IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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第14話 仲直り/オトモダチ

 

 

「どっはぁー疲れたドーバー海峡」

 

 ()()《白式》の修理を終えた希空は、通常業務(IS弄り)をこなして寮へ戻った。だいぶ時間が経ったのか、周囲は茜色の夕焼け空から紫へ、青へ黒へと鮮やかなグラデーションを色づいている。寮へ戻るなり高級感溢れるふかふかのベッドへダイビングした希空は、体に残る疲労感にぐったりしていた。

 

「(あ゛ーづがれだー。でも好きなことが出来てる訳だし別にいっかぁー)」

 

 IS整備、もといIS弄り。

 これほどまでに三度の飯よりISという言葉が似合う男はいないだろう。IS中毒、ワーカーホリックと言っても過言では無い。だが、

 

 ―グウゥー……

 

「………おなか、へった」

 

 某銀髪碧眼のシスターのような一言を希空は吐いた。

 やはりそこは人間、食事という名の栄養補給を行わない訳にもいかないらしい。希空はちらりと壁に掛けられた時計を見る。長針は6、短針は6と7の間。つまりは、18:30。

 

「(まだ食堂開いてるかぁ。……正直面倒だけど、空腹には代えられないよなぁー)」

 

 むくりと起き上がると、希空は覚束無い足取りで寮を出て食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「あら」

「んぉー?」

 

 人がまばらな食堂の片隅で夕食を摂っていると、希空の右斜め上辺りから聞き覚えのある声がした。

 箸を動かす手を止めて口内に溜まった食べ物をハムスターのように咀嚼しながらふと顔を上げると、ついさっきまで一夏と死闘を繰り広げていたセシリアがいた。

 

「………お隣、よろしいですね?」

「んー(ごっくん)」

 

 苦い表情をしたセシリアだったが、そのまま突っ立っているわけにもいかず希空の隣のシートに座った。

 ふわりと。

 甘いシャンプーの微香が希空の鼻をくすぐる。恐らく、というか確実に風呂上がりなのだろう。だがそれが何だ。希空はそんなことお構い無しに食事にありつく。

 

「…………」

「(パクパクパクパク)」

「…………」

「(ゴクッ。バリバリッ)」

「………あの」

「食べないのー?」

「っ! ……いただきます………」

 

 言葉を紡ごうとした矢先、もっともな指摘がセシリアへ行った。なんとか会話をしたいと思っていたセシリアだが、完全にタイミングを失ってしまった為またも苦い顔でフォークを手に取った。

 

「セシリアさんは何でこんな隅っこに来たのー?」

「ここは、私がよく食事を摂る席だからですわ」

「へぇー、偶然ってあるもんだねー」

「…………」

 

 今の会話で感じ取った、絶妙な距離感。やはりまだ距離を置かれているのだと、セシリアは表情を曇らせた。

 

「ねぇセシリアさん」

「なっ、なんですの?」

「クラス代表おめでとー。晴れてイギリス代表候補生としてジャンジャン活躍できるねー」

「あ……いえ、クラス代表は()()()()に譲るつもりですわ」

 

 ―カシャーン

 

 驚き余りに、箸が落ちた。丸で珍しいモノでも見るような目でセシリアを凝視し、口をぽかんと開けていた。

 

「…なんでー? てか、今一夏のこと……」

「そっ、それはっ……!!」

 

 おや、どうしたことか。

 今度はセシリアの方が慌て出した。

 互いに箸を、フォークを落として慌てるというなんともシュールな光景。お互いようやく落ち着いて、箸とフォークの替えを持ってくると一息ついた。

 

「それはですね、今回の件にはわたくしにも非があると思ったからです」

「非ってー?」

「……わたくしは、度が過ぎていましたわ」

「…………」

「わたくしともあろう人が、たかだか世間の『女尊男卑』という風潮にまんまと乗せられてましたわ。一夏さんとひとたび交えて、改めてわたくしが間違っていたと気付きましたの」

「そっかー」

 

 すると、希空は箸でおかずを突っつきながら、にこりと笑った。セシリアへ向ける、初めての心からの笑顔だ。

 

