IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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これでストックは最後、亀更新行きになってしまう……
月一になってしまうかもしれませんが、これからもよろしくお願いします(ぺこり)

(……前回の更新が先月だから、今月のはあるかもしれない)








第33話 怨敵/ニューラーズシステム

 

 

 

「アハハハハハハハハハ…ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

 目の前の少女が崩れ落ちる。

 両の手の銃が確かな手応えを感じ取り、白髪の少年は高らかに哄笑した。

 

「死んだぁ…死んだ!! また死んだ!! どうしてだろうどうして人間はこんなに脆いんだろうなあッ―――こんなに脆いクセに楯突こうとするのが悪いんだよ弱いから死ぬんだよォッ!! あぁおこがましいったらありゃしないよ、ただの劣等のクセにさぁ。―――くぁはははははははははははははーっ!!!!」

 

 可笑しい可笑しい可笑しい。

 立ち向かってくる人間は悉く死ぬ。まるでいまの今まで自分が優勢であることに対して悦に浸っていたのが嘘の様に。

 人は生きている。故に死ぬ。特に自分の目の前に立ち塞がる劣等種共はあっけなく。

 どうして殺されようとしている自分が生きて、殺そうとした相手が死ぬのか? それは簡単だ、立ち向かってくる愚かな劣等は相手との歴然たる実力の差というものを理解していないのだ。

 

 銃を消した希空は自分を抱く様に両肩を押さえて抱腹絶倒した。

 涙が流れるほどの大わらわ。それと共に眼球の無い義眼の右眼から血が流れる。

 だが、いつかは涙は止まる。

 二人が倒れ伏す中で、ただひたすら喉が涸れるほど笑い尽くした希空の目から涙が消えた。同時に希空は糸が切れた操り人形の様に膝を付いて俯せに倒れた。そして、純白と呼んでも差し支えのない髪がみるみる内に黒く染め上がり、元の黒髪へと戻っていった。

 程なくして、起き上がる。

 

「………」

 

 起き上がった希空の右眼に、もう血の涙は無い。

 辺りを見回す希空の左眼に、もう狂気は宿っていない。

 殺気なんて微塵も無く、首をぐるぐる回して柔軟運動したかと思えば憂鬱そうにため息を吐いた。

 

「……またやっちゃったみたいだなぁ」

 

 ―――今の希空に、先程の乱行の記憶は無い。

 このような()()は、だいぶ前からあった。仮にいつものマヌケ顔したIS馬鹿の変態をA、つい先程までこの場を蹂躙をしていた白髪をBとする。

 Aの意識が無い時、Bは活動する。

 しかしそれはかなり稀であり、ただの気絶や熟睡などで活動することはまず無い。つまり、()()のようなよほどの状況での活動になる。だが、最近その頻度が増しているように思えるのが希空にとって気掛かりだった。

 AはBのことを何一つ知らない。Aは一種の夢遊病のようにしか捉えていない。

 実際それは的を得た答えでもあるし、的外れな解答でもある。いずれにせよAはBのことを意識的に知覚出来ない。ただ、本能が相手を迎撃しているとしか。

 

「………さて」

 

 一通り情報の整理、そして交戦中に出来た掠り傷や怪我の確認を済ませた希空は倒れている一夏とシャルルを引っ張る。別に確認しなくてもよいことだが、二人とも息はある。ただシャルルの確認をする時に若干怖がっていたことを明記しておく。二人を一箇所に集めた希空は指をパチンと鳴らす。

 

「ドラッキー、カモン」

 

 突如、希空の目の前の地面が盛り上がり、中から怪獣が姿を現した。――否、正確には規格外の大きさを誇るオオサンショウウオだ。

 浅黒い皮膚を持つオオサンショウウオは地面から出てくるなり二人を飲み込んだ。頭からがぶりと丸呑みにするとそのまま嚥下した。餅を食べた時のように喉詰まりは起きなかったようだ。よかったよかった。

 

「(飲み込んだってことはちゃんとて送れたってことか。じゃあまだ大丈夫だね)」

 

