IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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第25話 五反田食堂/サイカイ

 

 

 六月初頭、日曜日。

 本日休暇。という事で一夏は久々にIS学園の外、馴染みのある五反田家に行った。五反田弾とは一夏が中学生時代からの仲で、なんだかんだで卒業までつるんだ、いわゆる悪友というもの。IS学園に入学したからも細々とではあるが交流があり、時たま遊びに来ている。ちなみに実家は定食屋。味は保証出来る。

 

「お前とお兄さん以外全員女子かぁ。イイ思いしてんだろうなぁ」

「してねぇっつの」

「嘘をつくな嘘を! お前のメール見てるだけでも、楽園(ヘヴン)じゃねぇか!! 招待券ねーの?」

「無ぇよ馬鹿」

 

 現在一夏と弾がプレイしているゲームは『IS(インフィニット・ストラトス)VS(ヴァースト・スカイ)』という格闘ゲー。このゲームの開発元は勿論ISが生まれた国日本なのだが、当然苦情は相次いだ。

 ISが国の象徴にまでなっている今、各国のイメージダウンもあったらしく参加21ヵ国それぞれの最高性能化された国ヴァージョンを再販。これがまた飛ぶように売れた。一説にはとある隻眼プログラマーが各国上限LV6中LV4までのISの開発スペックデータを提出してしまったこともあるみたいだが……あくまでも一説、噂話。自分の兄がそんな馬鹿なことをやろうだなんて全く考えて無い。考えて無いぞ。

 

「だけどさ、鈴が転校してきてくれて助かったよ。話相手少なかったからなー」

「あー…鈴か。鈴ねぇ……お兄さんとはうまくいってんのか? って、お兄さんは?」

「まずまずだな……あ、ヤベ……」

 

 一夏はゲームのコントローラのポーズボタンを押してゲームを一時中断する。そして部屋の端に上着と共に置いてあった銀のキャリーバッグを取り出した。

 

「なんだそりゃ」

「…希空兄が、弾にって……」

「え!? マジ!? プレゼントかよラッキー! 早く開けようぜ!」

「あっ、おい馬鹿下手に開けるとっ……!」

「へ?」

 

 時既に遅し。

 純銀の如き光沢を輝かせる止め金をパチン、と外した弾。するとキャリーバッグが()()()()()()

 

「呼ばれて飛び出てきそらららーん!!!! 織斑希空、ただいま参じょ」

「はいストップ!!」

 

 ―バタタンッ!!

 

 2つの音が重なった。

 1つは一夏が強引にキャリーバッグの蓋を閉じ、キャリーバッグから現れた希空を仕舞った音。

 もう1つは、一夏が慌ててキャリーバッグを閉めた原因でもある足音の主が部屋のドアを乱暴に蹴破った音。

 

「お兄! お昼出来たよ。さっさと食べに来なさ…い、一夏さん!? ど、どうしてここに!? って……何、バッグ抑えてるんですか?」

「あ…あー、いや何でも無いんだ。蘭、久しぶりだな。邪魔してるぞ」

 

 一夏がさっきからガクガク開こうとしているキャリーバッグを抑えながら苦し紛れに挨拶すると、一瞬の間を置いて蘭は素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 五反田蘭。歳は一夏の1個下で現在中学三年生。超ネームバリューのある有名私立女子校に通う優等生。弾曰く生徒会長も勤めているとか。実兄とは雲泥の差である。

 蘭は慌てふためくとドアの影に隠れ、ひょっこりとこちらを覗き込む。

 

「い…いやー…あの〜…き、来てたんですか?」

「ああ、うん。今日はちょっと外出。家の様子を見に来たついでに寄ってみた」

「そ、そうですか…」

 

