ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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12話:破神同盟

 

 コーヒーの香りが静かに漂う。マンハッタンカフェの語る運命論は、俺の中にすんなりと落ちていた。

 変えられない結果がある。だが、そこへ至る過程には意思がある。だからこそ人は選び、悩み、足掻く意味がある。

 そして。

 だからこそ俺は、聞かなければならないことがあった。

 

「マンハッタンカフェ」

「はい」

「その運命とか、因子とか、そういう話を信じたうえで」

 

 彼女の金色の瞳が俺を見つめる。

 

「俺は会得したい」

「……何をでしょう?」

「超常現象を利用した技術だ」

 

 部屋の空気が少しだけ変わる。

 ジャーニーも黙って俺を見ていた。

 

「友情トレーニング理論、因子継承理論、才能開花理論、覚醒レベル理論、スキルヒント理論」

 

 この世界には明らかに説明のつかない技術が存在する。ただ努力しただけでは説明できない。ただ根性論では片付けられない。何かがある。ウマ娘の運命そのものに干渉するような技術体系が。

 

「俺はそれを学びたい」

 

 マンハッタンカフェは黙って聞いている。

 

「理由を聞いても?」

「ライスシャワーだ」

 

 即答だった。

 

「ライスを強くしたい」

 

 それが俺の答えだった。

 マンハッタンカフェは静かに瞬きをする。

 

「担当はメジロラモーヌでは?」

「そうだ」

「でしたら、まずラモーヌさんを強くするべきでは?」

 

 もっともな疑問だった。だが俺は首を振る。

 

「必要ない」

「ほう」

「ラモーヌは完成している」

 

 あのウマ娘は異常だ。

 才能も、努力も、覚悟も、レースへの情熱も何もかもが高い次元で成立している。

 

「正直に言うと、俺が介入する余地があまりない」

 

 苦笑する。

 

「トレーナーとしてどうなんだって話だけどな」

「ふふ」

「だが、それなら別のやり方がある」

 

 俺は椅子にもたれた。

 

「敵を強くする」

 

 マンハッタンカフェの目が細まる。

 

「ラモーヌが望むレースを作る」

「なるほど」

「中途半端な相手じゃ意味がない」

 

 俺はラモーヌを思い出す。

 あの挑発的な瞳。

 勝利に飢えた獣のような笑み。

 本気で走る者だけを愛する姿勢。

 

「ラモーヌは勝ちたいんじゃない」

「……」

「本気のレースを愛してる」

 

 だから周囲が萎縮することを嫌う。最初から負けると思いながら走ることを嫌う。強者だからと過度に警戒されることを嫌う。

 そんなものは勝負じゃない。

 

「だからライスを強くする」

「そして?」

「他のウマ娘も強くする」

 

 俺は迷わず言った。

 

「ラモーヌの前に立つ全員が本気で勝ちに行く」

「その環境を作る」

「その結果ラモーヌが負けたとしても?」

 

 マンハッタンカフェは問いかける。

 静かだった。だが核心を突いていた。俺は即答した。

 

「当然だ」

 

 迷いはなかった。

 

「負けてもいい」

 

 むしろ。

 

「本気でやった結果なら、それでいい」

 

 レースは勝敗だけじゃない。勝つために本気で走ること。全力を尽くすこと。自分の限界へ挑むこと。

 そこに価値がある。

 

「ラモーヌだってそう思うはずだ」

 

 俺は確信していた。

 全員が震えながらスタートラインに立つレース。

 最初から負けると思っているレース。

 ラモーヌだから無理だと諦めるレース。

 そんなもの。

 

「一番ラモーヌが嫌うだろ」

 

 沈黙が落ちる。

 数秒。

 やがて。

 マンハッタンカフェは小さく微笑んだ。

 

「ええ」

 

 優しい笑みだった。

 

「その通りですね」

 

 彼女は頷く。

 

「本気で勝ちに来る相手だからこそ、勝つ価値がある」

「そういうことだ」

「なら」

 

 マンハッタンカフェはコーヒーカップを置いた。

 

「私も参加しましょう」

「……ん?」

「レースです」

 

 さらりと言う。

 

「私は強いですよ」

「それは知ってる」

「でしたら問題ありません」

 

 問題しかない気がする。だが本人は平然としていた。

 

「私もまた、自分の運命を走るウマ娘です」

 

 金色の瞳が静かに輝く。

 

「ラモーヌさんも、ライスさんも、そして私も」

 

 マンハッタンカフェは微笑む。

 

「本気で走る相手が増えるのは歓迎です」

 

 その言葉に嘘はなかった。勝ち負けではない。誰もが自らの意思で走る。運命に抗うためではなく。運命へ至る過程を、自分自身のものにするために。

 俺は思わず笑った。

 

「なるほどな」

「はい」

「相談室って聞いてたけど」

「ええ」

「随分と戦闘的なアドバイザーだ」

 

 マンハッタンカフェは少しだけ首を傾げる。

 そして。

 

「ウマ娘ですので」

 

