灯を膨らませながらガクガク首を振ってご飯を口に運んでいる。
「なあ……」
「…………………」
「なあって、いつまで怒ってるんだよ」
「……怒ってなどいない」
「顔が不機嫌そうじゃん」
「生まれつきだ」
「………(き、希空兄、いい加減起きてくれ…話が進まん………)」
「…ZZzzzzz……(ばくばくばくばく)」
駄目だ、完璧寝惚けてる。
昔から変わらない『寝ながら食う』スキルの高さに一夏は心の中で溜息をついた。主に健康面において。
「(希空兄。昔から言ってるけど、寝ながら朝食摂るのはあまり身体に良くないんだぜ?)」
幼き日から希空といた一夏、箒は希空が朝たまに寝惚けながら朝食を摂ることを知っている。その度に千冬に
因みに3人はご飯に納豆、鮭の切り身と味噌汁にプラスして浅漬けの和食セット。
「箒、これうまいな」
「………………」
「…ZZzzzzz……(ごくごく…ごきゅっ)」
「(…あれ? 今妙な音が……?)」
希空から不穏な音がして、箒の隣にいる希空を見たが特にこれといった変化は無かった。普通に寝ながら味噌汁を啜っていた。
さて話は戻って、相変わらず一夏は箒と話すが武力の無い冷戦状態を続けている。恐らく昨晩のことが関係しているのだろうが、根本的原因は一夏にはわかっていない。こういう時に希空が頼りなのだが、残念ながら爆睡中につき機能停止。役に立たないな、コイツ。
「だから、怒ってないと言っている」
とは言っても一夏には顔すら向けない箒。目が合おうが急いで反らす。言葉と矛盾しているのは言うまでも無い。
「ねえねえ、彼等が噂の男子だって〜」
「なんでも2人共千冬お姉様の弟らしいわよ」
「えー、姉弟揃ってIS操縦者かぁ。やっぱり2人共強いのかな?」
「あれ? 兄の方はIS動かせないって聞いたけど?」
「え? あの寝惚けてる方?」
「そうそう」
昨日から変わらないことが1つ、女子の間合い。
『興味津々ですよ。でもがっつきませんよ』という四面楚歌に相応しい包囲網。一夏も昔剣道をやっていたが、これ程むず痒い間合いは取れない。達人の領域に達するスキルだ。
「だから箒――」
「な、名前で呼ぶなっ」
「……篠ノ之さん」
「…………」
呼んだら呼んだで、またむすっとした表情。どうしろと言うんだ。
正直、この不毛なやりとりに一夏も肩をがっくり落としていた。せめて現状を打破出来る何かがなければ。
「お、織斑くん!隣いいかなっ?」
「へ?」
すると、3人のテーブルの前に朝食のトレイを持った女子が3人立っていた。朝食を同席したいということだろう。
「ああ、別にいいけど」
現状打破にはいいタイミング。寝惚けている希空をなんとか移動させようとしたが、元から箒の向こう側の端に座っていたからか問題無し。
そう言うと声をかけた女子は安堵の溜息を漏らし、後ろの2人は小さくガッツポーズをしていた。すると周囲から妙なざわめきが聞こえる。
「ああ〜っ私もはやく声かけとけばよかった……」
「まだ、まだ二日目。大丈夫、まだ焦る時間じゃないわ」
「昨日のうちに部屋に押し掛けてた子もいるって話だよ!」
「なんですって!?」
事実である。
一年生が8人。二年生が15人。三年生が21人、計44人が一夏の部屋に自己紹介に来た。希空の部屋にも数人来ていたらしいが一夏は詳細はわかっていない。相変わらず人に対する要領はいいから、そういうところは羨ましい限りだ。
「うわ、織斑くんって朝すっごい食べるんだー」
「お、男の子だねっ」
「俺は朝多めにとって夜少なめにするタイプだから。希空兄は――元々あまり食べないんだ。だからよく残ったヤツを俺が食べる」
希空は一夏と比べて小食。一般で売られている弁当でさえ難色を示し、一夏にスルーしていくのがほとんどである。
「ていうか、女子って朝それだけしか食べないのか?」
