IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
すみません
「ううっ……き、希空兄…ちょっと休ませてくれ…」
「それ10分前も言わなかったっけかー」
「うぐっ」
ぐったり机に突っ伏す一夏の両肩に容赦無く振り下ろされる希空のチョップ。
ごすっ、ごすっと音を立てて何度も振り下ろされるが先程までの希空の『IS最低限基礎知識をその空っぽ頭に詰め込もーこーざ』によって、一夏の体力は限界を迎えていた。
「ハイハイ時間は無いよー時は金なり。……って言うけど実際時は金よか貴重過ぎるんだけどねー」
「うぐっ、いっ、意味がっ、わからん…な、なんでっ、こんなっ、………いい加減止めろー!!」
会話していても希空のギロチンの如きチョップは止まない。流石の一夏もキレてうがーっ! と起き上がり希空の手をはね除けた。
「おー早い復活。じゃー次ココ。ISの装備は大きく分けて2つあってー…」
「き、希空兄…今日はもう………」
「………しょーがないねー。じゃあ今日の講座はここまで。明日の休み時間に今日やったとこの確認するから、復習よろ」
「…アイアイサー」
希空と一夏の個人授業終了。放課後になっても希空と一夏を取り巻く女子達が変わることは無く、話し掛けては来ないものの、一定の距離を保ち2人を観察している。
「(か、勘弁してくれないか………)」
「(まー仕方無いっしょー。僕ら動物園のパンダ状態なう)」
「(まだパンダの方がいいぜ、檻があるからな)」
「(たまに変な考え方するとこは変わって無いよねー一夏は)」
「(そうか?)」
距離こそあるものの、2人の会話はあまり女子達の耳に入ってほしく無い内容。従って2人は小声で話していた。すると、
「ああ、織斑くん2人共。まだ教室にいたんですね。よかったです」
「はい?」
「んー?」
2人で伸びをしていると視界に副担任の山田先生が書類片手に入って来た。
少し掛けた眼鏡がズレてるのを見て、度が合ってないのかなぁー? と希空は内心首を傾げていた。
「えっとですね、寮の部屋が決まりました」
「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか? 前に聞いた話だと、1週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。はい」
山田先生はちゃりんと部屋番号の書かれた紙とキーを差し出した。希空ははっと目を見張り紙に書かれた『1025』と『1026』の番号を捉える。
「…一夏ー」
「? 何だ?」
「さーいしょーは、グー」
「「えっ?」」
「そーのつーぎ、パー」
「えっ、ぱ、パー?」
勝手にジャンケン(?)を始める希空。混乱する一夏と山田先生はそっちのけで希空はジャンケンを続ける。
「ぐっちょぱーは無しよ、じゃーんけーんぽん!」
「…ポン」
希空は人差し指と中指が伸びてて。
一夏は五本の指が伸びてる。
希空はチョキ、一夏はパー。
結果、希空の勝利。
「やりー、お先に部屋鍵もーらいっ」
「あー!? そ、そのジャンケンかよ!?」
「そゆこと」
希空の手には『1026』の紙と鍵があった。
「てか一夏、後出しで負けるってどんだけ弱いのさー」
「し、仕方無いだろ。希空兄が勝手にやったんだし」
「しかもよりによってパー。……今の一夏の脳内状況?」
「シャーラップ!!」
からかう希空。怒鳴る一夏。
一方的に一夏が希空に遊ばれているわけだが、2人にとっては数年来のやり取りでお互い思わず笑みを溢した。
「改めて、ただいま一夏」
「お帰り、希空兄」
すっ、と互いの右手拳を前に突き出し、ぴったりと合わせた。
これは2人が幼少期になんとなく『兄弟の絆』を体現させたものである。以来、2人の絆を確かめ合う儀式扱いとなっていた。そんな光景を見ていた山田先生は、
「(はぁ〜、やっぱり2人共兄弟なんですね〜)」
希空が右顔面を包帯で覆い隠しているものの、髪や瞳の色、顔の形は2人共似ていた。違いを挙げるとすれば、希空は一夏より少し後ろ髪が長い上にクセっ毛だ。首元まで伸びた毛先がくるんと反り返っている。
「あ、山田先生」
「はっ、はいっ!! 何でしょうか!?」
「………どうしたんですか? 顔が少し赤いですよ?」
「えっ、ええええっ!?」
「一夏ー、きっと一夏の凛々しい横顔に見とれちゃったんだよー」
「はあ? どっちかって言うと希空兄の方じゃないか?」
「僕はコレ(包帯)で見えないでしょー」
ちょうど山田先生の立ち位置は一夏の左側、希空の右側にあたる。従って確かに山田先生は希空の横顔何て見えないのだが、
「(いっ、言えない!! お兄さんの方見てたなんて言えない!!)」
包帯に巻かれた横顔見るなんてどんな性癖だ。容量いっぱいいっぱいで半分混乱状態に陥りながらも、山田先生はなんとか口に出さずに済んだ。
すーはーすーはーと2回深呼吸。よし、落ち着いた。
「で、何ですか織斑くん?」
「あ、はい。部屋はわかりましたけど荷物は1回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」
「あ、いえ、荷物なら――」
「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」
がらりと教室の扉が開くといつもと変わらない刃物のような鋭い目付きをした千冬がいた。そんな登場に一夏は思わず顔を引き攣らせる。
「ど、どうもありがとうございます……」
「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」
「エロ本はー?」
「「ぶっ!?」」
―バシーン!!
