IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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第11話 決定戦まであと/フタリダケノ教室

 ――一夏vsセシリア。

 クラス代表決定戦まであと3日。

 

 

 1週間の半分を切り、明日は土曜日。一夏も箒の指導も効果が現れたのか初日より明らかに動きが良くなった。

 

「どうした一夏ぁ!! 踏み込みが甘いッ! 一撃が軽いぞっ!!」

「まだまだぁ!!」

「頑張れー」

 

 全盛期までとはいかないが、それでも刀を握る者としての動きは精錬され、徐々に戦う者としての感覚が研ぎ澄まされていく。覇気を込めた声の応酬に、希空以外は皆息を飲んで観戦するばかり。

 

 

 

 

 

「はい、ビーフオアフィッシュ……じゃなかった。タオルアンドドリンク」

「ああ、すまないな」

「サンキュ、希空兄」

 

 練習が終わり防具を外した2人に希空はタオルとドリンクを手渡す。

 やはりかなり密閉された防具は暑いらしく、外すと汗の量が酷い。暑さによって汗が少し蒸発しているくらいだ。とにかく熱気がハンパない。因みにビーフオアフィッシュは機内食だ。

 

「だいぶ早く反応してきたねー。やっぱ前々から剣の才能には恵まれてたし、全盛期に戻るのも時間の問題なんじゃないー?」

「甘やかしてはいかんぞ希空。剣の腕はそうそう簡単には戻らん」

「…手厳しいな箒」

「ふん……ま、まぁ段々昔の面影を取り戻せてはいるがな」

「本当か!?」

「ばっ!? ち、近寄るな馬鹿!! 暑苦しい!」

「あ、悪ぃ」

「……………」

 

 もう結婚しちゃえよ、2人共。ほら、元服は男18女16って言うじゃないー? あれ、まだ無理か。

 観戦に来た生徒達は、練習が終わると帰って行った。つまり、いま剣道場にいるのは希空、一夏、箒の3人のみ。

 

「にやり」

「!?(寒気がっ…!?)」

 

 一夏の背後で不敵な笑みを溢す希空。またまた向かい合っていた箒の背筋に怖気が走る。一夏はまだタオルで顔の汗を拭いたりなんだりで希空が音も無く出口に行ったのに気付かない。

 ただ()()()箒には見つかった。

 悪戯っ子な笑みを浮かべた希空に箒は顔を赤くして、口をパクパクさせていた。

 極めつけ。

 両手の親指と中指、薬指をくっ付けて二匹の狐さんを構築。向かい合わせて両手のそれぞれの指先をくっ付けた。

 

 ―――仮に希空の手を二匹の狐さんと準えるのならば、

 

 二匹の狐さんがやったことは、キ―――

 

 ―ボンッ!!

 

 爆発音と共に、箒の頭から硝煙が立ち上った。

 

「(じゃ、()()2()()()ごゆっくりー。トゥットゥルー)」

「(ま、待て希空!!)」

「おい、箒顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」

「!? い、いや無い!! 練習で体を動かし過ぎただけだ!!」

「あれ? 希空兄いつの間にか帰ってる。何だよ、ちゃんと帰るなら帰るって言ってくれればいいのに…なぁ?」

「そっ、そうだな!! まったく希空は………」

 

 この後、少しばかり甘い空気が漂ったのは紛れも無く希空によるものであり、箒は混乱しつつも心の中で希空に感謝した。しかし残念なことに、希空が望む展開へは発展することは無かった。

 

 

 

 

 

 

「トゥットゥルーって言ったら『メタルー』って言いたくなるよねー」

「意味がわからん」

 

 剣道場を出た希空は、何故か千冬の寮室に移動していた。

 希空達1年の寮長担当は千冬らしく、つい先日教師寮から荷物を纏めて引っ越しを済ませた…はずだったが。まるで台風が通り過ぎたと言わんばかりに部屋が散らかっている。

 

「それにしてもアレだよねー、千冬姉さんの散らかし癖には感服するよー昔から」

「………五月蝿い。早く手を動かせ」

「へーへー。あれ? このナイトテーブルは何処ー?」

「窓際の壁の左隣だ」

「じゃ、下着類はー?」

「タンスの上から4段目、右の引き出しに突っ込んでおいてくれ」

 