 未だにガクガク揺れるキャリーバッグを抑えながら、一夏はやっぱ家にいる女子ってラフな格好してんだなぁと改めて思った。部屋に突入して来た蘭は赤い髪を後頭部でまとめ、タンクトップにショートパンツという機能性重視の格好。女ばかりのIS学園に通っているから女子に対する耐性がついていると思ったらそれは間違いだ。やはり一夏自身も健全なる肉体と健全なる魂を持った高校1年生。大胆な格好というものには目のやり場に困る。

 希空の場合は…もう健全の『け』の字も無いのか、そういったことには何の反応も示さない。いや、変態混じりの反応こそしてはいるのだが一夏にはそれが希空なりの社交辞令らしいのだ。

 本来、希空に生身の人間に対して興味が湧かない。それは人間の三大欲求の1つが欠如しているという恐るべきことなのだが、単にIS以外に目がいかないらしい。 流石はIS中毒者。

 

「たくっ、蘭、入るならノックぐらいしろよ。恥知らずの女だと思われ―――」

 

 ―――ギンッ!!

 

 刹那、剣閃にも似た殺気が弾を貫く。弾の背中に冷や汗がどっと流れた。

 

「(何で言わないのよっ!?)」

 

 ヤバい、目が真剣(マジ)だ。本気と書いてもいい。

 本能的に命の危機を悟った弾は頬を掻きながら弁解の意を唱える。

 

「い、いや、言ってなかったか? そうか、そりゃ悪かった…ハハハ………」

 

 と、そんな弁解が通じる訳も無く、脇腹を抉るような視線(死線)を送った蘭はそそくさと部屋を出て行った。

 

「あ、あの、よかったら一夏さんお昼どうぞ。まだ、ですよね?」

「あー、うん。いただくよ、ありがとう」

「い、いえ……」

 

 終始顔を赤く染めたまま、蘭は部屋のドアを閉めた。階段で2階から降りていく足音を聞いて、2人はようやく深い溜息をついた。

 

「「…はあぁぁぁ……」」

 

 がっくりと項垂れて、2人は眼前のキャリーバッグを見据える。

 

「……なぁ、一夏」

「断る」

「まだ何も言ってねぇじゃねぇか!!」

「どうせ『これ開けてくれよ』とか言うんだろ!? やめろよこれはお前への贈り物だろ!!」

「返品を要求するッ!! まだあと20日間はクーリングオフ期間だ!!」

「取り下げるかよ馬鹿野郎ッ!! つーかこれはマルチ商法じゃねぇから8日間だっつーの!!」

「マルチ商法じゃなくても限り無く押し売りに近いだろうがァ!!」

 

 あーだこーだと不毛な争いを繰り広げる2人。ドタバタと押し合い引き合い、挙げ句の果てには拳を握り互いの顔面を殴り飛ばそうとしたその時、

 

 ―パカッ!!

 

「「!?」」

 

 唐突に。

 ひとりでに。

 勝手に、キャリーバッグが開いてしまった。襟を掴み合ったまま2人は硬直し、開いたキャリーバッグを見つめるが、そこから何かが出てくるわけでも無く、ただひたすら真っ黒い空間が支配していた。

 

「…あれ…お兄さんは…?」

「………出て、こないな…?」

 

 お互い顔を見合わせて、掴んでいた襟を離して一歩、キャリーバッグに近寄ると。

 

 ――バサバサバサッ!!!!

 

「なっ!?」

「うわっ!!」

 

 突如、視界を覆い尽くす純白の羽毛と複数の羽音が耳を打った。

 漆黒の空間から出てきたソレは、激しく羽をはばたかせて()()換気にと開けていた弾の部屋の窓から出ていった。突然の出来事に驚いた2人は全てが出ていくとすぐさま窓の桟を掴んで出ていったソレを確認した。

 

「なんだったんだありゃ…!?」

「は…鳩?」

 

 動物界脊索動物門脊椎動物亜門鳥綱ハト目ハト科の、鳩。あの体に比べて頭が小さく、胸骨、胸筋が発達したずんぐりむっくりした体型は恐らく鳩で間違い無いだろう。

 

