IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
「僕が、博士を殺したんだからね」
目の前の彼が、織斑希空が放った言葉に、ぼくはいままでに無い激情を抱いた。
それは憤怒であり。
それは失望であり。
そして、はち切れそうなほどの憎悪だった。
「――――!?」
ぼくは言葉にならない叫びをあげ、振り向きざまに松葉杖を銃のように構える彼にS&W M500の銃口を向ける。
「(やはり
耐えきれない感情を抱いたぼくにしては、この時は冷静だった。そもそも転校してきた日から、微妙な違和感を抱いていた。
ぼくが転校してきた日に、たまたま窓から落ちて、たまたま足を折って、たまたま松葉杖をつく。
その松葉杖に、何の仕込みが無い訳が無い。
この全てが彼の仕込みなのだとすれば、彼は相当の策士だ。ぼくに会ったそのときから、対策を練っていたのだから。ぼくは冷静な頭で状況を判断する。狙いは、彼の右手。松葉杖を落とせば、僕への危険性は無くなる。握ったS&W M500の銃口を僅かに下げ、そして引き金を―――
―――
温度上昇中―――
「(なっっっ………!?)」
ISのハイパーセンサーから告げられた通知に動揺が走った。即座に確認すると、隣部屋に隣接する壁に二つ、爆発物らしきオレンジ色のものが熱を帯び始めている。
「――確かに松葉杖は銃に見えるよねぇ」
「何をした!?」
こんな状況なのに、いつものような、耳に障るマイペースな声が届く。発声源である希空は、松葉杖を持ち上げて眺めながらクツクツと笑っていた。
「これは引き金。といっても銃ではない。『この部屋に仕掛けられたプラスチック爆弾』だよ」
「なにっ……!? でも、ぼくがこの部屋に来た時には爆発物らしき反応はハイパーセンサーには反応しなかったはずだ!!」
「知識が狭いね。感知されなくすればいいだけの話だよ。たとえば爆弾が爆弾として完成する前の態で待機させておくとか、ねー?」
…つまり、松葉杖の引き金は松葉杖に仕込まれていた銃なんかじゃなく、爆弾の完成と起動の引き金だったということか――!?
「くっ!!」
いいや落ち着けシャルロット・デュノア。
始末すべきは織斑希空。彼の言動に惑わされてはいけない。爆発ならぼくはISを展開すればシールドバリアーによって防げる。だからぼくは一発で彼を仕留めれば、
「そういえば隣の部屋、一夏がぐっすり寝てたっけ」
「―――!?」
そうだ、この部屋の隣には相部屋の一夏がいるはず。たしか夕食を食べきってて、ぐっすり眠っている。
そう、たしかこちらから見れば丁度あの位置に。
二つの爆弾が仕掛けられた、あの壁の向こう側に。
―――いや待て、実の弟を彼は殺すつもりなのか!?
「プラスチック爆弾って結構強力だよねぇ、住宅一棟は吹っ飛ぶって言うし。一夏ドンマイ」
ごめんなさい、と彼はにべもなく手を合わせた。
―――冗談じゃない!!
ぼくはISを即座に展開させ、
脳裏に三人の人物の顔が過ぎる。
一人は、母さん。
一人は、博士。
そして――一夏。
ぼくに希望をくれた人を。
ぼくの大切な人を。
「―――これ以上奪うなああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
最速展開させた《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》の手が、オレンジ色のペットボトルのような形状をしたプラスチック爆弾を壁から引き剥がす。予想外に簡単に外れたそれらを爆発しないように掴み、ぼくは窓へ投げる。投げ出されたプラスチック爆弾は一直線に窓を割り、寮の外へ放り出された。
―ぞわり
その瞬間、背筋を一気に寒気が駆け抜けた。
脊髄が麻痺でもしたようなその感覚は気のせいでは無く、彼を見た時に理解した。
「馬鹿だねぇ」
その手には、先ほどの松葉杖が握られていて。
「弟を殺す兄が、どこにいるよ」
外に投げ出された爆弾は――不発だった。
松葉杖の、中心の芯を起点に生えた四本の足から放たれた眩い光が室内を煌々と照らす。四本の足はそれぞれ繋ぐように青白い電流がサークルを描く。光の真円の中心には、不気味な光源が照り輝いていた。
その光は、太陽のような清々しい光なんかじゃなくて。
一目でわかるほど、高い殺傷性を持った
―――
大気中の荷電粒子減少確認。
光学兵器『荷電粒子砲』と断定―――
「荷電っっ………!?」
荷電粒子砲。
それは砲弾として用いられる電子、陽子、重イオンといった大気中にある荷電粒子を、粒子加速器によって亜光速まで加速し発射させる兵器であり、当然技術が進歩している現代ではISにも実装されている。ただ現代でも小型化があまり進められてないからか、ISに実装するにしてもかなりの大きさになる。遠距離タイプのISに装備されることはある。だが、
「(あんな小型サイズの荷電粒子砲なんて聞いたことがない………!!!)」
というか、不可能だ。
そもそもあんな杖に荷電粒子砲が必ず兼ね備えているといっても過言ではない粒子加速器らしき設備が見あたらない。詳しい仕組みは知らないが、その名の通り荷電している粒子を飛ばすにしても、大量の粒子を圧縮・収束させる機器の小型化は容易ではない筈。
―――ハッタリか……!?
