IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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第32話 邂逅/憎シミト覚醒ノ白

 

 

 

 ―――MMN005応答せよ。

 

 

 ―――こちらMMN005。ポイントE-787到着。ターゲット確認。

 

 

 ―――こちらMMN009。『攪乱分子』確認。保護しますか?

 

 

―――Nein.

 

 

―――無視して構わない。邪魔になるようであれば排除しても支障無し。

 

 

―――MMN005了解。MMN006-MMN205全機の全権を委譲。速やかにターゲットを抹殺せよ。

 

 

―――MMN106-MMN205分離を確認。MMN106を先頭に潜行を開始します。

 

 

―――MMN006-MMN205―Geht klar.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園学生寮裏 林間部中央地帯

 

 

 銃声。

 銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声。

 オートでリロードをする音と、量子変換の連続起動音が行われてから、また銃声。だが銃声は小さく、発砲音の間に金属音が絶え間なく続く。暗闇の林の中で、銃撃戦を繰り広げる二人の間に火花が散る。

 

 ――銃弾と、銃弾の衝突だ。

 

 銃弾撃ち(ビリヤード)と呼ばれる、跳弾と跳弾の繰り返し。互いが互いの狙いを読み合い、タイミングや手癖、弾道、速度を読み取った上での銃弾撃ち(ビリヤード)。まるでお互いの息が合っていなければ出来ない様な芸当。しかしこの二人は敵同士だ。

 既に仕掛け始めた復讐者(アヴェンジャー)が最初に発砲した銃弾は摩耗して消え去っている。だが復讐者のは分かっていた。

 

 ―――舐められている。

 

 復讐者は、この銃撃戦が1分も続きそして相手が死んでいなければ、自分が死んでいるだろうと確信していた。もう、この戦いは19分を超えている。手は痺れ、集中力は削れ、体力は奪われる。

 なのに。

 なのに。

 戦いは止まらない。

 視覚情報も、体力も、装備もこちらの方が上。

 なのに、決定打すら打てない。

 まるで、この間合いの様に。

 

 ―――詰められない。

 

 あと一歩が。

 

「ほら、早く殺ってみなよ。出来るならね」

 

 耳を掻き毟るような銃声と金属音の間で、ぞっとするような声音が耳に届く。悪寒が前身を駆け巡る。距離は十分あるのにもかかわらず耳元で囁かれたようにはっきり聞こえてきて、身震いした。推進機(スラスター)で横移動しながらを走らせていると側面から木と衝突してしまいそうになりはっとして、すぐさま回避する。

 これでもう、9回目。

 こっちが追っているのに、狩人と獲物の立場が逆転してしまっている。

 なのに、止まらない。

 止められない、己が恐怖心が故に。

 攻める手を止めてしまえば今の状況は崩れ、向こうに攻勢の機会を与えることになる。

 そうなれば、死ぬ。

 心の中で殺意と狂気と、焦燥が入り混じる。

 止まらない止められない。

 自分が死ぬか、相手が死ぬか。

 どちらかが息の根を止めるまで、この戦いを止めることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

「(……さて、どうしよっかなー)」

 

 暗闇の中で銃撃戦途中の希空は、暗がりで足下を掬われないよう気をつけながらイタリア製ベレッタPx4Stormでシャルルを牽制しつつ疾走していた。

 希空のベレッタは9mm口径モデルにして総弾数20発。

 武器庫といっても差し支えないシャルルのISとは違い毎回リロードする必要があるのだが、初弾20発とシャルルが撃った連装ショットガン『レイン・オブ・サタデイ』のフルオート一撃7発によって既に『壁』が出来た。初弾のほとんどが既に摩擦熱によって消えたか、シャルルに当たってしまったかで無くなってしまったにしてもまだ余裕はある。

 この状況では別段足下を気にして歩いていても何ら問題は無い。

 それくらい、この状況下で考えられる。

 

