IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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第13話 希空のお仕置き/ワンハンドレットガントレット

 

 

「よくもまあ、持ち上げてくれたものだ。それでこの結果か、大馬鹿者」

「(にこにこにこ)」

 

 ピットに戻るなり敗者(一夏)には千冬の一喝。

 なんと傍らで無言の笑みを浮かべる希空というオプション付き。

 

「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身をもってわかっただろう。明日からは訓練に励め。暇があればISを起動しろ。いいな」

「……はい」

 

 一夏に許された行動は頷くしか無かった。他にもいくらか行動の選択肢こそあったものの、今この状況で下手な真似をすれば自分の命が危ないということは一夏でもわかっていた。

 主に、さっきから一言も喋らない方の様子がコワイ。

 

「えっと、ISは今待機状態になってますけど、織斑くんが呼び出せばすぐに展開できます。ただし、規則があるのでちゃんと読んでおいてくださいね。はい、これ」

 

 どさっ、と一夏の手元にタウンページもびっくりの書類が置かれた。この前、希空に隅から隅まで脳髄に叩き込まれた参考書の比では無い。

 

「何にしても今日はこれでおしまいだ。帰って休め。それと………」

 

 ピットの出口へ向かうべく一夏に背を向けた千冬はちらりと希空を見遣る。一夏を見たまま不動の笑顔を浮かべる希空は、一夏のみならず山田先生、箒にも一種の恐怖を与えていた。

 特に山田先生なんて、目に涙を浮かべて怯えた小動物のようにガクガク震えている。それを見兼ねた千冬は深く溜息をつき、去り際にポンと希空の肩を叩く。

 

「あまり遣り過ぎるなよ」

 

 ―――もし、この時千冬の一言がなければ一夏に明日は無かっただろうと思われる。

 囁かれた千冬(ストッパー)からの一言に小さく頷いた希空は、千冬達がピットから出るまで笑顔を崩すことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―ピット外

 

「き、希空くんどうしたんですか…? なんかとても怖かったですよぉ……」

 

 ピットから出るなり溜めていた空気を吐き出した山田先生は疲れた表情で言った。希空が放つとてつもない威圧感に、息が出来なかったのだ。千冬も山田先生の言葉に苦々しく息を吐く。

 

「…あぁ、アレは昔からあったあいつのクセだ」

「クセ…ですか?」

「主に人間関係においてだろうがな。あいつは、希空は身内に優しい。優しいんだが―――」

 

 ふと、数年前の光景が脳裏を過る。

 確かランドセルを背負っていた時期だったから小学生くらいだろうか。玄関で仁王立ちの希空の前で、一夏が涙顔で土下座してたのは。

 

「優しい分、他人より厳しい」

 

 あの時希空が怒った原因は、『一夏が箒をバカにした』か何かだった気がする。

 箒とは幼なじみの関係だが、逆に幼なじみだからこそ言ってしまった禁句を一夏が口にしてしまい、箒が泣くよりも早く希空が一夏に『制裁』を下した。一夏からすればちょっとした口喧嘩が災いして言い過ぎた、いわば事故のようなことだったが、後にそれは『例え幼なじみだろうと言っちゃいけない言葉カテゴリー』として一夏の脳内ファイルに厳重に保管されることになった。希空は幼いながらもやたら『言葉』や『名前』に敏感だったこともあり、箒が引っ越す時期になるまでに『例え幼なじみだろうと言っちゃいけない言葉カテゴリー』は100を越えたらしい。

 スポーツは出来ないくせに基礎体力は当時の同年代の子を上回っていて、希空の()()()()()()の前に、隣にいた箒は一夏の暴言よりも希空に対する恐怖で泣くことがあった。

 その都度千冬が希空を叱るのだが、本人は全てが終わると虫一匹さえ殺せないような笑顔になってしまうので千冬も混乱してしまう始末。

 

「……ま、そういうことだ」

「へぇ?。希空くんも結構変わってますね?」

「…否定出来んな」

「でも、それって希空くんの優しさですよね」

「…そうだな」

 

『自分にやられて嫌だと思うことを、他人にするなー』。

『親しみと侮蔑の線引きはしっかりしなさーい』。

 当時の希空がよく言っていた言葉である。

 それらは全て、人として社会に出るのに大切なことばかりであった。今の希空こそ、よく人をからかったり人で遊んだりしてはいるが、線引きはしっかりしている。ある意味、千冬より厳しい兄だ。

 

「……山田先生」

「はい?」

「また名前で呼んでいるぞ。もう定着したか」

「………ハッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ―一方ピットでは

 

「いーちーかーくゥーん」

「………」

「返事は」

「…はい」

「声がちっさーい、もーいっかい」

「はいっ!!」

「元気がよろしくて何よりですよー、いーちーかーくゥーん」

「………」

 