 機械の右眼に表示された反応を確認し、自己完結する。

 低く声を唸らせて鳴くオオサンショウウオ…もといサラマンドラは数十m先に存在する何かに威嚇していた。希空はそんなサラマンドラを宥めるように頭をなでる。

 

「ドラッキー、キミは今すぐ現戦闘区域から離脱して。あ、いま地中は危ないからムグラで移動……え? ヌシと話してない? ………仕方ない、無理矢理乗せるよ。乗せた先で話してきなさい」

 

 はぁ、と溜息をついた希空は水平に片手を伸ばす。すると暗闇の向こうから銀の光がちらちらと瞬く。

 そして銀の光はどんどん近づき、次の瞬間には希空の手に回転しながら飛来してきた銀の光―――もとい、フルメタルジャケットのキャリーバッグが収まった。希空はキャリーバッグを開け、ブラックホールのような闇に手を伸ばす。闇の中を掻き分けること数秒、目当ての物を掴んでそれを出した。

 出て来たのは、一本の瓶。

 

「(いくら日本出身だから偉いっつってもちゃんと許可とか話は済ませないと後が面倒臭いからなぁ)」

 

 サラマンドラは、ヌシだった。

 だったと言うには少し語弊があるかもしれないが、生前のサラマンドラは日本の中でも秘境中の秘境のヌシだった。人間で言えば推定280年にも及び、その土地を護り、治めてきた。だがある日、サラマンドラに内包していたヌシとしての力が薄れた。土地は痩せ、草木は枯れ、一つ、また一つと目の前で命が消えていく。次のヌシが現れる兆しも無い。次のヌシが決まってもいないのに、死ぬことはできない。そんな時に、希空は現れた。

 その頃の希空には既に、命あるモノの未来を見る力は失われていた。だが何故だろうか。皮膚は腐り落ち、はらわたは破れ、死ぬ直前まで追い込まれたサラマンドラを見た希空は露出していた骨を拾い、弔う代わりに骨髄間質細胞を使用した生体ロボットという体を与えた。

 生物という枠から離れても、サラマンドラに内包していたヌシとしての力は健在。ただ、ヌシとしての力は機能するもののもうその土地のヌシとしての役割は無くなってしまった。こうして、サラマンドラは生きる代わりにワタリのヌシとなった。土地の縛りから解放され、別の土地のヌシと同等の力を使うことができる。

 そしてヌシとは、いわゆる土地神様。神様が大好きなのは、お酒。

 いま希空が持っているのは国産の御神酒。三つの山を連ねる信州の山奥でとれた貴重な御神酒だ。

 

「ほいっ」

 

 瓶の蓋を開け、サラマンドラの周囲に思い切り御神酒をばらまく。

 サラマンドラを中心に、円を描くように撒かれた御神酒は星のような瞬きを見せ、地に沈んでいく。するとどうだろうか、地から根のようなモノがあっという間にサラマンドラに絡み付き、まばたきをすれば次の瞬間にはサラマンドラの巨体が跡形もなく消えていた。

 ヌシの力の一つ、ムグラノリによってヌシにしか通れない(みち)へ行ったのだ。

 サラマンドラを見届けた希空はため息を吐く。ああ、まだ戦いは終わらないなあ、と。

 

「さて、と。害虫駆除でもしようかね」

 

 しっかり蓋をした希空は瓶をキャリーバッグに戻す。だがバッグは閉めない。そのまま半身振り返ると、闇夜を埋め尽くす無数の複眼が群を為して希空を狙い付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――こちらMMN005第1ターゲット捕捉しました。

 

 

―――同じくMMN006第1ターゲット捕捉。

 

 

―――MMN007-MMN101第1ターゲット捕捉。

 

 

―――MMN098-MMN105疑似フィールドバリア展開。IS学園からの追っ手は突破不可。あと597秒維持可能。

 

 

―――こちらMMN107第2ターゲットロスト。追跡不可。

 

 

―――了解。MMN106-205は第1ターゲットの捕獲又は殺害せよ。

 

 

―――MMN006-MMN205―Geht klar.