「(というか、いつものデュノアだったらこの逃走劇が始まって3分と経たずに僕を仕留めてTHE・ENDだったのになぁ―――まあ、コレも予測はしてたけど)」

 

 希空はシャルルと会ってからこの状況に至るまで、そしてその先までをおよそ16572通りに分けて予測していた。中でも19分過ぎて希空自身が仕留められず、シャルルが銃を重機関銃『デザート・フォックス』に変更し、寮から1km離れ、希空の持つマガジンの手持ちが6を切り、なおかつ()()と学園側の教師陣加えて()()()が来ないのは希空の戦術予測機で出た予測の中でも端の方に位置していた――つまりは、1/100の1が一番最初に出たような形となる。

 

「(―――ま、あんま機器に頼らず最初からスキルを使っとけばいいんだけどね。やっぱり人類の叡智って素晴らしいなぁ)」

 

 と、的外れなことを考えながらシャルルから新たに放たれた8発の銃弾を避け、1発撃って他の弾を当てて全てを撃ち返す。

シャルルがフルオートで撃ってくるのに対し希空はほとんどが手動。だが、シャルルでも予測不可能な銃弾撃ち(ビリヤード)によって五分五分………否、精神的に余裕がある希空に分がある。

 それもそうだ。

 

 どう失敗しようとも身の安全が保証されているISの保護下の元で訓練していたシャルルと、命がけの実戦を幾度となく繰り返してきた希空とでは経験が雲泥の差である。

 

 踏んできた場数が違う。

 温室育ちの代表候補生様と、極寒育ちの整備師とでは違いが有り過ぎる。

 決められたパターンをこなすのはいい。しかし、戦場ではありとあらゆる状況に対応する応用力が問われる。でないと死ぬからだ。

 危険な銃弾の飛び交う戦場を走り抜ける。安全と思われる塹壕を目くらましにする。銃器で殴る。剣を投げる。なんだってありだ。要は生き残ればいいのだ。だが口では簡単に言えてもそれが行動に伴わない。それが今のシャルルだろう。

 この場では、いくら武装しようとも武装を知り尽くしている希空に軍配が上がる。

 

「(だから、善いところまで追い詰めさせる)」

 

 今の希空にこの戦闘の勝ち負け生き死には眼中にない。いや、勿論死ぬ気は無いのだが。

 希空がここまで用意周到に今日この日この時を待っていたか―――すべては、それにある。この林に新たに入ってきた存在を確認。あとはタイミングか。

 シャルルの銃の弾が切れ、リロード状態になったのを見計らって、希空は減速しながら顔だけ後ろに向ける。この場で静止は無意味だ、ISのハイパーセンサーによって赤外線感知されてしまうためである。

 故に、走りは止まらない。

 希空が、目的を達成させるまでは。

 

 そして―――直後、変化は起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(………えっ!?)」

 

 変化を確認していたのは、シャルルだった。

 いや、正確には先に動いたのが希空だった、というべきか。

 なぜならば、いままで逃走していた希空が突然Uターンして一直線にシャルルの方へ向かってきたのだ。しかも、銃弾撃ち(ビリヤード)による銃弾の嵐の中を。

 

「(自爆……!? いや、ここまできて彼が自ら死を選ぶなんて考えられない!!)」

 

 腹立たしい限りだが、希空に疲れた様子は見受けられなかった。疲労で頭が狂った訳でもあるまい。

 それに、

 

「(………あれは、死を望む目なんかじゃ無い!!)」

 

 こちらに向かって疾走する希空の左の眼には、貪欲に生き抜こうと生にしがみつく覚悟の意思が宿っていた。思わず、ここまで肉薄した気迫を見せる希空に体が竦みそうになる。

 だが、これはチャンス。

 

「(何を狙っているのか知らないけど……仕留めさせてもらう!)」

 