 希空による恐怖のお仕置きが始まっていた。隣にいた箒も希空の挙動を止めようとするが、当時の記憶が甦ってしまい金縛りにあったように動けない。思わずその迫力に、金髪グラサンか白髪チョーカーのどちらかが連想されてしまいそうになり、箒はもう半泣き状態だった。

 希空が腕を組む前で、一夏は両手両足の指先揃え、背筋正して過去最高と言ってもいいくらい綺麗な直立姿勢をしていた。

 

「いーちーかーくゥーん。今日のアナタのミスはなんでしょーかー?」

「…ISの、シールドエネルギーの残量を途中から見て無かったことと……」

「ことと?」

「………ISの試合におけるルールを…忘れていたことです…」

「ハイ正解。よく出来ましたねー」

 

 ぐいっ。

 希空が出現させた浮遊義手が一夏の頬をつねる。突然現れたソレに普段なら驚く2人だが、今はそれどころでは無い。

 

「シールドエネルギーの残量を見なかったのはなんでですかー?」

「痛っ! ……えっと、もう少しで、セシリアに勝てると思ったから、です」

「シールドエネルギーの残量は圧倒的に一夏の方が少なかったのに?」

「うぐっ」

 

 痛い所を突かれた。

 精神的にも、肉体的にも。

 同時に背中に現れたもう1つの義手が人差し指で背骨辺りをぐりぐりしている。

 

「ISの試合でのルールを忘れたのはなんでですかー?」

「いたたた……それは、《白式》に夢中になっていたからです……」

「《白式》に夢中になってくれたのは嬉しいけど、僕の授業で教えた内容を忘れたのは頂けないなぁ」

「ぐぎっ!」

 

 今度はみぞおちに親指を除く四指を食い込ませていた。折刺激される横隔膜が悲鳴をあげた。そんなことお構い無しに、希空の左眼が鋭い視線を投げ掛ける。もはやその瞳に『容赦』の二文字は無かった。

 

「総合して、今回一夏がセシリアさんに負けた理由は何ですかー?」

「いだだだっ!! ……理由は…俺の不注意と油断、です……」

「大正解だよバカヤロー!!」

「ぐぼはぁ!!」

 

 千冬と同じくらい早い足運びで間合いを詰めた上でのアッパーカット。鋼鉄の左手から繰り出された掌底は一夏の顎を的確に捉え、一瞬の浮遊感が一夏の身体を支配する。しかし倒れることを許さないと言うように、更に出現した義手が一夏を()()()支えた。

 

「(も…もはやあれは()()()支えてなんていないだろう!!)」

 

 箒のツッコミはもっともである。しかし口には出さない。出すものか。今口に出したら、箒であろうと生きられる自信が無い。

 

「はぁ」

 

 希空は外人みたいなヂェスチャーを取りながら小さく溜息。溜息をつきたいのはこっちである。

 

「まぁいいよ。一夏はIS起動するのまだ2回目だし、《白式》すら初めて乗った訳だし」

 

 この発言には2人は内心驚きだった。そして、同時に安堵の息を漏らす。希空が怒っていることに対して妥協するようなことを言うということは、もう事態は終結に向かっているということだ。

 罪の自覚、制裁、妥協。

 それが希空の一連の流れなのである。だが、

 

「「(……少し早いような………)」」

 

 驚いたのはそれだった。

 以前ならばもう少しプロレス技とか色々仕掛けてくるハズ。数年経って、攻めの手も温厚になったのだろうか。

 

「今2人共、失礼なこと思わなかった?」

「「いいや全く!!」」

「そ」

 

 鋭さは増したらしい。

 数年来の再会からまだ一週間しか経ってないのに、もうずっと一緒にいたかのようなマインドスキャンだ。

 

「まぁいいや。じゃあ最後に1つ聞きたいんだけど」

「いてててて…何だ?」

 

 漸く身体のバランスが取れるようになり、義手無しでも立てるようになった一夏は首を傾げる。そんな一夏に対し、希空は今日一番の笑顔を見せた。

 

 

 

 

「生まれたてのヤギって、どんな感じだと思う?」

 

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………は?

