IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
――第七整備実習室。
IS学園に数ある実習室の1つだが、現在その実習室の前には『関係者以外立ち入り禁止』の札が掛かっている。しかもご丁寧に通路は人っ子1人通れないくらい……とまではいかないが、『KEEP OUT』と書かれた黄色と黒のビニールテープが縦横無尽に張られていた。織斑千冬教諭直々と聞き興味本意で近付く生徒はだいぶ減ったらしいが、新聞部辺りが騒ぎそうな話題である筈なのに今回は黙りだった。
して、第七整備実習室で何が行われているのかを知る者はいなかった。
ごく僅かな、生徒達を除いて。
「はーい、じゃあ次は上半身移るよー。フロントの装甲内部機構は僕がやるから、かおりんと本音ちゃんと簪ちゃんはバックよろ」
「……っちょ、タンマタンマ希空君っ」
「?」
ふと、どこか慌てたような薫子の声に希空は宙を漂う『
「は、ハイペース過ぎ……ちょっと休ませて……」
「もう手が動けないよぉ…おりむー2号~………」
「……手が…痺れる…」
「アララ、もう? ……じゃ少し休もっかー。半日ノンストップだったし」
希空はちらりと暗闇の帳が降りた窓を見ながら、右手のマイクロマニピュレーターのグローブを外す。
『百手機甲』で本音と薫子を運び、整備実習室の隅にある簡易ベッドに乗せた。それを見届けた希空はふーっと息を吐きながら後ろを振り返る。
「ど? 簪ちゃん。まだ半分だけどいい仕上がりでしょー?」
「……………」
「………? 簪ちゃーん?」
「!?」
ぴと、と頬っぺたに両手をつけられて簪は一瞬で我に返った。
「うっ、うん……いいと、思う……」
「そっかーそりゃ良かった」
にへらと破顔した希空は脚部装甲とスカートアーマーが完成した機体を見上げた。
――簪が呆けていたのは、機体の完成度の高さもあるがそれ以上に、希空がたった半日足らずで既に実戦レベルにまで完成させたという点にある。
『流石に僕1人じゃアレだし、簪ちゃん直々のパートナー1人選んで連れて来てねー』
と言われ、簪は唯一と言ってもいい友人こと布仏本音を連れて来た。性格は(簪にとっては)難しいが整備の腕もなかなかだとは知っていたのでその点も考慮しての推薦だ。
そして同じく希空は黛薫子を連れてきた。理由は彼女自身の整備技術にあるのだろうが、恐らく根本的な理由は『新聞部に情報を公開されたくない』ことにあるだろう。本人を作業に参加させてしまえば、情報が広がる広がらない以前の問題なのだから。
「(……それにしても………)」
彼の行動力は、異常だ。
わざわざ希空の部屋の前で待ち続け、断腸の思いで希空に協力の要請を告げるなり希空は満面の笑みを浮かべて了承した。
かと思えばすぐさま携帯電話(?)を鳴らし、どこかに連絡を取っていた。あとからわかったが、その連絡先は倉持技研だったらしい。何をしていたかと思えば、倉持技研から《打鉄弍式》の情報を根こそぎ頂くよう
『あーもしもし、倉持技研?』
『はい、そうですが』
『あっそう。じゃあ《打鉄弍式》のデータ全歯…じゃなかった。全部下さーい』
『ええ少々お待ち頂け―――っはぁ!? な、何を言っているんですかあなたは!?』
『だから、《白式》にうつつ抜かしてるキミタチが持つ《打鉄弍式》のデータ全部寄越せーって言ってるんですよー』
『その申し出はお断りします!! 見ず知らずのあなたに開示する情報はありません!!』
『あ、そ。因みに今電話している人、誰だかわかるー?』
『そんなのわたくしめにわかる訳が無いでしょう…』
『ま、そうだねー。じゃあ『ヘカトンケイル』って言ったら、どーしましょーかー』
『………、?』
『もし今『ヘカトンケイル』が倉持技研に乗り込みますーって僕自身がマスコミになり何なり伝えれば、全世界の軍が来るだろうねぇー。楽しいねぇー。研究所が、多分一瞬で焼け野原かもしれないですねぇー』
『………ッ!?』
『脅しとまではいきませんが、多分このままだと回線傍受されてアウトだと思うんですよねぇええはい。それに直接会うのは危険じゃないかなーという僕なりの判断。現在全世界では他国に情報を流布しないことを条件に僕へのレベル8クラスまでの情報開示を義務付けられてるのはご存じないですかー?』
『……少々お待ち下さい。局長に代わります』
『物わかりよくて大助かりですよー』
その後、滞り無く機体情報を入手したと聞く。