 シャルル自身も、心身ボロボロで戦闘続行は不可能に近かったからむしろ渡りに船だった。突破口も見つからず次善策も考えられなかったシャルルにとっては最高の転換期とも言える。

 シャルルはISの駆動音を最小限に、針に糸を通すように神経を張り詰めて待つ。あえて手ぶらの状態にして、高速切換(ラピッドスイッチ)によって確実に仕留められる範囲まで誘い込み、撃つ。

 何を仕掛けて来ようが銃弾の嵐に巻き込まれて死ねば万々歳、たとえ何らかの方法によって嵐をくぐり抜けたとしても狙い撃ち。できれば、後者の方がいい。ここまできて自分の手で殺せないのは癪だ。

 

「(…博士……お願い、僕に力を貸して…!!)」

 

 冥界の恩師に祈る。

 正真正銘ガンマンのように、シャルルは精神統一する。

 ISを持たない男である希空には、この暗闇の中でこちらは見えない。向こうが見えないというアドバンテージがあることを、頭の中でかみ砕くことで冷静さを取り戻す。

 たとえ銃でこちらを撃たれたとしても、まだあるISのシールドバリアーで正面の一発ならば防げる。いざとなればシールドで受け止めればいい。いままで正体不明の弾丸だったから警戒していたが、なるほど冷静になって対処すればどうってことはない。こちらが圧倒的優位に立っていることを改めて自覚したシャルルに迷いは無い。

 あるのは、体を突き動かす純粋な殺意。

 ただ撃てばいい。殺せばいい。そうすれば、無残にも殺された博士は報われる。

 

 

 ―――そう、思ったそのときだった。

 

 

「――――なっ!?」

 

 目は離さなかった。

 ハイパーセンサーは確認していた。

 油断もしていなかった。

 なのに、

 

「しまった………!!」

 

 20を超える銃弾が、シャルルに牙を向いていた。

 原理は分からない。だがシャルルには理解出来る。

 これは、希空が仕掛けたものだと。

 

「っ…くぅっっっぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 高速切換(ラピッドスイッチ)で重機関銃『デザート・フォックス』を、そして手榴弾を取り出し、ピンを抜いて出来るだけ前へと投げつける。

 ―――本来、シャルルはこの戦闘において手榴弾はタブーだった。銃と異なり音を完全に消し去ることができず、使うことはイコールばれてしまう、と言うことだ。

 ……既に、希空が部屋を爆破した時点で色々アウトな気もするが。

 弾幕の前に投げられた手榴弾。シャルルはそれを自身の抜群の精密射撃で撃ち抜きながら乱射する。貫通した手榴弾が爆破し、希空が放ったであろう弾幕を吹き飛ばす。だが銃弾の嵐は手榴弾の爆炎を喰い破り、シャルルの弾幕を潜り抜けた銃弾も当然ながら、存在する。

 結果、

 

「あがぁっ…!!」

 

 鳩尾と、そして首筋に銃弾が炸裂する。ヒットした銃弾はISのシールドバリアーによって肌への到達を防いだ。

 だが、実際にシャルルはダメージを受けた。

 何が起こったか分からなかった。ただ、希空の放った銃弾にはシールドバリアーを透過して衝撃を与えるという事実が判明した。腹からの強い衝撃が、呼吸を乱す。首からの振動が脳を揺らし、知覚判断を鈍らせる。

 

 ―――その時を、待っていた。

 

 嵐の様な弾幕をシャルルへと撃ち返した張本人が、シャルルへと迫った。

 グラグラと揺れる視界の中でそれを確認し手を動かそうとするが、銃弾の衝撃で呼吸を吐き出されたことで体内の酸素が減ってしまったためか、動きが覚束無い。

 高速切換(ラピッドスイッチ)を行うよりも早く、走ってきた希空はまるで野球選手の様に滑り込みシャルルの足の間を通り過ぎる。

 左手一本を地面に突き出して体を跳ね上げ、一瞬で体勢を立て直すと右手をシャルルの背中に突き出す。パッ、と突如空中投影型コンソールが現れ、次の一瞬で右手の五指をバラバラにスライドさせる。そして、

