■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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14話:ライスシャワーの正式加入

 

 破神同盟が結成された。

 ……とはいえ、その事実を知っているのは現時点で俺、マンハッタンカフェ、ドリームジャーニーの三人だけである。そして、その中心人物の一人でありながら、何も知らないウマ娘がいた。

 ライスシャワーだ。

 

「え?」

 

 ライスが首を傾げる。

 

「えっと……トレーナーさん?」

「ん?」

「ライス、何かした?」

「してない」

「本当に?」

「本当に」

「でも……」

 

 ライスは不安そうに周囲を見渡した。俺は現在、ライスと並んで学園の廊下を歩いている。

 行き先はマンハッタンカフェ相談室だ。その事実を伝えた瞬間から、ライスは明らかに挙動不審になっていた。

 

「マンハッタンカフェさんの相談室って……」

「うん」

「何か悩みがある人が行く場所だよね……?」

「そうだな」

「ライス、知らないうちに問題を起こしたのかな……」

 

 しょんぼり。

 耳が垂れる。

 

「そんなことはない」

「でも……」

「ない」

「ほんとに?」

「ほんとに」

 

 ライスは納得していない顔だった。

 まあ気持ちは分かる。

 突然トレーナーに呼び出され、相談室へ連行されているようなものだ。

 俺でも警戒する。

 

「安心しろ」

「うぅ……」

「怒られるわけじゃない」

「じゃあ褒められるの……?」

「それも違うな」

「じゃあ何……?」

 

 俺は少し考える。そして正直に答えた。

 

「仲間集めだ」

 

「仲間……?」

 

 ライスの頭の上に疑問符が浮かんでいる気がした。

 相談室の扉を開く。

 コーヒーの香りが漂ってきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 マンハッタンカフェが穏やかに微笑む。

 いつ見ても落ち着いている。学生というより、どこか人生経験を積んだ大人のようだ。

 隣にはドリームジャーニーもいた。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは……」

 

 ライスは緊張している。

 それもそのはずだ。

 片方は学園内でも有名な相談役。もう片方は見るからに頭の切れる優等生。

 そこへ自分だけ呼ばれたのだ。落ち着けという方が無理だろう。

 

「どうぞ」

 

 マンハッタンカフェが椅子を勧める。

 ライスはおずおずと腰を下ろした。まるで面接会場で結果を待つ受験生みたいだった。

 耳がぺたんと寝ている。尻尾も落ち着かない様子で揺れていた。

 マンハッタンカフェはそんなライスを見て、小さく微笑む。

 

「緊張していますか?」

「は、はい……」

「そうですか」

 

 彼女は頷いた。

 

「では、そのままで大丈夫ですよ」

「え?」

 

 ライスが目を瞬く。

 

「無理に平気なふりをしなくても大丈夫です」

「でも……」

「怖いなら怖いで構いません」

「……」

「不安なら不安で」

 

 マンハッタンカフェの声は静かだった。

 優しい。励ますというより受け止める声だった。

 

「私はそういう人たちの話を聞くためにここにいますから」

 

 ライスの肩から少し力が抜ける。

 俺はそれを見ていた。

 なるほど。これがマンハッタンカフェ相談室か。相手を否定しない。変えようともしない。まず受け入れる。だから人は話してしまうのだろう。

 

「ライスさん」

「は、はい」

「貴女は何を願っていますか?」

 

 静かな問いだった。だがライスは答えられなかった。

 俯く。

 指先がもじもじ動く。何度も口を開こうとして。閉じる。マンハッタンカフェは待った。一切急かさない。沈黙が流れる。普通の人間なら焦れてしまうだろう。だが彼女は違う。

 相手の言葉が出てくるまで待つ。

 コーヒーを淹れるみたいに。

 ゆっくりと。

 丁寧に。

 やがてライスが小さく口を開いた。

 

「ライスは……」

 

 声が震えている。

 

「ライスは……」

 

 もう一度。

 

「誰かを幸せにしたいです」

 

 ぽつり。

 その一言が落ちた。

 

「みんなを笑顔にしたい。青い薔薇になりたい、誰かの役に立ちたい」

 

 少しずつ。

 少しずつ。

 胸の奥にしまっていたものが出てくる。

 

「必要とされたいんです」

 

 ライスは言った。

 

「ライスがいて良かったって。そう言ってもらえたら嬉しい」

 

