IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
保健室。今そこには2人の少年がベッドに横たわっていた。
1人は、織斑一夏。
鈴の衝撃砲をモロに喰らい、更に無人機のビームをまともに受けていた。幸いにもISの絶対防御機能が作動していたからか全身打撲程度の怪我で済んだ。麻酔が切れれば数日は地獄だろうが。
1人は、織斑希空。
一夏と比べて怪我こそ少ないかもしれないが、叩きつけられたせいか少し側頭部を切ってしまったらしく、頭には包帯を巻かれていた。更に希空は箒を身体を張ってビームを防いだらしく、後々定期的な検査を受ける必要があるそうだ。
「………」
千冬は希空のベッドの左側に用意した椅子を腰掛け、ゆっくりと、丹念に包帯を巻いていた。
灰色の機械が覗く、左腕を。
「………馬鹿者共が」
そこにいつもの日本刀のような冷たさは無く、千冬は己の無力感を噛み締めていた。機械の部分が見えなくなるように包帯を巻き終えると、千冬は席を立ち保健室から出る。保健室の外には箒、セシリア、鈴、簪、真耶が緊張した表情で待機していた。
「来い」
5人は小さく頷き、千冬の後を追った。
生徒指導室についた6人は各々席についた。
千冬を除く5人は向かい合う千冬を見てゴクリと唾を呑む。血のような真っ赤な夕日が射す生徒指導室で、千冬はゆっくり口を開いた。
「お前達には話さなくてはならないことがある。希空の体についてだ」
「………アレは、ISなのですか…?」
最初に口火を切ったのはセシリアだった。そのセシリアも、現状を理解出来ず机の下で手を震わせている。
「……まず始めに言っておく。これは日独間での最重要国家機密だ。よって後でお前達には山のような書類の手続きを取ってもらう。これは決定事項だ。もちろん山田先生とて、例外では無い」
「……わかってます」
全員が頷くのを千冬は箒から順に一瞥する。千冬は小さく息を吸い、告げた。
「希空は左腕のアレを『疑似ISアーム』と称し、右目の義眼は『疑似ISハイパーセンサー』と称していた。いずれも篠ノ乃束が製作したものらしい」
「……姉さんが…?」
何故ここで自分の姉の名前が挙がるのか、箒にはにわかに信じがたい事実だった。
「義手をつけた正確な時期は私は知らん。だが、義眼をつけたのは中学2年生の頃――丁度3年前だ」
「――!? 3年前って…」
鈴の肩が跳ね、目を見開く。鈴にはその年に覚えがあったからだ。希空の突然の失踪と。ある意味で、鈴は希空の失踪に関わったと言える。
「……第二回モンド・グロッソが開催された年ですわね」
「そうだ。そしてその時に希空と一夏はとある誘拐事件に遭った」
「「「「「!?」」」」」
「そしてその事件の被害に遭い、希空は左腕と右目を失った」
―――息が、詰まった。
5人が5人共、呼吸が止まるようなショックだった。夕日射し込む生徒指導室を、沈黙が支配する。
「――……特に酷かったのは右目の奥の脳だった」
「……脳…?」
簪は震える唇で言う。最早発言することさえ困難に近い。千冬は眉間に皺を寄せる。
「一発の銃弾が希空の右目を潰した。だがその銃弾が右目で止まる訳がなかった。銃弾は、希空の眼球を貫き脳に深刻なダメージを与えてしまった」
「「――――ぇ、」」
鈴と箒は、千冬が告げた言葉が信じられなかった。
簪とセシリア、そして真耶にはもはや何か言う余裕すら皆無だった。
脳とは人間の最も大事な部分だ。そこを傷付けられて無事な筈が無い。なのに、希空はそんなこと全く感じさせないとでも言うように毎日にっこにこ笑っている。そう、自分達が最後に会った、あの頃と変わらない笑顔で。
「平衡感覚の損失、言語機能及び演算機能の低下、記憶阻害……医者から告げられた障害は両手の指でも余るほどだ。いわば植物人間同然だな」
「待って!! だったら何で希空は今―――」