 

 

 ばぁん。

 

 

 銃声が、鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………嘘、だろ」

 

 困惑していた。

 少年は唖然としていた。少年はただ、いなくなったルームメイトと消えた兄を捜していただけだった。

 最初から、悪い予感はしていた。

 兄とルームメイトが初顔合わせをしたときたから、嫌な予感はしていた。それでも二人の微妙な接触の兼ね合いが、悪寒を払ってくれていた。

 ように、思えた。

 寝耳に水とはよく言ったものだが少年の場合は寝耳に爆音だった。真夜中だというのに爆弾でも落とされたのかと言うほどの轟音。目を覚ませばベッド横の壁は罅割れ、急いで隣部屋まで駆けつけてみれば部屋の主である兄の姿は無かった。

 それだけなら、よかった。

 

 窓から出て行くオレンジの翼。

 

 見慣れたルームメイトの背中。

 

 僅かに聞き取れた、怨嗟の呟き。

 

 それだけで、十分だった。

 最初は、悪戯好きの兄だから仕方ないか、とか、冗談もほどほどにしといてくれよ悪気はないんだ多分、とか、その程度だと思っていたが予想外過ぎた。

 重すぎた。ルームメイトの吐いた言葉が、嘘でも、冗談でも、虚言でもないと分かった瞬間戦慄した。

 じゃあ。

 そんな恨みを抱いたルームメイトが追う姿があって、相手である兄がいなくて、その場が全焼していたら連想することは一つしかなかった。

 考えが辿り着いた時には動いていた。

 たしか校則ではISの無断使用は専用機持ちでも禁止され罰が下される、と兄から教えて貰った学園のルールブックの一文が脳裏を過ぎったが関係ない。そもそもルームメイトも使っていたのだからお相子だろう、そしてそのルームメイトが最悪、兄に手を下してしまうかもしれない。

 そうなってはまずい。それはいけない。それはダメだ。

 争って欲しくない闘って欲しくないどちらも死なせたくない。

 ましてや、少年は一度兄が死ぬ一歩直前のところまでを目の前で見ていた。

 あんな思いは、させたくない。

 そんな願いを背負い、少年はISを展開しオレンジの後を追うように夜空を駆った。

 

 

 

 なのに。

 

 

 

「………シャ、ル」

「………ぁ…」

 

 目の前に、ルームメイトのシャルがいた。

 シャルは、硝煙が立ち上るハンドガンを握ったまま、俺を見ていた。その目には怯えだか、驚愕だか、なにがなんだかよく分からないけど、そんな目をしていた。

 

「…希空、兄………」

 

 シャルの目の前に、兄の希空がいた。

 いつも煩くて、煩わしくて、面倒臭くて、ネタに走って、自暴自棄になって、ヘンな物ばかり創り出して。

 でもたまに、優しくて。

 コイツ生まれたときは泣き声じゃなくて笑い声だったんじゃないかと思うような、よく笑う兄で。

 でも、いまは笑っていない。

 

「……希空兄……希空に…」

 

 呼び掛けても、呼び掛けても俺の言葉に反応してくれない。

 返り血を浴びて呆然としているシャルを押しのけて、ISを解除して希空兄に駆け寄った。

 返り血。

 返り血。

 ぬちゃりと靴底に何かが跳ねた。

 暗がりでよく見えなかったが、月明かりを頼りに目を慣らして見ると、それが血だと分かる。

 血、血、血。

 唐突にフラッシュバックしたのは、三年前のあの日。

 希空兄が、病院に運ばれる途中で俺を庇って撃たれたあの日。

 あの日も、希空兄は俺の声に応えてくれなかった。

 それから先のことは、あまり覚えていない。

 