 ――いつぞや希空が言った『部屋整理』である。希空は中学2年までは織斑家にいた。

従って姉である千冬の癖というか、昔から治らないだらしなさは一夏と共に身を持って熟知している。

 世界中の女性が憧れる『ブリュンヒルデ』も、完璧な人間では無いのだ。

 

「(ま、この世界に完璧な人間なんていないだろうけどさー)」

 

 もしいたとしたら、それは人間とは呼ばない。否、呼べない。希空は少し前まで稀代の天災こと篠ノ乃束の元にいたが、束にしたって万能の技術力を有していても全能の人間性は無かった。

 そう、人間は十全でも完璧でも完全でもなんでも無い。

 

「……………」

「どうした?」

「えっ」

 

 ふと見ると千冬が希空の顔を覗き込んでいた。いつの間にか作業の手が止まってしまっていたらしい。希空ははっと我に返る。

 

「あ、いやー別にー?」

「なんだ、弟の悩みくらい聞いてやらなくもないぞ」

「いや、悩みって言うかさー……」

 

 下着類をタンスにしまって苦笑する希空。部屋は9割方片付き足場も普通にある。ようやくスッキリした部屋で、千冬は食器棚からコップを1つ、冷蔵庫からビール缶と牛乳パックを取り出すと部屋の中心で胡座をかいて座った。

 トントン、と正面を指す所を見ると、座れということらしい。片付けも終盤なので希空は肩を竦めると座って千冬と同じく胡座をかいた。

 

「千冬姉さんもビール飲むようになったんだねー」

「フン、もう私は未成年では無いからな」

 

 トクトクとコップに白い牛乳を注ぎ、千冬は希空に手渡す。千冬はキンキンに冷えたビール缶のプルタブを捻るとプュシュッとイイ音を立てた。

 

「カンパーイ」

「ああ、乾杯だ」

 

 コップと缶で乾いた音を鳴らすと、2人はグイッと煽った。そのままイッキ飲みしそうな勢いでゴクゴク喉を鳴らし、5/6くらいまで一気に飲み干す。

 

「ぷはぁー! やっぱりムサシノ牛乳だよねー。よんてんごー」

「ぷはー! 相変わらず言ってることはわからんが格別に旨いな!」

「ムサシノ牛乳は成長いいらしいよー。よんてんごは普通に4.5リットル」

「……今のが4.5リットルというなら今一度お前の頭を調べる必要性がありそうだがな………さて、」

 

 もう一度ビール缶を煽るとやや赤みが差した顔になる千冬だが、表情は少し真剣だ。

 

「何かあったか?」

「あ、いやー…うーん」

()()出費で出した牛乳、随分飲んだな」

「ぎゃぽー」

 

 嵌められた!! そう思いながら希空は口元についた牛乳のヒゲを拭う。

 トン、と牛乳パックを叩く。話せ、千冬の顔には脅迫紛いのメッセージが書かれていた。こうさーん、と希空は両手を上げてやれやれと首を振る。

 

「ちょっとね、ある子に会おうと思って」

「……前に言った奴か」

「うん。それでさー」

 

 希空は牛乳パックを開けて再びコップに注ぎ、牛乳を飲む。

 

「明日、未使用の教室一個貸してくれなーい?」

「……キメ顔で言うのはいいが白いヒゲを付けられると最早ギャグにしか見えんな…」

「やめたげてよぉー!!」

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 基本IS学園に土曜日は授業が無い。だが部活動はもちろん、単位が危うい者やISの調整をしたい人は、自主的に学園へ足を運ぶ。そもそもその為にわざわざ全寮制であるのだ。

 太陽が射し、春の陽気が辺りを包むIS学園の廊下を、水色の彼女は歩いていた。

 髪はセミロング。癖毛のハネは内側向き。長方形レンズの眼鏡が『いかにも真面目』とか『いかにもガリ勉』的な印象を更に強くしていた。

 廊下は休みの日だからかいつもより人気は少ない、と言うより無い。比較的彼女は、人気が無い方が安心する。心が休まるし周りに気を遣わないで済む。

 そして何より五月蝿く無い。

 いつもは彼女の専属メイドこと布仏本音がいたりするのだが、今日は生徒会で用事があるとかなんとかでいない。

 

「(………静か)」

 

