■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。 作:あばなたらたやた
破神同盟が結成された。
……とはいえ、その事実を知っているのは現時点で俺、マンハッタンカフェ、ドリームジャーニーの三人だけである。そして、その中心人物の一人でありながら、何も知らないウマ娘がいた。
ライスシャワーだ。
「え?」
ライスが首を傾げる。
「えっと……トレーナーさん?」
「ん?」
「ライス、何かした?」
「してない」
「本当に?」
「本当に」
「でも……」
ライスは不安そうに周囲を見渡した。俺は現在、ライスと並んで学園の廊下を歩いている。
行き先はマンハッタンカフェ相談室だ。その事実を伝えた瞬間から、ライスは明らかに挙動不審になっていた。
「マンハッタンカフェさんの相談室って……」
「うん」
「何か悩みがある人が行く場所だよね……?」
「そうだな」
「ライス、知らないうちに問題を起こしたのかな……」
しょんぼり。
耳が垂れる。
「そんなことはない」
「でも……」
「ない」
「ほんとに?」
「ほんとに」
ライスは納得していない顔だった。
まあ気持ちは分かる。
突然トレーナーに呼び出され、相談室へ連行されているようなものだ。
俺でも警戒する。
「安心しろ」
「うぅ……」
「怒られるわけじゃない」
「じゃあ褒められるの……?」
「それも違うな」
「じゃあ何……?」
俺は少し考える。そして正直に答えた。
「仲間集めだ」
「仲間……?」
ライスの頭の上に疑問符が浮かんでいる気がした。
相談室の扉を開く。
コーヒーの香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませ」
マンハッタンカフェが穏やかに微笑む。
いつ見ても落ち着いている。学生というより、どこか人生経験を積んだ大人のようだ。
隣にはドリームジャーニーもいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
ライスは緊張している。
それもそのはずだ。
片方は学園内でも有名な相談役。もう片方は見るからに頭の切れる優等生。
そこへ自分だけ呼ばれたのだ。落ち着けという方が無理だろう。
「どうぞ」
マンハッタンカフェが椅子を勧める。
ライスはおずおずと腰を下ろした。まるで面接会場で結果を待つ受験生みたいだった。
耳がぺたんと寝ている。尻尾も落ち着かない様子で揺れていた。
マンハッタンカフェはそんなライスを見て、小さく微笑む。
「緊張していますか?」
「は、はい……」
「そうですか」
彼女は頷いた。
「では、そのままで大丈夫ですよ」
「え?」
ライスが目を瞬く。
「無理に平気なふりをしなくても大丈夫です」
「でも……」
「怖いなら怖いで構いません」
「……」
「不安なら不安で」
マンハッタンカフェの声は静かだった。
優しい。励ますというより受け止める声だった。
「私はそういう人たちの話を聞くためにここにいますから」
ライスの肩から少し力が抜ける。
俺はそれを見ていた。
なるほど。これがマンハッタンカフェ相談室か。相手を否定しない。変えようともしない。まず受け入れる。だから人は話してしまうのだろう。
「ライスさん」
「は、はい」
「貴女は何を願っていますか?」
静かな問いだった。だがライスは答えられなかった。
俯く。
指先がもじもじ動く。何度も口を開こうとして。閉じる。マンハッタンカフェは待った。一切急かさない。沈黙が流れる。普通の人間なら焦れてしまうだろう。だが彼女は違う。
相手の言葉が出てくるまで待つ。
コーヒーを淹れるみたいに。
ゆっくりと。
丁寧に。
やがてライスが小さく口を開いた。
「ライスは……」
声が震えている。
「ライスは……」
もう一度。
「誰かを幸せにしたいです」
ぽつり。
その一言が落ちた。
「みんなを笑顔にしたい。青い薔薇になりたい、誰かの役に立ちたい」
少しずつ。
少しずつ。
胸の奥にしまっていたものが出てくる。