「…なぁ…何寝てんだよ……」

 

 応えない。

 

「……いい加減、起きろよ…風邪引くぞ……」

 

 倒れている肩を叩く。

 けど、応えない。

 

「………なんか、言ってくれよ、兄貴…」

 

 横倒れになっている希空兄の体を揺する。すると反動で希空兄の体が仰向けになった。

 ごろりと転がり、前髪で隠れていた顔が露わになる。

 

 ―包帯で覆われた右眼から、あのときみたいに流れる夥しい血で濡れた顔が。

 

「………いち、か……」

「………何で…」

「…待って…待って一夏っ」

「何で、何でだよ何でだよ何でっ!! 何でいつも()()なんだよ!! 何で希空兄がこんな目に遭わなくちゃ殺されなくちゃならないんだよ!!」

 

 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。

 分からない解らない判らないわからないワカラナイ。

 ISの力で、守るんじゃなかったのかよ。

 千冬を、箒を、セシリアを、鈴を、希空兄を、みんなを。

 守るための力だったんじゃなかったのかよ。

 

「何でだよ…なぁおい何でだよ……兄弟だろ…? 俺たち、ただの兄弟だろ…? そりゃ多少は変わってるかもしんないけどさ、全国全世界この地球上にいるありふれた兄弟の内の一つだろ…? なのによ……なぁ何でだよ、何で俺たちはさ…ただ普通に生きて、学校行って、クラスメイトと話したり遊んだりたまに馬鹿やったり笑い合ったりしてさ…普通に過ごしたいだけじゃんかよ…」

 

 幼き日から、俺たち三人は両親に捨てられた。

 千冬姉は、いない両親の代わりとでも言う様に気丈に振舞っていた。思えば千冬姉の今の性格はその環境に起因しているのかもしれない。

 希空兄は、そりゃあもう世話で忙しい千冬にちょっかいかけて絡んできたり、俺に悪戯したり、思い出せば迷惑なことしかしてなかった。希空は物心ついた時からまったくといっていいほど変化が無いくらいに悪戯好きだった。でも、あれを今になって考えると希空兄はただでさえ暗く会話の少ない俺と千冬の仲を取り持っていたのかもしれない。千冬が日本代表となってからはそれがいっそうに増した気がする。

 そのころ、俺は千冬がいないことに対する寂しさよりもどちらかといえば暴走する希空を抑止することで手一杯だった。それでもいつの間にか円周率だのπだのジュグラーだの手を出していて、いつの間にか金に不自由は無くなっていた。

 そして、ISに憑かれた。あくまでも比喩表現だが。

 

 俺達の人生は、決してありふれた一般家庭のものではないと自覚している。

 それでも、お決まりでもいい日常が好きだった。

 だが目の前には、血塗れの兄。

 

「……シャル…? これ……シャルがやった、んだよな………」

「…………」

「………なんでだ…」

「…………ボクの、大切な人を…殺したから」

 

 その言葉に、頭にカッと血が昇るのを感じた。視界が真っ赤に燃え上がり、次の瞬間にはISを纏った俺の手がシャルの肩に掴み掛かっていた。奥歯ががちがち鳴る。怒りで掴んだ手に力が籠もる。

 

「殺されたから殺す…!? 巫山戯んなよ!!」

「じゃあ、一夏は大切な人を殺されたことがあるの?」

「っ……それは…」

 

 無い。

 俺にとって大切なのはたった二人の肉親と、箒、鈴…幼馴染み達や学園の友達。誰一人として、殺されたなんて物騒なことは俺の人生には無い。

 ……希空兄は、死に掛けたけど。

 

「……希空を…失いかけた。それに今シャルにっ…!!」

()だよね。一夏はまだ今なんだよね。ボクは一年前に彼に殺されたよ。死体は真っ黒になっていた」

 