「やれやれ……プレゼントかと思えばビックリ箱かよ。斬新な贈り物だったなぁ〜」

「いや…何か見落として無いか?」

 

 そう、何か見落としてる。

 そもそも何故自分達はキャリーバッグを開けるのを拒んだのだったか。それは、キャリーバッグから―――。

 

「He―llo―」

 

 ―じゃきん。

 

 後ろから、不吉な音がした。

 それは、まぁ某不吉な男の偽物詐欺な声がしたという訳では無く、単に聞き覚えのある、物凄く聞き覚えのある男のアメリカ(なま)りな挨拶と独特の金属音がしたからであって。

 それは決して鬼のお面を被り、掟破りの二丁機関銃ブローニングM2マシンガンを構える実兄が不吉という訳では無くて。

 

鬼はーそとー(Fire)

 

 直後、ブローニングM2マシンガンが火を噴いた。

 

 ―バララララララララッ!!!!!!

 

「「ぐわあああああああああああああああああ!?!?!?!?」」

 

 放たれた銃弾の全ては一夏と弾の全身にクリーンヒット。もんどり返って仰向けになった2人の床に()がコロコロ転がる。

 ―――本来、銃本体と弾薬が大型で取り回しが悪い上に反動が強い為、命中精度を高めるには2脚(バイポッド)を接地して伏せ撃ちすることが望ましいのだが、希空にその常識は通用しないらしい。カチカチッ、と撃鉄を引いて豆弾が切れたと分かると希空はブローニングM2マシンガンをキャリーバッグの中に放り投げた。

 

「あーっはっはっは、2人共見事に鳩が豆鉄砲喰らったよーな顔してるなー。季節外れの節分を味わった気分はどうだーい?」

「こっ…これだけのために鳩なんか出したのか……」

「3年経っても変わんねーな……お兄さん…」

「あ、因みに撃ったのは一夏がキャリーバッグ強引に閉めたせいで頭ぶつけちゃったからだからねー? ダンゾウひっさしーぶりーん」

「お……お久しぶりっす……」

 

 鬼のお面を被っているのも『節分で本来鬼が豆をぶつけられるはずなのに』という矛盾を生み出したかったが為だけらしい。3年経っても希空の奇行に振り回される2人であった。

 

「ところでダンゾウや、エロ本はここかなー?」

「ちょ!? そんなトコにはありませ………って何で一発で当てちゃうんすか!?」

「僕の鼻はよく効くのさ…そして銃の腕は百発百中ー」

「くだらないこと言ってないで机の引き出しの参考書カバー漁らな…………アーッ!?」

「おお、ダンゾウ割とマニアックな趣味だねー、タイプは眼鏡巨乳に三つ編みツインテの委員長か………GJー」

「(弾…ご愁傷様だ…)」

 

 

 

 

 

 

 とりあえず腹減った。

 そろそろお昼時ということもあり、弾の趣味を盛大に弄ってライフ0にまで追い込んだ希空は腹の虫を鳴らす2人にそう言い食堂へ行った。

 

「うげっ」

「ん?」

「あー、ララランじゃんひっさしーぶりー」

「えっ!? おおおおおおおお兄さん!?」

 

 食堂に行くと先に来ていた蘭がテーブルを拭いていた布巾を落としてまたも素っ頓狂な声をあげておののいた。すかさず希空の並み外れた運動神経で布巾を受け止め、はいどーぞ、と手渡す。

 

「ラララン超久し振りじゃん元気してたー? ってうわー前より可愛くなっちゃってんじゃん! このこの〜」

「わわわっ!? ちょ、いきなり抱きつかないで下さい息苦しー!?」

 

