素敵なボーイフレンドを求めて!Traveler of newcomer! 作:THE・STRENGTH
「痛いなら痛いって言いなさいッ!」
ツリーハウスがびりびりと震えるほどのドスの利いた大声に、エースもサボもビクッと肩を跳ね上げた。怒鳴り散らしながらも、テラスの手つきは驚くほど繊細だった。
それを、部屋の隅で鉄パイプを構えたままのサボは、冷や汗を流しながらも冷静に観察していた。
(……速い。速すぎてただ暴れているだけに見えてしまいそうになるがそうじゃない。あいつの手の動き、一分の無駄もないぞ……!)
ゴア王国の貴族として育ち、様々な教育や本に触れてきたサボだからこそ、目の前のバケモノの「異常性」がより深く理解できた。傷口の洗浄、薬草の調合、塗布の分量、そして包帯を巻く角度にいたるまで、すべてが超一流の医療従事者、あるいは熟練の庭師の剪定のように完璧なのだ。
(カマバッカ秘伝とか言っていたが……戦闘力だけじゃなく、家事や医療のスキルまで極限に達しているのか。なんて規格外のハイスペックだ……!)
シュババババ!!! と、最後は残像が残るほどの超高速で包帯が巻き上げられ、寸分の狂いもない、芸術的な美しさでエースの身体にフィットした。
「よし、これで傷跡も残らないわ! 男の子の綺麗な肌に傷を残すなんて、アタシの美学が許さないもの♡」
エースが自分の脇腹を見つめて黙り込むと、主人公はパッと表情を明るくして、大きな両手をポンと叩いた。
「さてと……お次は……」
その巨体がゆっくりと自分の方を向いた瞬間、サボはビクッと肩を跳ね上げ、鉄パイプを胸の前に構え直した。じりじりと後退しながら、必死に声を振り絞る。
「つ、次は俺の番か……! ──エースを治療してくれたのには感謝する! お前がそいつの傷に気づいて、手当してくれたのは本当にありがたい。……けど……っ!俺の側には近寄るなッ…!
恐怖に震えながらも、相棒を救ってくれたことへの礼をまず口にするサボ。しかしそれでも怖いものは怖い。後ろに少しずつ後退しながらもその目はテラスをはっきりと見据えていた。
しかし、そんなサボの悲壮な決意を台無しにするように…
──グゥゥゥゥ〜〜〜〜!!
あまりにも空気の読めない音が、サボの腹の底から盛大に鳴り響いた。エースの怪我のによるスリの失敗やサバイバルに追われ、今日はお互いに朝からまともな食事を摂っていなかったのだ。
サボが顔を真っ赤にして絶望した瞬間、テラスは目を丸くした後に笑顔で語り始めた。
「あら……? あなた、お腹が空いているのね? 育ち盛りの男の子に飢えを経験させるのもアタシの美学に反するわ!」
「え、あ、いや、これはただの生理現象で──」
テラスはふんと鼻を鳴らすと、懐から丁寧に竹の皮で包まれた「何か」を取り出した。
「ダダンさんからお米だけでも貰っておいて正解だったわね。これ、本当は私の今日のお弁当にする予定だったんだけど……特別にあなたたちに譲ってあげるわ」
広げられた竹の皮の中には、ほんのり温かみの残る、大ぶりな三角形のシンプルな塩むすびが二つ、綺麗に並んでいた。具材は何一つ入っていない。ただの米と、塩だけ。
だが、ゴア王国のグレイ・ターミナルやコルボ山の野生で育ち、雑な飯しか知らない二人にとって、それは見たこともないほど「優しく、暖かい」食べ物に見えた。
「こ、これが……おにぎり……? 自分の弁当を、俺に……?」
「あなただけじゃないわよ。勿論そっちの子の分もあるからね」
「お、俺にもか…?」
「勿論!さあお腹が空いてるんでしょ?遠慮しないで食べなさい」
ゴクリ、と同時に唾を飲み込み、二人は恐怖を忘れてそれを手にとり、一口齧った。
「「っ!!!!」」
エースとサボの脳裏に、同時に激震が走る。ただの塩むすびのはずだった。なのに、米粒一つ一つの絶妙な炊き加減、口の中でハラリと解ける完璧な握り具合、そして絶妙な塩加減が、幼い二人の心を容赦なく殴りつけてきた。
「美味い……美味すぎる……! なんだよこれ…涙が止まんねェ……! 母親の記憶なんてないはずなのに、なんか、もの凄くお袋の味がする……!!暖たけぇんだよ…!」
大粒の涙をボボロボロと流しながら、おにぎりを貪り食うサボ。エースもまた、顔を真っ赤にしながら、美味さの衝撃に震えておにぎりに齧り付いていた。