3人はメニューこそ違うが、飲み物一杯、パン一枚、おかず一皿(しかもすくなめ)。希空といい勝負である。
「わ、私たちは、ねえ?」
「う、うん。平気かなっ?」
「お菓子をーよく食べるしねー」
燃費がいいなぁ、というのが一夏の感想。
だが最後の発言は少し心配。間食が身体に良くないことは一夏にもわかっているからだ。注意すべきか否か、あまり女性問題には踏み込まない方がいいか、正直微妙なところ。
「……織斑、私は先に行くぞ」
「ん?あぁ。また後でな」
するとさっさと食事を済ませた箒は自分のトレイを持つと席を立って行ってしまった。去り際に寝惚けたままの希空の頭を引っ叩いたが、希空は起きる気配無し。
箒、一夏、希空は幼馴染みである。
小学1年生の時に千冬の付き合いで剣道場に通うことになって、4年生まで同じクラス。よく篠ノ之夫妻にはよく夕食に招いて貰っていた。1つ上の希空も、行き帰りの通学路では一緒であったし、ちょくちょく遊びに一夏達のクラスへ訪問していた。
しかし一夏は昔から箒と仲がよかった訳では無い。というより、悪かった。剣道をしている内に仲良くなったのだったか?
希空も希空で最初は仲良くなかった(というより、箒が一方的に避けていた)。
「(あんまりよく覚えてないんだよなぁ。昔のこと……)」
というのが現状。当然ながら年を取れば過去の記憶が薄れるのは人間の性である。そういう時は割り切るのが肝心だ。そう考えながらぼんやり食事を摂っていると、我等の姉上が襲来。
「いつまで食べてる! 食事は迅速かつ効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」
鶴の一声、食堂にいた全員が慌てて朝食を食べる作業に戻った。この学園のグラウンド、一周が5kmある超規格外グラウンドである。単純計算で50km。いくら体力には多少の自信が普通に考えて死ねる距離だ。
これはヤバいと一夏は希空を起こそうと声を掛け―――
「(ま、間に合わなかった……)」
「………………」
「…ZZZzZzzzzz……(ばくばくばくばく)」
鬼教師千冬が既に、希空の目の前に。
千冬はいつから準備していたのか、通常のワサビの50倍の辛さを誇る練りワサビのチューブを懐から取り出した。
希空が食べているご飯の上にたっぷり乗せる。寝惚け状態の希空はそんなこと知るよしも無く、そのままご飯を口に運んだ。
「………ZZZZzzzz…Zzzz………z………!!!???」
咀嚼し、飲み込んだ時にはもう遅い。
辛さという刺激の次元を通り越した練りワサビの威力は直ぐ様希空の脳髄まで突き刺さり、鼻提灯がパンッと音を立てて破裂した。
そして、
「ぉうぐおがぃぐぎげぶへぉぼぇああああぁぁぁーーーーー!!!!!?????」
絶叫した。
そりゃもう、一年生寮を激震させん程の大音量で。
寮の外では漸く目覚めたか、と呆れ半分に溜息を吐くポニーテールの幼なじみがいたとか。
練りワサビのお目覚めを受けた希空は白目を剥いてくたばっていた。しかし希空を起こした張本人である千冬は容赦無しに希空の襟を掴み上げて無理矢理起こす。
「ほぉ、入学式翌日の朝から寝食事とはいいご身分だな? 織斑兄」
「ほ、ほはろーほらいあふ……(お、おはよーございます……)」
「おそようだ馬鹿者」
そのまま頭突き。
ゴキッと頭と頭の衝突では決して生まないような轟音に、周りにいた女子達は肩をビクリと震わせた。頭をかち割られたような痛みとワサビのダブルパンチに、希空は朝から瀕死状態。
「織斑兄、お前には今日から早速実地研修がある筈だが?」
「はひー(はいー)」
「はいーじゃないだろうが!! いいか、お前はISすら動かせないんだ。自分が何でここにいるのか、よく考えろ」
「げらふっ」
ドゴッと希空の鳩尾に掌底1つ。世界一の称号を持つ者の掌底は鎧通しに近しい効果を発揮、結果として致命傷に等しいダメージを与えた。