 超熱烈ハグ。

 自慢の長い腕で蘭を完璧に包容するとその華奢な体躯を持ち上げぐるぐる回りだした。男性にしては薄い胸板を顔面に押し付けられ、これが兄の希空ではなく一夏だったらなぁ…と半泣きしている(窒息していることも起因しているのだが)。

 しばらくして一夏と弾のストップが掛かりようやくハグから解放された蘭は息を整える。

 

「っはぁ…お兄さん、来てるなら来てるって言って下さいよぉ~、最初上に居なかったから吃驚したじゃないですか……」

「あっはっはー、ドッキリ成功大成功ー。ララランひっさしーぶりー」

「お久しぶりですお兄さ……」

 

 ん、の発音の前に蘭は目を見開いた。ここまで来れば当然なのだが、希空の右目と左手に幾重にも巻かれた包帯が見えたのだ。それは蘭も弾も最後に会った時には明らかに無かったもの。

 

「ど…どうしたんですかその怪我…?」

「あ、それ俺も聞きたい」

「……バカ兄、気付かなかったの?」

「それどころじゃなかったからな………」

 

 馬鹿にしたような目で睨む蘭にとほほとうなだれる弾。実兄に何があったかは希空と一夏のみぞ知る。希空と一夏、弾は椅子に座りメニューを取り出しながら言う。

 

「あー、これね。ほら、僕外国行ってたでしょー? そんとき実験で劇物扱ってたら掛かってしまってねー」

「ウソ…マジか!? 大丈夫かよ!?」

「しししししっ、失明とかしちゃったんですか!?」

「それに関しては無問題(モーマンタイ)。ただまだ痛むから包帯巻いてるだけだしねー。たいしょー! 久しぶりに『希空スペシャル』頼むー!」

「おうよ!! ちょっくら待ってな!!」

 

 希空が一声掛けると食堂でこれまた豪快な返事が帰ってきた。

 希空が言った『たいしょー』とはこの五反田食堂の大将にして一家の大黒柱、五反田厳である。80歳を過ぎても現役バリバリの厳と希空は一夏が中学生になって弾に店に誘われてからすぐ意気投合したらしい。何か共感覚的な感じで波長が合ったとか何とか。

 その頃鈴の店にも通い詰めていた希空の舌は肥えていた。加えて希空の持ち前の知識(千冬曰わく『下らない雑学』)もあってか、厨房を構える厳とは良好な関係になっていた。

 一に凰家、二に五反田家と幼少の頃から食通であったのだ。

 そして希空が来ればお決まりのメニューは『希空スペシャル』と呼ばれている。最後に訪れてから三年経った今も、メニューの片隅に残っていたことに希空は感動していた。一夏と弾も『あの頃』を思い出しながら、適当に頼み、割と早く料理を載せたトレイを置くと割り箸を割って料理にありついた。

 

「いただきます」

「いただきます」

「ごっちそーさまー」

「「えっ!?」」

 

 手を合わせていただきますをする傍らでご馳走をした希空。確かに希空の方が先に頼んだし、メニューの正体は不明だが………。

 

「は、はやくね?」

「喰った描写が無ぇ…」

「え? 僕食べたよねぇラララン」

「えっ? は、はい食べてましたよ………バカ兄ニブいんじゃないの?」

 

 どうやら蘭は見ていたらしい。

 つまり、三年経った今も店の長男たる弾と一夏は『希空スペシャル』の全貌すらわかっていないのだ。

 『希空スペシャル』を知っている人→希空、蘭、厳。

 『希空スペシャル』を知らない人→一夏、弾。

 

「「(謎だ……)」」

「いいからさっさと食べなよお兄。あ、一夏さんはゆっくりでいいですからね!!」

「お…おう」

「(何だよこの温度差……いや、わかってはいたけどさぁ…)」

 