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園寮の数百m先の森を中心に半径60mを、大規模なシールドバリアが半球体を描いて覆っていた。

 IS学園から希空、一夏、シャルルの以下3名を保護すべく派遣された教師達は、装備された武装で破りにかかるも突破できず。

 各国の代表候補生が持つ特殊武装ならまだしも、国によって定められた標準装備の《打鉄》《ラファール・リヴァイヴ》ではどうしようもない。

 外側からシールドバリアを展開する元凶を合計7つまで特定できたものの、それらの全てはシールドバリアの内であり、なおかつ(いびつ)なものであった。

 そうその姿はまるで秋口によく見かける4枚羽根の蟲―――

 

 

 

 

「MMN―――Meganeura(メガニューラ)の頭文字MとNから取ったとして、頭のMはminimum(ミニマム)から取ったんだろうなぁー……悪趣味過ぎるよね、コレ」

 

 希空の眼前に押し寄せる大群は身の丈ほどある巨大なトンボだった。いや、トンボと言うには生ぬるい。それに加え、MMN――ミニメガニューラの大群の全てが希空に向けて殺意を向けていた。巨大な身丈に見合った大きな複眼が希空の一挙一動を見逃さないよう捕捉している。

 本来蚊や蠅、蝶々などの昆虫を捕食すべく発達した顎は今にも希空の喉笛に噛み付かんと、金属を擦り合わせるような甲高い音を打ち鳴らす。

 トンボの中でも一際目立つ長い長い尻尾は、草木はおろか、人間さえも容易に貫けるように先端が鋭利に尖っている。

 元々現代のトンボの様にホバリングの出来ない筈の羽根も、機械的改造と強化により空中に留まることを可能にしていた。

 

「《ニューラーズシステム》。かつて僕が考案し、ヨーロッパに行った時にわざわざ行くつもりはなかったのにフランスに行くきっかけになった計画」

 

 視界を埋め尽くす全てのメガニューラから眼を放すことなく、徐々に眼に巻かれた血塗れの包帯を剥がしながら言う。

 

「《ニューラーズシステム》は今から約2億9,000万年前、古生代石炭紀末期の森に生息していた今より大きなトンボの骨の化石に残留している細胞を採取し培養、復元、そして大量生産したメガニューラ達による護衛及び空中における遊撃戦を目的とした計画。でもそれは1年前に不可能となった」

 

 1年前。それは丁度希空がフランスでシャルルの恩師、ロバート=シュレーダーを殺害したと言われている年。時期も、タイミングも重なる。

 

「メガニューラの化石は限られた地域でしか採れない。特に有名なのは1880年フランス中部のアリエ県コマントリのステファニアン期の炭層で発見された翅の化石。その後もヨーロッパ各地で続々と化石は見つかったけど現存していた中でも最多の採掘量を誇っていたのはフランス。そして僕が狙っていたように()()()もそれを狙っていた。そうでしょ?」

 

 包帯が解け、右眼の義眼『天目一箇(あめのまひとつ)』が露わになる。3つの歯車は静かに廻り続け、目の前の外敵を分析していた。普段とは違う、冷笑にも似た微笑みを浮かべてその名を口にする。

 

「ルー=ガルー」

[久しいじゃねぇかよ。会いたかったぜ? クソガキ]

 

 

 

 

 

 

 

「…う……ぐっ…ここは………?」

 

 一方その頃、希空によってサラマンドラの顎に放り込まれていた二人の内の一人であるシャルルが眼を覚ます。

 希空(?)によって撃たれた顎と左胸あたりが未だに痛むが、致命傷ではない。ただその二撃を受けたせいでISのエネルギーが見事吹き飛び0になってしまい、現在は待機状態となっている。

 触れている床はそこまで冷たくない。周囲に明かりと呼べる物はなく、正に一寸先は闇を現実化したかのように暗闇が空間を支配している。先刻までいた森の闇とはまた異なった暗闇であることから、現在地が不明だ。そして手がかりがない。ただ唯一この場において一夏がいたことがシャルルにとっては救いだった。この世界でたった一人でいては産地直送(SAN値直葬)もので発狂していただろう。