 当然のようにそう答えた。

 その瞬間、ジャーニーが小さく吹き出した。

 俺もつられて笑う。確かにその通りだった。どれだけ達観していても。どれだけ運命を理解していても。彼女たちはウマ娘なのだ。ならば最後に行き着く場所は決まっている。

 ターフだ。

 全力で勝利を奪い合う場所。

 そこへ向かうために。

 俺はまず、ライスシャワーを探しに行こうと思った。

 マンハッタンカフェがレースへの参加を表明したことで、この場の空気は少し変わった。

 相談室だったはずなのに、気付けば作戦会議のようになっている。

 

 いや、もしかすると最初からそうだったのかもしれない。運命について語り合い、自分たちが何を望むのかを確認する。

 それは戦う前の準備そのものだった。

 

「それでしたら」

 

 不意にドリームジャーニーが口を開いた。

 

「私も参加させていただきます」

 

 俺は視線を向ける。

 ジャーニーは紅茶――ではなく、カフェが気を遣って用意した別の飲み物を静かに置いた。

 

「元々、その予定でしたので」

「予定?」

「ええ」

 

 ジャーニーは眼鏡を押し上げる。

 

「私は何度もメジロラモーヌさんに敗北しています」

 

 何でもないことのように言った。

 だが。

 その言葉の奥には積み重なった執念が見える。

 

「何度も?」

「何度もです」

 

 即答だった。

 

「勝てそうだと思ったこともあります」

「ほう」

「今回はいけると思ったこともあります」

「それで?」

「負けました」

 

 淡々と語る。だが、その淡々さが逆に怖い。

 

「負けました」

 

 もう一度繰り返す。

 

「負けました」

 

 三度目だった。何だろう。笑顔なのに圧が凄い。

 俺はそっと目を逸らした。

 

「ですので」

 

 ジャーニーは続ける。

 

「次こそは勝ちたいのです」

 

 その言葉だけは真っ直ぐだった。

 飾りもない、理屈もない。ただ純粋な願い。

 

「私はステイゴールドさんの背中を追いかけています」

 

 静かに語る。

 

「だからこそ理解したいのです」

「何を?」

「強者に挑み続ける意味を」

 

 その瞳には確かな熱があった。

 

「ラモーヌさんは私にとって嵐です」

 

 ジャーニーは微笑む。

 

「乗り越え、勝ちたい。理解したい。だから参加します」

 

 俺は思わず笑った。

 なるほど。この子も十分おかしい。いや。むしろ正常なのかもしれない。ラモーヌという怪物に何度も叩き潰されながら、まだ挑む気でいる。

 それは立派な狂気だった。

 

「いいな」

 

 俺は頷く。

 

「そういうの好きだ」

「ありがとうございます」

「褒めてないぞ」

「承知しております」

 

 全く気にした様子がない。

 マンハッタンカフェが小さく笑った。

 

「では、チームになりますか?」

 

 その言葉に全員が少し考える。

 ライス。

 ドリームジャーニー。

 マンハッタンカフェ。

 そして俺。

 目的はそれぞれ違う。だが向かう先は同じだ。ラモーヌが望む、本気のレース。全力でぶつかり合う舞台。

 

「チームか」

 

 悪くない。

 

「名前は?」

 

 俺が尋ねると何故かジャーニーが即答した。

 

「破神同盟」

 

 部屋が静かになった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 数秒の沈黙。

 

「待て」

 

 俺は思わず突っ込んだ。

 

「物騒じゃないか?」

「そうでしょうか?」

 

 ジャーニーは本気で首を傾げた。

 

「神を破る同盟です」

「説明されても怖い」

「運命を司る存在がいるのであれば」

 

 ジャーニーは真面目な顔で言う。

 

「それを乗り越える意思を示す名前としては適切かと」

 

 なるほど。

 理屈はわかる。

 わかるが。

 

「字面が完全にラスボス組織なんだよな……」

「格好良いと思いますが」

「ジャーニーさんらしいですね」

 

 マンハッタンカフェが苦笑する。

 

「却下ですか?」

「いや」

 

 俺は少し考えた。そして笑う。

 

「いや、いいんじゃないか」

「ほう?」

「運命があるなら挑めばいい」

「変えられないものがあるなら、それでも納得できるまで走ればいい」

 

 マンハッタンカフェの言葉を思い出す。

 運命は変えられない。だが過程は変えられる。ならば。運命に喧嘩を売るくらいで丁度いい。

 

「破神同盟」

 

 口に出してみる。

 確かに物騒だ。だが嫌いじゃない。

 

「よし」

 

 俺は立ち上がる。

 

「結成だ」

 

 ライスシャワー。

 ドリームジャーニー。

 マンハッタンカフェ。

 

 それぞれ違う理由でラモーヌへ挑む者たち。

 

 勝ちたい者。

 追いつきたい者。

 理解したい者。

 そして俺は。

 そんな彼女たちが本気で走れる舞台を作りたい。

 

「目標は一つ」

 

 俺は笑った。

 

「ラモーヌを震えさせるレースを作る」

 

 その言葉に。

 マンハッタンカフェは静かに微笑み。

 ドリームジャーニーは満足そうに頷いた。

 最強のティアラウマ娘へ挑戦状を叩きつけるチーム

 破神同盟。

 その始まりは、一杯のコーヒーから始まる。

 

 

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