 その言葉はとてもライスらしかった。

 誰かを踏みつけて勝ちたいわけじゃない。自分だけ幸せになりたいわけでもない。誰かの幸せになりたい。

 だから走る。

 だから頑張る。

 それがライスシャワーというウマ娘だった。

 

「強くなりたいです」

 

 ライスは続ける。

 

「でも怖いんです」

「何がですか?」

「全部……」

 

 弱々しい声だった。

 

「負けるのも、嫌われるのも、期待に応えられないのも」

 

 ライスはぎゅっと手を握る。

 

「ライスが頑張ったせいで誰かが悲しむのも怖い」

 

 部屋が静かになる。

 それは彼女の原点だった。

 不幸体質。

 不幸を呼ぶウマ娘。

 そう呼ばれ続けた過去。

 ライス自身は誰かを傷付けたかったわけではない。

 

 ただ生きていた。

 ただ全力を尽くして生きていた。

 それなのに常に誰かに迷惑をかけていた。

 その記憶が今も彼女を縛っている。

 

「だから」

 

 ライスは少し笑った。

 泣きそうな笑顔だった。

 

「ラモーヌさんって凄いなって思うんです」

 

 俺は黙って聞いていた。

 

「ライスには絶対なれない」

「……」

「だって」

 

 ライスは言う。

 

「誰かに必要とされないまま頑張るのって、怖くてできないもん」

 

 マンハッタンカフェは静かに頷いた。

 否定しなかった。

 

「そうですね」

 

 そして少し考えるように窓の外を見る。

 

「流れ星をご存知ですか?」

 

 ライスが顔を上げる。

 

「夜空を横切る光……ですよね」

「い、は願い事をする人もいますね」

 

 静かな語りだった。

 

「ですが」

 

 カフェは続ける。

 

「流れ星というのは正確には星ではありません」

「え?」

「燃えながら落ちている石です」

 

 ライスが驚く。

 俺も初めて聞いた時は同じ反応だった。

 

「だから美しい」

 

 カフェは言う。

 

「だから目を奪われる。だから皆が見上げる」

 

 その声はどこか寂しかった。

 

「そして。落ちた後のことは誰も覚えていない」

 

 沈黙。

 その意味を皆が理解していた。

 メジロラモーヌ。

 圧倒的な才能。

 圧倒的な美しさ。

 圧倒的な完成度。

 誰もが憧れる。

 誰もが見上げる。

 だが、その光が燃え尽きた後は誰が覚えているのだろう。

 

「貴女は美しいですね」

 

 カフェは静かに呟いた。

 ここにいない誰かへ向けるように。

 

「ラモーヌさん。少し心配になるくらいに」

 

 その言葉には尊敬と。

 ほんの少しの哀しみが混じっていた。

 

「同感です」

 

 ドリームジャーニーが口を開く。

 その瞳は真っ直ぐだった。

 

「メジロラモーヌさんは完成された存在なのでしょう」

 

 誰よりも強く。

 誰よりも美しく。

 誰よりも正しい。

 その評価に異論はない。

 だがジャーニーはそこで止まらない。

 

「だからこそ疑問なのです」

 

 その声は穏やかだった。しかし鋭かった。

 

「完成しているのなら、なぜ未だに走っているのですか?」

 

 部屋が静かになる。

 

「まだ何かが足りないのでしょうか? それとも」

 

 ジャーニーは笑う。

 

「ご自身でも認めたくない飢えが残っているのでしょうか」

 

 俺は思わず苦笑した。

 本当にこの子はラモーヌを知っているんだなと思う。だからこそ挑み続ける。だからこそ何度負けても立ち上がる。

 

「安心してください」

 

 ジャーニーは言う。

 

「私はその方が好きですよ」

 

 そして静かに結論を告げた。

 

「完璧な偶像よりも、満たされない怪物の方が、遥かに美しい」

 

 その瞬間。

 俺は確信した。

 この三人は仲間になれる。

 ライスはラモーヌに憧れている。

 カフェはラモーヌを案じている。

 ジャーニーはラモーヌを追いかけている。

 形は違う。理由も違う。だが全員が同じ方向を向いている。だから俺は笑った。

 

「よし」

 

 三人がこちらを見る。

 

「破神同盟へようこそ、ライス」

 

「えっ」

「えっ?」

「は、破神……?」

 

 ライスの顔が青くなる。

 そして。

 

「な、なんか凄く悪い組織みたいなんだけど!?」

 

 その悲鳴が相談室に響いた。

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