 

「……一夏…一夏! 起きて一夏!!」

「…おぉ…ってててててて…なんだここは……って、シャル?」

 

 シャルルに揺さぶられて一夏は後ろ首に走る痛みに顔をしかめながら覚醒した。

 明らかにさきほどと違う場所であることと、そして()()()()()()()()()()()()()()に一夏は驚愕を露わにした。

 

「シャル…? お前…大丈夫なのか…」

「………え…あ、うん……一夏が何のことを言ってるのかあまりわかってないけど…多分、大丈夫」

 

 何が大丈夫であるかの相互理解ができてはいないようだが、少なくとも今は問題なさそうである。そもそもシャルルの場合復讐対象である希空がいまこの場にいないのだから致し方ないといえば致し方ない。

 何となく、気まずい空気が漂う。

 申し訳なさそうに視線を落とすシャルル。一夏は軽く溜息をつき仕方なさげに頭を撫でてやった。

 

「一夏………?」

「まぁ…なんだ、さっきのことは忘れて、とまではいかないけど、とりあえずまずここが何処だか把握しようぜ。また希空兄の奇天烈な発明で変なトコにでも飛ばされたのかもしれないしな」

「うん……確かISのコアにはコア・ネットワークっていういわゆるデータ通信ネットワークが内蔵されているんだ。それを使えばどこにいるかわかると思う」

「そ、そんな機能あったのか……」

「もしかして一夏知らなかったの? 学園の校則は覚えてるのに」

「うっ…うるさい…」

 

 気まずそうにそっぽを向く一夏を見て思わず笑ってしまう。その微笑ましさはまるでいじける子供を宥める母親のような柔らかい空気を醸し出した。

 さて、いつまでもノロケのような茶番をしている訳にもいかず、シャルルはISのハイパーセンサーのみを部分展開させて位置情報を検索する。だが、少し長い検索が終わり検索結果が出た瞬間シャルルは息を呑んだ。

 

「………え、うそ……」

「どうしたんだ?」

「…………検索…圏、外…」

 

 パイパーセンサーには『Unknown』の表示。

 たしか、ISは全世界に散り散りに存在していることから地球上のどこであろうと位置情報を掴むことができる。なのに、圏外。

ISの機能に障害が発生したか―――否、それはあり得ない。ならば、

 

「やぁ」

「「!?」」

 

 どこからとも無く、嗄れた老人の声が聞こえた。

 二人ははっとその声がした方向を振り向く。するとまるで計算されたようなタイミングで周囲に光が生まれ、闇に慣れていた二人の目を焼いた。思わず眼を手で覆い隠す。だが眼も次第に明るさに慣れていき、正面に立つ男の姿が、眼のピントと合って映し出された。

 その姿に、シャルルは驚愕した。

 

「う…嘘だ……」

「え? シャル?」

「いいや、嘘なんかじゃあないよ。シャルロット君」

 

 それは、シャルルにとって馴染み深い声、愛称。

 1年前までまるで叔父さんのように、唯一面倒見てしてくれた老人―――ロバート・シュレーダー博士だった。

 

 

 

 

 

 

 

「博士!?」

「あ、まさかこの人が………」

「その通り」

 

 カリフラワーのような頭髪をした白衣の老人は、ポケットに手を突っ込んで緊張感の無いフォームで緩やかに歩み寄る。

 

「私が、ロバート・シュレーダーだよ。元気だったかなシャルロット君?」

「元気もなにも……なんで博士が生きてるんですか!?」

 

 そうだ。一夏も聞いたがシャルロットほ面倒を見てくれていた恩人ことロバート・シュレーダーは1年ほど前に亡くなったと聞いた。

 そして林の中での交戦で、シュレーダーは希空の手で殺されたとも。

 だがしかし、話に聞くシュレーダーは五体満足で目の前にいる。

 ―――ロバート・シュレーダーはISシールドエネルギー物理学の権威として教科書に記載されていた。ISの創始者である箒の姉こと篠ノ乃束に次ぐIS研究者として有名だ(ただし教科書に希空のことは書かれていない)。