辛さに痙攣していた希空は意識を失い、狩りで仕留めた兎の如く千冬の肩に背負われる。だらーんとぶら下がる希空の両手に、その場にいた全員が戦慄を覚えた。
「さて、お前達」
「「「「はっ、はい!」」」」
「私はコイツを連れていかなければならん。織斑兄が今日は授業に出ないことと私が遅れて来ることは山田先生に伝えてある。だからさっさと食事終えて教室へ行け」
「……え? お兄さん、授業出ないんですか?」
一夏の隣にいたクラスメイトが、千冬から告げられた言葉に首を傾げる。すると千冬ははぁ、と軽く溜息をついた。
「そもそもコイツはISが使えん。それに加えてお前達ヒヨッコ共が半月の間に覚えるISの基礎知識は把握済みだ」
「え、…じゃあ何するんですか?」
「
謎掛けのような千冬の言葉に一夏含めた4人はうーん…と考え込む。すると一夏が閃いた。
「あ!! IS整備師だ!!」
「その通り、従って織斑兄には学園内に配備されているISの整備をしてもらう。しかし織斑弟、解答は正しいが時間が掛かりすぎだ。グラウンド五周」
「はああぁ!?」
「はい、はどうした?」
「………はい」
有無も言わせぬ鋭い視線。
真剣の如き視線は一夏の寿命がちょこっと縮まる勢いだった。兎も角、一夏は理不尽にもグラウンド五周の刑に処されることとなったが、一夏は希空の事情を知っていたのだから解答が遅いのは問題であったりする。
朝から散々であったが、相変わらずぐったりしている希空を担いで食堂から出た千冬に習い、一夏と女子達も朝食を終えて教室へ向かった。
―第2グラウンド連絡通路
1年生寮生から歩いて数分、IS用の楕円形アリーナが見えてくる。相変わらず千冬に担がれてぐったりしている希空だが、千冬はギロリと鋭い横目で希空を睨んだ。
「いつまで寝ているつもりだ」
「…………」
「……言い方を変えてやろう。いつまで
「ばれちゃいましたかー」
むくりとおもむろに頭を上げる希空。
先程のワサビと掌底の2つの攻撃を喰らったからか、若干顔色が悪い。いつもの調子で話し出す希空に対し、千冬は鼻を鳴らした。
「ふん。まぁよく連中もお前の狸寝入りを見破れなかったものだ」
「ああー、そりゃ途中からマジで寝てたからですよー。箒ちゃんには微妙にバレてたっぽいけどー」
箒が先に出ていく前、希空の頭を叩いたあの時。
箒が希空を叩いたのは、希空を起こそうとしたのでは無く『もう起きていい』という意図の元で叩いたものだ。
だがその時には既に希空は夢の中。
「一夏も唐変木というかー鈍感というかー、なーんで箒ちゃんの気持ちとか気付かんかなー」
箒とは口裏合わせずに、希空は狸寝入りを実行した。少しでも箒と一夏を2人っきりにするために。だがどうやら昨晩の騒動で冷戦状態だったらしく、更に女心を知らない一夏は別の女子まで相席するという結末。
希空からすれば、『今朝の苦労を返しやがれこんにゃろー』である。
「箒ちゃんも苦労するよねぇー………IS学園って、例外を除いて全員女子だから、もしかしたら全員に一夏フラグ立っちゃうんじゃないかなー」
「いや、織斑兄弟に半分半分別れるだろうな」
「だからそれは無いってー」
「織斑弟のようなヤツは皆そういうものだ」
「あんなのと一緒にしないで欲しーですけど」
流石に一夏と同列扱いは受けたくないらしく、希空は少しばかり笑顔を歪めていた。そんな希空の表情を見た千冬は僅かに口元に弧を描く。
だがそれも一瞬、すぐにいつもの真剣な表情に戻った。
「………
「…
「………何人だ?」
「朝食堂で確認したところ、1人。僕が食堂に入った瞬間から、いっちばーん遠いテーブルで、1人で朝食摂ってた」
「………クラスメイトか?」
「違ってた、と思う。少なくとも1組じゃなかった。ってか、1組だったら自己紹介頃から監視してたでしょー」