だが倉持技研からすれば、高々未完成なISの機体データと引き換えに研究所を守れたのだから良すぎる取引である。オマケに気休め程度ではあるが、各国で名声と悪名轟かせる『ヘカトンケイル』こと織斑希空との関係を築けたのは大きな利益だ。
先程言ったことであるが、希空が束同様国際指名手配されているのはあくまでも体面上のものであり、実際にはマフィアや非正規軍、組織から保護する為である。希空には多くの国家機密・技術を流布させない代わりにレベル8クラス…つまりその国における実験段階の最新鋭技術を開示してもらう権利がある。ただしこのことを知っているのは各研究機関でも社長クラスのみ。丁度勢力ごとに牽制し合える地位だ。
条件としては、希空がその技術を実験段階から実用段階まで
これは純粋に希空がIS工学におけるエキスパートであり本人たっての希望であるからだ。どこぞのウサミミ開発者によってもたらされたISの技術は無制限に世界へと広がり、そして各々異なる方向性を持ちながらその技術を躍進させている。
しかしそれは全く
束が生み出したIS工学にはいまだ解明されていないことが多い。故に中途半端な技術の乱用は不慮な事故を招く。束よりは常識人である希空からすれば、それはなんとしても避けたい。幸いにも世界各地から伸び出した
「いやいやしかし、倉持技研も手がぬるいねぇー。あんな設計じゃ欠点アリアリのありおりはべり、いまそかりだよー」
「…………古文?」
「うん、中学時代に習ったー」
何気無く希空のギャグにツッコミを入れた簪。
簪自身、《打鉄弍式》の設計の欠点があったなんて思いもよらなかった。
《打鉄弍式》は姉である楯無が《
だが希空は違う。
簪は今度は希空と共に《打鉄弍式》を一から設計し、約2日掛けてその設計を終えた。よって《打鉄弍式》にも大幅な改変が余儀無くされたが、簪からすれば嬉しいことこの上無い。
「(……………)」
「ん?」
「ッ……!」
ジッと希空の包帯を巻かれていない横顔を見つめていた簪だが、それに感付いたらしい希空が不思議そうに振り向くとすぐに反らした。
だがそれでも、簪にはわからない。
希空がどうしてそこまでして、自分に協力するのか。
簪はハンガーに固定された未完成なISを見上げながら、ゆっくり口を開く。
「………して…」
「ん?」
「……どうして、こんなに協力して、くれるの……?」
「………んー…」
簪の問いに希空は逡巡するように唸った。
壁に立て掛けてあった折り畳み式のパイプ椅子を2つ、ハンガーの前に置く。1つは希空自信が座り、もう1つは簪用に用意したらしい。簪は渋々座り、希空と同じく未完成のISに向かい合った。
「……一応ね、簪ちゃんのISがこんなとこで燻ってるのがイヤだったって言うのが第一の理由なんだよねー」
「……燻って?」
「うん。プスンプスンってね」
要は、貴重なISのコアがただ装備が完成していないという理由だけで何も出来ないでいるのが嫌だった。
「それに、何より簪ちゃんがISと空を翔ぶことを望んでいたことかなー。ほら、アレだよ。『2人の想いは同じなのに、見えない障害が二人を別つ』ってヤツ」
「……? 二人……?」
簪は希空が言う二人という単語に首を傾げた。
1人は簪だと断定出来る。ならばもう1人は―――?
「うん? 簪ちゃんのISのコアだよー?」
「……私の…コア……?」
「うん」
希空は軽く頷きながら、足と腕を組んでISを見上げる。
「簪ちゃんのISの待機状態って、そのクリスタルの指輪でしょー?」
「あ…うん」
「それに触った時にね、なんかこう…ビビッ! てキタんだよ。簪ちゃんのISは、簪ちゃんとの飛翔を誰よりも心待ちしてる。誰よりも楽しみにしてる。簪ちゃん、ガンバレーってさ」
「………電波?」
「ぐはあっ! 簪ちゃんの言葉の鎗は強烈だーっ!」
パイプ椅子から落ち、希空は転げ回るようにのたうち回った。若干哀れみを込められた視線も、希空の心理的ダメージに加算されていたりする。
「(………この子が…)」
そんな希空のオーバーリアクションを無視し、簪は再びISを見上げる。
今まで簪は、ただただ自分1人でISを完成させることだけに拘っていた。だが希空の言葉で改めて考えさせられた。簪以前に、このISは誰よりも自分と空を翔びたいということを。
そんなISのコアの気持ちもわからず、ただがむしゃらに完成させようとしてきた過去の自分に、反省した。
「(……あれ…? ちょっと待って………)」
――ISのコアの気持ち?