「そっかそっかー。やっぱりセッシリーもいい子だったんだねー」

「……その評価の仕方は疑問がありますが…って!!」

「?」

「………あの…もう一度わたくしの名前を呼んでくださる? 幾分耳が遠かったものでして」

「セッシリー?」

 

 ―バコッ

 

 あまりの衝撃にセシリアはテーブルに頭を打ち付けた。

 

「ちょ、大丈夫セッシリー?」

「え、ええ大丈夫ですわ。……せ、セッシリーなんて……初めて呼ばれましたわね……」

()()のネーミングはオリジナリティ溢れるようにしてるんだよー。気に入ったー?」

「…ま、まぁまぁですわね」

「それはよかったー」

 

 またも、希空は笑顔を溢す。つい数秒前までは互いが互いを認めず、他人のように距離を取っていた希空が、だ。

 

「じゃあ、はーい」

「?」

 

 すると希空はすっ、と右手を差し出した。

 セシリアは首を傾げ、しばらくしてそれが握手だとわかったが何故今頃になってかわからず逆の方向へ首を傾げた。薄く開かれた左目が優しくセシリアを見る。

 

「僕等も、セッシリーを侮辱するようなマネをしてごめんなさい」

「えっ……」

「仲直りのシルシに、僕と友達になってくれる?」

 

 いつもと違う、真面目な口調。顔こそ同じ笑顔であるが、その態度や仕草におふざけなどは一切無い。

 自らの非を認め、それでいて堂々とした謝罪。そして、これからの友好を望む心。

 

 ―――かつて、セシリアの父は情けない男だった。

 元より名家の母には多くの引け目を感じ、ISの発表により女尊男卑の言葉を体現したような男。

 だが、今目の前にいる男に先ほど対峙した男は、何もかもが違っていた。

 2人共、その瞳に確かな強い意志を持っている。

 亡き母のような、強く芯を持った人達。

 

 そんな人の誘いに乗らないほど、セシリアは無神経じゃない。

 彼等を、もっと近くで見ていたい。

 この世界をどんなふうに生きていくのか見ていたい。

 セシリアも希空に倣い、手を差し出した。ぎゅっと、ぬくもりある手が握られる。

 

「こちらこそ、これからもよろしくお願いしますわ。希空さん」

 

 セシリアはIS学園に来てから一番輝いた笑顔で、そう言った。

 

 

 

「で、セッシリーも一夏に惚れちゃったわけだー」

「ぶっ!? ゲホゲホッ!!」

 

 友達になって数秒で、弟への好意を知った瞬間―――視聴率××%。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 今日は珍しく希空が朝からSHRに参加していた。希空兄にしては珍しいな? と一夏は朝っぱらからキラッキラと効果音が聞こえて来そうな笑顔を浮かべる希空に若干距離を取り、山田先生と千冬が来たので席につく。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

「Yhaaaaaaaaahaaaaaaaaa!!!!!!!! いよっ、待ってましたー!!」

 

 状況を掴めない一夏と箒と、担任の千冬を除く全員が盛り上がっていた。特に特筆すべき一名こと織斑希空はアメリカ訛りの歓声を上げて万歳していた。言ってることは英語なのに両手に持った日の丸扇子…あれは宴会でよく使うよ。

 

「先生、質問です」

「はい、織斑くん。あっ、弟の一夏くんの方ですっ」

「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それは―――」

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

「セッシリーが譲ってくれたんだよー!!」

 

 2人揃ってがたんと立ち上がり、セシリアは腰に手を当てるポーズ、希空は諸手を上げて嬉しさ全快のポーズになっていた。

 

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」

「そーそー。……ビギナーズラック来てくれれば輝かしいデビュー戦だったんだけどなぁー」

 

 くっ。2人に反論出来ない。

 事実一夏はセシリアに負けてしまったし、希空の『お仕置き(という名の制裁)』の重さから、希空がどれだけデビュー戦白星を望んでいたかは一夏の体をもってして証明出来る。何せ、異常は無いにせよまだ足が震えてしまっているのだ。

 

「それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして。()()()()にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

 

 なるほど、これがいわゆるありがた迷惑というヤツか。携帯電話で『ありがた』まで入力すれば一発変換出来るぞ(機種によるが)。と、ふと一夏はセシリアが一夏の名を、希空がセシリアの名を呼んでいた呼び方が変わっているのに気付いた。