 全世界中の妹キャラ好きよ、これが現実(リアル)の妹だ。

 甘い声で「お兄ちゃん!」と言うことも無ければ「私がいないとダメなんだから」とツンデレっぽい萌台詞を吐くことも、ごろごろと猫のように絡む事も無い。「一緒に寝ない?」なんて論外だ。弾は箸で昼食を突っつきながら重々しく溜息を吐いた。ふと前方から視線を感じた弾が頭を上げると、目の前に座り既に完食した希空が頬杖を突きながらニヤニヤ笑っていた。そして、

 

「ざーんねーんしょー」

「ウゼェ」

「ギャッ!!」

 

 ムカつく笑顔で言われたのが更に弾に火を付けた。テーブルの下で希空のつま先を踏み潰した。 希空が悶絶すりのを見て思わずざまぁ、と思った。普段からからかわれているのだ、これくらいしても罰は当たんねぇだろ。

 ―そう思ったのが、間違いだった。

 

「ええーん、ダンゾウが僕を苛めるよぅわが妹よー」

「ぶはっ!? だっ、誰が妹ですか!?」

 

 俺の妹ですよ!! と言いかけて不意に弾の口の動きが止まる。背後で修羅の如き劫火を体現したような怒りと殺意が、こちらへと向けられていた。

 

「希空兄さんを泣かせたなああああァァァァァ……?」

「泣かせてねぇ!! っつうか俺がお前の兄だろ……っぎゃあああああああ!?!?!?」

 

 弾の叫びが、五反田食堂に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ……蘭」

「な、何ですか……一夏さん?」

 

 あれから厳が「喧しいぞ弾!!」と諫められその場を納め、ふと一夏が蘭に声をかけた。希空の傍、つまり一夏と弾の二人に対面してお盆を持っていた蘭はびくりと肩を揺らした。

 

「何で着替えたんだ? ラフな格好も結構似合ってたのに」

 

 その言葉に希空は包帯に覆われていない左眼をキラーン☆と光らせた。これはチャンスだぜ、と。部屋を訪れた時の蘭の格好は髪をヘアクリップで纏め上げ、タンクトップとショートパンツという比較的ラフなスタイル。思春期の高校生男子ならばその私生活溢れるスタイルは、それはそれで十分魅力的なものであった。

 

「そ、それは……」

 

 思わず蘭は言い淀む。まさかこの服装が一夏が来ていたがだけに、せめて食堂にいる間だけでも魅せようと思っただなんて。今の蘭の服装は胸元にレースのあしらわれた半袖のワンピースと、フリルの付いたニーソ。後ろで無造作に纏めていたロングヘアーは下ろされていた。

 

「着替えのか? もしかしてこの後何処かに出かける予定?」

「あっ、いえ、これは…そのですねっ……」

「あっ、もしかしてデートとか?」

「違いますっ!!!」

 

 バンッ! と、蘭は思わずテーブルを叩いた。しまったと思ったが、一夏だからなのかそこまで不快な思いはさせなかったようだ。若干引きつつ一夏は、

 

「そ、そっか……そりゃ、悪かった」

 

 思わず面食らっていたが、再び蘭の服装を感慨深げに見るとカボチャ煮を突っついて食事を再開した。

 

「……い、いいえ。でも、本当に違うんです……」

 

 少し元気を無くしたように、シュンとする蘭。流石にその姿には少なからず罪悪感を抱いた。兄貴陣の二人もイタイ子を見るように一夏を剣呑な眼差しで見つめ、せめてもの餞(?)に蘭へはお茶を啜るという追悼をした。

 

「お前って学校でもその調子なんだろうなぁ……」

「まさしくダンゾウの言うとーり。兄としては先が思いやられるよー」

「は? 何のことだよ?」

「何でもねーよ。これじゃ、そのファースト幼なじみ? て奴も不憫だろうなぁ」

「箒ちゃんー……」

「ホウキ……? 誰?」

 

 希空が飲み干した湯呑みを乗せたお盆を運ぶ蘭は初めて聞く名前に首を傾げる。なんだかもの凄くイヤな予感がするのは、これはアレか、女のカンというヤツなのだろうか。

 