 嘘だ、希空兄がそんなことをする訳がない。

 でも、そう反論しようにも顔を俯かせ、俺の腕を掴みながら言うシャルの声に冗談の色は無かった。その声色には涙声にも近く、ぽつぽつと事実をありのままに述べようとするシャルの辛さが感じられた。

 

「……大好きだった…母を失い、実の父にも会えず、ただデュノア社でロボットのようにテストパイロットとして生きるボクを……博士は救ってくれた。……なのにっ!!」

「……!!」

「彼がっ…コイツがっ!! ボクの最後の希望も望みも全て奪っていったんだ!!」

 

 ガチャリという音と共にシャルの手に銃が出現する。マズイッ!!

 

「やめろシャル!! 復讐なんてするな!!」

「放してよ一夏!! ボクはっ…ボクはっ…彼を殺す!! 殺すんだ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

 シャルの腕を掴んで銃口を横たわる希空兄に向かわせないようにシャルと取っ組み合う。だが、譫言のように喚くシャルの言葉に違和感を感じた。

 銃が振り回されあらぬ方向に放たれた銃弾が木々を抉る。

 すぐ後ろで倒れている希空兄に当たらないようにシャルを押し込みながら、シャルの瞳に涙が、そして瞳の色が空虚な色になっているのを見た。

 

「ッッッ……!! シャル!! たとえお前が希空に復讐をしたとして、その博士が喜ぶと思うか!? 殺された博士は、お前が人殺しになることを望んだか!?」

「それデもボくは彼ヲコロさナイトコろサナいと殺さなイトイケナイ殺してコロシテ殺シて……!!」

 

 涙声のシャルの声に、明らかにシャルの声とは到底思えない様な音が入り混じっていた。

 正気じゃねぇ…まさかシャルは誰かに……?

 俺の頭に浮かんだ仮説は間違いではない気がした。何よりも、シャルの涙が証拠だ。希空兄が憎い、というのは本当だろう。でもそこから殺意へと結びつくまでが不自然に思える。

 まるで、シャルの復讐心を誰かが後押ししたような………。

 

「(………まさか!?)」

 

 シャル。

 希空兄。

 撃たれた右眼。

 三年前。

 ヨーロッパ。

 ドイツ。

 斬られた左腕。

 誘拐。

 犯行グループ。

 フランス。

 目的。

 

 

『コイツ? ああ、餌に決まってんだろ? 本命はこれから来る天才サマだよ。殺しはしねぇから。精々()()()にでも掛けさせておくさ。泳がせるんだよ、これからたっぷりな』

 

 

 まだバラバラで破片も分からないピース。

 それが、何かに結びつきそうな気がして、

 

 

 

【――Pater Noster qui in caelis es sanctificetur nomen tuum.

   《天にまします我らの父よ 願わくは御名の尊まれんことを》――】

 

 

 

 

 不意に、脳裏に歌が響く。そして。

 

「…………あ、?」

 

 一気に視界が、ブラックアウトした。

 何が起きたか考える暇もなく、俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 半狂乱になっているシャルルの目の前で、一夏が気絶した。

 シャルルが放った銃弾が一夏の急所に当たった、という訳ではない。むしろ一夏は守るべき者に、意識を刈り取られた。そして、それは混乱していたシャルルの意識を僅かながら元に戻す結果となった。

 

「…一夏!?」

 

 目の前で崩れ落ちるように倒れる一夏を見たシャルルは血相を変えて一夏を落とさぬよう手を伸ばす。だがまばたきもしない間にシャルルの視界から一夏が掻き消えた。

 

「…えっ……!?」

 

 次々と起こる奇怪な現象にシャルルは呆然とした。

 夢遊病のように少し前の記憶が曖昧となっていることに違和感を覚えながら、シャルルはハイパーセンサーを起動させて一夏を探す。闇夜の暗がりでも、ハイパーセンサーともなれば造作もなく対象を発見する。