しかしISのハイパーセンサーがそう判断している限り、危険であることに間違いは無い。そしてこの態勢では回避は難しい。
「ド本命はこっちだよ」
照り輝く松葉杖をこちらに向けながら、彼は嗤っていた。
松葉杖を起爆剤のスイッチと見せたそれこそがフェイクだったのか……!!
本命は、最初から目の前にあった。松葉杖の胴の部分を左手で支え、先ほど引いた引き金とは逆の持ち方で右手で持ち手を掴んでいた。破壊力は推して知るべし。
―――敵装備『荷電粒子砲』射撃モードに移行。
トリガー確認。
初弾エネルギー装填―――
「くっ……!!」
この状況で唯一打開できる術を、ぼくは持っている。
荷電粒子砲が発射されるよりも速く、かつこの圧倒的不利な態勢で、持ち手である右手か彼自身を打ち抜く。
その間、およそ0.3秒。
本当ならばもっと情報を聞き出したい。だがここで殺すタイミングを逃したら殺害は叶わないだろう。どの銃で打ち抜くことが適切か、そしてどのタイミングで、どこに撃つべきか。
それらすべてをクリアする技術――そう、
―――間に合えっ………!!
ぼくは一瞬にして手の内に出現した68口径アサルトカノン『ガルム』を構え、引き金を引いた。
―――まぁ、そう来るだろうなぁ。
一瞬にして手の内に出現させた68口径アサルトカノンを見て、僕は心の中でデュノアの判断に関心した。
あの一瞬で判断できる人間はそういない。それこそ、ここまで不意を打ってまで。松葉杖の二重機構。プラスチック爆弾に見せかけた単なる化学反応による発熱と不発弾。二重にも三重にも仕組んだ
デュノアも解ってないんだろうけど、解ってないなりに対応してくるあたり流石というしかない。
「(ま、それくらいじゃなきゃ張り合いが無い)」
殺しに来たと言ったくせにこんな序盤で終わってしまっては、些か『振り払う者』としても興醒めだ。追われるなら、殺されそうになるなら、もっとスリリングな逃走を望む。
『逃走中』とか、結構燃えるー。
プラスチック爆弾は―――アレは偽物。
確かに爆発物は入っているけど万が一爆破したとしても壁が焦げる程度。ISのハイパーセンサーには温度感知、公式に記録されている危険物の察知機能が兼ね備えられている。爆発物及び危険物のリストは各国研究機関によって異なるっちゃあ異なるが、それを把握出来ない訳じゃあない。そのリストを元に成分構成すれば、特に危険性が無くても反応する
今回は発熱にはインスタント焼きそばでよく使う石灰と水の反応を応用させてもらった。
焼きそば食べたい。
荷電粒子砲は―――正真正銘本物。
機器の小型化はお手の物。以前学園都市たるところにいた超能力者に『ピンセット』なるものを小型化させる手順を教えるよう依頼されたこともあったっけ。磁力、光波、電子などを利用して素粒子を掴む『超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター』。その小型化。設計図さえ送ってくれれば現物を見ずとも、解説付きでプラモデルの組み立てのように説明書を書ける。あれは……グローブみたいになったなぁ。
松葉杖にしても、小型化した粒子加速器を組み込むところまでは上手く行ったけど、冷却材タンクの設置が出来なかった。簡単に言うと――すんごく熱い。いやもう、銃身から放たれる熱気がヤバイってー。ムンムンどころかジュージューだよこれ。隠す意味を無くした右足の包帯を解いて両手に巻き付けてはいるけど、熱すぎて包帯がちょい焼けてる。
荷電粒子砲、恐るべし。
いや作った本人が言うのもなんだけどさ。ちゃんとした冷却システムを付けた荷電粒子砲を持てるIS……やっぱISって便利だなぁー。
熱い暑いアツい。
デュノアの指が引き金を引こうと僅かに力を入れているのが見える。『
「(……いいね)」
いいね。
いいねいいね、そう来なくっちゃ。
殺したいだろう? 大事な博士を殺した張本人を。
撃ちたいだろう? 大切な人の仇を。
撃てるものならば撃ち抜け
ただし、幾千もの追っ手を逃れてきた僕の首は、簡単には獲れないよー?