 

 一夏が停止しかけた思考が動く時には、既に視界から希空が消えていた。加えて、視界が斜めに傾いている。

 

「それどういう―――」

 

 そこで、言葉は途切れた。

 

 言葉を放った後、一瞬でしゃがみこんだ希空は両手で一夏の片足を取る。

 足首を脇腹に押し付けるようにクラッチし、一夏の身体の内側へときりもみ状態で倒れ込んだ。

 鮮やかな一回転で着地した希空はパッと両手を離す。

 するとどうだろうか、希空と共に回転した一夏は強かに床に打ち付けられて尚、ワンバウンドして空中を高速回転したではないか。

 

 ―これぞプロレスの投げ技・痛め技『ドラゴンスクリュー』。

 

 そのまま再び落下した一夏は、白目を剥いていた。

 

「またつまらぬモノを投げてしまった………」

「いやいや全然つまらなく無ぇよ!!!!」

「お? 復活早いねー」

「くああぁ……全身が痛ェ………」

「いっ、一夏! 大丈夫か!?」

「あ、ああ…なんとかな…」

 

 とは言っても足はガクガクである。

 なるほど、これが『生まれたてのヤギ』か。言い得て妙だ。

 

「ま、千冬姉さんも言ってたけどさー、これからはISの訓練に励みなさいなー。そしてリベンジマッチでセシリアさんに勝つこと」

「……わかってるさ。このままじゃ引き下がれねぇ」

「よし、その意気だよ一夏」

 

 それでこそ男の子だー、と希空は一夏に手を差し伸べる。一夏は小さく笑うとその手を掴み、立ち上がった。 もう希空の笑顔はいつもの和らぎある笑顔に戻っており、こうして腕を引っ張る姿を見た箒は、

 

「(…やはり、希空は一夏の『兄』なのだな)」

 

 普段の姿からは考えられないほど酷いものだが、希空が本当に一夏の『兄』であると、心の底から思い知らされた。

 

「ところで…」

「うんー?」

「さっきからピョコピョコ出てる『コレ』は何だ?」

 

 『コレ』と一夏は身の回りをふよふよ浮いている義手を掴んで指す。義手は一夏の手から逃れようとじたばたもがいていた。

 

「ああそれねー、それは僕自作の作業用疑似IS義手『百手機甲(ワンハンドレットガントレット)』だよー」

 

 BGMじゃないよー?、と希空はポンポン手を増やしながら遊ぶ。

 

「疑似IS義手?」

「そ。ISの第3世代機ってイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器が搭載されてるでしょー? アレと似たようなモノで、既存のイメージ・インターフェイスに加えて僕自身が操作してる」

「……なんかスゴいな」

「いや凄いなんてものじゃない気がするんだが」

 

 箒が言ったことは的を射ている。イメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器の搭載こそ第3世代の代名詞。

しかし第3世代に着手している国は少なく、現在はセシリアの《ブルー・ティアーズ》有するイギリス、中国、ドイツ、アメリカ等IS保有国の中でもごく少数しかない。

 それを、希空は私用として利用しているのだ。

 

「箒ちゃんあんま難しく考えちゃダメだよー? あくまでイメージ・インターフェイスの転用が難しいのはISだからこそなんだし。僕のみたいな玩具(おもちゃ)に転用することなんて、そこら辺にいる学者なら出来るよ」

「うむ……そういうモノなのか?」

「そんなもんそんなもん」

 

 例えば束姉さんとかねー、とは言わなかった。

 

「出したりしまったりするのも、ISの量子変換システムを応用した試作品だから便利だよー。イジゲン・ザ・ハンド、ってねー」

「異次元へ飛ばせるのか?」

「飛ばせませーん」

 

 つか、サッカーぐらいでそんなこと出来るかー、と希空は嘯く。

 

「右手50機左手50機、合計100の手が僕の手なのさー。IS整備だっていくら1人の人間がスゴかろうとその時間で出来る作業は限られてる。そんなら平行して作業出来る『手』を作れば問題無し(モーマンタイ)と考えたってわけー」

「……なるほどな、だから『ヘカトンケイル』という訳か」

「箒ちゃんも知ってるのー? きゃー恥ずかしー!」

 

 数十機の手が希空の後頭部を掻く。『恥ずかしい』のヂェスチャーらしい。

 

「ま、これから一夏の《白式》がボロッボロになろうが粉々になろうが僕にまっかせーなさーい」

「おぉ、助かる……って流石に粉々は無いだろ!?」

「いやいや一夏なら着地訓練とかで失敗して自爆しそうな希ガス。自爆乙!! いよっ自爆神!! フィールド魔法無いと死んじゃうんだよねー」

「言いやがったなコノ野郎!! 後でその発言撤回させてやらぁ!!」

「ならまずはシールドエネルギーの残量チェックでもすることー」

「うぐっ」

「あ、しかも今キミの手に山のような課題があるじゃあないかー。3日後テストね」

「早くもテスト宣言!? いやコレ3日じゃ無理だぜ!?」

「じゃ箒ちゃんにみっちり教え込まれなよ」

「わっ、私か!?」

 

 いきなり振られて焦る箒。

 希空にからかわれて百面相の一夏。

 それらを見てケタケタ笑う希空。

 そんな、昔と変わらない光景が彼等の日常。

 これにて、クラス代表決定戦は終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

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