確かに授業でもISには独立した意志を持っていると聞いたことがあるが、あくまでもそれは理論上。ISの創造主である篠ノ乃束が提唱した理論の1つであるが、未だブラックボックスであるそれを解明した人間も、それを証明した人間もいない。
それなのに、希空は、
「(……ISの気持ちを…理解した………?)」
「でね、」
「!?」
「えっ? 何、どしたのそんな反応しちゃって」
「な、…何でも……ない」
何事もなかったように簪は振る舞った。別段やましいことを考えていた訳では無いのだが、口で言うのには憚られた。そんな簪に首を傾げる希空だが、倒れたパイプ椅子を戻して再び座る。
「それが第一の理由…なんだけどねー……」
「………? じゃあ、第二が…あるの……?」
「あるっちゃあ、あるんだけど、さー……。うーん……これ、言わなきゃダメかなー? ………ダメか…」
憂いを帯びたように、希空の顔に影が落ちた。いつもより3割ほどテンションも低下気味。
「……最近、IS学園に転入してきた子知ってる?」
「……うん、2組の鈴音さん……中国の代表候補生……」
「今その子とね、賭けしてんの」
「………賭け?」
「そう、賭け」
はぁ、と希空は深い溜息をつく。ぷらぷらと浮かぶ『百手機甲』を弄りながら、空を仰いだ。
「リンリンがクラス対抗戦で一夏と、簪ちゃんに勝ったら僕の秘密を教えるって賭けー」
「……織斑くんの、秘密………?」
「そ。だから……最近の僕は私利私欲で動いてるってコト。そんでもって、現在そんな自分に自己嫌悪中ってワケー」
言い切るなり希空は再び、はああぁぁぁぁ……と深い溜息をついた。どうやら相当参っているらしい。簪の頭の中でorzの記号が浮かんだ。
「……何で、私利私欲で動いてることが……イヤなの………?」
「何でって、そりゃあー………」
希空はくるりと簪に向き直り、簪の頭の上にポンと右手を載せて優しく撫でる。
「いくらなんでも、簪ちゃんにしつれーでしょー」
希空の手は、温かかった。
自分の髪をすく手の温度は心地好くて、振り払う気にもなれない。
こんな手は、はじめてだ。
ずっと、味わっていたい気持ちになる。
「………ん……」
……頭がぼーっとする。瞼が重い。ここ連日、希空のハイペースに付き合ったせいか、かなりの疲労感が蓄積されているみたいだ。
眠く、なる。
「………ぁ……」
「おやすみぃー」
遠ざかる声。
温かい手。
それらを抱いて、簪の意識は落ちた。
「ギリギリッスでしたかー?」
「いいタイミングね。悪いわね、気を遣わせちゃって」
「いーえー。まぁ、会長様のことですしー?」
「……そんなこと、微塵も思ってないでしょ」
「さて、ね」
希空は軽快に肩を竦める。
整備室の入り口にはIS学園生徒会長こと更識楯無が、気まずそうに立っていた。
「あんまり盗み聞きは感心しませんねぇー。それも更識家の都合ってヤツですかー?」
「あら、私の家のこと知ってるの?」
「江戸時代の新撰組みたいなヤツですよねー?」
「その認識は間違って無いけどね」
そんな言われ方は生まれて初めてだ、と楯無は苦笑する。あながち間違ってはいない。
更識家。
古くから裏工作を実行する暗部に対する日本の対暗部用暗部。要は、裏で日本を支える秘密組織みたいなものだ。
楯無は簪が寝ていることを確認すると、整備室に入ってハンガーに固定された未完成のISを眺めた。
「相変わらず製作スピードが規格外ね……単純な時間だけなら既に私を越えてるわよ」
「一応、簪ちゃんと本音ちゃんとかおりんの共同作業ですけどね。操縦と製作のどちらもが出来る人間にだけは、負けたく無かったんで。まぁ技術方面も負ける気は無いですけどー」
「……因みにあとどれくらいで完成するのかしら?」
「ざっと1日ですかねー。細かい調整にプラス半日掛かります。完成したら、機体調整もしなきゃなりませんし。まぁ初陣がトーナメントってことになっちゃいますけどー………」
希空はニヤリと口の端を釣り上げる。
「
「あらあら…結構根に持ってるみたいねぇ」
言わずと知れた一夏のことである。
あの戦いは楯無も見ていたのか、当時の光景を思い出した楯無は扇子で口元を隠しながらクスクス笑っていた。希空もつられて笑いながら、肩に頭を預けて眠る簪を横抱きするとベッドに寝かせた。