「ん? 俺と希空兄のファースト幼なじみ」

「因みにセカンドは鈴な」

「ああ、鈴ね………」

 

 今頃IS学園で希空に手を焼いているのだろう、と蘭は心の中でご愁傷様と思った。だが他人の気遣いなんて次の一夏の一言で吹っ飛ぶ。

 

「そうそう、その箒と同じ部屋だったんだよ。まあ今は―――」

「お、同じ部屋!?」

「ど、どうした? 落ち着け落ち着け」

「そうだぞ蘭、お前もう少しお淑やかに……」

「あ、地雷」

 

 案の定、希空の言う通り弾に殺意にも似た視線を突き刺した。怯えた情けない兄から一夏に目を向けると「それがどうしたんだ?」と、あたかも今発言した言葉が自然であると言うように首を傾げていた。

 ヤバい。心臓に悪い。

 

「い、一夏、さん? 同じ部屋っていうのは、つまり、寝食を共に……?」

「まあ、そうなるかな。ああ、でもそれ先月までの話で今は別々の部屋になってる。当たり前だけど」

「それでも一ヶ月くらいは一つ屋根の下……いや、一つ部屋の中で濃密な時間を過ごしていたんだろうけどねー」

 

 くくくーっ、と悪戯心満載の笑みを浮かべた希空を見て、お兄さん!? 何故止めてくれなかったんですかぁ!? と心の中で叫んだ。同時に怒りの矛先が認めたくない愚兄へと向けられる。

 

「………お兄。後で『オハナシ』いいかなぁ……」

「お、俺、このあと一夏と出かけるから………ハ、ハハハハ………」

「じゃ、その後で」

 

 退路を経たれた。

 やーいやーいと希空が弾を指差して笑っていると再びつま先に、今度は踵落としを喰らわせた。

 

「ぐおおおぉぉぉ………!!」

「……私、来年IS学園を受験します」

「「………は?」」

「あ、ララランもみんなもスルー? 僕つま先踏まれちゃったんだけどー…」

 

 希空が涙目になるがそれどころでは無い。蘭の言葉には二人を驚愕に陥れた。

 

「え? 受験するって……?」

「大丈夫です。私の成績なら余裕です」

「え、ララランすごーい」

「……IS学園って推薦ありませんでしたよね…?」

「無いよー。一般入試か代表候補生特別枠、もしくは各国内推薦」

 

 弾からすれば聞きたくない単語群ばかりだった。要は実力以外では実績あるいは立場以外入れないのだ。

 

「お兄と違って、私は筆記余裕です。それに……」

 

 蘭はスカートのポケットから一枚の紙を取り出し弾の眼前に叩き付けた。弾は恐る恐るそれを手に取りまじまじと見つめると目を見開く。

 

「……簡易適性検査結果……【判定 A】!!?」

 

 弾に手渡されたそれは政府がIS操縦者募集を目的とした無料検査の結果票である。希空はそれを見てらしくもなく眉を寄せる。

 

「これで問題は解決よ」

「はぁ……何時の間にこんなの受けてやがったんだ……?」

「ということで、一夏さんにはその……先輩として、色々とご指導願いたんですけど……」

「あぁ、いいぜ。合格したらな」

 

 よっしゃ!! 蘭は心の中でガッツポーズ。来年は更に修羅場が増えるねー。希空は呑気にお茶を飲む。だがそんな二つ返事を蘭の実兄たる弾が許すハズも無く。

 

「バッ!? 何あっさりとぐぼぉえっ!?」

「本当ですか!? 約束ですよ!? 絶対にですからね!!!」

「お、おぉ…。約束だ」

 

 静止の声を掛けようとした弾の横っ面にお盆を叩き押し退けながら迫る蘭に、一夏は思わず了承した。してしまった。

 