「ふふ、胃袋を掴むのは未来の良妻の基本よ♡ そうね…また明日、アタシはここに来るから二人とも安静にするのよ。じゃあね!」
窓から飛び降り、森の彼方へと音もなく消え去っていったテラス。静まり返ったツリーハウスの中で、完璧に治療されて身体が軽くなったエースと、指についたおにぎりの粒まで大事そうに口に運ぶサボの二人だけが取り残されていた。
おにぎりを食べ終え、しばらくの沈黙のあとサボがふぅ、と小さく息を吐いて口を開いた。
「……行っちゃったな。……なあエース、お前本当にあいつと戦ったのか?」
「ああ。まあ…戦ったっていうか……一方的に遊ばれただけだけどな…」
エースは悔しそうにツヤツヤの顔を歪めながらも、自分の脇腹に綺麗に巻かれた包帯をそっと撫でた。あんなにズキズキと疼いていた痛みが、今は嘘のように消え去っている。
「……勢いはめちゃくちゃ凄かったけどさ。……貴族とか悪い奴じゃないよなアイツ」
サボのその言葉に、エースはフンと鼻を鳴らして視線を逸らした。否定はしなかった。
「……だろうな。本当に悪い奴なら、わざわざ自分の弁当を俺たちにくれたりしねェよ。……それに」
エースは少しだけ声を落とし、ぽつりと言葉を付け足した。
「……アイツの手、物凄く温かかったんだ」
「え?」
「傷口に薬を塗られた時、めちゃくちゃ怒鳴られたけど……なんか、もの凄く温もりを感じたっていうか。……あんな風に、真っ直ぐ俺の心配をして怒る奴なんて、ダダンのとこにもグレイ・ターミナルにもいなかったからさ」
エースの言葉を、サボは優しい目で聞いていた。サボ自身も、自分のために丁寧に握られた塩むすびから、今まで一度も味わったことのない「無条件の愛と温もり」を感じ取っていたからだ。
「そうだな。俺たち、アイツにとってはただの名前も知らないガキのはずなのにさ。……自分の飯を抜いてまで、俺たちに腹いっぱい食べさせてくれた。……あんな強烈だけど、中身は僕たちの知ってる大人よりも、ずっと優しい…」
「……ああ。……だけど、やっぱりアイツ、なんか色々強烈すぎるだろ……!」
「ははは!それは確かに! 次に会う時は、俺たちの顔を二人まとめて光らせにくるかもしれないぞ?」
「ふざけんな、あんなツヤツヤ洗顔は一回で十分だ!」
エースの照れ隠しの怒声が、夕暮れのコルボ山に賑やかに響き渡る。反発しつつも、二人の幼い心には、テラスという新人類の「大きくて温かい背中」がしっかりと刻み込まれたのだった。
◆
サボが苦笑しながら墓石に寄りかかり、愛おしそうに目を細めて呟いた。
「あの時に俺の『お袋の味』は、完全に姉さんに奪われちまったんだよな」
「…そうだな…」
エースが視線を向けると、サボは遠い空を見つめながら、静かに言葉を続けた。
「エースも知ってると思うが、俺の実の母親は俺の成績や将来の利益にしか興味がなかった。王族と結婚すれば幸せになれるとかいってな。そんな家が嫌になったから家を出て…グレイ・ターミナルで生きるために飯を食っちゃいたが……『誰かが自分のために作ってくれた温もり』なんて、一度も知らなかった。──あの日、姉さんが自分の弁当を俺たちに譲ってくれるまではな」
サボは優しく微笑みながら、墓石にそっと手を触れる。
「ただの米と塩だけの、シンプルな塩むすびだった。なのにさ、一口食べた瞬間に涙が止まらなくなったんだ。胸にに染み渡るような、バカみたいに真っ直ぐで温かい愛が詰まっていて……。俺にとっての『お袋の味』は、貴族お抱えのシェフが作る高級な料理なんかじゃない。あの強烈で、最高に優しいが姉さんがくれた、あの塩むすびなんだよ」
サボの独白を、エースは遮ることなく静かに聞いていた。自分の脇腹に手を当て、あの時テラスに「痛いなら痛いって言いなさい!」と全力で叱られ、全力で治療された手の温もりを思い出しながら、深く深く共感するように頷く。
「……ああ、全くだ。本当にめちゃくちゃで、理不尽で、押し付けがましくて……最高の姉だった…。男だが…」
エースはそう言うと、手にしたボトルから、テラスの墓石へと静かに酒を注いだ。墓石に染み込んでいく酒を見つめながら、二人の脳裏には、今でも鮮明に焼き付いている。世界中の誰よりも優しかった、男なのに姉の破天荒な笑顔を。
エースとルフィが会ったというよりダダンに預けられた時、エースは10歳だった。今は9歳なのでルフィが預けられるのは今から約1年後です。