IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
1限目のIS基礎理論授業が終わり、一夏は頭を抱えていた。授業がわからないというのもあるが、全国に1つしかないIS学園という名の女子のみの学園にいるのだ。廊下には他クラスの女子+2、3年の先輩らが詰め掛けている。クラス内でも注目の的だが声を掛けてくることは無くせいぜい遠巻きに見るくらい。
正直、限界だった。
「(そうだよなぁ、女子の群れの中に男1人……ん? 1人?)」
1人、では無い。
1と0とでは違う、とはよく言ったものだが1と2でも違う。というか、1って0よりも孤独で辛いきがする。いまの自分みたいに。
「(そうだ!! 何故かわからないけど希空兄がいる――!!)
なぁ希空兄!」
ありったけの希望を込めて、この状況を打開すべく背後の席にいる兄の方を振り向く。そこには当然、数年来ではあるものの面影を残した自分の兄の―――
「―――って頭ッ!?」
頭だった。
構図で分かりやすく説明すれば、腕を組んで俯せになって机に突っ伏していた。間違い無く、寝ている。これで教材で頭を隠せば睡眠不足の苦学生、お面被れば芸人級だ。
一夏も中学時代は授業と授業の間に仮眠を取ることもあった。だが今の一夏にこの環境で寝るのは無理だった。流石にそこまで神経図太く無い。
「(って………)」
ふと、一夏の視線は希空の左手に行った。
IS学園特製の制服の裾から覗く、包帯ぐるぐる巻きの左手。知らず知らずの内にゴクリと唾を呑み、喉を鳴らす。そして一夏は希空の左手に向かってゆっくり手を伸ばし―――
「……ちょっといいか」
「え?」
思わず伸ばし掛けた手が震えて引っ込んだ。
まさか起きたかと思えば相変わらず希空はぐーすか寝ているようで起きる気配すらしない。いやそもそも声の発生源が違うし、更に言えば自己紹介の時はこんな声では無かった。視線を発生源へとゆっくりスクロールさせると、
「……箒?」
「……………」
目の前にいたのは、6年ぶりの再会になる幼なじみ、篠ノ之箒だった。
「廊下でいいか?」
「希空兄は?」
「………無理だろう」
「え、でも、」
「いいから!」
ばしんと一夏の机を叩く。有無を言わさぬ気迫を見せた箒は上下する肩に合わせてポニーテールも揺れていた。
そして一言。
「早くしろ」
異論は認めない。そんなことを言っているような目だった。口角が若干引きつる。6年前より鋭さを増した幼なじみに、精神的弱体化の一途を歩む一夏が対抗できる筈も無く、
「お、おう」
言われるがままに、箒と共に廊下へ出るしかなかった。
「(………さて、行ったかなー)」
うつ伏せの状態のまま希空はほくそ笑んでいた。本当は一夏と話していたかったが、1限目が終わる辺りチラチラと箒が一夏を見ているのが偶然
「(これで一夏との空白の6年を縮められればおっけー。何事もトライなのだよー箒ちゃん)」
あとは2人に任せるしか無い。
そう言えば箒は去年に剣道の全国大会で優勝していたような。全国大会ならば当然新聞やテレビにも出てるだろうから、一夏の耳にも入っていることだろう。そう言った話題を言えれば上出来だ。女が男を口説くのは大変だ、しかも相手が一夏なら尚更。
「(………いや、それは悪手かな)」
ダメだ。
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだー。
一夏のことだ、『一緒に剣道やってたから』的なノリで覚えてるに違いない。不毛だ、余りにも不毛だ。
箒ちゃん、わかってはいたけどキミの恋の道は何も無いのに荊だらけだ。
「(……ま、気長に溝を埋めることだねー)」
それしかない。いや、やるっきゃない!
心の中でエールを送っていると、ふと
「(………おや?)」
具体的に、廊下辺りから。
歩きで、限り無く早い歩きでずんずん迫って来る誰かさん。そう言えば2、3年の先輩方も廊下から覗き込んでたりするんだったっけ。
「(………おやおやおやーん?)」
これはいわゆる、死亡フラグというやつかな?
「1年1組……ここでいいんだよね? 虚ちゃん」
「ええ間違いありません」
「んふふ…噂の織斑一夏君………は、今は御不在中みたいね」
「あ、お姉ちゃん〜」
「あら、本音も1組なの?」
「そうだよ〜……って、も?」
1年1組の前に現れたのは、水色髪の扇子を持った2年生こと更識楯無と、眼鏡に三つ編み3年生の布仏虚、そしてその妹の本音。言わずと知れたIS学園の生徒会メンバーだ。
「本音、織斑希空はどこ?」
「えー? おりむー2号ー?」
「…何で2号なのかしら?」
「だって〜遅刻してきて〜2番目だから〜」
「……ん、んー…わからないでも無いわね……あれ?会長は?」
本音の説明を聞いている間に楯無はいつの間にか虚の視界から消えていた。すると教室で唯一俯せになって寝ている希空の机へ向かった。
真っ直ぐ、一直線に、迷い無く。
机の目の前に着くと、楯無はにんまりと笑顔を浮かべて畳んだ扇子を掲げる。そして―――降り下ろす。
―ずばぁん!
「「「「「えぇ!?」」」」」
少なくとも机と扇子からは生まれる筈の無い音が響いた。扇子は俯せに寝る希空の右腕と右耳の間の僅かな隙間に叩きつけられていた。
「ひっさし振りね、『ヘカトンケイル』。いや―――希空君?」
「…………」
「確か希空君、16歳だよね? 1つ上だよね? 私とだいたい同い年だよね。何で1年生にいるのかな?」
「…………」
冷や汗が。
冷や汗が俯せの希空に滝のように流れ出た。だがそんな知ったこっちゃないと言うかのように、楯無は続ける。
「
「…………」
まるで死刑宣告みたいだった。優雅に扇子を広げた楯無は希空の耳元に口を近付け、それを扇子で覆い隠す。
「ついこの間希空君が
「…………」
「そう遠く無い内に、生徒会室に来なさい。手遅れになる前に」
最後に楯無に耳元を吐息で吹かれて希空の背筋が一気に6℃くらい下がった。
満足そうな笑顔を浮かべた楯無はまた不敵に笑うと虚を従えて早々に教室から出ていった。
「責任…?」
「お兄さんがシたことってまさかセッ」
「シー!! そこまで言っちゃダメだよ生徒会長の地獄耳に届くわよ!!」
「逃げ場は無いって意味深…!! きっとお兄さん、生徒会長にこってり搾り取られるのよドコとは言わないけど!!」
「おぉ~創作意欲燃えてきたわー! 今年の文化祭コミは『たて×きそ』ね! これでかつる!!」
ざわめきがより一層高まった中、俯せの希空は一言。
「……誰か、骨を拾ってはくれまいかー」
蚊の泣くような声でぽつりと呟いた。
大丈夫、お前の骨は海に散骨コースだから
だから楯無姉さんに一滴残らず搾り取られてこい