「だから」
千冬は掴み掛かるように叫ぶ鈴を制する。
「だから、希空の右目に埋め込まれた『疑似ISハイパーセンサー』によって、ほぼ完全に復活している」
「……希空は男だ。ISを扱える訳が――…―!?」
箒は自分で言って気付いた。
ISは女性にしか使えない。
だが例外がある。
その例外と、箒はいつもいるしその例外と希空は兄弟だ。
「まさか……一夏君同様に希空君もISを使えるんですか!?」
「早計だ山田先生。束と確認を取ったが希空は一夏のようにはISを動かせない」
「なら…どうして希空さんがISを……」
「誰が『IS』と言った」
千冬は腕を組み、セシリアに溜息をつく。
「さっきも言ったが耳が悪かったヤツがいたみたいだからもう一度言っておく。希空の右目には『
「……つまり、ISそのものでは無くISが持つ自己演算機能を希空君の脳に割り当てることで、今の希空君になっているんですね………」
「そういうことだ」
「……でもそう簡単に出来るものなの?」
現実味の無い話に鈴は頭を抑えながら聞いた。
それはそうだ。
ISの演算能力の部分のみを抽出し損傷した脳の機能を補うなど、そう簡単に出来るものでは無い。そもそもそんな事例、聞いたことが無い。
「そんな訳が無いだろう。ISの膨大な演算能力と希空の本来の脳の演算能力、この2つが釣り合わなければミスマッチを起こし、植物人間のままだ」
「!?!? ちょっと待って下さい!! 希空君は本来のISの演算能力と同等の演算能力を有していたというんですか!?」
ISは機動力が非常に高い究極の機動兵器。
シールドエネルギーによるバリアーや全自動の『絶対防御』による安全機能が掛かっている。その上武器の量子化による保存を可能とする特殊なデータ領域があり、操縦者の意志で自由に保存してある武器を呼び出せる。中でもハイパーセンサーはコンピューターよりも早く思考と判断ができ、実行へ移すことが可能。そんなハイスペックな演算能力を持つISと、希空の本来の演算能力が同じなんて信じられない。
だがしかし。
「そうだが」
さも平然と千冬は告げた。
「言っておくがそこら辺のガキ共と一緒にするなよ。希空の演算能力はスーパーコンピュータ並みだ」
「えええぇぇえぇぇぇぇ!?!?!?」
「………そう言えば中一の頃、ジュグラーの定理を解いたとか言ってた気がするわ………」
「……小学3年生の時に円周率を5兆桁かいくらか計算したとか聞いたぞ………」
「……凄い…」
代表候補生及び幼馴染み達には身に覚えがあるらしい。
「ま、そういうことだ。この際だから本件に関わる質問は全部ここで済ませるとするか。誰か質問あるか?」
「…はい」
「何だオルコット」
「……あの無人機との戦闘の時…希空さんは何もないところから大砲を出しましたわ。そして訓練の時に見た特殊機器無しでの『
「ふむ………」
気になると言えば気になることだった。
虚空から粒子分解された武器を現出させる、IS特有の通信回線を使役する、それらはまさに
「………現状ではわからん。私も希空から何も言われてないのでな」
千冬は小さく首を横に振った。本当に聞かされていないらしい。
「……織斑、先生」
「何だ」
再び沈黙したところを、鈴のか細い声が響いた。少し俯き、顔に昏い影を落としている。
「………なんで、希空は私に…いや、私達に話してくれなかった…?」
希空は鈴に迫られても3年前の失踪の件、そして体について一切語ろうとしなかった。
約束によれば鈴が一夏と4組の専用機持ち、つまり簪に勝てば教えてくれる
千冬は悔しさに睫毛を震わせる鈴を一瞥した。
「………希空は私と一夏にしかこのことを話そうとはしなかった。理由は『家族だから』と言っていた」
「……何? じゃあ私達は家族でも何でも無いからだんまりってワケ!? ふざけんじゃ無いわよ!!」
「落ち着け鈴!!」