『監視』。
そう、希空が寝惚け演技をしながら食堂に入った時から、僅かに視線を感じた。普通の女子達から来る視線とは違う
包帯越しに起動していた右目の疑似ISハイパーセンサーこと『天目一箇』が、それを捉えていた。
ハイパーセンサーでもなければ気付かない程に、隠密性に長けた監視の眼。
「1年生で専用機持ちって、何人いたっけー?」
「2人だ。だが恐らく一夏も専用機持ちになるだろうな」
「貴重なサンプルとして、ねー」
「……………」
「ごめん、ちょっと口が軽かった。えっと、専用機持ちは2人…1組のオルコットさんと……?」
「4組に1人。だがそいつはまだ未完成だ」
「未完成?」
「一夏がニュースになってから各研究所で何処が一夏のISを作ろうか躍起になってな。最終的に倉持技研という研究所が担当となった」
「倉持技研…ねぇー」
なるほど、そこならば多少の『縁』もある。一夏のISを担当するにはうってつけかもしれない。
「でだ、その倉持技研でそいつの専用機を製作途中だったんだが………」
「一夏の開発が先になって、後回しにされた、と」
「そういうことだ」
「………ISが出現して世界が変わったけど、一夏がISを動かしてまた世界が変わっちゃあ世話ないよねぇ」
「……そうだな」
千冬の足取りが少し、重く感じた。
ISの出現で変わったのは、千冬にとってはとても身近なところだったからだ。もしかしたら世界で一番ISの影響を受けているのかもしれない。
「んー、まぁ監視者の件については、今のところ問題無しかなぁー」
「何故だ?」
「『敵意』があんま無かった。文字通り『監視』につきるね」
どこぞの殺人鬼一賊ほどでは無いが、視線に敵意や殺意といった敵愾心を孕んだものは無かった。それでも、周りの女子達とは明らかに違うモノがあったが。
「何らかのアプローチでもあったら、出来る限り穏便に対処すればいーし」
「……手遅れになったら遅い」
「だいじょーぶ」
希空は千冬の腕から抜け出し、空中でくるんと一回転して着地すると、振り向き様に微笑んだ。
「もう、自分の身は自分で守れるから」
「…………」
「それよりさー! アレは? 僕大大大大ッッ待望のアレはいずこー!?」
「…あ、あぁ、こっちだ」
気を取り直したように希空を先導する千冬。
今のは自分に対するフォローだろうか、純真無垢な笑顔では判断が難しい。だが、少しだけ千冬の中で足取りが軽く感じられた。
希空には悟られぬようクスリと笑いながら、千冬はアリーナ内部の関係者立ち入り禁止区域に指定されている扉の鍵を開けた。ISの砲撃ですら開かないぐらい、重厚な観音開きの扉が地鳴りを響かせて開く。
「う……」
暗がりから覗く機械の数々。
鎧武者のような形態をした銀灰色のIS。
4枚の多方向加速推進翼がついたネイビーカラーのIS。
純国産のIS、
フランス・デュノア社のIS、
IS学園に配給されているISが、そこにズラリと並んでいた。
「うぉおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉー!!!!!!!!!!!!!!!!」
舞い上がった。
ぶっ飛んだ。
飛び上がった。
「打鉄だリヴァイヴだ量産型だ訓練機だー!! え、何ここはまさか
「おい希そ」
「ヒャッハァー打鉄にキズがついとるぅー!? ナンテコッタイこいつぁ早急に消さないと!!」
「…希空……」
「あーっ!! ここ(IS学園)に来る道中おもろいプログラム作ったんだよねー!! 3機くらい組み込んで他のと性能比較し」
「落ち着け」
「ポウッ!?」
希空の首筋に手刀一閃。
あまりの鋭さに首筋が摩擦で煙を上げていたりいなかったり。半ば暴走状態の希空を止めた千冬は顔面を片手で覆い深く溜息。
そして一言。
「……激しく不安だ」