 

「いやあセシリアわかってるね!」

「そうだよねー。せっかく世界で唯一の男子がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」

「私たちは貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度おいしいね、織斑くんは」

「いよっ! クラス代表織斑一夏ー!」

 

 だから商売にするな。そしてクラスメイトを売るな。

 半ば口元が引き攣っている一夏。

 そして約9割方犯人だろうという実の兄、希空を睨み付ける。

 

「希空兄、やりやがったな」

「クラス代表おめでとう我が弟よー!! 日本代表になる為の第一歩! 『1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ』。BY人類初の宇宙飛行士アームストロングさんー」

「初っぱなから話が噛み合ってねぇ!! ああ畜生わかってんだよ!! 犯人は希空兄だろ!!」

「そこは『犯人は、あなたです』と眠りのコゴローみたいに言ってよー。わざわざ犯人役になったんだしさー」

「役!?」

「ま、実際はセッシリー自身が決めたことだよー。今回僕はあんま関与してない。棚から美味しい牡丹餅だねー」

「………マジか」

「マジマジまどマギ」

 

 おふざけ120%だが、嘘ではないらしい。

 嘘か真かは、兄弟だからこそわかることだ。

 

「そ、それでですわね。わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ――」

 

 ―バン!

 

 と、机を叩く音がセシリアの言葉を遮った。

 今回の犯人は、箒。

 

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?」

「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だ。い、一夏と希空がどうしてもと懇願するからだ」

 

 してない、とは言えない。と一夏が思うのは希空の巧みな心理誘導によるものだ。

言葉の扱いには人一倍負けない希空の手にかかれば、本人の意思云々関係無く()()()かつ()()()()()認識させることなど造作も無い。

 一種の刷り込みのような技術だ。

 全て、希空の道楽と悪戯精神(イタズラ・スピリッツ)によるものである。

 

「え、箒ってランクCなのか……?」

「だ、だからランクは関係無いと言っている!」

「座れ、馬鹿共」

 

 紫電一閃。

 一刀両断。

 千冬の電光石火の如き出席簿アタックがセシリア、箒、一夏、希空の頭を引っ叩いた。希空は第一撃こそ後退することで回避に成功したが、アイスラッガーも顔負けの縦ブーメランと化した出席簿が、

 

 ―グサッ

 

「ぐばはぁっ」

 

 希空の額に突き刺さり、見た目ウルトラセブンみたいになってぶっ倒れた。

 その後ずりゅっ、と無慈悲に希空の額から出席簿を抜き取り、角に付いた紅い()()()を払い飛ばすと何事も無かったかのように教卓へ戻った。

 抜いた時に希空の体がビクッと痙攣した時は、クラスメイト全員が手を合わせた。

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな。代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

「まー現段階じゃ、みんなISランクとかは気にしなくていーよ。みんな成長期だからねー」

 

 すくっと、千冬同様にさも先ほど何事も無かったかのように希空は立ち上がっていつものように答えた。

 確かにそうだ。

 ISランクもこの時期では『ISに乗れて問題無いか』という名目の元にランク付けするのであり、余程悪くなければみんな合格、IS学園へようこそということなのである。

 

「ではクラス代表は織斑一夏。異存はないな」

「「「はーい」」」

「異存ナッシングー」

 

 一夏を除いてクラス全員が一丸となって返事をした。しかしどうも裏で希空が煽動しているようにしか思えない。

希空は希空で自分がやりたいように自由勝手にやっているのだが、結果的にそれがみんなにとって同じになっている。

 

「(希空兄って、昔からみんなを纏めてたからなぁ)」

 

 リーダー性がある、と言うべきなのだろうか。

 

 偶然、希空がやりたいことを見つけて。

 

 偶然、希空がやりたいことへ突っ走って。

 

 偶然、みんなも希空と同じやりたいことがあって。

 

 偶然、希空が引っ張るようにみんなで突き進む。

 

「(…なんつーか、()()ってのが見えてる気がするんだよな)」

 

 ちらりと後ろを振り向いて、希空を盗み見る。右顔面に巻かれた包帯が、いつもより印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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