IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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第9話 放課後の鍛練/穿ツ槍

 

 

 

 時間は放課後。帰りのHRも終わり、さぁ帰ろうかと生徒達が腰を上げたその時。教室の扉がからりと空いて、希空が笑顔で入って来た。

 

「はいはい遅れましたー」

「もうHRは終わったぞ、馬鹿者」

 

 残像が残るような足運びで千冬はそのまま出席簿を垂直に構え、希空の脳天へ落とす。が、

 

「!」

「はっはっはー、僕も学習する生き物なのだよー」

 

 頭上付近で両手を交差させ、左右の手の甲で出席簿の腹を挟んで止めていた。

 ―――これはかの剣術、神谷活心術奥義、刃止め。そして次に繰り出されるのは、刃を滑るように前進して斬りかかる刃渡り。希空はそれに習って、今度は押し倒してやろうかと前進する。

が、ふと目の前に白い円柱状のモノが視界に入り込む。

 ………え? チョーク?

 

「甘い」

「ぬぉおー!?」

 

 出席簿を持って無い方の手に握られたチョークが、希空の額にピンポイントで炸裂した。丸めた人差し指に乗せて親指で弾くその姿は、かの超電磁砲(レールガン)の如き姿。至近距離から放たれたソレは、希空を廊下に吹き飛ばすには十分だった。

 廊下でクラクラ頭を回す希空を尻目に、千冬は指に付いたチョークの粉をフッと吹きながら告げる。

 

「今度はもっと早く来い。少なくともHRには顔を出せ」

「い、いえっさー……」

「「「(鬼だ……)」」」

 

 この時、1年1組の全員が心の底から希空に合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから額を赤くした希空を介抱した一夏と箒が剣道場で剣道の腕の確認とのことだった。

 最初は断ろうとした希空だったが時既に遅し、例の一夏の鈍感スキルのせいでクラスメイトの大半を連れていくことが決定済みらしい。

 

「(ばーか)」

 

 心の中で呟く希空だった。

 しかし希空も剣道の観戦は好きだ。しかも箒と一夏の対戦ならばなおさらである。そして今現在、希空は剣道場の端でクラスメイト達と共に観戦していた。

 

 結果は、一夏の一本負け。

 

「どういうことだ」

 

 面を取って顔を見る前からわかってたけど。箒はカンカンだった。いつにも増して眉は釣り上がってるし、口調が刺々しい。ここで比喩表現でもするならヤカンみたい、とでも言おうか。

 

「いや、どういうことって言われても……」

「どうしてここまで弱くなっている!?」

「受験勉強してたから、かな?」

「……中学では何部に所属していた」

「帰宅部。3年連続皆勤賞だ」

「おー、皆勤賞だったんだー?」

「おうよ。大した怪我も無かったし、病気もかからなかったぜ」

「ふーん。……でもやっぱやってないと、結構腕が落ちるねぇ」

「体鈍っちまっててな……」

 

 希空は中学校を卒業出来なかった。それはとある()()により、学校に行きたくても行けなかったからであるのだが。

 

「――なおす」

「はい?」

「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後3時間、私が稽古を付けてやる!」

「え。それはちょっと長いような――ていうかISのことをだな」

「だからそれ以前の問題だと言っている! だいたい情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくないのか、一夏!」

「箒ちゃん落ち着いてー」

「希空っ! ……くっ…」

 

 思わず飛び掛かりそうになる箒を、希空が声を掛けてなんとか制した。

 昔から希空の一声には沈静化の作用があるかのように、大抵の場合は箒を止めることが出来た。いわばストッパー。

 

「そりゃ、まぁ……格好悪いとは思うけど」

「格好? 格好を気にすることができる立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

「楽しいわけあるか! 珍動物扱いじゃねぇか! その上、女子と同居までさせられてるんだぞ! 何が悲しくてこんな……」

「わ、私と暮らすのが不服だと言うのか!」

「(あああああー、何故沈静化した火に油を注ぐんだよ一夏ーって、これもうヤバ―――)」

 

 正座の姿勢から一瞬で飛び起きて跳躍した希空は、ギャラリーの目を気にすること無く2人の間に滑り込む。

 

 ―バシーン!!

 

「!?」

「希空兄っ…!?」

「はいすとっぷ」

 

 一夏目掛けて降り下ろした箒の竹刀は、希空の右手が受け止めていた。叩き付けるようなしたたかな音が響いたが、それを希空は何でも無かったかのようにゆっくりと下ろす。

 

「まーまー落ち着きなさいなー箒ちゃん。箒ちゃんの剣は人を痛めつけるようなモノじゃあないでしょー?」

「…………」

 

 すっ…と箒は竹刀を引っ込めてくれた。だがその瞳には動揺と迷いと憤り、この3つが混濁している。

 

「ま、とりあえず一夏は箒ちゃんにこの1週間みっちり剣道の指導を受けなさーい」

「え゛!? 希空兄まで!?」

「あたぼーよ。……あぁ、昔の強く見応えある一夏の勇姿は何処へ行ってしまったのだろーかねー?」

「うぐっ」

 