 憂いに満ちた瞳で周囲を眺める。そんな彼女、更識簪は目下図書室へ進行中。図書室にあるISの専門書が目的だ。簪も希空と同じく空中投影ディスプレイを使用し、ネットに繋いで情報を得られる。だがネットの情報には無い情報があったりするのが専門書。流石に不正アクセスで不許可無料ダウンロードなんかしたら捕まってしまう。

 

「(………そう言えば…)」

 

 図書室への廊下を歩く簪は、窓の向こう側の空に浮かぶ雲を眺めながら、落ち着きの無いメイドの言葉を思い出す。

 

 ―『ねぇねぇかんちゃん! 私のクラスにおりむーが3人も来たんだよ~!』―

 

「…………」

 

 知っている。

 簪は昨日の朝、バカみたいな寝惚け顔をした少年を思い出して、すぐに首を振ってその映像を強制的に打ち消した。

 次に頭に浮かんだのは、『ブリュンヒルデ』織斑千冬。何より印象が強い。というより知らない人はいないだろう。

 もう1人も、知名度はうなぎ登り。

 『世界初の男性IS操縦者』織斑一夏。簪からすれば、IS開発スタッフを奪われたいわば怨嗟の象徴。

 

「……ッ」

 

 ギリッと奥歯を噛み締める。

 《打鉄》の後継機ということで倉持技研が開発を進めていたが、彼のせいで簪のISの開発はストップしてしまった。技研から今までのデータを貰えなかったこともあり、性能は愚か、原型も形状も形態も、何もかもがゼロに還る。

 だから、簪は()()()()()()に1人でIS開発しようと決意した。

 少しでも、姉に追い付く為に。

 有能な姉に、負けないように。

 

「…………あ、」

 

 ハッとして辺りを見渡せば、既に図書室への道を通り過ぎてしまった。考えに頭が行き過ぎて注意力が散漫していたらしい。

 

「……はぁ………」

 

 鬱だ。

 でもここで諦める訳にはいかない。ヒーローだって、何度絶望しても立ち上がるのだから。

 

「……とにかく戻―――」

 

 

 戻、ろうとして。

 簪の眼鏡に、ナニかが映った。

 

「…………?」

 

 ナニか、酷く見覚えあるもの。

 廊下の左角、1年生の教室への道に。

 ゆっくり、ゆっくりと簪は足音を忍ばせながら壁に背中をつける。壁を這うように進む。そしてそーっと廊下を覗き込む。

 そこには、

 

 

 

 

「………クウガ?」

 

 

 仮面ライダーがいた。

 いたといっても、等身大の約1/6スケール。少し大きい人形くらいだろうか。21世紀になったばかりの、かなり古い仮面ライダー。幼少期から見ていた簪でもかなりうろ覚えだが、あの初代仮面ライダーに継ぐ昆虫シリーズでもあるクワガタっぽいフォルムから、なんとなくわかった。

 

「………なぜ?」

 

 ハテナマークを出しながら首を傾げる簪だが、いつものやる気の無い眼の奥に若干光が。

 すると後ろ姿でいたクウガ人形が簪の方へ振り返った。

 

「!!」

 

 すぐさま角に身を隠す。

 味わったことの無い緊張感に身を震わせていると、クウガ人形の足音が遠ざかっていった。

 

「……行った?」

 

 そろーりと角から顔を出す。クウガ人形は簪に背を向けて走っていた。仮面ライダーらしい、カッコいい走りで。

 

「…………」

 

 何処へ向かっているのか、いやそれよりも何故ここにいるのか。簪はごくりと唾を呑み、クウガ人形にバレないよう小走りに追跡を始めた。

 ―その時、少しだけ()()()()()()()()であったような、不思議な気持ちがした。

 

 

 

 

 

 

「…はぁ……はぁ………」

 

 簪は息切れていた。

 あのクウガ人形の全力疾走は相当なものだったらしく、人形なのに、いや人形だからこそ驚異的な速度を叩き出せたのかもしれない。つまり、追跡は容易では無かった。

 

「(…ハァ……っ…一体どうやって、動いて、るの…ハァ……?)」

 

 廊下の曲がり角で息を潜め、簪はクウガ人形を盗み見た。するとクウガ人形はある教室の扉の前でピタッと止まり、僅かに空いた扉の隙間を入った。しっかり戸締りも忘れずに。

 簪は乾いた喉を唾液で潤わせ、抜き足で扉の前へ回り込む。

 

