IS <インフィニット・ストラトス> ヘカトンケイルの名を持つ者 作:一ノ原曲利
「……でもなぁ…」
「んー?」
校舎から学生寮まで約50m。夕暮れの紫色が支配する空間で、一夏と希空はのんびり歩いていた。
「なんであんなこと言ったんだよ、希空兄」
「はー? ナニナニ何話? 心当たり有りすぎてわかんないんだけどさー」
「『IS学園一のIS操縦者になる』ってアレだよ」
「あー、それね。何でー?」
「何でー? じゃねぇだろ!! いやだってさ,IS学園一なんて無理だって。それに俺はまだISなんか一回しか動かして無いんだぜ?」
「ん、それ語弊あった」
「へ?」
希空は一夏の目の前に回り込むとにこりと笑顔を浮かべて両肩をポンポンと叩く。
「『IS学園一』じゃなくて『世界一』だからー」
「……………………………………………………………………はあぁあぁ!!??」
初耳もクソも無い宣言だった。いやしかしそれは笑顔で言うことじゃなくないか? と口をパクパクさせながらも一夏は思った。世界一ということは、我らが姉千冬の座につくということだ。
「ちょ、希空兄…暫く見ない内に更に思考が読めなくなった…………いや、世界一って!!」
「まぁ
「うぐっ」
希空の言葉の槍が一夏を貫く。しかも笑顔で辛辣なことを平然と言ってのけるあたり、かなりエグい。
「とりあえずまずは『IS学園一』になってみようということさー」
「いやいやだからその
「だって一夏は男でしょー? で、僕も男。男っていうのは生きてて一度は頂点に立ちたいと野心を抱くものなんだよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんそんなもん。現に僕だって世界一のISの整備師になろうと頑張ってるしー」
「あ……そっか」
一夏は幼き日、希空の将来の抱負を聞いた。と言うより希空自身が宣言したと言うべきか。
さっきの一夏の時みたいに。
希空がそんな抱負を抱いたのは一重に千冬が原因である。千冬が第一回モンド・グロッソで優勝し、世界一の栄光を勝ち取ったあの瞬間、希空は憧れて整備師になりたいと言った。その打ち込み様は見ている側からすれば割と異常で、比例無き集中力と引き替えに飲まず食わずでISを勉強していたせいで栄養失調を起こし、何度か病院送りされていた。
「もしもの話だけど」
「んー?」
ふと一夏が数m先に見える学生寮を遠目で眺めながら呟く。
「もし希空兄が、俺みたいにISを動かせるようになったら、やっぱり世界一を目指すか?」
「………うーん…それは無いかなぁー」
「何でだ?」
「何でって……」
希空はあははと軽く笑いながら、一夏より少し長い前髪を弄る。
「さっきの話じゃないけど、僕が世界一になろうって野心を抱いたのはスゴい小さい頃だから、それが根強いんだけどねー」
「ああ」
「『操る方』と『整備する方』じゃやっぱりベクトルが違うんじゃないかなー。例え一夏みたいに操れたとしても、整備師を取るよ」
「………そっか。やっぱそれが希空兄らしいか」
「僕らしいって何だー嬉しいけど」
にゅっと伸びた希空の魔手が一夏の頭をぐしゃぐしゃにした。ぐわんぐわんと頭をミックスされては敵わんと一夏も抵抗するが、結局ごく一般の兄弟のじゃれあいになって終わった。そうこうしている内に学生寮に到着。
「一夏は『1025』だよねー」
「……あぁ、希空兄の変なノリのせいでな」
「くーっくっくっく。僕は割と策士家なんだよ策士家」
「策士家ってなんだ策士家って。言ってる意味がわからんぞ」
「
くすくすと細やかな笑みを漏らす希空。その言葉に何か引っ掛かりを感じ首を傾げたが、一夏にはわからなかった。
―――まさかこの時、希空が『1025』の部屋にいる先客を知ってる何て思わなかった。
