■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

12 / 16
三話:メジロラモーヌ

 

 

 精神が不安定に揺れ動くシンボリルドルフを抱きかかえ、俺はメジロ家の敷地に強引に突入した。

 

 夜の庭園を疾走し、警備員の懐中電灯が何度も俺の背中を掠める。シンボリルドルフの体温が胸に熱く伝わってくる。

 

 彼女の息は荒く、紫の瞳は焦点が定まっていない。幼馴染であるメジロラモーヌに会わせれば、少しでも心を落ち着けられるかもしれない——そう判断した俺は、持てる限りの身体能力と判断力をフルに発揮して、追手を振り切り続けた。

 

 無駄な筋肉ではなく、実戦で鍛え上げられたしなやかな体躯が役に立った。姿勢を低く保ち、視線を常に動かしながら死角を突き、植え込みと建物の影を巧みに利用する。息を殺し、足音を最小限に抑えながら、ようやくメジロ家の奥深くにあるサロンへと辿り着いた。

扉を開けた瞬間、妖艶な視線が俺を射抜いた。

 

「あら。屋敷を騒がせたのは貴方なのね」

 

 メジロラモーヌ。

 白いメッシュが美しいシニヨンにまとめられ、右目下の泣きぼくろが艶やかに光る彼女は、優雅にソファに腰掛けたままこちらを見ていた。威圧的なオーラが部屋全体を包み込む。シンボリルドルフでさえ萎縮させるほどの存在感だった。

 

「お初にお目にかかります。自分は——」

「結構よ。大体は察したわ。だから無粋な言葉は不要。ルドルフの精神安定をさせたいのでしょう?」

 

 その洞察力の鋭さに、俺はわずかに息を飲んだ。彼女は全てを見透かしているようだった。

 

「え、ええ。その通りです」

「なら貴方はトレーナーになりなさい。そうすれば手を差し伸べましょう」

 

 望外の提案だった。

 メジロラモーヌはメジロ家の切り札とも呼べる存在。性能、影響力、洞察力、全てが飛び抜けていると聞いていた。彼女を味方につけられれば、シンボリルドルフのケアはもちろん、俺自身の戦力としても大きい。

 それに……ライスシャワーの問題を解決する時、金や権力が必要になる場面は確実に来るだろう。

 メジロラモーヌは静かに俺を見つめ、わずかに首を傾げた。

 

「どうするのかしら」

「……勝利の栄光を捧げましょう。トレーナーとして、貴方の旅に花を添えられるように」

「そう。手続きはやっておいて」

「はい」

「敬語も必要なくってよ。貴方と私は対等な関係なのだから」

 

彼女はゆっくりと立ち上がり、こちらへ近づいてきた。甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。次の瞬間——鋭い痛みが首筋に走った。ラモーヌの唇が俺の皮膚に触れ、歯が軽く食い込んだ。熱い吐息と共に、明確な「印」を刻まれる。

 その光景を見たシンボリルドルフの目が、大きく見開かれた。

 

「ラモーヌ、君は……!」

 

 不安定な精神状態のまま、彼女の声が激しく震えた。威圧感のあるオーラが一気に爆発し、部屋の空気がビリビリと揺れる。

 

「ふふ、悪いわね。ルドルフ。でも貴方の愛。そして彼の愛。そして素晴らしきレースは愛で満たされる。こうして予想外が起きるからやめられないのよ」

 

 ラモーヌは俺の首筋から唇を離し、妖しく微笑んだ。唇の端にわずかに血の色が滲んでいる。

 

「何を言っている……」

「貴方と一緒ということよ、ルドルフ。私達はトレーナーと絆と愛と歴史を重ねるけど、それは一過性なもの。私たちは何が起きたか覚えているけど、それは消えていく。だからこそ、新たな想い出が必要となるの」

「君も……世界を。トレーナーと共に生きたというのか」

「数えるのをやめてしまったけどね。他の子も多いわ。だからこそ、貴方は戦うべきなのよ。レースで愛を示して、私から奪って見せなさい」

 

 シンボリルドルフはギリッと奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめた。大きく深呼吸をし、吐き出した息と共にオーラが収束していく。

 

「ルドルフ。今回は『皇帝』ではなく『挑戦者』として生きてみることをおすすめするわ」

「……ああ、そうだな」

 

 ルドルフは静かに頷き、背中を向けた。しかし、振り返り際に鋭く言い放つ。

 

「だけど勘違いしているようだから言っておく。君がチャレンジャーだぞ、ラモーヌ」

「ふふ、生意気」

 

 その言葉で、シンボリルドルフの精神は見事に闘争心へとシフトした。不安定さは吹き飛び、高い水準で安定したようだ。俺の目的は果たされた。

 

 めでたし、めでたし。

 

 その代償は大きかった。

 メジロ家からは無断侵入で大目玉を食らい、結果として俺はメジロラモーヌの「専属の召使い」として正式に登録されてしまった。ラモーヌの一言で全てが決まり、爆発する首輪とGPS付きの足輪まで装着される羽目になった。