 

「ふむ…なんで生きてるって言われても……ねぇ? どこから話せばいいのやら…場所を変えて話そう。だがその前に、」

 

 シュレーダーは手元にいつの間にか握られていたエネコン(誤字にあらず)のスイッチを押した。すると壁や天井、床からアームや椅子が次々と出現する。そしてシャルルはあっという間にアームに捕まり、その中でも一際目立つ手術台の様な椅子に座らされた。おまけに手足を椅子から伸びたベルトのようなもので固定される。

 

「博士!?」

「おいっ、シャルをどうするつもりだ!?」

「最近の若い子は元気だねぇ…何、ちょっとした検査と確認だよ」

 

 するといつの間にかシュレーダーの隣にナースの格好をした女性が、鋭い目付きでシャルルを睨んでいた。

 

「青黄君、頼むよ」

「は。煩いですよ口を塞ぎやがれですクソ博士」

「キミはホント厳しいね!?」

「私が仕えるのは希空だけですから」

「ここのナース隊はみんな口揃えて言うよ……」

 

 意気消沈するシュレーダーを脇目も振らずに通り過ぎ、椅子に拘束されたシャルロットの前に立つ。

 

「貴女」

「な…なんですか……」

「これから私が質問するわ。それに嘘を付かずに答えなさい」

「……答える義理は、」

 

 ない、と言おうとした瞬間シャルルの喉元に青黄の爪が添えられる。長い長い、そして先から毒が滴り落ちるような、鋭い爪が。

 

「無いとは言わせないわ。たしかに出会って間もない、敵も味方もわからないヤツを信用しないのはわかる。――でも、身の程を弁えなさい。この状況で逆らうことがどうなるか」

 

 温度を感じさせないような、無感情で冷徹な声がシャルルの心を支配した。青黄はそのままスッ…とシャルルの後ろに眼を向ける。ISを展開させた、一夏へと。

 

「シャルを放せ」

「………彼の弟君…か。似てる。でも全然似てないわね」

「…彼…? まさか希空兄のことか?」

「ええそうよ。私達の恩人――まぁいいわ。このままこのコを放してやってもいいけど…貴方、このコの現状に気付いてるんじゃないの?」

「!?」

 

 気付いてる――そう、一夏は先刻のシャルルの暴走に気付いていた。

 僅かながら、シャルルは何者かからの干渉を受けているのではないかと。

 

「……どうするんだ」

「まずこのコの記憶を洗うわ。ねぇ貴女、昔希空と会ったことある?」

「それは……」

 

 それは、転入してきたときにも聞かれた。その時は千冬によって希空の追求は止められたが。

 

「……無い。僕は彼と会ったことなんて一度も無い」

()は付いてないみたいね。でも()()はどうなのかしら」

 

 トン、と青黄は爪の生えていない方の手で額を小突く。

 額。前頭葉。つまりは、脳。

 

「希空から聞いた証言だと貴女と接触したことがあるみたいよ、バスの中でね」

「バス……? それってどこの……」

「貴女の自宅からデュノア社へ向かうバスよ。何度か乗ったことはあるでしょう。そして貴女はその内の一回を覚えていない」

「……わからないよ」

 

 困惑するシャルル。いきなりそんなことを訪ねられても困る。なにせ昔のことなのだからそこまで正確に思い出せ、という方が無理だ。

 だが、希空ほどの有名人にして奇抜な人格の持ち主ならば一回会ったらなかなか忘れられないのではないだろうか。

 

「じゃあ、貴女が一回そのバスで事故に遭ったことは覚えてる?」

「……は? 事故?」

「そう。バスジャックに巻き込まれて事故。でも負傷者はゼロ、犯行グループは全員行方不明というカタチでね」

 