「じゃ僕お隣さんだから」
「おぉ、それじゃまたな」
『1025』と書かれたドアの前に一夏が、『1026』と書かれたドアに希空が。それぞれ持っている鍵を使ってドアを開ける。
「あれ? 開いてるじゃん」
にやり。
一夏のそんな言葉を確認して悪戯っ子な笑みを浮かべた希空は後ろ手に自室のドアを閉めた。
「うーほー。なんというブルジョア」
希空の目に飛び込んだのは大きめのベッド1つ。本来この部屋は使用予定が無かったからか急遽人数合わせの為にと、せめてベッド1つ運び入れたわけだ。
高級な羽毛の布団。
使用者に満足な睡眠を与えるスプリング。
完璧だった。
「さてさて、お隣はどーかなー?」
備え付けの台所にあった硝子製のコップを取り出すと希空は隣接する『1025』の壁に耳と一緒に当てた。疑似ISハイパーセンサーによって五感が強化された希空ではあるが、ある意味お約束というものに従っているらしい。
『誰かいるのか?』
『ああ、同室になった者か。これから一年よろしく頼むぞ。こんな格好ですまないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之――』
『――箒』
『………………………』
『………………………』
「うわはぁ」
ここまで予想通り、というか予定通りな展開に聞き耳立てていた希空は自分の膝をバンバン叩いた。
ヤバい。堪えないと笑い声がお隣さんに響く。
笑い転げたい衝動を抑え、再びコップに耳を当てた。
『い、い、いちか……?』
『お、おう……』
『っ……!? み、見るな!』
『わ、悪い!』
『な、な、なぜ、お前が、ここに、いる……?』
『いや、希空兄とジャンケンして負けて―――』
――ズドン!
「あ、死んだ?」
不謹慎極まり無いことを抜かす希空。流石ズドン中毒箒ちゃん。
右目の疑似ISハイパーセンサーにより包帯を越え、壁を越えて向こうの状況を察知していた希空。掴んだ状況は、まず箒がお風呂上がりでタオル一枚姿。そこから立て掛けてあった木刀を取り、一回転して上段打突。新撰組斎藤一の牙突も顔負けの突きが、廊下へ逃走し身を潜める一夏のドアに突き刺さった。
「惜しい。もう少しでゲット THE クリティカルトリガーだったのにー」
ダイスの女神は一夏を味方したようだ。致命傷は免れたらしい。疑似ISハイパーセンサーによれば一夏の右頬2mm外れていた。
だが転んでただでは起きない箒。木刀を抜くと再びドアへ打突を繰り返す。
「お、惜しい! もっと右……ああもうちょい左下ー!」
「希空兄ー!!」
「んー?」
どこぞのエネコン社長のように右左下下AB言いながらゲーム感覚で下手な実況中継していると、未だに箒の猛攻から避ける一夏の叫び声が聞こえた。
「た、助けてくれー!!」
「ごめん、もう寝ちゃったー」
「返事してる時点で起きてるだろ!! ってうぉ!? つーかこれ絶対希空兄の仕業だろ!?」
「箒ちゃんのお風呂上がり姿どうだったー?」
「あ、ああ、意外と箒は着痩せするタイプみた――痛ってえぇぇぇ!? 頬の皮が!?」
「嵌められた割にはばっちり見てた、と」
「助けろおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
完・全・無・視。
あまりの面白さに希空は床を叩いた。
―――この絵に描いたようなラッキースケベめ。
結局、騒ぎを聞き付けた生徒達が駆け付けたせいで(主な原因はルームウェアによる)箒が妥協し、しぶしぶ一夏を中に入れた。
「あーっはっはっは。いやー久々に死ぬほど笑った。一夏、僕に笑顔をありがとー」
夫婦漫才のような展開を起こしているお隣さんの壁に、希空はグッドサインを向けた。
「〜♪」