「そうですわ!! 少し冷静に――!」
「これが落ち着いていられるかってのよ!!」
ガンッ!! と鈴は机を叩いた。ヒリヒリする拳も痛みさえ感じない。
セシリア、箒、簪、真耶に押さえ付けられながら憤怒の形相でフーッ、フーッと息を荒げる鈴を見て、千冬は目を細めた。
「……私も勧めたさ。仲の良い篠ノ乃やオルコット、更識や凰にならこのことを話してもいいんじゃないかとな」
「じゃあ何で―――」
「『仲が良いからこそ』だとアイツは言っていた」
「―――、」
鈴ははっと目を見開いた。簪もその傍らで目を伏せる。
「――…アイツは、希空は言っていた。『仲が良い彼女達だからこそ、こんなことを教えちゃいけない。彼女達だからこそ、こんなことを背負わせちゃいけない。これは僕自身が墓まで持っていく』と」
千冬の言葉に、鈴は体の力が緩んだ。
希空が言ったことは真実にして単純にして正解だった。希空はIS関連の業界においては篠ノ乃束同様に国際指名手配中なのだ、そしてその極めて貴重にして希少な技術を、力を有しているのはそれだ。
重量に従いストンと、席に戻る。
「……本来これを言うことは希空との約束に反している。これ以上聞きたくば本人の口から聞け。では、これで本件に関わる話は終了だ。お前達4人は待機して、係員が持って来る書類の処理を済ませろ。なお、本件は他言無用とする」
「……はい」
「…わかりましたわ」
「………わかったわよ」
全員の了承を聞いた千冬は真耶と目線を合わせて頷くと席を立った。するとつられて真耶も席を立つ。
「では山田先生は書類は後で済ませるとして、アレの調査をお願いしたい」
「あっ、はい! わかりました!」
真耶はいつものあたふたした性格に戻り、千冬と共に生徒指導室から出て行った。
パタン、と物寂しく閉まるドアの音。
生徒指導室に残った4人は、しばらく黙っていた。
からり。
真っ赤な夕日差し込む保健室のドアが開く。そこに立っていたのは中国代表候補生、凰 鈴音。
思い詰めたような、息詰まったような緊張した表情のまま彼女は保健室に入り、後ろ手でゆっくりとドアを閉める。一歩一歩カーテンが引かれているベッドに近付き、2つある内の窓際の方のカーテンをそっと開ける。
「………希、空…」
そこには案の定と言うべきか、頭と左手に包帯を巻いた希空がすやすやと眠っていた。閉じられた瞼の奥では夢の世界にフルダイブでもしているのだろう。ベッドの傍らに備え付けられたイスに腰を下ろすと、小さく寝息を立てる希空の顔に近付く。
安眠状態の希空の表情はいつものマイペースな表情とはまた違った印象を見受けた。だがその表情の奥では、自分達には告げられなかった秘密を内包していた。
「守るため…か……」
―――事情は、すべてとまでは行かないにしろ大部分は把握した。否、してしまった。
おそらく今まで希空は自身を付け狙う連中と、鈴には想像もつかないような逃走劇を繰り広げていたのだろう。かつて上海で見た爆発とかがその片鱗なのかもしれない。
そう言えばニュースで、シベリア鉄道の一部がバイカル湖近辺で爆発したという事件も報じられていた。ロシアに行っていたのだから、関連性が無い訳でも無さそう。鈴は未だに真実を知られたことすら知らない、安らかな寝顔を晒す希空の頬を撫でた。ニキビの無い極め細かな肌が鈴の手のひらでなめらかに滑る。
「……アンタも苦労してたのね……」
「そりゃー人並みには」
「!?」
ぱちっ、とさっきまで寝てたのが嘘のように希空の双眸が開いて鈴を見つめる。その顔にはしてやったり的なドヤ顔が浮かんでいた。
「なななななっ……」
「いやー、しかしリンリン手ぇすべすべだねー。気持ち良くて食べたくなっちゃうよー」
「ちょっと待って!! アンタいつから起きてたの!?」
「え? リンリンが保健室に入って来た辺り?」
「ウソッ!?」
じゃああの寝顔は狸寝入りだったわけ!?