 知らない。いや、わからない。

 シャルルは目の前の女性から次々と告げられる話が心底真実であるのか虚構であるのかわからない。

 ―――だがそれ以上に、自分の記憶が信じられなくなってきた。

 確かにバスに乗ってデュノア社に連れられたことはある。まだシャルルが母親を亡くしてすぐ、デュノア社からテストパイロットとして足を運んでいた時だ。当時はまだテストパイロットとしての適正があるかどうかを確認する試験を受けていたからデュノア社に住み込むまでの権限は無かったし、SPに護衛されるほど重要視されることもなかった。

 だから、バスに乗っていたのは数える程度だ。だがシャルルの中で酷く思い出せない日がある。

 

「会話の中で特定の質問に対する答えを強制的に変えられてる訳ではないわね。記憶そのものを置き換え……いいえ違うわ。これは……消去に近い」

「えっ…!?」

「でもまだ発展途上だったのかしら、技のキレが悪すぎるわ。消したところである程度質問すれば本人に何らかの違和感を感じる」

「つまり……完全な消去ってわけでも無さそうだね、青黄君」

「勝手に診断結果を口走らないで貰いやがれです博士」

「ねぇ…僕に対する対応なんでそんなに辛口なの!?」

「気が散るわ……ん、………貴女、()()()()()()()()()()。二回会ってるわ。でもこれは………!?」

 

 ここではじめて、青黄の顔に焦燥が浮かんだ。青黄は脳裏に浮かんだ光景に戦慄を覚え、思わず額に触れていた手を弾いたように引く。

 青黄は悟った。シャルルの記憶を巣喰ったモノの正体を。

 

「……ルー=ガルー…!! やはりヤツか!! しかもご丁寧に希空に()()()()()やがって!!」

「やはりそうか…!! ということは、私を襲撃した後か!! 青黄君、解除できるか!?」

「言われなくともやる…!! 幸い、希空は彼女をこちらへ送り出す直前にセーフティを解除してますから後なら私一人でも出来る!!」

 

 冷や汗を垂らしながら青黄は重い足取りでシャルルに近づく。そして再びシャルルの額に手を翳す。

 さきほどと違うところと言えば、翳した手が長い長い爪を持った右手であり、その爪を額に突き刺すように五指を揃えていること。

 

「痛くなるかもだけどガマンしてね」

「え、」

 

 瞬間、青黄の指がシャルルの脳を貫通した。

 まるで苗木が急速な成長を遂げたように、青黄の長く鋭かった人差し指が瞬く間に伸びてシャルルの額を突く。皮膚を貫通し、頭蓋を貫き、脳に突き刺す。かと思えば青黄の指は元の長さに戻っており、貫かれた筈の額に穴も無ければ、血も流れていない。

 青黄は血が付いた指を振り払い、血を落とすと安堵の溜息をつく。

 

「……フゥ、終わった。全く相変わらず希空は無茶な頼みしかしない」

「お疲れ様。もう休んでていいよ、かなり神経遣ったみたいだしね」

「は。お前の労いの言葉なんか知るか」

「だから扱い粗末すぎないかい…!?」

 

 疲弊した様子を漂わせながら、青黄は肩を回して慣らしながら部屋を出て行った。

 ツンドラな扱いを受けたシュレーダーは手元のスイッチを押す。するとシャルルを拘束していた椅子が消える。唐突な出来事に状況を理解出来ない上に支えを失ったシャルルはバランスを失い倒れそうになるが、ISを解除した一夏が間一髪のところで後ろから支えた。

 

「っと、シャル大丈夫か?」

「う、うん……でも…何がなんだか……」

「青黄君が抗生剤を打ったんだよ。直接脳にね」

 

 トントン、と頭の部分を指でノックしながらシュレーダーはあっけからんとした態度でさらりと恐ろしいことを口走った。その解答に二人は非常に形容し難い表情を浮かべる。

 

「まぁ…いきなりこんなことをしたことは謝る。でも彼女敏腕だから心配することはないよ? それにことは一刻を争っていたしね」

「……そんな急にしなければならないことだったのか?」

「だって、下手したらシャルロット君がキミを殺していたかもしれないよ? 無意識に」

 

 はっ、とシャルルが息を呑んだ。

 殺す? 誰を?