 案の定、一夏は見つかった。ただし希空が傍らにいるというオマケ付きだが。

 だが、ハイパーセンサーが希空を捉えた瞬間シャルルは雷にでも撃たれたように体を強張らせた。視界に情報として送られただけのモノなのに、希空の姿は酷く自身に()を連想させた。

 心臓が煩く鼓動を打つ。脳が警鐘を鳴らす。本能が逃避を促す。

 だが、逃げられない。

 下手に動けば自分が死ぬ。形容し難い殺気を感じ、シャルルは悟った。恐る恐る、シャルルは二人がいる方向へ視線を向けた。

 

 まず目に入ったのは、白。

 真っ暗闇にも映える純白の白。本来神聖な色でもある白の色が、不思議とシャルルには不吉な色にしか見えなかった。

 白。白髪。

 そう、黒髪であった希空の髪は白く染め上がり、右眼を銃弾に穿たれ倒れていた筈であったがどういうわけか、一夏の首を掴み上げたまま直立不動で俯いている。

 

 

「……………………ぁはっ」

 

 

 嗤った。

 気絶しているであろう一夏を地面に置き、全身を震わせながら嗤っていた。

 

「アハハハハハハハハハハハハハッ…アーッハハハハハハハハハハハ!!!! 痛い…痛いよ血が出てるッ!! …銃で撃たれたのなんか久しぶりだァ!!!!!!」

 

 包帯が巻かれた右眼から、血が溢れる。

 狂気に打ち震える白髪の少年は、それを右手で押さえながら愉しそうに顔を歪ませ、ヒステリックに叫び声をあげた。

 

「撃ったね……僕を撃ったね、殺そうとしたね。つまり……殺されてもいいんだね?」

 

 白く染め上がった前髪から覗く眼が獲物(シャルル)を捕らえて爛々と輝いた。愉悦の声がシャルルの恐怖心に火を付けた。明らかに先程までの希空ではない。

 いつもの馬鹿みたいなぽやぽやした空気はそこにはなく、ただ死を撒き散らす白い狼がそこにいた。

 ―――この時、先程まであったシャルルの殺意は完全に消え去った。シャルルの怨恨の殺意を遙かに上回る殺意が、周囲一帯を支配し覆い尽くしたからだ。原因は勿論、白髪の狼と化した希空。人のカタチではあれど、獲物(シャルル)を睨み付けるその瞳は(狩り手)そのものだ。

 抑える右の手のひらから血が零れる。滴る血が両の手を濡らす。

 

「お姉さん、キミはヘッタクソだねぇ。射撃の腕はなかなかなものだけど、いざ人を撃ち殺そうとすると無意識に肘が落ちる。これ以上僕と闘うっていうのなら、そんな腕引き千切ってあげるよ。要らないでしょ? 人を救うことも殺すことも出来ない腕なんかさ」

 

 血で真っ赤に塗れた希空の手が発光した。そして、二丁の銃が現れた。

 スネイルマガジン装備のルガーP08とモーゼルC96。

 持ち手には狼のルーンが刻まれており、希空はそれを胸の前で交差させて構える。

 合理性を無視した構え。しかしそれはシャルルにとってまるで一種の儀礼のように見えた。

 

「―――――引き裂いてやる」

 

 その言葉を引き金に、踏み込む。

 踏み込み一つで希空はシャルルの顔面にまで迫った。まるで時間だけが止まったまま、希空だけが動いたみたいだ。端から見れば双方キスするスレスレのところまで接近している。

 シャルルの視界が一気に激変し、シャルルはまるで猫だましでも受けたように体が麻痺してしまった。それは希空の溢れ出る殺意の濃度が接近により濃くなったこともあるだろう。

 シャルルの両肩に銃口を押しつけ、走った勢いのままに疾走する。

 ISのPICや推進機(スラスター)なんてものともしない。ただ純粋な脚力でISの機動力を凌駕していた。

 