赤面ものの大失態だった。恥ずかしさあまりに鈴は左手で目を覆う。と、そこでふと右手が引けないことに気付く。そして若干生暖かい。というか痛い。あとヌメッとしてる。
「―――ってホントに喰うなぁー!!!!」
「げらふっ」
盛大な裏拳をヒットさせながら、いつの間にか希空の口に三割ほど喰われた手を引き抜く。生々しい唾液とところどころついた歯形に鈴は思わずギョッとした。
「何すんのよ!?」
「え、いやだって美味しそうだったし。というか実際美味しかったしー」
ご馳走様です、と律儀に頭を下げられても困るんだけど……。
相変わらずなマイペースに鈴は呆れたような溜息をつき、ハンカチで希空の唾液を拭う。
「で、どこら辺まで話されたの?」
「えっ」
「どーせコレのこととかコレのこととか、千冬姉さんから聞いたんでしょー?」
コレ、とは。
つまり、希空の右目と左手。
今見開いている右目も、機械の歯車が絶えず回転を繰り返していた。そして左手も包帯できっちり隠されているのだが、希空がノックするように叩くと金属特有の音が響く。
鈴は気まずそうに希空から目を反らす。
「……まぁ、ほとんどっていうか…全部っていうか……」
「そ」
あっはっはっと希空は空元気にも似たような、あっけからんとした笑いを溢す。
「そ、って……それだけ? 怒ってないの?」
「逆に聞くけどなんで僕が怒るのさ。そもそも僕は約束を破った側なんだから、リンリンが怒る方なんじゃない? まぁ僕が約束したんじゃなくて一夏が勝手にしたらしいけどさー」
それに、と希空は続ける。
「千冬姉さんが『話す必要があった』って判断したんなら、それでよかったんじゃないかなぁ。……結局は、僕は逃げてるだけなんだけどねー」
ふぅ、と小さく息を吐いて『
「ねぇ、鈴」
「…………えっ……」
急にいつものあだ名である『リンリン』では無く、『鈴』と呼ばれて鈴は目を丸くした。希空の目は包帯が無いからか、いつもよりも澄んで見えてて思わずドキッとした。
「……話しても、いいかな」
「……?」
「一応千冬姉さんから内容はほとんど聞いたんだろうけどさ、僕の口で言いたいんだ。今さらだけど」
相変わらず浮かべる表情は穏やかだ。口調もマイペース。だけど、その態度には、その言葉にはいつものおちゃらけたモノは感じられなかった。
今更後戻りは出来ない。いや―――
「(私はいつだって、アンタの口から聞きたかったよ)」
後戻りなんて考えない。だってそれこそが、鈴にとっての何よりの望みだったのだから。
「(だって私は、ずっと前からアンタのことが―――)」
鈴はゆっくり頷いた。
それを見て満足そうな、どこか悲しそうな表情を浮かべた希空は、ポツリポツリと話し始めた。
「―――で、いろんな人に助けて貰ったり、ちょいちょい記憶が曖昧だったりしてるけど何とか上海から脱出。そして日本のIS学園に到着、って感じかな。ハイおしまい」
ふぅー、と希空は長く息を吐いた。
実際あれからの会話は希空からの一方的ノンストップトークだった。どちらかと言えば独り言のようでもあったし、鈴はいろいろ言いたくなる衝動を抑えてじっくり希空の会話一つ一つに耳を傾けた。
長い時間話の内容に浸っていたからか、いつの間にか日は沈み、漆黒の帳が保健室を包んでいた。天井で蛍光灯が輝いている。
「ま、あの事件から今日に至るまでの経緯は以上。まぁまだ面倒だから話してないところもあるけど、それは追々話してくつもりだよ」
「………なんと言うか」
ここに来て、鈴が希空の会話以降初めて口を開く。
その声色には驚き―――ではなく、呆れが、そして怒りが混じっていた。
「アンタ…なんで外国の行く先々でトラブルに会う度に別々の女性と問題起こすのよ!?」
「うっ」
「そもそも『仕方無いから一緒のベッドで寝た』!? 仕方無いわけあるかいッ!!」
「ううっ」
「他にもアメリカの赤毛研究員と仲良くなったとか!! 秋葉原の天然娘とメルアド交換したとか!! レトロPCマニアとお茶したりだとか!! バイト戦士とバイト手伝ったりとか!! 挙げ句の果てにはメイド喫茶で勤務!? どんだけ女性絡みが多いのよっ!?」
「リンリンうるさっ……ほら、一夏が起きちゃうじゃん。しかも最後の勤務じゃなくて『雷ネット翔』ってゲームに誘われて……」
「お ん な じ よ !!!!」
バァン!! とベッドが壊れてもおかしくないような音がした。鈴が叩きつけた拳の拍子で、希空の身体が一瞬ばかり跳ね上げられる。わっふー、と鳴き声が聞こえて来そうなジャンプに希空は軽く笑った。鈴も叫び疲れたようにはぁ、と深く溜息をついて再び椅子に座った。