 それを理解した瞬間、息が詰まる。

 

「それは追々話すとしよう。取りあえず今のシャルロット君は塗り潰された記憶が戻ってくるから当分頭が混乱するだろう。キミが支えてあげなさい。ここ(治療室)で話すのもなんだから移動するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[俺の声を覚えてくれるたぁ光栄だね。お土産でもやろうか?]

「冗談好きだねぇ。ロシアで派手に鉄道爆破させてヒャッハーしてたクセに」

[ああ―――ありゃあ脆かった線路が悪ぃ。大した火薬積んでもいねぇのに勝手に崩れ落ちるからよ]

 

 MMN(ミニメガニューラ)の内の一機から、高周波を生み出している羽根から女の声が伝わる。

 希空は身も蓋もない女の言葉に呆れ返り、肩を竦めた。

 

「バイカル湖は寒かった。あそこで寒中水泳をすべきじゃないな」

[同感]

「なんで仕掛けた()()まで落ちてたのさ」

[馬鹿野郎。落っこちてやったのさ、そもそも身の安全を保証した程度の爆薬じゃ手前を仕留められそうに無いしよ]

「さっきと言ったこと矛盾してない?」

[細けぇことは気にすんなよ]

「……()()が今まで屠ってきた連中の数も?」

[手前が負ければ全て終わる]

 

 希空が負ければ。

 それは三年前から一方的に焚き付けてきた勝負であり、喧嘩であり、ゲームだ。

 どちらかが殺し、どちらかが殺され息絶えるまで続く死の遊戯。

 希空は女にとって、地球上における最後の敵にして最大の叡智と才を持つ者。一度為らず二度、三度と魔手から逃れて生き延びている。

 もはや奇跡としか言いようがない。

 狙った敵は必ず喰い殺す―――その言葉が、嘘になってしまいそうな戦歴保持者なのだ。

 

[ま、こちらとしちゃあそんな簡単に逝かされるのは御免なんだがな。手前は俺の手でとどめを刺さなねぇと気が済まねぇ]

「僕個人としてはこんな下らないことは早々に辞めて欲しいんだけどね―――って、そんなこと言ったところで()()が止まる訳がないか」

[わかってんじゃねぇか]

 

 その言葉を引き金に、一体のMMN(ミニメガニューラ)が希空へと迫る。

 森を飛ぶにしては少々大きい体も、四枚の羽根から発せられる斬撃がすれ違う木々を悉く斬り裂いた。

 ―――これは、希空がかつて設計した『ビブラート機構』。簪の武装の一つである対複合装甲用の超振動薙刀『夢現(ゆめうつつ)』の改良型『蜻蛉(かげろう)』に備えられた機能の一つである。

 蜻蛉(とんぼ)の飛行時の羽根の運動に着目し、それを()()にして()()()を持ち、対象を斬り裂く。

 静から動への移行。零から百へのスピードの移行。上下左右への複雑な機動。

 その全てを転用し、驚異的な切断力を生み出した。

 しかもMMNに搭載されている『ビブラート機構』は、その切断力に加えて本来の蜻蛉には出来ないような速度での機動を可能にした。羽根に少しでも触れれば、微塵切りになる。その凶刃が希空へと迫った。

 

「『ビブラート機構』か――」

 

 希空はボソリとつまらなそうに呟く。そしてMMNは希空へ突進し身を斬り刻む前に、自身がバラバラに解体されていた。制御を失ったMMN(ミニメガニューラ)が、慣性の法則に従い突進した勢いのまま破片が希空の脇を飛び交い、無残にも地面に転がる。

 

僕が作ったモノ(オリジナル)よりも、酷い劣化版だね。馬鹿にしてるのかな」

 

 ――希空の右手には、一振りの剣が握られていた。

 鏡のような、曇りのない白銀の全き剣。剣身は1m程度。幅は約20cm。

 柄は細く、滑り止めにと全面に包帯が巻かれており、柄尻には栓抜きのような形の刃が付いている。

 

[……グラム(全き剣)、か?]