本来仮眠用のベッドだからか3人が満足に寝られるほど大きい訳でも無く、見れば本音の頭が薫子の腹に乗っていて苦しそうだった。簪を寝かせてやると、希空は本音を起こさないよう『百手機甲』を器用に操り、頭を降ろす。窮屈なベッドに3人を安全に寝かせると希空はふふふっと笑みを溢し、シーツを掛けてやる。
「幸せそうに寝てますねー、本当に」
「そうね、幸せそう………あ、」
「?」
思い出したように声を上げた楯無はパチン、と開いていた扇子を閉じた。口元に妖しい笑みをうかべながら、とてとてと可愛らしい歩き方で希空の目の前へ迫った。
「……どーかしましたか?」
「最近ね、私の家の諜報部員達から面白い情報があったの」
「へーぇ。で、それがなんですかー?」
「んふふ、聞きたい聞きたい? って聞かせちゃうんだけどねっ!」
ぎゅう、と効果音がつくくらいに抱き締められた。背中に回された両手が肋骨を的確に圧迫し、希空はぐえっとカエルが潰れたときのような悲鳴をあげながら押し倒される。
「1年半くらい前からになるのかな。アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジア各地で失踪事件が殺到してるのよ」
「…失踪…ねぇ」
「それも国を追われた避難民や、貧富の差から生まれた貧しい人達、職を失い路頭に迷った社会人……この2年間で四桁台にまで登ったの」
「四桁。少ないですねー」
「いいえ、多い方でしょう」
「……ま、そこはお互いの価値観の違いということで。それでー?」
フッ、と希空の吐息が楯無の髪を揺らした。楯無はくすぐったそうに身をよじるが、仕返しと言わんばかりにぎゅうううと体を密着させる。決して小さくない胸が希空の体に密着し、希空は僅かに体を硬直させた。イカン愚息が。
「希空くん、本当にこの事件知らないの?」
「知らないって言うか……そもそもそんな身寄りの無さそうな、危ない人達の行方なんて高が知れてるでしょー。人知れず、どっかでお星さまにでもなってるんじゃないですかねー」
「……まぁ、普通はそうでしょうけどね。でも、難民キャンプなんか一晩でごっそり消えてたなんて事件もあったのよ?」
「…さっきから思ってたんですけど……なんでいちいち
「
むくりと起き上がった楯無は希空の顔の真横に手をつき、真正面から希空を見つめる。包帯に巻かれていない左目は丸くして楯無を見上げていた。それを見た楯無はクスリと笑い、希空から降りた。
「希空くん、日本…いや、ロシアに来るよりも前って結構世界中回ってたのよね? だから希空くんなら知ってるかなーって」
「うーん、どーでしょーかねー。記憶に御座いません、と言うより…僕はIS以外に興味を持ちませんのでー」
「……それもそうね」
んふふ、と楯無は扇子を広げて口元を覆い隠す。広げた扇子には『疑心暗鬼』の四文字が並べられていた。それを見た希空は呆れ気味に苦笑する。
「そんなあからさまな」
「あら、私だってあなたを疑わなければこんな話しないわよ。色仕掛け…結構自信あったんだけどなぁ」
「40点。……もしかして楯無さん、
「んふふ、どうかしらね」
殊勝な笑みを浮かべる2人。
さてと、と楯無は扇子を閉じながら立ち上がると整備室の出口へ向かった。
「おや、もうお帰りですかー?」
「? 何か用かしら?」
「いいえー。夜のお誘いは無いんですねーって」
「あらあら随分と積極的ねぇ。でも今日は眠いからまた今度にするわ」
「夜更かしはお肌の天敵ですからねぇー。それじゃ、おやすみなさいませー」
「ええ、おやすみ」
そう言って、楯無は出ていった。廊下に響く、足音。それが徐々に遠ざかり、完全に消えたのを確認した希空は笑った。
「(事件扱いって…捕まったら何罪に問われるんだろうねぇ?)」
窓の向こうで赤く輝く星を眺めながら、希空は整備室の清掃にかかった。
「(楯無さんのオパーイでっかかったなぁ…って、あれ? 僕って貧乳好きじゃなかったっけ?)」
ちょっとした解説パート入りました
えーっと要項を纏めますと、
・希空が指名手配されてるのは束とは違った意味でのこと(だけど結局各国も出し抜きたいので裏ではそう言ってるだけで変わらない。いわゆる裏の裏は表)
・束の後始末をしている
・でもそれを口実にたまに私利私欲に実験したりする
・技術は見るだけじゃわからないので、技術を用いた機体は情報漏洩しないよう希空本人しか整備できない(いま作ってる簪の機体とか)