「ぐぅ……ぅぁっ……!!」

 

 背中を幾つもの木々と衝突する。衝突しては木を突き破りまた新たな木に衝突した。

 ISの装甲がまるで意味を成さないかのように、シャルルの全身を衝撃の嵐が蹂躙する。

 

「イイイィィハッハアアァァァァァァ!!!!」

 

 哄笑と共に銃弾がゼロ距離から放たれる。吐き出された銃弾は両肩を強打し、脱臼したような激痛がシャルルを襲った。

 痛い。でも声が出ない。呼吸も出来ない。

 あまりの激痛に喉が痙攣して声帯が役割を果たさなくなってしまっている。

 イヤだ。死ぬのは、死ぬのだけは―――

 

「死ぬのはいやだ。命だけはとらないで」

 

 シャルルの代弁をするように、希空がシャルルの思考を小馬鹿にしたような口ぶりで言った。体が砕けた木片の山に叩き付けられながら、その事実に僅かながら出来る動作として驚愕に眼を見開く。視界の遙か下方で口端をつり上げる。

 

「なんでわかったのかって眼をしてるね、わかるよそれは。人間ってのは意外と危機に淡白なんだよ。すぐ壊れるしすぐ諦める。もういい。駄目だ。限界だ。人間(きみら)の大好きな思考の上位三つはおおかたそれだよ。ね?」

 

 力の差は歴然。シャルルは希空と向き合った時、既に己の死を悟った。

 諦観。人間という知能を持ったモノにしか宿らない思考。

 

「でもキミはまだ生に縋ってる。うん別に間違いじゃないよ? それが生物としては普通だ。思考では諦めても体が生きようとしている。女が性交で快楽に身を落とすのとなんら変わらない。まるで獣だ」

 

 あえて汚い例を挙げて自分で嗤う。

 痛みでなにも考えられない筈なのに、希空の声が耳に入ってくる。

 

「でもさぁ――それって都合良すぎるよね。だって僕を殺そうとしたのに殺される覚悟が無いんだから。まぁ、僕と向き合う人間はみんなそうだけど」

 

 希空は銃を構えたまま仰向けに倒れるシャルルに覆い被さり、顔を寄せた。

 互いの吐息まで感じてしまうほどの距離。希空の右眼から漂う血生臭い腐臭が、シャルルの嘔吐感を促した。胃が逆流を起こし、中途半端に溶解された夕食の残りと酸味のある胃液が吐き出される。

 

「――――ッッッッッッ!? ゲホッ……!!」

「ん? なんで咳き込んでんの?」

 

 顔を横に逸らして苦しむシャルルを、希空は不思議そうに見下しながら舌嘗めずる。

 銃身を頬に当てて逸らしていた顔を無理矢理向かせる。息荒く涙目なシャルルを見て興奮を抑えきれない。

 

「お姉さんもうダウン? 出来れば精一杯愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してから―――殺してあげられたんだけどさ。僕も忙しいんだよね」

 

 苦しむシャルルをよそに希空はシャルルに跨る。下腹部に腰掛けて騎乗位になり、下卑た笑みを浮かべた。

 がちゃり。

 引き金が指に掛かる。ルガーP08は顎に、モーゼルC96は左胸…つまり、心臓のある位置に銃口が押しつけられた。

 シャルルが銃に触れた瞬間、脳に明確な死のイメージが叩き込まれる。

 

Auf Wiedersehen(さよーなら).」

 

 とても愉しそうに別れを告げ、希空は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




最後らへん…というか、戦闘描写を加筆しました
っていうかこれ戦闘じゃなくて一方的な暴力だよね…反省
でもアンチではありません!! コレを見て「読むの止めた」ってならないでくださいお願いします!!(必死)
しかし…最後のシーン書いてると希空×シャルルもアリな気が…いや、R-18に走っては駄目だぞ!! 希望があったらIFで書くかも知れないけど!!
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