「はぁ…こんなに叫んでる私がバカみたいだわ。そうよね、アンタって昔からそうだったわね」
「何が?」
「(コイツ全然気付いてねえぇぇぇぇ!!)」
これほど言っといて何一つ気付いて無い希空に鈴は盛大なツッコミをした。心の中で。
「……ま、だいたいわかったわ。ありがと」
「どーいたしまして。でもさぁ、何でリンリンそんなに僕の話聞きたかったの? ISの秘伝とか教えて欲しい訳でも無いみたいだし」
「そんなの決まってるじゃない。アンタのことが心配だったのよ」
「えっ」
「ん? ………―ッ!?」
あまりにも、普通だった。
あまりにも、普通過ぎた。
で、そのまま心中を、極々普通に言ってしまった。
「(て、天然娘はどっちよッ…!!)」
「あ、ははーなるほど。そ、そっかそっかー」
「ちょ、待って希空っ。これはあのねッ…」
「心配、しててくれたんだ」
スッ…と弁解しようと真っ赤な顔のまま口をもごもごさせる鈴の髪に、希空の手が差し込んだ。そのまま撫で撫でと、いい子いい子するように撫でる。
「ありがとう」
「―――っ」
3年前に見せていた希空の笑顔と、重なった。
姿は変わってしまった。身体の一部も欠けてしまった。空白の時間が生まれた。知らないことが増えた。互いの立場が変わった。
でも、
「ちょっと遅くなっちゃったかもしんないけど、ただいま」
希空は、変わっていない。
「……バカ」
ボスン、と希空の腹部辺りに頭突きしてベッドに横たわる。少し弛んだ涙腺を隠したかった。嗚咽の混じったような涙声で、鈴は、
「おかえりっ…希空」
昔と変わらない笑顔で、そう応えた。
「やややーっ、何で泣いちゃってるのリンリン?」
「うっさい!! てかリンリン言うな!!」
「え? だって今までそうだったでしょー」
「……さっき」
「へ」
「…さっき、鈴、って呼んだでしょ………」
「呼んだけど?」
「………ああもうっ! だから今度からっ――ムグッ!?」
「シッ」
怒鳴ろうとした鈴の口を、希空の『百手機甲』が封じた。鈴がじたばたもがきつつも希空の指示にコクコクと首を縦に振るのを見た希空は、一つの『百手機甲』を保健室のドアに。もう一つの『|百手機甲(ワンハンドレットガントレット)』を隣のベッドのカーテンに、それぞれ配置する。
「盗み聞きとか、趣味悪ーっ」
「「「きゃああああああぁぁっっっ!?!?!?」」」
「うわったったっ!?」
希空によって開けられた保健室のドアから箒、セシリア、簪が順に雪崩れ込むように入って来て、引かれたカーテンの向こう側では聞き耳を立ててた一夏が慌ててふためいている。
盗み聞きがバレた4人は狼狽して撤退を試みるも、一夏は麻酔で動けない上に以下3名は希空の『百手機甲』によって借りてきた猫のように首根っこを捕らえられてしまう。
逃走失敗。
だがこの場で誰よりも、何よりも驚いていたのは、鈴その人であって。
「アンタ達っ……い、いつから聞いてたぁ―――!?」
「い、いやっ、私はその、いいいいい一夏の見舞いにだなっ」
「そっ、そうですわっ!! わたくしも一夏さんの見舞いについさっき…!」
「………織斑くんが…凰さんの手を食べてた辺りから………」
「「ちょっ!?」」
「ほとんど最初からっ…………!?」
「おっ、オレはさっきベッドにドンッて振動が聞こえた辺りから……」
「はーいそこ、ウソつかなーい。僕の眼ならばいつ来たかなんてEverytime Everythingお見通しなんだよー」
「えっ」
「ついでに言うなら壁越し服越し床越し天井越しなんでもござれ、実年齢からスリーサイズまでピックアーップ。キラッ!」
イェイ、と希空が右手で横ピース。キラッと輝くポーズなのは気のせいでは無い。人差し指と中指に挟まれた歯車は心無しか元気良く回っている。
「……スリー、サイズ?」
「一夏の意識が覚醒してたのはリンリンが入って来てしばらく。で、気になってこっちの話に聞き耳を立てたのは一夏とサヨナラした後の話からかなー」
「ギクッ」
「……スリーサイズ…」
盗み聞き時間を的中させていた希空を、鈴はギギギとでも鳴るように首を回して見た。
「……ねぇ、希空」
「うん? ああ、大丈夫だよリンリン」
希空はこれ以上に無い清々しい笑みを浮かべてサムズアップする。無駄にエフェクトライトが輝いて見えた。
「確かに今は全てにおいて学園最小だろうけど、世間一般じゃ需要あるスタイルだよ。紳士多いこの世界にもロリコ」
「こンの変態がぁ――――――!!!!!!!!!!」
ばちーん!!