「ここは……?」

 

[1年1組]

 

 扉の上にあるプラカードを仰いだ。

 確か、本音も1組だったはず。そして、織斑一夏も。

 

「……………」

 

 あまり、いい予感がしない。しかも教室の中に誰かがいるのは明白で、総ての窓にカーテンが引かれているのか、教室全体は薄暗い。

 ……正直、このまま帰ろうかなと思った。だが、あのクウガ人形が何なのかを知りたい。その為にわざわざ消費した体力を、無駄にしたくない。

 すーはーと数回深呼吸すると、意を決した簪はゆっくり扉を開いた。

 そこには、

 

 

 

『こんな奴らの為に!! もう誰かの涙は見たくない!! みんなに笑顔でいて欲しいんです、だから見ててください。俺の、変身!!』

 

 

 

「よく言ったぞ五代雄介ー!! さぁ行けクウガー!!」

「…………」

 

 かのクウガの名台詞の1つが収録されたあの第二話が、流されていた。教室に備え付けのモニターに、クウガの勇姿が映る。

 そのモニターの前を陣取るように、右顔面を包帯でぐるぐる巻きにした少年が座って観ていた。少年の膝元にはちょこんと簪を導いたクウガ人形が座って、自分の勇姿を観てはしゃいでいる。

 少年用とその隣にもう1つ椅子を残して、あとは無造作に教室の後ろに下げられていた。カーテンは閉め切っていて教室内は暗いが、そのせいかどこか映画館の雰囲気を醸し出す。

 クウガに変身して激しい肉弾戦を繰り広げるシーンに少年は釘付けになるが、簪はそれどころでは無かった。

 

「(…お、織っ、斑…希空っ……!? 『ヘカトンケイル』の異名の……整備師がなんでっ…………!?)」

 

 なんで、クウガを観ている?

 

「(じゃなくてっ! ……なんで、ここに………!?)」

 

 ばれて、しまったか?

 ここ数日、監視していたことが。

 心の中で1人ツッコミをしてみせた簪は、顔は相変わらず無表情だが混乱していた。今やISの創造主である篠ノ乃束に次ぐISの整備技術を持つとされる少年、織斑希空。又の名を『ヘカトンケイル』。

 現在篠ノ乃束と同じく大絶賛で全世界指名手配中のIS整備師。

 簪が希空の情報を、本音から聞いてすぐ簪は希空を見つけた。だが見つけて監視するだけで、特に何かアクションを起こそうとまではいけなかった。もしかしたら、ISの製作に協力してもらえないかと。

 だが、簪のプライドがそれを許さない。簪の姉、楯無はIS製作を1人でやってのけたのだ。自分だって……1人で……。

 

「んー?」

「――――!?」

 

 気だるい声に簪は背筋をビクッと震わせる。

 いつの間にか、椅子に座っていた希空が簪を見ていた。左目の、包帯が巻かれていないほうの目で。思わず簪もたじろいだが、不思議と引き付ける希空の目に、簪は目を逸らせなかった。モニターでクウガが敵を倒し、エンディングが流れる中、簪には希空と目を合わせていた時間がとてつもなく長く感じられた。

 エンディングが終わりモニターがDVDメニューに戻ると、希空は簪を見てにこりと笑う。いちいち心臓を鷲掴みされるような緊張を与えられて、簪は心身共に疲労困憊。すると希空は笑顔で隣の椅子を指した。

 

「やぁ、更識簪ちゃん。はじめまして、織斑希空でーすヨロシクー」

「…………知っ、てる」

「そうなのー? まぁいいや。とりあえず座りなよ、そーんなとこに突っ立ってちゃー足疲れちゃうでしょー」

 

 さあさあと着席を促され、簪は仕方無く椅子に座った。

 

「さーてクウガの3話でも観ようかなー。あ、簪ちゃん今来たばっかだから1話からがいいー?」

「………………」

「別に僕は好きな特撮なら、何度同じ話を観ても飽きないよー?」

「………………い、1話………」

「ん、りょーかーい」

 

 ピッピッとリモコンを操作し希空は1話のチャプターに切り替える。そして再生ボタンを押すと始まった。

 

