■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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六話:焚き付けろ、燃え残った残り火に

 

 メジロラモーヌがレースに出走することになった。それも、欠員が出た枠に「私の番号は?」とねじ込んだというのだから、開いた口が塞がらない。

 

 何やってんだ、お前は……。

 内心で溜息をつく。悪役令嬢か、はたまたどこかの王族か。自分の要求が通ることを前提とした、特権階級特有の傍若無人な振る舞い。だが、彼女の場合はそれが嫌味にならない。

 

 圧倒的な血筋と、それを裏打ちする絶大な実力。それが彼女の「在り方」として完成されているからだ。

 運営側が許可を出した以上、外野の俺がとやかく言う筋合いはない。

 

「だが、当事者たちはたまったものじゃないな……」

 

 俺は控え室付近の張り詰めた空気を感じ取り、眉をひそめた。メジロラモーヌはメジロ家の「決戦兵器」だ。実戦経験の有無など関係ない。彼女がそこに立つだけで、周囲のウマ娘たちは理解させられてしまうのだ。自分たちとの間にある、絶望的なまでの地力の差を。

 

「なんで、こんな……」

「ありえないわ、よりによってラモーヌ様なんて」

「夢なら、今すぐ醒めてほしい」

「自由に生きて、理不尽に死ぬ。そういうことか……」

 

 絶望に近い呟きが漏れ聞こえる。戦う前から心が折れている。ラモーヌはそんな彼女たちを一瞥し、小さく溜息を吐いた。彼女がレースに求めるのは「至高の愛」——すなわち、命を削り合うような極限の競争だ。萎縮し、実力を発揮できないウマ娘をただ刈り取ることなど、彼女の本意ではない。

 

 ラモーヌが一歩前へ出る。何か厳しい言葉を投げようとする気配を感じ、俺は彼女より先に喉を震わせた。

 

「皆さん! 聞いてくれ!」

 

 図書室で静かに本を読んでいた時とは別人のような、腹の底からの大声。喧騒が止み、視線が俺に集中する。俺は努めて「善意に満ちた、無神経な聖人」を演じながら、言葉を紡いだ。

 

「今、この瞬間、皆さんはきっと何かに立ち向かおうとしています。あるいは、すでに立ち向かった結果に傷ついているかもしれません。それでも、皆さんがここにいる。そのこと自体を、私は誇りに思います! あなたたちなら、きっとできます。今まで積み重ねてきた努力は、決して裏切りません」

 

 静まり返る場内。誰もが呆気にとられたように俺を見ている。俺は熱を込め、さらに続けた。

 

「どんなに小さな一歩でも、それは確実にあなたを強くしています。挑戦すること自体が、素晴らしい勇気の証です。もし、今から始まるレースで失敗し、心が折れそうになっても、どうか自分を責めないでください。大丈夫、ここからまた始めればいいんです」

 

 同情するような、聖母のような眼差しを向ける。だが、その内容は「お前たちは負ける」という宣告に他ならない。ウマ娘たちの瞳に、困惑と、そして微かな苛立ちが宿り始める。

 

「今回の『敗北の経験』は、決して無駄にはなりません。次に必ずあなたを強くし、もっと高いところへ連れていってくれるはずです。壁は、乗り越えられる人にしかやってきません。あなたたちにこの『高い壁』が立ち塞がったということは、あなたにはそれを越える資質があるという証拠なのです」

 

 『今回の敗北』という言葉が、彼女たちの耳を突き刺す。まだゲートすら開いていないというのに、勝手に負けを前提に話を進める俺の傲慢さ。それが、折れかかっていた彼女たちの心に怒りという火をつけた。

 

「これから新しいことに挑戦しようとして迷っているなら、どうか自分を信じてください。道は一つじゃない。やらないで後悔するより、やって後悔した方が絶対にいい。後悔した分だけ、あなたは成長できるのだから!」

 

 俺は堂々と、これ以上ないほど爽やかに言い放つ。ウマ娘たちの視線が、針のように鋭く突き刺さるのを感じる。いいぞ。折れた心よりも、燃え上がる憎しみの方が、今はまだマシだ。

 

「最後に、忘れないでください」

 

 彼女たちの闘争心が、ドロドロとした怒りとともに滾り始めている。

 

「あなたたちはこれまで何度も、知らないうちに壁を越えてきた。これからも、きっと越えていける。努力は裏切らない。挑戦はあなたを裏切らない。そして、あなた自身も、自分を裏切らないでください。あなたなら、できる! 今、この瞬間から、また一歩を踏み出しましょう。今回の『敗北』を糧にして!」

 

 お前は敗北するけど気にしないで頑張ろう——そんな、競争相手ですらない第三者からの無神経で上からの物言い。アスリートとして、これ以上屈辱的な激励があるだろうか。

 

「ふざけるな……!」

「絶対、勝つ。あいつの目の前で勝ってやる!」

「あのトレーナー……! その傲慢な舐めた態度、後悔させてやるからな!」

「メジロラモーヌがなんだ、お前の自慢のウマ娘の顔を吹っ飛ばしてやる!」

 

 殺気立った空気が控え室を支配する。絶望は消え、そこには『見返してやる』という執念だけが残っていた。不意に、背中に柔らかな衝撃を感じた。ラモーヌが、俺の背中を軽く叩いたのだ。

 

「……良いわ、貴方。素敵よ」

 

 彼女の低い声が耳元で響く。その瞳には、今まで見たこともないような愉悦の色が浮かんでいた。俺の意図を完璧に理解し、この最悪な空気すら楽しんでいる。

 

「……さあ、君もチャレンジャーだ。愛を証明してきてくれ」

「言われなくても」

 

 俺は彼女を送り出す。戦場へと向かう彼女の背中を見送りながら、俺は冷や汗を拭った。

 嫌われ役は性に合わないが、これで舞台は整った。死に体のライバルをなぎ倒すより、殺意に満ちた群狼を蹴散らす方が、きっと彼女の愛は深まるのだろう。

 

 そして、ふと思う。

 俺達は歴史に類を見ないヒールとして名を刻むのではないか? と。

 嫌だなそれ

好きなウマ娘は?

  • サトノダイヤモンド
  • メジロラモーヌ
  • スティルインラブ
  • マンハッタンカフェ
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