久々に再会した旧友との交流を経て、生まれた感情とはなんなのか。流れた時間が彼らに与えたものはなんなのか。色々とごっちゃな作品ですが、どうか読んでいただければなとおもいます。

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変わったのは

数日前のことだった。

中学時代の友人、そこまで親しくはなかったけれども。俗に言う旧友から一通のメールが届いた。

暗い部屋で携帯を開く。

「お久しぶりです。

メアド変わってないよな。よかったよ。頑張ってるか。俺は土方でなんとかやってってるよ。おまえは仕事、なにしてんのかな。

唐突で悪いけど、久しぶりに顔会わせないか?都合も有るだろうし、日時はそっちで指定してくれればいいからさ。連絡待ってます。」

そのメールを見る限り相変わらずだった。彼は変わってないらしい。

おれは静かに笑った後、目を伏せた。そして。そして。

 

 

 

薄暗い。家を出る時にそう感じた。小さな水滴が目の前を、後ろを、両隣を、そして自分の真上を滑るように落ちてくる。ふと、見上げた。

薄黒い雲がこの街を覆っている。

曇天。否、雨空か。

天気予報で見た傘マークから、その対策に持ってきたビニール傘を開いて、おれは旧友の待つ喫茶店へと足を早めた。

 

十数分が経過した後、果たしておれは目的の場所にたどり着いていた。

扉を開けると同時に、くぐもった鈴の音色が鳴り響く。足を踏み入れると同時に、暖かい風を身体が受け止める。どこか心地よい。そう感じるのは何故だろうか。暫く考えた後、矢張りくだらないと思い直して考えを放棄する。

どうでもいいな。

自分らしくない考えを浮かべたことに対する小さな嘲りを口元に滲ませ、見慣れた姿を探すべく、店内を見渡してみる。果たして、それはすぐ目の中へと飛び込んできた。

程よくガタイの良い身体つき。恐らく土方仕事で養ったのであろう。

肌は黒く焼け、健康的に感じる。

丸みを帯びた顔は、何処か子供のような純真さを含んでいるように思えて、昔の面影をつい探してしまう。

かつて共に日々を過ごし、やがて道を違えることになった旧友。会うのは卒業来ということも手伝って、ついつい感傷的な気分に浸ってしまう。またもや何時もは抱かない考えを持った自分に違和感を感じながら、来客簿に名前を書き留め、彼の元へ向かった。

彼は俺の姿を視界に捉えると同時に愛想のいい笑顔を浮かべて声をかけてきた。

「よお。久しぶり。元気にしてたか。」

「久しぶり。まあ、ぼちぼちやってるよ。」

ああ、元気にしてたよ。してたさ。

彼はおれの返事を聞くと、これまた人の良さそうな笑顔でそうか、とだけ返してきた。ドスンと、胸に重くのしかかるような痛みを感じる。罪悪感。形容しがたいその痛みを敢えて表現するとしたら、これに勝る言葉はないだろう。おれはそう思う。