「簪ちゃん、特撮ヒーロー好き?」

「………好き」

「そっかー。僕も昔から東映の特撮は大好きだったよー。『ゴジラ』なんか特にね」

「……………」

 

 今、簪の頭の中ではあの黒いゴツゴツとした体表の怪獣が思い浮かんでいた。口から放射熱線を吐き出すなんてリアルな科学からすれば大変なことだ。

 

「でー、特撮繋がりで仮面ライダーとか、なんとかレンジャーとか好きで、こんぐらいちっちゃい頃から観てたよー」

「……人間で、その大きさは…無いと思う………」

「ぐはー。いいツッコミ来たねー!」

 

 やや仰け反るような仕草を取る希空。『こんぐらい』の時には人差し指と親指の間サイズを指していて、あからさま過ぎたボケに、簪もついツッコミを入れてしまった。

 僅かに抱いた羞恥心から、無表情な顔に少し赤みが差した。

 

「簪ちゃんもクウガは観てたー?」

「…………うん…」

「おー、じゃあ同年代だねー。僕も観てた。平成ライダーシリーズじゃあ上位に立つよ、ランク的にー」

「…い、1位は……?」

「ディケイドかなー。あのダブル変身シーンはかっこよかったねー!!」

 

 わかる。

 そのかっこよかったシーンはわかる。近頃じゃ同年代でヒーローモノの話題を出す人があまりいなかったから、簪には一種の感動を覚えた。

 

「簪ちゃんはー?」

「………私は……―――」

 

 そんな話が、2人きりの教室で、クウガの第1話が終わるまで交わされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガの第1話が終わり、閉じたカーテンからは茜色の夕日が差していた。

 

「ありゃりゃーもうこんな時間だ。早く退散して机元に戻さないとー」

「……………ねぇ」

「んー?」

 

 モニターに繋がる機器を弄っていた希空は簪の声に振り向く。椅子から立った簪はスカートの端を握って俯いた。

 

「……何で、ここで観てたの…?」

「クウガー? いや、単純に僕の中では上位ランカーの作品だからだけどー」

「作品の問題じゃなくてっ…………何で、教室で…」

「あぁ、簪ちゃんと一緒に観たかったからだよー」

「……私、と……?」

「うん、簪ちゃんと」

 

 簪は知らない。

 簪が図書室を通り過ぎた後に、生徒会の働きによって立ち入り禁止になったことを。

 簪は知らない。

 希空が千冬に手配して教室を借りたことを。

 そんなことを知らない簪は、純粋に困惑していた。何故? その疑問一つに。

 

「本当は簪ちゃんと少しお話したかったんだけど、いつの間にかクウガにはまっちゃっててさー」

 

 いやーコマッタコマッタ、と希空はカーテンを開けながらカラカラ笑う。そんな希空の言葉に、簪は首を傾げた。

 

「…お話、って……?」

「簪ちゃんのIS製作、お手伝いしよっかーってお話」

 

 希空の吐いた言葉に、簪は雷にでも撃たれたような衝撃が伝わった。

 

 今、彼は何と?

 

 ISを、私のISを作る、手伝い?

 

 それは、簪からすればまさに願ってもないことだった。

 

「な、なんで…」

「タテマエは弟の不始末は兄の不始末ってやつかなー。で、ホンネはなんとなく」

「なっ、なんとなくって………」

 

 アバウト過ぎる答えに簪は絶句。あまりに気の抜けた回答に腰まで抜けてしまいそうだ。

 

「正直倉持研の対応も僕からすれば『はぁー? あんたらフザケてんのー?』って感じだったし。それに」

 

 希空はからりと窓を開ける。するとぶわっと窓から清々しい風が吹き込んできた。対面にいた簪は思わず目を瞑る。

 すると、次の瞬間には希空が目の前に立っていた。

 鼻先数cmにも満たない距離で。

 

「簪ちゃんがISで飛ぶところを、見たいし」

 

 こつんと額を合わせる。

 キスも出来そうな距離だが、希空が両手で簪の頭をホールドしているせいで身動きが取れない。

 

「別に監視してたこと、責めるつもりは無いし」

「………っっ!!」

「簪ちゃんも、早く飛びたいでしょー? ISという翼を持って」

「…………」

 