 

 こいつ……本気でトレーナーのことを召使いだと思ってるのか? しかもこれ、凶悪犯罪者向けの装備じゃん。

 

 今、俺はラモーヌの私室で書類仕事に追われていた。隣では彼女がキャンバスに向かい、静かに絵を描いている。筆の音だけが優雅に響く。ラモーヌは筆を動かしながら、くすりと笑った。

 

「ふふ……随分と不機嫌そうな顔ね、トレーナー。召使い扱いが気に入らない?」

 

 俺はため息を一つ吐き、ペンを走らせながら答えた。

 

「少しはね。この首輪と足輪、どう考えても過剰だ」

「可愛いアクセサリーでしょう? 私がデザインしたのよ。貴方が逃げないように、愛情を込めて」

 

 彼女は筆を止め、こちらへ身体を寄せてきた。指先が俺の首筋の噛み痕を優しくなぞる。

 

「ねえ、トレーナー。貴方はどう思うのかしら。このまま私の傍にいる? それともルドルフの元へ逃げてしまう?」

 

 ラモーヌの瞳が、挑発的かつ期待に満ちて細められた。俺は書類から目を上げ、彼女と真正面から視線を合わせた。

 

「俺は俺の意思で君と共に歩むことを決断した。能力不足だとか、実績不足だとか言われるだろうし、そうなのかもしれないが、後悔はない」

「なぜ?」

「俺が決めたことだから。その過程で何を得て、何を失い、どんな結果になっても、自ら決めたことならば納得できる。それにウマ娘やレースは好きだからな。君はレースを愛しているんだろう? ならその愛を形にできるように全力を尽くす、以上」

「召使扱いそのものは?」

「不満」

「ふふ……随分と不満そうな顔ね、トレーナー」

 

 ラモーヌが筆を止めずに、くすくすと笑う。声は甘く、しかしどこか棘を含んでいた。

 

「召使い扱いされている、ですって? あら、失礼なことを考えるものね。私を『愛情を込めて』といったのに」

 

 彼女はようやく筆を置き、こちらへ優雅に身体を傾けた。シニヨンから零れる白髪が、肩のラインをなぞる。

 

「それに、貴方は『勝利の栄光を捧げる』と言ったのでしょう? なら私の専属として、身も心も、私のものになる覚悟くらいはできているはずだわ。……違う?」

 

 ラモーヌの唇が、わずかに弧を描く。小悪魔的な微笑みだった。その時、部屋の扉が静かに開いた。

 

「ラモーヌ……もう少し、穏便に扱ってあげてくれ」

 

 シンボリルドルフだった。

 先日の精神の不安定さは落ち着いたのかいつもの凛々しく落ち着いた表情に戻っている。ただし、紫の瞳にはまだ熱が残っていた。

 

 彼女は俺の首筋——ラモーヌに噛まれた痕——を一瞬だけ鋭く見つめ、それから視線をラモーヌへ移した。

 

「君の『愛情表現』は相変わらず過激だな。トレーナーが可哀想だろう」

「ふふ、ルドルフこそ。さっきはあんなに滾っていたくせに、今は優しいのね? 皇帝陛下が『挑戦者』になると決めたからかしら」

 

 ラモーヌが楽しげに返す。二人の間に、火花のような緊張と、長い付き合い故の親密さが混じり合っていた。

 ルドルフは小さく息を吐き、俺の方へ歩み寄ってきた。

 

「……トレーナー。先日は、ありがとう。感謝する。君がいなければ、私はまた……深く落ち込んでいたかもしれない。おかげで、久しぶりに『戦いたい』と思えたよ」

 

 

 彼女は少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐに言った。

 

「ただ……メジロ家に無断侵入した件は、私もフォローしたつもりだが、完全に許されたわけではない。ラモーヌの『召使い』扱いは……その、なんというか……本気で嫌なら、私が話をつけようか?」

 

 ラモーヌが即座に反応した。

 

「あら、ルドルフ。横取りする気? このトレーナーはもう私のものよ? 首筋に刻んだ印が、証拠だわ」

 

 彼女は再び私に近づき、噛み痕のある部分に指を這わせた。冷たい指先とは裏腹に、吐息は熱かった。

 

「ねえ、トレーナー。貴方はどう思うのかしら? このまま私の召使い……いえ、専属トレーナーとして、私の傍にいる? それとも、ルドルフの元へ逃げてしまうのかしら?」

 

 先程と同じ質問を繰り返す。よほど俺の意思を確かめたい、あるいは何度も言葉にしてほしいようだ。

 ラモーヌの瞳が、挑発的に細められる。

 

「さぁ、言ってみることね。ルドルフの前で、私のトレーナーである、と。その理由を。そしてその気持ちを。貴方の口から聞かせてほしい」

好きなウマ娘は?

  • サトノダイヤモンド
  • メジロラモーヌ
  • スティルインラブ
  • マンハッタンカフェ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。