取り敢えずと言うように、お互いコーヒーを注文する。しかし、胸の痛みは拭えない。

それを振り払うべく、おれは今日の目的を聞くことにした。

「なあ、今日どうしても会いたいって言ったよな?なんでなんだ?」

「ああ、そのことなんだけどさ。

お前、15年前の今日を覚えてるか?」

彼の問いかけにおれは沈黙を余儀なくされた。自然と眉間に皺が寄る。

彼の問いかけの意図も、その答えも、とんと見当がつかない。

彼は、考えに耽るおれを一瞥すると、微笑を浮かべながら口を開いた。

「まあ、そりゃ覚えてないよなあ。なんたって、もう15年も前なんだから。仕方ないか。はは、気に病まなくていいぜ?」

15年前。15年前といえば、中学3年生の頃だ。今日は3月上旬だから、15年前の今日は受験勉強も大詰め、毎日勉強に追われてた頃だろう。

「‥すまん。思い出せない‥。」

「おまえは受験勉強で大変そうだったし無理もないさ。馬鹿高校に推薦で行ったおれは楽チンだったけどな。」

にっと笑う彼に対して、おれの心には、一層陰りができる。

そうだったよな。おれとおまえは違った。あの頃からずっと。昔も。今も。

「‥馬鹿高校って言われてたな。でも、おまえはそこで頑張ったじゃないか。今は工事現場の監督、だっけ。」

「まあな。高校に入った後努力したのは本当さ。自負できるくらいには、我武者羅にやったと思ってる。」

「‥、中学の頃からそうしてりゃ、おまえだってもっといいとこいけたかもしれなかったのにな。」

「あの頃はやりたいことも無かったしな。ただひたすらにダラダラ毎日過ごせりゃいいと思ってたよ。」

「‥変わったんだな。」

「そりゃ人間誰しも変わるもんさ。当たり前だろ?」

彼の言葉を聞くたび、胸が締め付けられていくような気がした。決して鋭くはない、けれど断続的に続く鈍い痛み。逃れられない。彼の前にいる限り、この痛みはおそらく消えないだろう。

おれの心中を知ってか知らずか、彼は話の続きを紡ぎ始めた。

「‥頑張ろうって思えるきっかけになったのはさ、他でもない、お前なんだよ。」

一瞬。一瞬耳を疑った。おれが、彼を変えるきっかけを作った‥。

思わず口から問いかけが溢れる。

「‥どういう意味だ。それ。」

恐らく曇ってるであろうおれの表情とは対照的に、彼は笑顔で答え始める。

「さっき言ったろ?今日は何の日かって。あ、長話になるからよく聞けよ。

で、15年前の今日、あの日もこんな雨の日だった。放課後一人で教室に残って俺は窓から外を見てたんだ。なに、深い意味はなかったよ。ただ、いつ雨は止むのかなって、早く帰りたいなって、他愛ないことを考えながら、どんより曇った空と、ぐちゃぐちゃになった運動場を眺めてたんだ。結構時間は経ってたと思うけど、詳しくはわかんなかった。30分くらい眺めてたかもしれないし、1時間くらいだったかもしれない。

兎に角、暫くしてから、ぼうっとしてた俺のうしろで教室の扉を引く音が聞こえてさ。誰だろうと思って振り返ったら、そこにお前が立っててさ。」

話を聞いてる内におれの脳に埋没されてた白黒の、矛盾だらけの過去の思い出が鮮やかに彩られ、鮮明になって蘇ってくる。

注文の品が運ばれてきた。気をぬくと吸い込まれるような、しっとりとした黒が注がれているカップを持ち上げ、啜る。

「‥そうだったな。そんなこともあった。」

おれの言葉を聞いた彼は嬉しそうに首を縦に振る。

「おお、思い出したか。いやあ、嬉しいもんだな。」

おれは静かに、ゆっくりと彼の話の続きを紡ぐ。

「盤をひっくり返したような雨の日だった。おれは放課後、学習室で自習をしてた。集中してたせいで時間がそれなりにたっていたのにも気づかなくて、ふと時計に目をやった時にはもう帰らないとまずいくらにいなってた。慌てて用具を仕舞って玄関ホールまで向かった、その時、自分たちの教室に電気が付いてるのに、そして扉の小窓から人影が見えたのに気づいたんだ。何てことはない。別に自分以外が残ってても不思議ではなかった。ただ、もしかしたら一緒に帰れるかもしれないと思った。たしかそうだったと思う。兎に角、おれは教室に足を運んだ。扉を引いたら‥」

「俺がいた。」

「‥だな。」

しばらくの沈黙の後、互いに笑顔が溢れてくる。おれも、彼も、笑っていた。学生時代の思い出の共有。これがこんなに気持ち良く感じれるとは、自分も歳をとったのだろう。

こういうのもいい。今日彼と会ってから、初めて心からそう感じることができた。なにより、胸のいたみを感じなくなっていたのが嬉しかった。どこか安心できた。

彼は一頻り笑い終えると、話の続きを語り始めた。

「でさ、お前が俺にかけた言葉、おぼえてるか。」

「確か‥、なんで残ってるんだい、だったか。」

「そう、そんなんだった。

おれはそれを聞いて確か、別になんでも、って答えたんだよ。

今思えば答えになってないよな、傑作だよ。お前の反応もそんな感じで。訳がわからないみたいな感じの表情だったよ、印象に残ってる。」

「おっしゃる通りだ。おまえの言ってることがイマイチわかんなかったよ、あの時のおれ。で、おれはおまえが残ってる理由を詮索するのをやめた、気がする。そんで、おれもお前の横に付いて、おまえの視線の先を追ったんだ。容赦ないくらいの曇り空だった。凄まじい雨だった。こりゃ帰りはきついなって、ほとほと困りかけてた。」

