IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者   作:一ノ原曲利

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第6話 鋼の義手/ハグルマノ瞳

 

 

 

 

 

 

 とある錬金術師は言った。

 何かを得る為には、それに見合う対価を支払わなければならないと。

 

 

 とある神様は言った。

 人1人を守ることは、どうしようも無く難しい。それこそ、自分の命を賭けるくらいにと。

 

 

 

 とある少年は言った。

 大切な弟が助かって、よかったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ………」

「これは……っ」

 

 放課後。

 IS学園1年1組の教室。茜色の夕日に照らされて、希空の()()()()()()()が鈍色に光った。

 

 まず左腕。

 人を模していない、しかし精密にして精巧なフォルム。間接部に細かい機械のような構造は見られず、マネキンの腕のように見える。人肌こそ再現していないものの間接が何かを咬むようなやわな構造では無い。滑らかな表面はそれ故にその頑丈さを彷彿させる。人体との接続面は、それこそ石膏の腕をぺたっと体にくっつけたとでも言わんばかりの接続部。しかし肉体と義手との隙間は1ミクロンさえ許されない。

 黒に近いグレーのカラーリング。

 ()()()()()()()()()()()という思想とは正反対の理念を持つものであった。

 

 次に右目。

 外見こそ普通の眼とあまり変わりは無い。もちろん猫の引っ掻き傷も無い。ただし水晶体の色は灰色だった。少し眼を凝らすと、瞳全体に複数の大小異なる歯車が絶えず動いている。

まるで機械剥き出しの懐中時計を見ているような印象。

 

 2つの義体の共通点を挙げるならば()

 2つの義体には機械独自の()がしなかった。

 機械音ならぬ駆動音。

 何らかの消音処理を施されているのかどうかはわからないが、『うぃーん』とか『ぎぎぎぎぎ』とか、そういった音が一切無かった。

 静かなる機械。

 静かなる義体。

 そう称する他は、無い。

 

「くっつけた時は、痛みなんて無かった」

 

 希空は己の機械の手を、調子を確かめるようにグーとパーを繰り返す。

 

「知ってる一夏? 切断された体の一部は、脳がまだあると判断してるのかどうかはわからないけど、()()()()()()()とても痒いんだー」

 

 ―――幻肢痛と呼ばれる症状がある。体の一部を切断した者の多くが体験する難治性の疼痛である。本来あるはずの無い、切り取ってしまった四肢の一部に痒みや痛み、疼きを感じてしまうものだ。当然痛みを感じているはずの部位が実際に失われている以上、痛み止めの薬や麻酔などに効果はない。痛みを緩和する、または取り除く術はそう多くない。

 逃れられない痛み。それは想像を絶する。

 

「…………」

「…………」

「だから、義体として束さんが創ってくれたこの『疑似ISアーム』が僕の手になった時は、いくらか楽になった」

「……IS、だと?」

「……まさか希空兄もISを………?」

 

 千冬と一夏は希空が放った言葉に緊張感を増しつつ問う。だが希空は、2人の目を見て肩を竦めてノーのサインを出した。

 

「僕は千冬姉さんや一夏みたいにISを動かせる素質は無かったみたいだよー」

「じ、じゃあISの手を動かせるのは…なんでなんだ?」

「……疑似、か」

 

 混乱する一夏に千冬は極めて冷静に告げる。いや、実際は感情を圧し殺しているのかもしれない。

 

「そう。『疑似ISアーム』はISの技術を医療系列に利用、転化したものなんだー。脳と繋ぐことで本物の腕みたいに器用に、そして速く動かすことが出来るようになった」

 

 最初はあんま動かなかったけどね、と希空は両手で倒立しながら言う。色こそ違うものの、並べて見れば左右対称に、そして精巧無比に出来ていた。長さも同じ。

 

「勿論強度は束さんの折り紙付き。防水加工は当たり前、金属疲労はそうそう無いんだってさー。話によると、ISの『絶対防御』とか、『シールドバリアー』を応用してるらしいよー」

「…らしいって……」

「ま、それでこそ希空と言ったところか」

 

 曖昧な返答に一夏と千冬は思わず苦笑を漏らす。ここで初めて2人の表情が和らいだ。

 『絶対防御』及び『シールドバリアー』はISに備え付けられた機能の1つである。2つ共基本的にはIS操縦者の命を守る為にある機能だからか、希空の左腕は並の衝撃では傷すら付かないようになっているらしい。

 希空はゆっくり足を下ろしながら再び起き上がり、今度は右手で右目を指差す。

 

「で、今度は右目ねー」

「それもISか何かの技術があるのか?」

「ピンポーン。一夏、頭が冴えてるね。この右目……えっと、どっかの誰かさんが変な名前つけちゃったんだけどさー……」

 

 思い出すのが不愉快なのか、希空は笑顔を僅かながら歪めた。それはこの右目に変な名前をつけた人物のひねくれた性格によるものだ。

 其の名も、『オーディンの魔眼』、『エクス・マキナ・アイ(機械仕掛けの瞳)』。勝手に2つもつけてくれやがった。これには製作者である束も怒ったらしく、「ちゃんと私が名前つけたのにぃ〜!!」と憤慨していた。製作者、産みの親とも言える束がつけた名前は、

 