「自重しろ馬鹿者!!」
「いやいや、思春期の男子のたしなみでしょーよ」
「知るか!!」
「そんなこと言って、大方探し出せなかったんじゃないー? 偽装した引き出しの底板裏とか、本棚の漫画本の奥とか、天井裏とか?」
「ちょ、何で希空兄そんなこと知ってッ…!? ハッ!!」
「あるんだな…?」
「ちょ、待って下さい千ふ…織斑先生!!」
「はっ、はわわわわわわ………」
普段の2倍の威力はあっただろう千冬の出席簿による攻撃を、脳天に喰らってふらふらしながらヌケヌケと語る希空。何故家にいなかったハズなのに隠し場所を知ってたのか不思議と驚愕で堪らない一夏と、先程から赤面してばかりな山田先生。場所がばれた、というより隠しているとばれた一夏は背後から迫る
「ふむ…後で見に行くか」
「ま、待って下さい織斑先生!! そこには何もありませんから!!」
「何も無いんだろう? だったら別段見たところで問題無いな」
「き、希空兄ー!!」
思わず希空の胸ぐらを掴む。一夏のその瞳に涙がポロリと溢れていたのは希空の見間違いではなかったと思う。
「うーん……どんまい」
「希空兄いいいいいぃぃぃぃ!!!!!!!!」
この日、とある少年の心のオアシスが1つ消えた。
「じゃ、じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は6時から7時、寮の1年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、2人は今のところ使えません」
「え、なんでですか?」
一夏が首を傾げた。やはり先程の希空の授業が効いてるのか、頭の回転率は悪いのかもしれない。
「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
「あー……」
「おっ、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!? だっ、ダメですよ!」
「い、いや、入りたくないです」
「僕は別にー」
「ゴホン、織斑兄? 私の耳にお前の頭をカチ割らなければならないような発言が聞こえた気がするんだが?」
「ジョーダンです。ほら、だから山田先生そんな顔真っ赤っ赤にしないでくださーい」
希空のマイペースは変わらない。さっき一夏が犠牲になったことで、それは証明された。山田先生は希空の発言に耳は真っ赤っ赤。宥めるだけでも大変だった。そのやり取りを聞いていたのか、廊下では女子達のテンションが跳ね上がる。
「織斑君、男にしか興味がないのかしら……?」
「それはそれで……いいわね。ホモォ…」
「中学時代の交友関係を洗って! すぐにね! 明後日までには裏付けとって!」
「さぁホモダチを使って薄い本を作るんだ!!」
「お兄さんの方は結構ダイタンね〜♪」
「ノリがいいよね!! お兄さん」
「はいは〜い! 私一緒に入ってもいいよ〜!」
「「「ハイ、取り敢えずアンタは自重!!」」」
おや、希空と似たような扱いの女子が向こうに?
爆弾発言をいった女子は周りにいた女子に一斉にツッこまれた。挙げ句の果てには口を塞がれて何処かに運ばれてしまった。
「えっと、それじゃあ私達は会議があるので、これで。2人共、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃだめですよ」
「山田先生、少しいいか?」
「えっ?」
「「???」」
注意を呼び掛けた山田先生だが、千冬がそれを手で制する。いつも真剣な顔をしている千冬だが、今回は普段以上に引き締めていた。
「先に行っててくれないか? 山田先生」
「えっ、どうしてですか?」
「なぁに、生憎私達3人共数年振りの再会でな」
「あっ」
千冬が言わんとしていることがわかったらしい山田先生。ちょうど問題発言をした女子を女子全員で連行したせいで廊下から教室を覗く生徒はいなかった。そして教室には織斑姉弟と山田先生のみ。
つまり、絶好のチャンス。
「はい、では教室の鍵お願いしますね」
「ああ、すまない」
「いっ、いえいえ!!」
IS界で頂点に立つ千冬に謝られて山田先生はあたふたしていた。千冬に鍵を渡すと山田先生はそさくさ出ていった。足音が次第に遠くへ消えていくのを聞いた千冬は教室の扉を閉めて2人に向き直る。
「織斑先生、えっと」
「今は千冬でいい」
「……千冬姉、これって」
「一夏、多分お前の考えていることの通りだ」
一夏はごくりと唾を飲み、千冬と静かに頷く。そして2人共希空へ振り向いた。
「…あー、ソーユーことねー」
普段
「随分回りくどいやり方だねー千冬姉? 山田先生に嘘つくなんてさー」
「こうでもしないとお前が逃げるだろうからな」
「そんな、流石に
家族には。
その言葉が2人の胸に突き刺さる。だがそれでも聞かなければならない。在るハズの無い左手と、右目の容態を。
「希空兄……あのさ、」
「はいすとーっぷ。2人共ね。口で言うよりは
「………」
「………」
いつも気の抜けた顔をした希空に陰りが出る。
夕焼け差し込む教室。
家族の密会。
たいしたシチュエーションだと内心笑いながら、希空は制服の上を脱いで左腕をはだけさせる。
腕の付け根まで巻かれた包帯。右目の包帯を固定する金具と左手の包帯を固定する金具をピンッと外した。留め具が外れ、しゅるしゅると解けていく包帯。包帯の合わせ目から覗く色に、千冬と一夏は緊張に喉を鳴らした。長い時間を掛けて、包帯が外れた。
「これが、