「ほいっと」
引き金を引き、アサルトカノンから銃弾が吐き出される瞬間を捉えた僕は、
不完全にエネルギーが収束しかけていた松葉杖を、思い切りデュノアに向けて投げた。
「~~~~~!!!???」
あまりの行動に、流石のデュノアも驚愕もの。今日一番の驚き様かも知れない。
第一に、僕は他人を驚かすのが好きだ。
驚かすのが好きであるが故に、驚かすことに長けているのも必然。故に一部では『
相手の予想の予想をし、予測者である僕でも驚くような大胆で奇抜な行動。それは対人、対軍において絶大な効果を発揮する。
だから荷電粒子砲をぶん投げられて驚かない輩はいない。現にデュノアは意表を突かれ、銃弾がどこに行ったのか解っていない。
銃弾が、僕が投げた松葉杖――もういいか――もとい、荷電粒子砲にドンピシャで当たったことにも。
さて、皆さん質問タイムです。
砲撃寸前の荷電粒子砲が銃弾に貫かれたら、どうなるでしょうかー?
答えは―――
―――ドガアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!!!
部屋が吹っ飛ぶ、でしたー。
………………
………
…
「……ぐうぅっ………」
爆破による破砕片と舞い上がる粉塵の中で、苦しげな呻き声が聞こえた。
かつて部屋であったその場所は数秒前とは見違えるように荒れ果て、最新機種のサーバーやPC、その他機材諸々が無残な姿となっていた。もはや原型が何であったか、見分けがつかない。ベッドに棚に椅子、机、そのすべてが廃材と化し、積もりに積もった破片の中から手が生えた。
オレンジを基調とした、黒と黄色の手。紛れもなくシャルルのIS『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』の手だ。その証拠に、
「…つうっ…くそ、目と耳が………」
瓦礫の山から、粉塵を纏いながら眩そうに目を細め、耳の調子を確かめるシャルルが出てきた。
五体満足、完全無傷―――とは言い難い。
何故なら超至近距離から喰らった荷電粒子砲の誤爆により、いくら安全を保障されたシールドバリアーでも防ぎ切れなかったからだ。目の前で爆発されたことでシャルルはもといた位置からかなり吹っ飛び、室内にあった数あるサーバーに強かに背中を打ちつけていた。他にも爆発によって飛び散った破片が容赦無くシャルルの全身を叩き、IS装着以来初めて怪我を負った。加えて、
「(…ハイパーセンサーによって強化された視覚が仇になるなんて……!)」
そう、本来人間の目では目視できないほどの距離を見渡せるくらいに強化されていたハイパーセンサーによって、爆発で生じた発光がシャルルの目を焼いたのだ。幸いにも発光直後に遮光機能が働いたことで失明に至らずに済んだが、それでもまだ視界が戻ることは無い。
そして耳。
先ほどまでずっと『きぃ―――ん』と耳鳴りが絶えなかった。これもまた、至近距離から爆発音を聞いてしまったが故である。
障害こそ残ることは無いにせよ、鼓膜がいくらかダメージを喰らった。回復にはもう少し時間が掛かる。
でも、それでは遅い。
「(彼は……飛び降りたか……)」
織斑希空はここにはいない。いち早くこの
窓際に目を向ければ見慣れた希空の包帯が、割れた窓の桟に巻きついて宙にたなびいている。包帯を解き、桟に括り付けて伝って降りることで、落下による怪我を防いだと判断できる。シャルルは急いで窓から身を乗り出す。
「(どこだ……まだそう時間は経っていないならばそう遠くへはいっていないはず……!!)」
先刻の希空の用意周到さを鑑みて、外に足になるものでもあるのではないかと考えていたが、回復した聴覚から機械音は聞き取れないし、視覚はともかく常時起動中のハイパーセンサーから機器の反応は見られない。そして、
「(――いたっ!!!)」
見つけた。
回復した目で寮の裏側へと続く森を注視。目視で機体の周囲360度全方位を見ることができるハイパーセンサーの機能は強力だ。加えて地上200mからでも毛先を視認できる望遠機能、さきほど見せた熱感知機能にかかれば、いくら暗闇に覆われた森の中に潜もうともわけない。現に、シャルルのISに希空の位置情報が入った。
「(逃がさない。絶対に)」
両手に二挺の62口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を
ハイパーセンサーの『センサーリンクシステム』を起動。『レイン・オブ・サタディ』に接続。
「(―――殺してやル)」
復讐を胸に、シャルルは
―――だが、シャルルは気付いていない。
いつものアメジストのように輝いていた真紫の瞳が、少しずつ濁っていたことに。
―――数分後
「………なんだ、これは……」
「ひえぇ……あんなにあったサーバーがばらばらです………」
少し離れた校舎からでも聞こえた爆音を聞き、直後寮にいた監督教師からの緊急連絡を受けた私達教員勢は全員寮に来ていた。
大半の教員は野次馬に見に来る生徒達の沈静、人数の確認、爆発によって眩暈や吐き気といって具合を悪くした生徒がいないかチェック。他は周囲への被害状況や件の爆発した部屋の探索に当たっている。当然、私と隣にいる山田先生もだ。
しかし……これは何だ? 一体何が起きた?