「『天目一箇(あめのまひとつ)』っていうんだけど、一夏の予想通り、この義眼には『疑似ISハイパーセンサー』が内蔵されてるんだよー」

「ハイパーセンサー…か………なるほどな」

 

 千冬は希空の右目の内容をおおよそ把握した。幼なじみであった千冬からすれば束の思考回路は他人よりは掴める。最も、完全に把握出来る気が微塵もしないが。

 

「2人共知ってるように、ISのハイパーセンサーは操縦者の知覚を補うスグレモノ。それと同じで今の僕にも360度の視界がこの右目を通して知覚出来るけど……まだ面白い機能はあってねー」

「面白い機能?」

 

 そもそもハイパーセンサー自体あまりよく知らなかったりする一夏は希空の発言に疑問符を浮かべた。そんな顔を見た希空はふふんと小さく笑う。

 

「眼球って、生物の授業受けた人にはわかるけど、脳とほぼ最短距離で直通なんだー。だから、僕の眼は従来のハイパーセンサーより感度もいいし、何より知覚を空間的に視ることが可能。加えて反射神経とか、身体の機能も一般人よか上っぽい」

「煙や障害物があっても、その向こう側さえも知覚出来る上に身体能力の向上、か」

「ピンポーン。流石僕の姉さん」

「褒めても、何も出んがな」

 

 再び憮然とした表情に戻り、千冬は鼻を鳴らした。そして教室の机の1つに腰掛けて希空を真っ直ぐ見据えた。

 

「………希空、あの時は」

「姉さんそれ2回目」

 

 希空は千冬の言葉を再び制す。もう説明は終えたと言わんばかりに希空は右目に包帯を巻き始めた。

 

「当時も言ったけど、僕は千冬姉さんを怨んでなんかいないし、一夏にだってそうだよー」

「……でもよ、希空兄がそんな身体になっちまったのは、希空兄の左腕と右目を奪ったのは俺みたいなモンだろ!!」

「ちょーっとしつこい」

「あだっ!?」

 

 わなわなと悔しさに拳を握り締めて吼える一夏の額に、希空が包帯を打ち込んだ。それはびしっと小気味良い音を立てて一夏の額にクリーンヒット。そのまま包帯は希空の手元へ戻った。よくタオルをぶち当てる要領。

 

「何言ってるの、僕の身体を奪ったのは誘拐した連中でしょー? それに、一夏が僕の身体が無くて悔しいなら、もし僕が五体満足でも一夏が死んでたらそっちの方が悔しいよ。……悔しいっていうか、もうアレだね。世界なんか滅べばいいって思っちゃうねー」

 

 当時の希空には難しいが、世界中のISを整備した今の希空なら、それは不可能ではない。ありとあらゆる力を使って世界を滅ぼそうとするだろう。寛容…というより、希空が妥協しているのは半分諦めのようにも感じられた。今どうこうしようがしまいが、元の温もりある左腕が戻ることは無いし、生身の右目で世界を見ることも出来ない。

 

「………希空兄…」

「まぁ、遅かれ早かれ眼の方は奪われるか潰されるかどっちかだったろうけどねー」

「えっ?」

「いや、こっちの話ー」

「…………」

 

 ぼそりと溢した希空の言葉。それを聞き逃さなかった千冬は眉間に皺を寄せた。

 

「ま、とにかく。僕は千冬姉さんがあの時助けてくれて感謝してるし、一夏も一夏であの時死ななくてよかったと思ってる。で、今日まで家族3人みんな生きててよかったなーって思ってるよー」

「……そうだな。一夏のしぶとさはゴキブリ級だからな」

「千冬姉それ褒めてねぇだろ!? そもそもゴキブリ級って新聞紙で叩いたら死ぬじゃねぇか!!」

「一夏の場合、その新聞紙は女性の凶刃か凶弾だろうねー」

「上手いこと言うな。だがそれは希空にも言えそうだがな」

「え、それは無いってー」

「「いいや、ある」」

「えー、不服」

 

 声を合わせてまで言われたことに希空は小さく反論。不服の意を唱えた。

 少なくとも一夏には言われたくない。

 希空は左腕の包帯を隙間無く巻き付け、終えると制服を羽織った。

 

「千冬姉さんは軍艦程度じゃ膝もつかなそー」

「いや、IS10機あっても生身で対抗しそうだぜ」

「…ほほう、そこまで兄弟揃って殴られたいか」

「「冗談です」」

 

 正座で額を床に。両手を指先までピシッと揃えて土下座。数年前と変わらぬ光景を見て、千冬は一瞬だけ口元に笑みを浮かべる。

 

「全くお前等は……まぁいい。そろそろ日も暮れ刻だ、戸締まりは私がするからお前等は暗くなる前にさっさと寮へ行け」

「はーい」

「ああ。サンキュ、千冬姉」

 

 希空と一夏は笑顔で千冬に手を振って教室から出た。

 昔と変わらない、2人の笑顔。

 ISの出現により世界は変わり、希空もかけがえの無いモノを失ってしまったものの、3人の絆は失われていなかった。

 

「………馬鹿者共め…」

 

 千冬は天を仰ぎ、顔を片手で覆った。暗がりの教室で、1人千冬は力無く笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




総論で病名専門用語症状を100近く調べたから知識がだいぶ豊富になってきてる
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