「お前いい加減に……母さん、何か言ってやってくれよ!!!」

「あら、いいじゃない。一夏くん、希空くん、蘭の事お願いね?」

「あ、はい」

「おまかせあれー」

「『あ、はい』じゃねぇ! お兄さんもそう簡単に返事しないで下さいよっ!? つか爺ちゃんはどうなんだよ!?」

「蘭が自分で決めたことだ。それとも何か? 弾、それに何か文句でもあるってのか……? …希空よ、娘を頼むぞ」

「あいさー」

 

 最後の砦は、弾にとってのイスカンダルでは無かった。これじゃ小代進も気の毒だ。

 

「……何も無いです」

 

 絶望した!! この場に自分の味方が一人もいないことに絶望した!!

 

 Winner Ran

 Loser Dan

 

 かんかんかーん。

 その場に試合終了のゴングが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ラララン」

「えっ、何ですかお兄さん?」

 

 さぁ帰ろうかと席を立った希空は、蘭を裏口の通路に引っ張って来た。一応希空は一夏に、蘭は弾に暫く待っているように言ってきたからいいが、一体なんなのだろうか?

 希空が包帯に覆われた右眼の義眼『天目一箇(あめのまひとつ)』で周囲に人気が無いことと電子機器による盗聴が無いのを確認すると、小さく息を吐いて蘭に向き直った。

 

「ラララン、マジで簡易適性Aなのー?」

「え…あ、はいそうです。お兄さんも見ましたよね?」

「………もいっかい見せて貰っても、いっかなー?」

「はい、いいですよ?」

 

 どうぞ、と差し出すと希空は丁寧に受け取りそれをじっくりと見た。表を見て裏を見て、右から左から上から下までじっくり、じーっくり見回す。

 

「ラララン、受けた時他の受けた子とかいたー?」

「あ、はいいました。学校の生徒会の友達とか……」

「他にはー?」

「何人かいましたけど………」

「んー……じゃあ、」

 

 希空は診断票を返しながら顎に手を当てて、

 

 

 

「じゃあ、ラララン以外にA出した子とか、いた?」

 

 

 

「………え、」

「いやだから、結果発表って係員から検査検査の用紙を一斉に渡すんだろーけど、他にA貰ったっぽい子とかいたー?」

「……いなかった、と思います」

 

 確か、いなかった気がする。

 あの時不覚にも好成績のAを取ってしまい友人達と舞い上がってしまっていた。だがAを貰えればそりゃ嬉しい。なんせIS学園に行ける可能性が出来たのだから。普段学校で好成績取るより何十倍も嬉しいものだった。周囲もAを貰えば自分のように舞い上がるのが普通だろう。

 ISの無料簡易適性検査はたまたまその施設系統の車が近くのデパートで検査会をしていたから乗っただけだ。それでも現在のISに対する関心は高く、自分達のような中学生から買い物カゴ片手のお婆さんまで受けていた。少し細かめにその時の様子を話し込むと、希空はうーん…と考え込み、

 

「ラララン、ちょいケータイ貸してくんないー?」

「いいですけど………」

 

 華やかなストラップの付いた携帯電話を希空に渡すと、希空はパカッと開けて少し触れただけで、はい、と手渡してきた。

 

「僕のアドレス登録しといたから、何かヤバいこととかあったら連絡よろしくねー」

「は、はぁ」

「ん。じゃねー」

 

 ばいばーい、と希空は笑いながら手を振って帰って行った。

 聞いて来た割にはアッサリとした最後であまりに唐突過ぎで呆然とした蘭だった。試しに携帯電話のメモリを調べると、

 

『新規登録』

『グループ:ゴーストバスター』

『名前:火星人』

『電話番号:42-42-564』

 

「……………消していいかな、コレ」

 

 しかし奇妙なセキュリティロックにより希空が追加した電話番号は消去出来なかったそうだ。

 

 

 

 

 

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