「この部屋は…織斑兄の部屋だったな……」
「…え、えぇ……私、最近確認してましたから間違いないです。何度か部屋にお邪魔させて頂きましたので……」
「ほぉ、山田先生が夜な夜な織斑兄の部屋に夜這いをしていた、と」
「いやいやいやいやいや!? そそそそそそんなことするわけないじゃないですかぁ!? きょ、教師と生徒がそんなことを…!!」
「冗談だ。だがそう簡単に口を割る山田先生もどうかと思うぞ」
冗談でも言わなければ…この状況で、何も言えんからな。
正直――今回の件はあまりに想定外過ぎる。
一部の教師からはIS学園に私怨を持つ団体からのテロと言う者もいる。幸いにも、まだ人数は確認中だがこれといって怪我をした生徒はいない。なにより生徒の安否が最優先だ。
「しかし………」
足元に転がっていた松葉杖の残骸を拾う。これは、希空のだ。
――そう、今回は『ピンポイントに希空の部屋が爆破されたこと』が問題だ。
希空と日本政府、IS学園、そしてあの憎き兎によって希空がIS学園に来ていることはまだ海外には知られていない。つまり、現状では希空の所在を知るものは、敵対勢力にはいないはず…なのだが。
「うっわぁー派手にやったわねぇ彼」
ふと、聞き覚えのある声に振り返る。
そこにはIS学園最強の座に就く生徒会長こと、更識楯無がいた。いつもと変わらず掴みどころの無い佇まい。相変わらず下らない言葉を書き込んでいるであろう扇子を片手に物色していた。
「何をしている小娘、ここは一般生徒は立ち入り禁止のはずだ」
「
パチン、とウィンクする楯無。
……正直言って、私は奴が大嫌いだ。どっかの兎みたいな人を喰ったような性格をしているからな。
「作業の邪魔だ、帰れ」
「あらあら、随分とキツイ言葉を言いますね先生。弟さんがそんなに心配?」
「ほざけ。戯言は寝て言え」
私が希空(愚弟)を心配などするか。
『アイツは何があろうと死なない』。それが、たとえ狼に咽笛を斬り裂かれようとも、な。
「なら更識家17代目当主として言いましょう。『今回は特に問題無し』ですって」
「何?」
「妹から……ね、布仏姉妹経由で聞いたのよ。爆発が起きてすぐメールが届いたんですってね」
「…希空から、か?」
その問いに楯無が頷く。バサッと広げられた扇子には『自作自演?』と書かれていた。
自作自演? ……確かに、その線はあるな。だが一体何の為に? 誰の為に?
希空自身の為……とは、考え難い。ただ爆発を起こしたいだけならば、実験室でしろと耳にタコが出来るくらい言ってやった。
では……何故だ?
「一応このメール…私の妹、1組のボーデヴィッヒさん、2組の凰さんには届いているみたい……ねぇ先生」
「何だ」
「この人選…妙だと思いません?」
「どこがだ?」
更識妹、そして凰については説明がつく。
単純明快、アイツに好意を抱いているからだ。……まぁその想いが届くかどうかはわからんがな。
ボーデヴィッヒについても然り、だ。
奴も奴で、三年前の付き合いで仲がいい。
つまりこの人選の共通点は……異変を察知したら希空に駆けつけて来る……。
「『彼が危機的状況に陥った時に、真っ先に駆けつけてくれる人材』ですけど……一人足りません?」
「篠ノ乃とオルコットか?」
「いいえ、弟くんですよ」
………な、に?
