■■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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二話:皇帝②

 

 俺は最近できたばかりの森を、ひとりでゆっくりと探検していた。木漏れ日が柔らかく差し込む木々の間を歩きながら、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 

 地面はまだ踏み固められておらず、足元が少しふかふかとして心地いい。ところどころに小さな川が流れ、鳥のさえずりが静かに響いていた。

 

 こんな場所ができたばかりだとは思えないほど、すでに自然が息づいている。少し奥へ進んだところで、意外な姿が目に入った。

 

 小柄な体躯に、肩より長く一つに結んだ黒髪。前髪には特徴的な細い流星が逆さのFのように刻まれている。彼女はステイゴールドだった。

 

「まさかほかに人がいるとは。ステイゴールドだったか。確か君は旅好きだったね。初めまして」

 

 彼女は穏やかに振り返り、たれ目気味の瞳を細めて微笑んだ。飄々とした雰囲気の中に、どこか貫禄のようなものが感じられる。

 

「初めまして、トレーナー。君の意見には同意するよ。ここで会うと運命かな」

「確かに。珍しい巡り合わせだ」

 

 俺たちは自然と並んで歩き始めた。森の小道はちょうど二人で並べるくらいの幅があった。

 

「トレーナー。君はどれくらい旅をしているんだ? 前はどんな旅をしたか教えてくれよ」

 

 俺は少し足を止め、記憶を探るように空を見上げた。

 

「前の旅……どうだったかな。覚えていない。ただ楽しかった感覚だけは残っているね。風の匂いや、走った後の達成感のようなもの……それだけがぼんやりと心に残ってるよ」

 

 ステイゴールドは静かに頷き、俺の横顔をじっと見つめた。

 

「そうか。これはお節介かもしれないが、君との旅を知っているのは、ネオユニヴァース、ラモーヌ、アグネスタキオンだ。どう対応するかは任せるよ」

 

 その言葉に、俺は少し眉を寄せた。

 彼女の言う「旅」とは、俺が考えているものとは少し違う気がした。

 

「すまない。俺の理解が追いついてない。どういうニュアンスなんだ?」

 

 ステイゴールドは足を止め、俺の目を見つめながら、落ち着いた声で続けた。

 

「前の記憶、前の記録、前の過去、前の旅、過去の別宇宙。そういうやつだ。世界は進み、巡り、多くの重力が発生する」

 

 俺は彼女の言葉をじっくりと咀嚼した。

 

 ……なるほど。彼女が言っているのは、単なる過去の思い出ではなく、もっと大きなものだ。

 時間や世界が何度も繰り返され、分岐していくようなイメージ。俺が今ここにいるこの「俺」も、どこか別の宇宙や別の時間軸での旅の続きなのかもしれない。

 

 彼女はそんな多層的な「過去」を感じ取っているのだろう。世界が巡るたびに生まれる引力のようなものが、俺たちを再び引き寄せている……そんな風に思えた。

 

「重力?」

「ああ。人の出会いは重力と引力の関係に似ている。そういったウマ娘もいた」

 

 俺はさらに推測を深めた。

 彼女が言う「重力」とは、ただの物理的な力ではなく、魂と魂を引きつける目に見えない引力のことだ。

 

 出会うべき人同士が、時間や宇宙を超えて自然と近づいていく……そんな詩的な解釈を、彼女は好んでいるのかもしれない。あるいは実際に、そうした「重力」を感じる特別な感覚を持っているウマ娘が、彼女の周りにはいたのだろう。

 

 宇宙の法則を旅のメタファーとして語るのが好きな子か、それとも本当に星や宇宙の神秘に心を寄せている子だったのか。

 

 どちらにしても、彼女の言葉は俺の胸に静かな波紋を広げた。

 

「宇宙が好きなウマ娘か、あるいは詩的な引用を好むウマ娘だったのか、気になるな」

 

 ステイゴールドは小さく笑った。

 

「いつか会えるさ。運命とは人と人が出会いの先にある旅路だ。だから、それぞれの魂に旅の欠片は刻まれている。そしてそれは心を形作る因子として引き継がれるんだ。だからトレーナーも、ちゃんと考えて行動しなよ」

「面白い話だ。うん、わかった。少し考慮しておく。上手く解釈できるか分からないが。そういう君との旅はどうだった?」

 

 するとステイゴールドは足を止め、しっかりと俺の顔を見つめた。その瞳には、穏やかでありながら深い光が宿っていた。

 

「黄金のような旅だった」

 

 俺は自然と微笑み、彼女の言葉を受け止めた。

 

「旅は一期一会。出会いと別れの物語。それを黄金と表現してくれるのは格別だろうな。特に君と共に歩んだ者は、きっと特別な輝きを胸に刻んだはずだ」

 

 ステイゴールドは眩しそうに目を細めた。それはまるで、遠くの輝く黄金を優しく眺めているような、温かくも少し切ない視線だった。そして静かに目を閉じ、軽く手を振った。

 

「そうかな、そうだったら言うことはない。じゃあな。頑張れよ」

「気をつけて。良い旅を」

「お互いに」

 

 彼女はそう言い残すと、森の奥へとゆっくりと歩き去っていった。小柄な背中が木々の間に溶け込むまで、俺はしばらくその場に立っていた。

 

