最近孤独じゃなくなって文章が書けなくなってしまいました。
人のぬくもりに触れるのはとても心地よいけれど、自分の心の内を上手く表現できなくなってしまったのはなんだか寂しいです。
本当はもっと創作したいんですけどね。
でも、孤独でありながら作品をかけるのと、ぬくもりに包まれながら作品をあきらめるのは。
どっちが幸せなんでしょうね。
「雨、長いなぁ」
『長いねぇ』
とある田舎道にあるバス停に、俺たちはいた。
まさに田舎のバス停って感じの、ちょっとした屋根とベンチの付いたよくある感じのあれだ。
そこで、かれこれ二時間はこうして雨宿りをしている。
いつものことながら、神様と二人っきり。
「話題もなくなりますねぇ」
『まあ、いつも一緒にいるしねぇ』
「なんかいい話題あります? できれば長続きしそうなやつ」
『うーん、そうだなぁ』
その気になれば、いろいろ聞いたりすることはできるだろう。
でもやっぱり、なんだか神様のことを深く聞いてはいけない気がした。
いや、それは俺が踏み込むのを恐れているのか、どうなのか。
『じゃあ、別れについて、ちょっと話そうか』
「別れ? なんでまた」
『君は私と一緒に旅をするにあたって、いろいろなものと別れてきたよね? 家族や友達といった人もそうだけど、もっと意味を広げれば、今までの生活に別れを告げたとも言えるはずだ』
「まあ……そうですけど」
『それについて、君の思いを聞かせてほしいな』
「……わかりました」
神様はこうして、俺のことを訪ねてくる。
俺がどう思っているのか、どう感じているのか。多分、人間と違う感性の部分を、合わせようとしてくれているんだろう。
それはとてもありがたいことだ。しかし同時に、こうして神様が俺のほうへと踏み込んできてくれているのを感じるたびに、神様に対して踏み込んで行けない自分が少し嫌になる。
「とは言っても、別れかぁ……」
考えてみれば、深く考えたことはなかった。
神様との不思議な旅。それを選んだ俺の人生は、あまりにも多くのものと別れてきた。
「別れは……やっぱり寂しいですかね、うん」
『ふーん、寂しいんだ』
「そりゃあまあ、寂しいですよ。というか、寂しくなかったら、それは別れじゃないんじゃないですかね」
『と言うと?』
「だって、街中で出会ったどうでもいい赤の他人と別れたところで、なんにもないじゃないですか。悲しくもないし寂しくもない、それはきっと別れじゃないんですよ、ただ会っただけというか」
「ふむふむ」
「離れてほしくないとか、なんか未練があるとか、そういう感情があって、それでも離れなきゃいけなかったときにはじめて、『別れる』ってことになるんだと思います、多分」
『でも多分なんだ?』
「まあ、学者とかじゃないですから俺。明確な定義はわかりませんし」
『なるほどね。でも、それが君にとっての別れの定義なわけだ。離れたくない人と離れなければいけない状況ってところかな』
「そうですね。まあ、喧嘩別れとかなら、そうじゃないかもしれないですけど」
『ああ、確かに言われてみればそうだね』
「でも、喧嘩別れだって、大体の場合したくないじゃないですか。できれば仲良くいたいはずですからね」
『私の知る限り、君は喧嘩別れとかしなかったよね? 少なくとも私と一緒になるにあたっては』
「そうですね。それは、そうです」
そこでふと、思い出す。
別れた人々の顔ぶれを。
「………………」
『ん? どうしたんだい?』
「ああいや、少し思い出しちゃって」
『別れた人たちのことかい?』
「はい」
『寂しいかい?』
「いえ、あんまり」
『ほう、そうかい。君は結構周りの人々と親しくしていたと思っていたんだけどね』
「うーん、まあ、そうですね。仲いい人は多かったと思います」
