ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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11話:マンハッタンカフェ相談室①

 

 マンハッタンカフェは穏やかなウマ娘だった。

 俺とジャーニーを部屋へ招き入れると、慣れた手つきでコーヒーを淹れてくれる。

 

 部屋の中には見慣れない装飾品や古びた書物、何かの儀式に使いそうな道具が並んでいて、どこか現実から切り離されたような空気が漂っていた。

 だが、不思議と居心地は悪くない。むしろ静かで落ち着く。

 

「ありがとうございます、マンハッタンカフェさん」

 

 私と、その隣でジャーニーが丁寧に頭を下げる。

 

「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。年齢的にも立場的にも、トレーナーさんの方が上ですから。ジャーニーさんも」

「そ、そうかな。なら崩させてもらうね」

「ありがとうございます」

 

 俺がそう返すと、彼女は小さく微笑んだ。

 その仕草ひとつ取っても不思議だった。

 目の前にいるのは間違いなく学生のはずなのに、どこか数百年を生きた仙人と向き合っているような感覚がある。

 

 精神の質が違う。

 そう表現するのが一番しっくりきた。

 俺は湯気の立つコーヒーを口に運びながら尋ねる。

 

「マンハッタンカフェはここで何をしているんだ?」

「アドバイザーです」

 

 彼女は当たり前のように答えた。

 

「マンハッタンカフェ相談室。精神的に余裕がない皆さんと面談して、折り合いをつける。それが私の役割です」

「君がやるのか? 君自身のレースは」

「それはそれで勝てます。少なくとも今の私なら」

「凄い自信だな」

「事実です」

 

 静かな声音だった。

 威張るわけでもない。

 誇示するわけでもない。

 ただ事実を述べるだけの口調。

 

「もちろんレースは生き物ですから、勝ったり負けたりすることはあります。ですが、それも含めてそのウマ娘のスタンスですから」

「確かに」

「ふふ。珍しい部類なのは自覚しています」

 

 そこで会話が一度途切れる。

 アイスブレイクだったのだろう。

 マンハッタンカフェは金色の瞳を静かに俺へ向けた。

 

「トレーナーさん」

「ん?」

「貴方は運命を信じますか?」

 

 少しだけ考える。

 答えは簡単ではなかった。

 

「……何とも言えないな」

 

 俺は正直に答える。

 

「ただ、運命の車輪みたいなものはあると思う」

「ほう」

「人は生まれを選べないし、才能も環境も違う。どうにもならないことは確かにある。だけど、その中で何を選ぶかは本人次第だ。だから俺は、運命はある。でも変えることもできる。そんなスタンスだな」

 

 マンハッタンカフェは静かに頷いた。

 

「ええ。概ねその認識で合っています」

 

 そう言うと、彼女は窓の外へ視線を向ける。

 部屋の暖かな光が長い黒髪を照らしていた。

 

「この世界は、運命に支配されています」

 

 その言葉は重かった。

 

「ウマ娘の運命は、ある程度決められています。何を成し、何を失い、どこへ至るのか。大きな流れそのものを変えることはできません」

 

 まるで天気予報を語るような口調だった。

 

「それでは救いがないように聞こえるな」

「そうですね」

 

 彼女は否定しなかった。

 

「必死に勉強した受験生が不合格になるかもしれません。人生を賭けて絵を描いた画家が、死ぬまで評価されないかもしれません」

 

 その言葉に俺は黙って耳を傾ける。

 

「ですが」

 

 マンハッタンカフェは続けた。

 

「結果だけが人生ではありません」

 

 静かな声だった。けれど、不思議と胸に響く。

 

「もし結果が運命によって定められているのなら、私たちが変えられるのは過程です」

 

 彼女はコーヒーカップを指先でなぞる。

 

「死ぬまで売れなかった画家でも、自分の描きたいものを描き続けたのなら。その一筆一筆に自分の意志を込めたのなら。それは善い人生だったと言えるのではないでしょうか」

 

 俺は自然と頷いていた。

 その考え方は理解できる。むしろ俺自身の考え方に近かった。

 成功や失敗。

 勝利や敗北。

 そんなものに絶対的な価値はない。意味を与えるのは本人だ。だからこそ、自分で選ぶことに価値がある。

 

「変えられない運命を受け入れる覚悟を持つ」

 

 マンハッタンカフェは語る。

 

「ですが、その運命へ至るまでの人生は、自分の意志で良くすることができます」

 

 それは諦めではなかった。むしろ逆だ。結果に執着しすぎることなく、自分ができることを最後までやり抜く。

 そんな強さだった。

 

「だからウマ娘にとって大切なのは」

 

 金色の瞳が俺を見つめる。

 

「運命が良かったか悪かったかではありません」

 

 静かに。

 優しく。

 まるで答え合わせをするように。

 

「その運命の過程に納得できるかどうかです」

 

 その瞬間、俺は腑に落ちた。

 ああ、そういうことか。

 結果が全てではない。

 どんな結末になろうと、自分で選び、自分で歩き、自分で責任を持ったのなら。

 その人生はきっと価値がある。

 

 納得できる。

 俺がトレーナーとしてウマ娘に求めているものも、結局はそこなのだろう。

 勝てばいいわけじゃない。

 負けなければいいわけでもない。

 自分で選び、自分で走り切ること。そして最後に、自分の人生を肯定できること。

 それこそが大切なのだ。

 

「なるほどな」

 

 俺はコーヒーを一口飲んだ。

 

 少し苦い。だが嫌な苦さではない。

 

「俺はその考え方、好きだよ」

 

 マンハッタンカフェは微笑む。

 

「そうですか」

「ああ」

 

 変えられない運命があるとしても、そこへ至る道だけは、自分で選べる。その考え方は、不思議なくらい俺の胸にしっと収まっていた。

 

 

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