…たしかに、ガキの頃学校で自作の
そして私の弟でもある。
………待てよ?
「山田先生」
「はっはいいぃっ!」
「点呼は済んだか? リストは?」
「あっ、い、いまこちらに…」
若干いつもよりおどおどした山田先生から、生徒達の点呼リストを受け取る。
とりあえず諸事情でいない生徒達は省く。それを除いて数えると………
『不在生徒』
織斑希空
シャルル・デュノア
織斑一夏
「ちっ……」
…してやられた…いや、しくった。とんだ失態だ。
ヤツは私の
信用、信頼云々よりも“兄弟”である以上、安否を確かめるのは当然だ。隣の部屋の異変を察知するくらい、一夏にできないことは無い。
「……待てよ?」
「どうしました?」
「…織斑弟が織斑兄の後を追うのは明白だ、アイツは馬鹿だからな」
「……それに希空君が気付かない筈がない、と」
「確かに……『問題無し』なら一夏君に伝えるはずですよね……」
「織斑兄がそんなミスをするわけが無い」
「じゃあ……」
――――ヴゥゥゥゥゥン――――
「……ん?」
何の音だ? …いや、何処から聞こえている?
ふと、視界の端で何かが瞬いた。
……これは、希空のPCか。
3台あった内の中央の1台が、他の2台と比べて幾分無事だった。真っ黒の筈の画面に文字が走っている。まだ機能は無くなってないようだ。あの爆発でよく壊れなかったな。
―――Virus detection.ウィルス検出しました―――
「ウィルス?」
「…ネットが繋がっているの?」
山田先生と更識も同様にPCに覗き込む。
―――『ウィルス対抗プログラム〈檻の箱船〉』を起動します。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
完全ガードしました―――
―――新たにウィルスを検出しました。
攻撃性及び生態性を感知。
『ウィルス対抗プログラムⅡ〈若人と戯曲〉』飛んで『Ⅸ〈夜明けの間違い〉』を起動します。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック―――
―――ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ブロック。
ガード失敗。
探知開始。
探知中。
探知中。
探知中―――
「「「………」」」
何だ、コレは。何が…起きているんだ?
私も、山田先生も、更識も、何が起こっているか解らなかった。
これが何を示しているのか、何が重要であるか、まるで別世界にでも迷い込んだような感覚だった。この場にいる私達は何も出来ない。ただ、これを見送ることしか出来ない。
―――発信源特定完了。
地球上全1877ヶ所から更に絞ります。
探知中。
探知中。
探知中。
探知完了。
確定―北半球。
確定―東経――探知阻害されました。
探知不能。
探知不能。
探知不能。
ウィルスが顕れます。
半径2.7km範囲内の出現箇所を集約します。
日曜日の子供のように画面から離れて見ている方。
ご注意下さい―――
………は?
一瞬浮かんだ文字群に、あまりにも場違いな一文が見えてしまい思わず惚けてしまった。
そして、
画面が、
「――二人とも避けろ!!」
「えっ!?」
「くっ!!」
二人に声を掛け、更識は持ち前の身体スペックで屈めたが山田先生はそうはいかなかいった。
やむなく私は山田先生の後頭部を掴むと床へたたきつけた。眼鏡が割れる音と山田先生の苦しげな呻き声が聞こえた気がしたが、無視。
それどころでは無かった。
「なんだ…コレは!?」
PCの画面から、
大きさは手の平よりも少し大きいくらいだ。細い躯。薄い四枚の羽根。六本の足。それらは列を為し、膨大な大群となって一目散に窓の外へ出て行った。
そう、希空が逃げたと思われる割れた窓の向こう側へ。
「……くそっ!!」
思わず悪態をつき、懐から通信端末を取り出す。
だがこの場で悪態をつかずにいられるか。
状況が全く理解出来ない。私達の常識の範疇を超えている。
あの憎き兎ならば解っていたかもしれないが、生憎私達には現状の、その全容を掴めてすらいない。
舞台に、誰よりも近しい筈なのに。
端末を全ての回線へと繋げ、私は語気を荒げながら言った。
「総員、各自用が済み次第ISを起動し寮裏へ迎え!! 現在行方不明である1年1組織斑一夏、並びに織斑希空、シャルル・デュノアを見つけ次第保護しろ!! なお、現在未確認生物が出現しているため敵意を示したようであれば排除することを許可するッ!!」