あれから騒ぎが収まり、少し静かになったところで希空は鼻歌を歌いながら持ってきたキャリーバックを開けた。すると不思議なことに、中は暗闇のように真っ暗だった。言わずと知れた、織斑希空の開発品である。
ISの武器を量子化させる機能利用した収納バックの試作品。ある意味ドラ○もんの四次元ポケットみたいなものだ。
希空は迷うことなく手を突っ込み、あるモノを取り出した。希空の左腕と似た金属性。黒く鈍色に光るそれは。
「(メンテナンスはばっちりおーけー)」
―――拳銃、だった。
ベレッタ Px4 Storm。
イタリア、ベレッタ社で生産された自動拳銃
40口径(約10mm)。
銃身102mm。
全長192mm。
重量785g。
使用弾薬は、
「(9mmパラベラムバレット……Si Vis Pacem, Para Bellum、かー)」
パラベラムの源、ラテン語。
意味は『汝、平和を望むならば戦いに備えよ』である。
希空はこの銃弾に込められた意味が好きだ。初めて拳銃を手にした時から。希空は数個のマガジンに実弾――では無く、安全性のあるゴム弾を詰めるとサイレンサーを取り付ける。
「(さて、んじゃー……)」
希空は左手を宙で横に薙ぐと、空中投影のディスプレイが浮かび上がった。
複数の項目と選択肢があり、希空は『RANDOM』『HIGH-SPEED』『SIXTY』を選択。しばらくしてディスプレイが消えると、安全装置を外す。
―ヴヴン
すると部屋中にターゲットが浮かび上がった。しかもどういう理屈なのか、壁、床、天井のみならず空間にもある。そしてそのすべてが、例外無く高速移動していた。
高速移動している1つの的を目で追うことは、さほど難しく無い。しかし
だが―――
―パスッ パスッ
空気が抜けたような音。
ショートリコイル作動方式による自動装填により、ほぼ間髪無しで総弾数17発が発射された。その全てがターゲットの中心を撃ち抜き、自動消滅する。希空はすぐさまマガジンを入れ替え発砲。またすべてを撃ち抜いてはマガジンの入れ替え、発砲。
高速移動するターゲットを、義手の左手も駆使して、あるときは天を、あるときは死角である背後を撃ち抜く。サイレンサーによる空気が抜けたような音は、1分ほど続いた。
「(うーん、200ちょいかー。やーっぱ左手も慣らさないとダメだなー)」
空中投影のディスプレイには『SCORE 206』と映されていた。
「(
もし二丁拳銃として撃つならば左右の手はバランス良く均一にした方がいい。義手を手に入れてから暫く経つが、やはり銃撃戦への持ち込みは難しい。
と、キャリーバックから出した筆箱ぐらいの大きさをした自立型掃除機、希空自作『落とし弾吸い取るくん』を起動させながら考察。
「(そーいえば)」
キャリーバックから本や工具、IS関連の部品や機器をポンポンと取り出しながらふと思う。
「(
脳裏に浮かんだ銀髪赤眼の、自分とは逆に眼帯をしていた少女。
希空が束に連れ去られてからもう何年も経つ。まるで怪盗の如き成り行きで唐突に別れたから、お別れの挨拶もしていなかった。束の元から離れて国と国を渡り歩くことはあったが、あいにくドイツには都合により行けなかった。
左腕と右目を失った自分に射撃を教えてくれた先生。不器用で無愛想で冷静で冷徹。だけど弄り甲斐がある子。
「ラウラちゃん、元気かなぁー」
同時刻、ドイツ国内軍施設。
「ッ…くしゅっ」
「風邪ですか? ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長」
「いや、わからんが心配には及ばないぞ、クラリッサよ」
「隊長、そこは『誰かに噂されたな』ですよ」
「そ、そうなのか?」
「当然です。彼の祖国、日本ではそういう風習ですから」
「………希空…か」