 その後、俺はもう少し森の奥へ進み、山の頂近くまで登った。そこから見える景色は格別だった。

 

 広がる森の緑と、遠くに霞む山並み、そして柔らかな陽光がすべてを優しく包み込んでいる。

 

 風が頰を撫で、ステイゴールドの言葉が頭の中で静かに反響した。結局、俺はゆっくりと安全な道を下り、帰宅した。胸の奥に、小さな黄金の欠片のようなものが一つ、確かに残っていた。

 

 いつかまた、別の「重力」に引かれて、彼女と出会う日が来るのかもしれない。

 そんな予感を抱きながら、俺は静かな満足感とともに家路についた。

 

 

 俺は森を後にした数日後、シンボリルドルフと自由時間で顔を合わせる機会があった。静かな場所で彼女と並んで座り、ふと思い立って問いかけた。

 

「旅の終わりについて、どう思う?」

 

 シンボリルドルフは少し首を傾げ、優雅な瞳で俺を見た。

 

「難しいな。何かのテストなのかな?」

「いや、不思議なウマ娘と出会ってね。俺と君の旅について考えてみてるんだ。気軽に考えてほしい」

 

 彼女は軽く息を吐き、率直に答えてくれた。

 

「そうか。率直な感想を言わせてもらえれば、歩むもの、だろう。自らの足で踏破するもの。その目的や結果は分からないが、一つ一つ現実を積み上げていく。そんな印象があるが」

 

 俺は頷いた。

 

「確かに。旅は歩むものだ。自分の足で踏み締めて進んでいくもの」

 

 多くの笑いと、多くの苦労と。

 出会いと別れ。

 好きになり、嫌いになる。

 旅の終わりは同時に、次の出会いと旅の始まりであり、無限に続いてくもの。俺は言葉を飲み込み、少しだけ目を伏せた。あの森で出会ったステイゴールドの言葉が、静かに胸の中で蘇っていた。

 

『黄金のような旅だった』

 

 彼女のたれ目気味の瞳と、眩しそうに細められた視線。小さな体躯で、自由気ままに旅を続ける彼女の姿。

 

 世界が巡り、重力が生まれ、魂の欠片が引き継がれていくという話。旅の終わりとは、本当は何を指すのだろう。

 

 一つの旅が終わっても、また新しい道が開ける。別れは必ず次の出会いを連れてくる。そして俺たちは、また自らの足でその道を踏みしめていく。

 

 シンボリルドルフは静かに俺の横顔を見つめていたが、何も追及せずにそっと微笑んだ。

 俺は心の中で、ステイゴールドの『旅』についてもう一度考えた。

 

 彼女にとっての黄金とは、きっとそんな無限の巡りの中にあるのだろう。そして俺の旅も、またどこかで彼女と重なる日が来るのかもしれない。その日、俺は穏やかな気持ちで帰路についた。

 

 足元に感じる地面の感触が、確かに「今」を歩んでいることを教えてくれていた。

 

 シンボリルドルフは言う

 

「きっと旅というのは正しいか、正しくないかではなく、己の意思があったかどうかだろう。問題があれば、知恵と勇気で切り開けばいい。その結果がどうかは、あまり重要ではないんだよ」

 

 俺は静かに微笑み、囁くように答えた。

 

「強いな、君は」

 

 物語は、いつも出会いの光から紡がれる。運命の波に立ち向かう旅は、決して途切れることなく続く。

 終わりなどというものはなく、ただ一つの章が閉じれば、次の扉が静かに開く。それは無意味な別れではなく、広く深く、魂と魂をつなぐ黄金の糸。先の景色を共に望むこと。

 

 同じ光を、同じ風を感じられないのは、時に恐ろしく、時に切なく胸を刺す。

 

 たとえ思い出が淡く色褪せても、物語の流れは、永遠に続いていく。俺は胸の奥で静かに息を整え、言葉を紡いだ。

 

「今、俺にできること。目の前にある信頼を、決して放棄することはできない。俺には、果たすべき責任がある。だから、どんな嵐が訪れようとも、顔を上げて歩みを進めよう」

 

 そう信じてくれるシンボリルドルフが、ここにいるから。

 

「それが、俺のやりたいこと。やらずにはいられないと思った。俺の心が、静かに、しかし激しく叫んでいる」

 

 シンボリルドルフは優しく目を細め、穏やかな声で応じた。

 

「大胆な告白だ」

「ああ。まだ見ぬ世界の景色を、夢想している。色々な思いを巡らせ、良い気分転換になったよ」

 

 俺たちは言葉を交わさず、ただ同じ静けさを分かち合った。旅とは、自らの足で大地を踏みしめるもの。

 多くの笑いと、幾つもの苦労を織り交ぜながら。

 

 出会いと別れを、愛おしむように繰り返しながら。ステイゴールドの黄金に輝く旅路も、シンボリルドルフの揺るぎない意思も、すべてが俺の胸の奥で、静かな光となって灯っていた。俺はゆっくりと顔を上げた。

 

先の景色はまだ霞んで見えないけれど、今、この瞬間にできることを、責任を胸に、静かに進もうと決めた。シンボリルドルフが、そっと微笑む気配を感じながら、俺は穏やかな余韻を胸に、その場を後にした。物語は、まだ、静かに、しかし確かに、続いている。

 

 

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