■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。 作:あばなたらたやた
コーヒーの香りが静かに漂う。マンハッタンカフェの語る運命論は、俺の中にすんなりと落ちていた。
変えられない結果がある。だが、そこへ至る過程には意思がある。だからこそ人は選び、悩み、足掻く意味がある。
そして。
だからこそ俺は、聞かなければならないことがあった。
「マンハッタンカフェ」
「はい」
「その運命とか、因子とか、そういう話を信じたうえで」
彼女の金色の瞳が俺を見つめる。
「俺は会得したい」
「……何をでしょう?」
「超常現象を利用した技術だ」
部屋の空気が少しだけ変わる。
ジャーニーも黙って俺を見ていた。
「友情トレーニング理論、因子継承理論、才能開花理論、覚醒レベル理論、スキルヒント理論」
この世界には明らかに説明のつかない技術が存在する。ただ努力しただけでは説明できない。ただ根性論では片付けられない。何かがある。ウマ娘の運命そのものに干渉するような技術体系が。
「俺はそれを学びたい」
マンハッタンカフェは黙って聞いている。
「理由を聞いても?」
「ライスシャワーだ」
即答だった。
「ライスを強くしたい」
それが俺の答えだった。
マンハッタンカフェは静かに瞬きをする。
「担当はメジロラモーヌでは?」
「そうだ」
「でしたら、まずラモーヌさんを強くするべきでは?」
もっともな疑問だった。だが俺は首を振る。
「必要ない」
「ほう」
「ラモーヌは完成している」
あのウマ娘は異常だ。
才能も、努力も、覚悟も、レースへの情熱も何もかもが高い次元で成立している。
「正直に言うと、俺が介入する余地があまりない」
苦笑する。
「トレーナーとしてどうなんだって話だけどな」
「ふふ」
「だが、それなら別のやり方がある」
俺は椅子にもたれた。
「敵を強くする」
マンハッタンカフェの目が細まる。
「ラモーヌが望むレースを作る」
「なるほど」
「中途半端な相手じゃ意味がない」
俺はラモーヌを思い出す。
あの挑発的な瞳。
勝利に飢えた獣のような笑み。
本気で走る者だけを愛する姿勢。
「ラモーヌは勝ちたいんじゃない」
「……」
「本気のレースを愛してる」
だから周囲が萎縮することを嫌う。最初から負けると思いながら走ることを嫌う。強者だからと過度に警戒されることを嫌う。
そんなものは勝負じゃない。
「だからライスを強くする」
「そして?」
「他のウマ娘も強くする」
俺は迷わず言った。
「ラモーヌの前に立つ全員が本気で勝ちに行く」
「その環境を作る」
「その結果ラモーヌが負けたとしても?」
マンハッタンカフェは問いかける。
静かだった。だが核心を突いていた。俺は即答した。
「当然だ」
迷いはなかった。
「負けてもいい」
むしろ。
「本気でやった結果なら、それでいい」
レースは勝敗だけじゃない。勝つために本気で走ること。全力を尽くすこと。自分の限界へ挑むこと。
そこに価値がある。
「ラモーヌだってそう思うはずだ」
俺は確信していた。
全員が震えながらスタートラインに立つレース。
最初から負けると思っているレース。
ラモーヌだから無理だと諦めるレース。
そんなもの。
「一番ラモーヌが嫌うだろ」
沈黙が落ちる。
数秒。
やがて。
マンハッタンカフェは小さく微笑んだ。
「ええ」
優しい笑みだった。
「その通りですね」
彼女は頷く。
「本気で勝ちに来る相手だからこそ、勝つ価値がある」
「そういうことだ」
「なら」
マンハッタンカフェはコーヒーカップを置いた。
「私も参加しましょう」
「……ん?」
「レースです」
さらりと言う。
「私は強いですよ」
「それは知ってる」
「でしたら問題ありません」
問題しかない気がする。だが本人は平然としていた。
「私もまた、自分の運命を走るウマ娘です」
金色の瞳が静かに輝く。
「ラモーヌさんも、ライスさんも、そして私も」
マンハッタンカフェは微笑む。
「本気で走る相手が増えるのは歓迎です」
その言葉に嘘はなかった。勝ち負けではない。誰もが自らの意思で走る。運命に抗うためではなく。運命へ至る過程を、自分自身のものにするために。
俺は思わず笑った。
「なるほどな」
「はい」
「相談室って聞いてたけど」
「ええ」
「随分と戦闘的なアドバイザーだ」
マンハッタンカフェは少しだけ首を傾げる。
そして。
「ウマ娘ですので」
当然のようにそう答えた。
その瞬間、ジャーニーが小さく吹き出した。