そう、多かった。それ故に、心が痛んだ。
離れなければならならなかったから、もう会えないから。
とても、寂しかった。
「でも……慣れちゃったんだと思います」
『慣れた? でも君は一気に多くの人との別れを経験しはしたものの、頻繁に何かと別れているわけではないだろう? それでも慣れるのかい?』
「あー、そう言われると難しいんですけど、なんていうのかな」
回数としては、一回ってことになるのだろう。
みんなと別れた一回。
たった一回。
とても大きな、一回。
「でも、その一回が大きかったんで」
『…………そうだね、普通の人間はあまり経験しない規模の別れだったろうね』
「だから慣れちゃったんです、多分」
慣れ。
それは人間の持つ悪癖。
それと同時に生き抜くのに必要な生態。
だから俺も、慣れたのだろう。
「きっと、他の人も同じなんですよ。慣れるんです、別れに」
『ふーん、そうなのかねぇ』
「出会いと別れを繰り返して、何回も寂しい思いをして、そのたびに傷ついて、悲しんで。でも生きていかなきゃいけないから、いろいろ頑張って耐えたり、寂しさを和らげる工夫とかして」
『確かに、そういわれる思い当たるところはあるねぇ』
「お葬式とかだって、そういう儀式だと思いますよ。故人をしのんでっていうのも、ようは生き残った人たちが寂しくないようにしっかりお別れをしてけじめをつけるってことなんじゃないですかね」
『なるほど、するどいねぇ』
そう言って、神様はわずかにほほ笑んだ。
その瞬間、神様の狙いがわかったような気がした。
「神様?」
『なんだい?』
「俺はいつか、神様とも別れなきゃいけない時が来るんですか?」
俺のそんな問いに、神様はしばらく答えなかった。
終わらない雨音が、しばらく場を支配した。
俺も、神様も、数秒間何もしゃべらなかった。
心地よい雨音が、心に滑り込んでくる。
俺の空っぽの心を、満たすように。
『ふふっ、なんて顔してるんだい』
「えっ?」
『今の君、泣きそうな顔してるよ? そんなに寂しいのかい?』
「え……あ……うそ、そんな…………」
『はははっ、無意識なんだね。やっぱり可愛いなぁ、君は』
指摘され、顔が熱くなるのを感じた。
さっきまでの雨音はどこかへと消え、今はまた神様がただ俺の目の前にいる。
『別れに慣れたとか言ってたのにねぇ、ほんとに可愛いもんだよ』
「うぅ……別にいいじゃないですか、そんなにいじらなくても……」
『ははっ、ごめんごめん。ついね』
「…………あの時だってそうやって俺のことからかってたし……そもそも俺が別れても寂しくなかったのは、神様がいたからであって……」
そうだ、そうなのだ。
俺は神様を選んだ。
今までの人生、そしてこれから先の人生。
それよりも、神様を選んだのだ。
『大丈夫、ちゃんとわかってるよ』
「!」
そういうと神様は俺を抱き寄せた。
強くはない、しかし絶対に抗えない力。
人と神とのその圧倒的なまでの差。
なんてことのない仕草一つで、俺は痛いほどにそれを実感する。
この存在には、この神には、絶対に敵わない。
だからこそ、俺は離れることができないし、選んでしまったのだ。
『よーしよし、いい子だねぇ……』
「………………」
雨の匂いに包まれた、神様の匂いと温もり。
木々のようでて春の風のような、冬の冷たい空気のような、そんな匂い。
暖かく優しく包み込むような安心感を感じる。
これに包まれると、俺は動けなくなってしまう。
『寂しくとも、別れは絶対に訪れるものだ。それは君もわかっているよね』
「…………はい」
『でも大丈夫だよ。当分の間はずーっと一緒にいられるし、ことによっては離れる必要もなくなるからね』
『えっ?』
雨はまだしばらく続くだろう。
それでもいい。
神様に包まれながら、俺はそう思った。