「いいや、違う」

 

 合図も無しにMMN(ミニメガニューラ)が総出で突っ込んでくる。MMN(ミニメガニューラ)の眼を通して状況を把握する向こう側にいる女は、様子見に8機を要した。希空が取り出した武器が何であるか、確かめる為に。

 絶対切断を誇る32の刃と、容易に骨まで噛み砕くであろう8の顎が迫る。だが希空は迫り来るMMNに動じること無く、ただ白銀の剣身にMMNを映した。そして、

 

「軋み啼け、第一剣機『Ascalon(アスカロン)』」

 

 ―――絶対切断の射程範囲外で、8機のMMNはバラバラに斬り裂かれた。

 先程となんら変わりのない結果だ。斬られる筈の希空が生きていて、斬る筈のMMN(ミニメガニューラ)が斬られている。その光景を目の当たりにした女は()()()()()()()()()()()()を見て得心いったとばかりに笑った。

 

[…くくくくくくく…っははははははははははは!! 成る程なぁ理系なお前にしては随分と物騒なモン出すじゃねぇか!!]

 

 ―――希空が握っている剣は、先程とは大きく異なった形を成していた。

 簡素な造りであった白銀の剣身は瞬く間に姿を消し、代わりに何処をどう見ても凶悪にしか見えない幾つもの刃の数々が剣身を覆い隠し、3mを超す大剣になっていた。

 柄尻のスパイクに加え、斧みたいな分厚い刃、剃刀みたいな薄い刃、剣身に寄り添う糸鋸ワイヤー、背にある巨大鋸、背の根元近くにある接近戦用スパイク、断頭台に掲げられたようなギロチン、デスサイズの様に反り返った鎌――記述し難い形状をした刃物諸々。

 それらの全てが希空の剣に()()()()()

 

[―ソイツ、一対複数での戦闘で使うだろ。何せ範囲が広すぎる…確実に味方も巻き込む代物だ。最初に真の剣身に付いた刃のパーツを放り、対象を破壊。ブーメランのように返す刃で迎撃……成る程成る程大層な武器じゃねえか]

「……ま、これくらい見破られるか…解説パートが無くなった」

[スピードワゴンみてぇに影に隠れてこそこそとバトルの解説なんかやる男は、死んでいいだろ]

「ごもっとも」

[ソイツ――『アスカロン』って言ったか? 前に殺り合った時より愉しめそうだ……だが珍しくも何とも無ぇ。今日は奥の手の一つや二つ、晒して貰おうじゃねえか]

「殺す気は無いんだ」

[馬鹿野郎。言っただろ? 〝手前は俺の手でとどめを刺さなねぇと気が済まねぇ〟って。だがよ―――]

 

 途端、残っていたMMN(ミニメガニューラ)達が指示を受けたように動きを見せる。あるモノは尾の先端をこちらに向けて光の躍動を見せ、あるモノは噛み付かんとばかりに顎を擦り合わせて鋭利な歯を研ぎ、あるモノは『飛行』から『切断』への力の配分を調整している。

 本気で来ると空気で悟った希空は一挙手一投足を見逃すことの無いようにと、右眼の義眼『天目一箇(あめのまひとつ)』でMMN(ミニメガニューラ)を捉える。

 

[出し惜しみなんぞしてたら、死ぬぞ]

 

 まるで嵐。

 何もない平地に吹くそよ風が、凶暴な嵐に成り果てるように、MMN(ミニメガニューラ)が一斉に希空へ向かって押し寄せて来る。

 それは竜巻。

 小さな旋風が全てを蹂躙する竜巻に変貌するように、希空は右手を首に巻き付けるように剣を引き、一閃する。

 嵐と竜巻が、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編(過去篇)とか異世界忌憚とか、こっちでやったほうがいいかな……それとも新しいページ作って纏めたほうがいいだろうか……読者さーん!! どちらがいいですかー!?
(因みに作者は同じこのページがいい。しかし割り込み投稿とかできるのか? これ)
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