俺もつられて笑う。確かにその通りだった。どれだけ達観していても。どれだけ運命を理解していても。彼女たちはウマ娘なのだ。ならば最後に行き着く場所は決まっている。
ターフだ。
全力で勝利を奪い合う場所。
そこへ向かうために。
俺はまず、ライスシャワーを探しに行こうと思った。
マンハッタンカフェがレースへの参加を表明したことで、この場の空気は少し変わった。
相談室だったはずなのに、気付けば作戦会議のようになっている。
いや、もしかすると最初からそうだったのかもしれない。運命について語り合い、自分たちが何を望むのかを確認する。
それは戦う前の準備そのものだった。
「それでしたら」
不意にドリームジャーニーが口を開いた。
「私も参加させていただきます」
俺は視線を向ける。
ジャーニーは紅茶――ではなく、カフェが気を遣って用意した別の飲み物を静かに置いた。
「元々、その予定でしたので」
「予定?」
「ええ」
ジャーニーは眼鏡を押し上げる。
「私は何度もメジロラモーヌさんに敗北しています」
何でもないことのように言った。
だが。
その言葉の奥には積み重なった執念が見える。
「何度も?」
「何度もです」
即答だった。
「勝てそうだと思ったこともあります」
「ほう」
「今回はいけると思ったこともあります」
「それで?」
「負けました」
淡々と語る。だが、その淡々さが逆に怖い。
「負けました」
もう一度繰り返す。
「負けました」
三度目だった。何だろう。笑顔なのに圧が凄い。
俺はそっと目を逸らした。
「ですので」
ジャーニーは続ける。
「次こそは勝ちたいのです」
その言葉だけは真っ直ぐだった。
飾りもない、理屈もない。ただ純粋な願い。
「私はステイゴールドさんの背中を追いかけています」
静かに語る。
「だからこそ理解したいのです」
「何を?」
「強者に挑み続ける意味を」
その瞳には確かな熱があった。
「ラモーヌさんは私にとって嵐です」
ジャーニーは微笑む。
「乗り越え、勝ちたい。理解したい。だから参加します」
俺は思わず笑った。
なるほど。この子も十分おかしい。いや。むしろ正常なのかもしれない。ラモーヌという怪物に何度も叩き潰されながら、まだ挑む気でいる。
それは立派な狂気だった。
「いいな」
俺は頷く。
「そういうの好きだ」
「ありがとうございます」
「褒めてないぞ」
「承知しております」
全く気にした様子がない。
マンハッタンカフェが小さく笑った。
「では、チームになりますか?」
その言葉に全員が少し考える。
ライス。
ドリームジャーニー。
マンハッタンカフェ。
そして俺。
目的はそれぞれ違う。だが向かう先は同じだ。ラモーヌが望む、本気のレース。全力でぶつかり合う舞台。
「チームか」
悪くない。
「名前は?」
俺が尋ねると何故かジャーニーが即答した。
「破神同盟」
部屋が静かになった。
「……」
「……」
「……」
数秒の沈黙。
「待て」
俺は思わず突っ込んだ。
「物騒じゃないか?」
「そうでしょうか?」
ジャーニーは本気で首を傾げた。
「神を破る同盟です」
「説明されても怖い」
「運命を司る存在がいるのであれば」
ジャーニーは真面目な顔で言う。
「それを乗り越える意思を示す名前としては適切かと」
なるほど。
理屈はわかる。
わかるが。
「字面が完全にラスボス組織なんだよな……」
「格好良いと思いますが」
「ジャーニーさんらしいですね」
マンハッタンカフェが苦笑する。
「却下ですか?」
「いや」
俺は少し考えた。そして笑う。
「いや、いいんじゃないか」
「ほう?」
「運命があるなら挑めばいい」
「変えられないものがあるなら、それでも納得できるまで走ればいい」
マンハッタンカフェの言葉を思い出す。
運命は変えられない。だが過程は変えられる。ならば。運命に喧嘩を売るくらいで丁度いい。
「破神同盟」
口に出してみる。
確かに物騒だ。だが嫌いじゃない。
「よし」
俺は立ち上がる。
「結成だ」
ライスシャワー。
ドリームジャーニー。
マンハッタンカフェ。
それぞれ違う理由でラモーヌへ挑む者たち。
勝ちたい者。
追いつきたい者。
理解したい者。
そして俺は。
そんな彼女たちが本気で走れる舞台を作りたい。
「目標は一つ」
俺は笑った。
「ラモーヌを震えさせるレースを作る」
その言葉に。
マンハッタンカフェは静かに微笑み。
ドリームジャーニーは満足そうに頷いた。
最強のティアラウマ娘へ挑戦状を叩きつけるチーム
破神同盟。
その始まりは、一杯のコーヒーから始まる。
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