保健室に、真っ赤な紅葉が咲いた。なんとも締まらない顛末である。
所変わってIS学園地下50mの学園最下層機密ラボ。その一室で千冬と真耶は希空の手によって完全停止した無人機ISを解析していた。
右腕を斬り落とされ、左胸を大きく抉られた無人機ISは多数のIS解析作業用アームに囲われて沈黙している。これでも、IS学園のアリーナの遮断シールドを破壊するだけの火力を持ち得ているのだ、油断は出来ない。念には念を入れて、既に真耶はいつでもISに乗れるようISスーツを着用している。
「織斑先生、あのISの解析結果が出ました」
「ああ。どうだった?」
「はい。織斑くん達が睨んだ通り、無人機でした。しかもコアは登録されていないものでした」
「…そうか」
ISの
「どのような方法で動いていたかは、希空くんのウィルスプログラムでそういった回路が全部焼き切れてしまっているため不明です。ただ…希空くんの最後の攻撃で……これを見て下さい」
真耶はパッとキーボードを動かして複数のディスプレイを立ち上げた。ディスプレイに映っていたのは、無人機ISの抉られた左胸の詳細画像。機械相手でも痛々しく穿たれたその穴は内部の配線や機器を引きちぎっていた。まるで、獅子に喰い破られたように。
しかし、
「機能中枢は、それはもう滅茶苦茶に破壊されてるんですけど……未登録のコアだけはギリギリで無傷なんです」
希空が用いたハープーンSSM改良型、対IS兵器『
それは元が『瓦礫等の崩れ易いを如何にして周囲に被害与えること無く削岩するか』を主題に据えた兵器だからか、抉られた部分と無人機ISの胸部に収められていたコアとの損傷の差は、素人目から見ても明らかだった。
千冬は無人機ISと、その横に鎮座している摘出された『螺旋塊弾』を見遣り、眉間に皺を寄せる。その眼差しはまさに、一本の真剣のように鋭く研ぎ澄まされていた。
「……山田先生、織斑兄が撃った弾丸の解析結果は?」
「あ、はい。こちらなんですけど」
つつっ、とマウスを動かしてクリック。すると先ほど展開されていたディスプレイが映すモノ全てが移り変わり、別の画像が表示される。
『螺旋塊弾』の主軸のドリルから、無数に突き出た極小のドリルまでの側面、先端、ありとあらゆる部位が映し出された。
「まずドリルの数なのですが……電子顕微鏡による計測も含め、計89個にも及ぶドリルの存在が確認されました。…ですが、無人機殲滅のせいでいくらか折れてしまったみたいですから」
「正確な数は計測出来なかった、か」
「はい………」
若干落ち込んだように真耶の声が沈んだ。サイズからすれば洗濯機並の本体からナノサイズまで、大小様々なドリルが計測された。だがナノサイズのドリルというのはかなり技術的に困難な上に、そこまでサイズを要求する用途が見当たらない。小さければ小さいほど、ドリルは折れてしまうからだ。
「でも…もう1つわかったことがあります。これを見て下さい」
マウスでとあるディスプレイをクリックして拡大する。そこにはドリルの先端部分の拡大画像なのだが、千冬の目には細かに輝く何かを見つけた。
「これは……」
「炭素の共有結合結晶体…つまり、ダイヤモンドですね」
「何故そんなモノが…」
「……正直、私にもわかりません。今となってはダイヤモンドなんてISの硬度と比べたら雲泥の差なのに……それに、こんな弾丸がどうしてISのシールドバリアーを貫通出来たんでしょう……?」
真耶がうんうん唸る中、千冬の脳内では様々な疑念が渦巻いていた。
無人機IS。
機械の左腕。
歯車の右眼。
ドリル。
無傷の未登録コア。
共有結合結晶体。
ダイヤモンド。
シールドバリアー貫通能力。
浮かび上がるキーワードは事件の真相へと繋がる。僅かながらその光明が見えた千冬は再び難しい表情を浮かべ、今は動かぬ無人機を睨み付けた。