「必要とされたいんです」
ライスは言った。
「ライスがいて良かったって。そう言ってもらえたら嬉しい」
その言葉はとてもライスらしかった。
誰かを踏みつけて勝ちたいわけじゃない。自分だけ幸せになりたいわけでもない。誰かの幸せになりたい。
だから走る。
だから頑張る。
それがライスシャワーというウマ娘だった。
「強くなりたいです」
ライスは続ける。
「でも怖いんです」
「何がですか?」
「全部……」
弱々しい声だった。
「負けるのも、嫌われるのも、期待に応えられないのも」
ライスはぎゅっと手を握る。
「ライスが頑張ったせいで誰かが悲しむのも怖い」
部屋が静かになる。
それは彼女の原点だった。
不幸体質。
不幸を呼ぶウマ娘。
そう呼ばれ続けた過去。
ライス自身は誰かを傷付けたかったわけではない。
ただ生きていた。
ただ全力を尽くして生きていた。
それなのに常に誰かに迷惑をかけていた。
その記憶が今も彼女を縛っている。
「だから」
ライスは少し笑った。
泣きそうな笑顔だった。
「ラモーヌさんって凄いなって思うんです」
俺は黙って聞いていた。
「ライスには絶対なれない」
「……」
「だって」
ライスは言う。
「誰かに必要とされないまま頑張るのって、怖くてできないもん」
マンハッタンカフェは静かに頷いた。
否定しなかった。
「そうですね」
そして少し考えるように窓の外を見る。
「流れ星をご存知ですか?」
ライスが顔を上げる。
「夜空を横切る光……ですよね」
「い、は願い事をする人もいますね」
静かな語りだった。
「ですが」
カフェは続ける。
「流れ星というのは正確には星ではありません」
「え?」
「燃えながら落ちている石です」
ライスが驚く。
俺も初めて聞いた時は同じ反応だった。
「だから美しい」
カフェは言う。
「だから目を奪われる。だから皆が見上げる」
その声はどこか寂しかった。
「そして。落ちた後のことは誰も覚えていない」
沈黙。
その意味を皆が理解していた。
メジロラモーヌ。
圧倒的な才能。
圧倒的な美しさ。
圧倒的な完成度。
誰もが憧れる。
誰もが見上げる。
だが、その光が燃え尽きた後は誰が覚えているのだろう。
「貴女は美しいですね」
カフェは静かに呟いた。
ここにいない誰かへ向けるように。
「ラモーヌさん。少し心配になるくらいに」
その言葉には尊敬と。
ほんの少しの哀しみが混じっていた。
「同感です」
ドリームジャーニーが口を開く。
その瞳は真っ直ぐだった。
「メジロラモーヌさんは完成された存在なのでしょう」
誰よりも強く。
誰よりも美しく。
誰よりも正しい。
その評価に異論はない。
だがジャーニーはそこで止まらない。
「だからこそ疑問なのです」
その声は穏やかだった。しかし鋭かった。
「完成しているのなら、なぜ未だに走っているのですか?」
部屋が静かになる。
「まだ何かが足りないのでしょうか? それとも」
ジャーニーは笑う。
「ご自身でも認めたくない飢えが残っているのでしょうか」
俺は思わず苦笑した。
本当にこの子はラモーヌを知っているんだなと思う。だからこそ挑み続ける。だからこそ何度負けても立ち上がる。
「安心してください」
ジャーニーは言う。
「私はその方が好きですよ」
そして静かに結論を告げた。
「完璧な偶像よりも、満たされない怪物の方が、遥かに美しい」
その瞬間。
俺は確信した。
この三人は仲間になれる。
ライスはラモーヌに憧れている。
カフェはラモーヌを案じている。
ジャーニーはラモーヌを追いかけている。
形は違う。理由も違う。だが全員が同じ方向を向いている。だから俺は笑った。
「よし」
三人がこちらを見る。
「破神同盟へようこそ、ライス」
「えっ」
「えっ?」
「は、破神……?」
ライスの顔が青くなる。
そして。
「な、なんか凄く悪い組織みたいなんだけど!?」
その悲鳴が相談室に響いた。
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