「俺も同じだったよ。帰れないよなあって、兎に角それだった。でも帰らないと親も心配させてるし、まずいよなって。そんで、お前に行ったんだよ。帰らないかって。」

「頷いたよ。その時のおまえの様子で傘ないんだなってのは察した。それで、傘なら有るけどって。」

思い出すたびに笑いがこみ上げてくる。素直に一緒に帰ろうも言えなかったおれ。大概だったな。

「俺は嬉しかったよ。そこまで親しいわけじゃなかったお前が、傘を貸してくれるってのも、そんで、ようやく帰れるってのも。

それでさ、その時だった。疑問が頭をもたげたんだ。そんで、そのまんま聞いた。おまえは何してたのって。おまえはそん時、一瞬ぼけって顔してから、勉強だよって答えた。ああ、そうか、俺みたいに馬鹿な私立に入ったやつとは違って、まだ受験が終わってないんだなって思った。合点がいったよすぐに。そんで、真面目な奴が俺と話してくれてるってのが、なんか嬉しく感じてきてさ。」

「‥そりゃ気づかなかったな。

兎も角、その後、校舎をでたよな。俺の記憶が間違いでなければ。」

彼はまるで悪戯っ子のようにほくそ笑む。

「ああ、そんで帰り道、傘をさして二人で歩いてる時だった。なんとなく聞いてみたことだったよ。夢は、高校出たら何かするのか目標はあるのかって。おまえは真っ直ぐな目をしながらこう言った。教師になりたいって。」

「‥覚えてるよ。答えにはなっていただろ?」

「ああ。で、今度は俺が聞かれた。俺は別になにもって。そんときおまえがこう言ってくれたんだ。」

「夢は、目標は持ってたほうがいいよ。それはきっと何者にも勝る武器だ。」

夢‥。

「‥その言葉を聞いた俺、そん時は何も思わず、ふーんって聞き流した。それで、その会話を最後におまえと別れた。うちについて、傘返さないとなーって、そう考えてた時、気づいたんだ。あいつは俺がぼうっと、意味のない時間を過ごしてる時、ずっと夢のために頑張ってたんだって。それでさ、俺、少しは頑張ろうって気になったんだ。俺のできることをって。そのおかげで今こうして‥って、おい。どうした。」

15年来の真実が彼の口から飛び出てくる。それを聞いた俺は、堪らずトイレへ駆け出した。背中から彼の心配そうな声が聞こえる。でも嫌だ。聞きたくない。聞きたくない。

 

洗面台に向かって嘔吐を繰り返す。

さっきのコーヒーが、先日の食事が飛び出てくる。

気分が悪い。気持ちが悪い。

胸が、身体が痛い。

とんだ思い違いだった。

彼は変わってた。夢に向かって鼓舞、勇往邁進して、充実した日々を送ってる。

じゃあ、俺は。俺はどうなんだ。

進学してから成績は伸び悩み、そのせいで親との溝ができて。何もかもうまくいかなくて。色々なストレスで不登校になって。遂には退学。現実から逃げるようにそのまま時間に身を任せ、未だ定職につけずにいる。

あいつは頑張った。そして未来を掴み取った。

じゃあおれは。おれは。おれは‥。

何もない‥。

身体の震えが止まらない。崩れ落ちる身体を支えるために壁にへばり付く。溢れ出る思いが口から音として成される。

昔のおれは彼を変える力があった。

じゃあ今は。

本当におれはおれなんだろうか。

「教えてくれ‥。俺は誰なんだ‥。」

 

 

 

 

 


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