 よよよよよ、と嘘泣きしながらも的確な意見を突く希空に一夏はたじろいだ。

 

「わ、わかったよ!!」

「(いぇーいやったね箒ちゃん)」

「……!! さ、先にシャワー浴びてる!!」

 

 希空のアイコンタクトがわかったのか、漸くその意図に気付いた箒はほんのり頬を赤く染めると逃げるように剣道場を後にした。毎度毎度、箒からすれば希空のフォローは正直恥ずかしいことこの上ない。

 箒が去った剣道場は静まり返り、希空は小さく溜息をついた。

 

「てな訳で、1週間特訓頑張ってねー」

「ああ……希空兄は?」

「IS弄ってるけど、基本ここには来るよー。2人の練習は見たいし」

「そっか」

「…………一夏」

「ん?」

 

 床に転がった竹刀を持って立ち上がった一夏は、少し沈んだ希空の声に首を傾げる。

 

「……いんや、なーんでも無いよ」

「何だよ」

「…………皆勤賞」

「へ?」

 

 希空はポケットに突っ込んだ手を抜いて、一夏の額にトンと右手の人差し指を置いた。

 

「皆勤賞、だったんだ」

「………? さっきも言ったけど……」

「バカは風邪をひっかないー!!」

「のわっ!?」

 

 意地悪気な笑みを浮かべた希空が一夏の額に人差し指を突き刺した。奇妙な声を上げた一夏は痛みに悶える。

 

「ぐおおおお……!!」

「あっはっはー、IS学園も無遅刻無欠席になって、バカのレッテル貼られてしまえー」

「んだと希空兄!! そもそも副担が千冬姉な時点で無遅刻無欠席は避けられねぇだろうが!! どんな自殺志願者だよ!!」

「確かに確かにー」

「ちっくしょう何だよ!! 珍しく希空兄が変な態度しやがるから心配すればこれかよ!!」

「あっはっはー。弟に心配されるほどお兄さんは落ちぶれちゃあいないよー」

「面白れぇ……竹刀取れよ、ボッコボコにしてやらぁ!」

「知ってる知ってるよ我が弟よ!! その言葉はザコキャラが惨めで屈辱的な負けをするテンプレってヤツだね!! 返り討ちにしてやんよー!!」

 

 その後、織斑兄弟の醜き死闘は日が暮れるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 一夏vsセシリアのクラス代表決定戦へのカウントダウンが始まり、1年1組はもちろんのこと、IS学園中でもその噂は広がった。

 『世界初の男性IS操縦者』と『英国の代表候補生』という肩書きだけでも、その噂は魅力的らしい。

 事の発端である希空は広がりつつある噂に笑みを漏らしていた。希空は今、授業免除でIS学園に配備された訓練機の整備をしに、前回千冬に案内されたIS整備室にいる。

 

「(早くも人気者だねぇ一夏)」

「あの〜」

「(しかも何て言ったって一夏のデビュー戦! こりゃあ一発バシーッと決めて貰って、『IS王に、俺はなる!』的なこと言ってくれないかなー……って、IS王って何ぞや?)」

「ね〜おりむー2号〜」

「(あー、回路伝導率が左右まちまちにっつーか、ビミョーにズレてる。訓練の段階で…じゃないな、整備の時に見落としたかなー?)」

「ね〜…無視しないでよぅ〜……」

「(やっぱ生徒がやってるからかなー、今度整備科の子に色々教えてあげよっかなー………って、)」

 

 おや、なんだろう。何故かとてつも無く酷い背徳感に襲われているような、そんな感覚。

 そう言えばさっきから誰かに呼ばれて……?

 ふと、希空は作業の手を休めて振り向く。そこには袖を余した女子生徒が涙目になってこっちを見ていた。寝惚け眼ではあるが、若干目尻に涙が浮かんでいる。

 

「……えー? 今どんな状況?」

「さっきから呼んでたんだよ〜おりむー2号〜…」

「おりむー2号? (あれ? 普通なら弟の一夏の方が2号なんじゃー無いかな?)」

 

 色々ツッコミたいことはあるが、どうやら先ほどからずっと呼んでいたらしい。呼んでいたにしたって、希空がいる地点と、扉近くにいる女子生徒の地点とではかなり距離がある。

加えて女子生徒は希空に対して()()が無い。

希空の集中力と距離と意思、この3つが相まったせいで、どうやら希空の疑似ISハイパーセンサー『天目一箇(あめのまひとつ)』には反応しなかったらしい。

 

「ご、ごめんねー? 整備に没頭しちゃっててさー。確かキミ、ウチのクラスだよねー? 名前は……布仏本音ちゃん、だったかな?」

「わぁ〜せいか〜い。覚えててくれたんだぁ〜」

 

 涙目一変、和気藹々とした笑顔になった。ほっ、よかった。

 希空はIS専用工具を仕舞い、右手に嵌められたマイクロマニピュレーターのグローブを外す。

 

「で、僕に何か用ー? って、まだ休み時間じゃないかー。すぐ3限目の授業あるよー?」

「えっとね〜、ちょっとおりむー2号に来て欲しいんだぁ〜」

 

 ちょいちょい、と本音はゆるゆるの袖で手招きした。

 なんか、彼女といると時間の経過が1.5倍遅くなっている気がする。彼女独特の雰囲気からだろうか?