 簪が押し黙ると、希空はパッと手を離して簪の頭を解放した。あまりにも突然過ぎて、思わず簪はよろける。

 

「じゃ、返事はまた後で聞くからー」

「!?」

 

 足でからりと教室の扉を開けた希空は悪戯っ子の笑みを浮かべて去っていった。

 まるで嵐が通り過ぎた後のような静寂が空間を支配し、簪は緊張の糸が切れたように机に座った。

 

「はぁ……何だったんだろ………」

「あ、それと」

「~~~!?」

 

 走り去ったと思っていた希空がまたリターンしてひょこっと教室の扉から頭を出した。なんなんだ一体。

 

「簪ちゃん、キミに言うべきことが三つある。一つは簪ちゃんは簪ちゃんであって、キミが目指すような憧れのお姉さんとは全く違う存在であること。従って簪ちゃんがお姉さんのような人になるなんてことは無い」

「っ……!! そんなのわかって、」

「いんやぁ~? わかって無さそうだったから言ったんだけどね。余計なお世話だったってんなら謝るけど」

 

 希空の言葉に言い表しようのない激情が簪の胎内を駆け巡る。まるで猛毒にでも犯されたかのように、意識が迷妄しかけた。

 

「もう一つ、簪ちゃんがお姉さんを目指すのはいいかもしれないけどそれはあくまでも通過点に過ぎない。簪ちゃんが進む道とゴールは簪ちゃんらしいものでいいーってコト。僕としてはそっちのほうがいいなぁー…」

 

 それは…そうなのかもしれない。

 ネガティブな思考をするならば、たとえ己が至上である天才の姉に時間を掛けて追いついたとしよう。そのときには、姉は何段階自分より進んでいるのだろうか?

 …考えたくもない。

 

「…じゃあ…私らしさって…何?」

「それは簪ちゃん、キミ自身が見つけるべきだと思うなー」

 

 そこは、甘えてはいけない。

 考えろ、私らしい私らしさを。

 きっとそれが、これからの私の原動力になりそうな気がする。

 

「三つ、最後ね。これは僕が勝手に首突っ込んでろことであって当然僕はキミを…言い方悪いけど、利用しよーとしてる。だから、キミも最大限にそして盛大に僕を利用すればいいんじゃないー? 技術を盗むのも良し、作業過程を短縮するもよし」

「…利用……ふふふ…面白いね…」

「でしょ? ま、いい返事期待してるYO。バァイ」

 

 片眼でウィンクした希空は再び廊下を走り抜けた。遠くで織斑先生の怒号が聞こえた。

 ……私は、挑戦状を叩き付けられた。世界屈指のIS整備師に。

 利用されるくらいなら、利用し返してみろ。

 まさか、落ちこぼれの私に挑戦状を叩き付けるなんて…夢でも見ているのだろうか?

 思わず体が震える。でもこれは今まで感じてきたマイナスなものではない。もっと―――そう、高揚感溢れるものだ。

 そう、私はいま歓喜している。あの『ヘカトンケイル』と、対等に競い合うという構図に立っていられなくなりそう。

 崩れ落ちそうになる体を、後ろに手をついて体勢を保つ。すると机に乗っていた何かが触れた。

 

「………?」

 

 手元を見ると、1/6スケールのクウガ人形がいた。先ほどまで活発に動いていた姿とは思えないほど、本当にただの人形に戻っていた。そのクウガ人形の手元に、何か紙のような物が握られている。可動部分の手を開いて取り出して広げると、『1026』と書かれていた。

 

「……寮の、番号…」

 

―『ま、いい返事期待してるYO。バァイ』―

 

 と、いうことなのだろう。

 

「………あれ?」

 

 机?

 確かに簪は机に座っていた。だが希空は()()()()()()()()()帰ったはず。

 

「………????」

 

 なのに、机椅子全てが元の配置に戻っていた。

 まるで幻のようなその光景に、簪は無意識にクウガ人形と紙を握り締めた。

 

 

 

 

 ――一夏vsセシリア。

 ―クラス代表決定戦まであと2日。

 

 

 

 

 

 

 




最後あたり、アレンジを加えました
コレを見て後の展開を見てみると、簪って思いの外希空に信頼しちゃってるんですけど…ねぇ
なんかこう…簪に感情を揺り動かすようなパンチの効くものが欲しかったんですよね!!
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