 

「えっと、どこかなー?」

「ん〜とね〜、ちょっと私に着いて来―――」

 

 と、本音が言い掛けて、

 

 

 

「もういいわよ、本音ちゃん」

 

 

 

「!!」

 

 希空は本音へ歩んでいた方向とは正反対に飛び退いた。

 

「あら、外しちゃったわ」

「……これまた…」

 

 また、整備室に()()()()()()()が響く。

 今現在、希空が数秒前までいたポイントには、巨大な槍が突き刺さっていた。自分の反応が少しでも遅かったらと思うとゾッとする。というか、希空自身疑似ISハイパーセンサー『天目一箇』による身体能力の向上がなければ死んでいた気が。

 

 薄く開けられた扉の暗がり。

 本音の後ろから現れた彼女。

 水色の髪、2年の証の黄色のリボン、イタズラっぽい笑み、左手の扇子。と―――加えてもう1つ。

 

 

 

 部分展開した、右手のIS。

 

 

「……クラスメイトをダシに使うなんて恐ろしい人ですねー」

「うふふ。約束を守らないからこんなことになっちゃうのよ? 希空君」

「お、おりむー2号だいじょうぶ〜?」

「大丈夫よ本音ちゃん。彼、並の攻撃じゃ死なないから」

「それって遠回しに僕を人間扱いして無くないですかー?」

「あら、違ったの?」

「少なくとも、生身のか弱い男子に特殊ナノマシン配合の超高周波振動する水纏ったランス向ける人よりは人間ですねー」

「……言うわね」

「こら会長、穴空いた床どうするんですか」

 

 続いて扉から現れた、眼鏡に三つ編み、本音の真面目ヴァージョン的な女子生徒。

 ………あ、思い出した。昨日休み時間に来たメンバーだ。

 

「本音ちゃんはもう授業戻っていいわよ。お勤めご苦労様」

「いえいえ〜。てひひ、じゃ〜またねおりむー2号〜」

「うん、またねー」

 

 和やかに手を振って、本音は扉の向こうに消えた。

 

 ―キーンコーンカーンコーン。

 

 直後、授業開始の合図の鐘が。

 ……本音ちゃん、千冬姉さんに叩かれてないだろうか。

 本音の後ろ姿を見送ったIS学園生徒会長こと更識楯無、そして生徒会会計こと布仏虚は希空に向き直る。

 

「希空君に()()が訪れるといいわね」

「それより生徒会長はいーんですかー? 授業出なくて」

「生徒会長だから♪」

 

 ばさっと扇子を開くとそこには『自由奔放』と書かれていた。芸が細かい。

 

「本当は引き摺ってでも書類を片付けさせたいんですけど、私も織斑君には興味がありまして……」

 

 ははあなるほど、本音ちゃんのお姉さんも興味に走って負けてしまったということですか。

 

「かの世界的整備技術を有する『ヘカトンケイル』こと織斑希空君、キミは私に謝らなければならないことがあるんじゃない?」

「………えー、なんでしたかねー?」

 

 ―すぱぁん。

 

 後退しながら肩を竦める希空の真横を、何かが通った。

 

「…………」

「おかしいわね。『ラスティー・ネイル』の調子が悪い………いや、()()()()()()()()()()から、全体的に調子が悪いわ」

 

 今のは半分冗談だと思いたい。主に前半の方。

 今楯無が放ったのは高圧水流で構成された蛇腹剣『ラスティー・ネイル』。平たく言えばウォーターカッター。そのせいで希空の直ぐ隣の床と壁が綺麗に一直線に斬られている。幸い他のISは無事みたいだ。

 ゆっくり、しかし威圧を込めてこちらへ向かってくる楯無から逃げるも、いよいよ壁に追い詰められた。道中抜いたランス『蒼流旋』が、やや不定形ながらも希空の胸に槍先が向く。

 

「さて希空君? このままごっすんごっすんされた藁人形になるのと私に謝るのと、どっちがいい?」

「何ですかごっすんごっすんて……」

 

 ちらりと入り口の扉にいる会長のストッパーこと虚に視線を向けるが、軽く苦笑いされた。

 うん、駄目だなこりゃー。ていうか、そもそも虚さんは僕の整備師としての腕を見たくて来たんだっけ。

 

「…………」

 

 イッツァピーンチ。これは素直に引き下がるしかないのか。

 希空は肩を落として参りましたのポーズを取る。そして、

 

「……勝手に更識さんのIS弄って、すいませんでしたー……」

 

 その言葉を聞いて、勝ち誇ったような笑みを浮かべる楯無の顔が、希空は苦手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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