■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。 作:あばなたらたやた
マンハッタンカフェ相談室を出た頃には、すっかり日が落ちていた。窓から漏れていた暖かな灯りが背後で小さくなっていく。
つい先ほどまで、ライスシャワー、マンハッタンカフェ、ドリームジャーニーの三人は真剣な顔で話し合っていた。
ライスは相変わらず不安そうだった。だが最初にここへ来た時とは少し違う。怯えているのではなく、覚悟を決めようとしている顔だった。
マンハッタンカフェはそんな彼女を見守り。
ドリームジャーニーは相変わらずラモーヌへの挑戦状を胸に抱いていた。
全員の理由は違う。だが目指す先は同じだ。
全力で走る。
全力で勝ちに行く。そしてメジロラモーヌを本気にさせる。
それが破神同盟の方針になった。
名前については未だにライスが納得していなかったが。
まあ、それはそれだ。
そのうち慣れるだろう。
多分。
恐らく。
きっと。
……慣れるよな
そんなことを考えながら歩いていると。
「失礼します」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには一人のウマ娘が立っていた。
透き通るような水色の長い髪。
月明かりを反射する紫の瞳。
柔らかな微笑み。どこか儚げでありながら芯の強さを感じさせる立ち姿。
俺すぐに誰なのか理解した。
「メジロアルダンか」
「はい」
彼女は丁寧に一礼した。まるで絵本に出てくるお嬢様のようだった。
実際、お嬢様なのだが。
そしてラモーヌの妹分でもある。俺の興味が少しだけ上がった。
ラモーヌの話を聞けるかもしれない。
そう思ったからだ。するとアルダンは柔らかな笑顔のまま言った。
「少々、お時間をいただけますか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
そこまでは穏やかだった。本当に穏やかだった。
だが。
「一つ、お聞きしたいことがありまして」
その瞬間、何となく嫌な予感がした。
経験上、こういう時の予感は当たる。
「貴方はお姉様……メジロラモーヌのトレーナーですよね?」
「そうだな」
「でしたら」
アルダンは首を傾げた。
笑顔だった。とても優しい笑顔だった。
だが。
「何をなさっているのですか?」
「……」
「最近の行動を見ていますと」
「うん」
「ライスさんと接触し」
「うん」
「マンハッタンカフェさんと会話し」
「うん」
「ドリームジャーニーさんとも親しくされているようですが」
嫌な予感が的中した。
完全に調査されている。
しかもなんか不倫とか浮気したことを詰められているような嫌な感覚。
アルダンは微笑む。
「貴方は何をしているのですか?」
優しい声だった。だが内容は取り調べだった。
◆
俺たちは近くのカフェへ移動した。
アルダンが話を聞きたいと言ったからだ。俺としても断る理由はなかった。むしろ興味がある。
ラモーヌを最も近くで見てきた人間の一人。
それがメジロアルダンだ。
聞いてみたいことは山ほどある。店内へ入る。静かなクラシックが流れていた。
窓際の席へ案内される。注文を済ませると、アルダンは小さく息を吐いた。
「それで」
早速だった。
「説明していただけますか?」
「何を?」
「とぼけないでください」
笑顔。笑顔なのだが妙に圧がある。これが名門メジロ家の圧力というやつだろうか。
「ラモーヌお姉様のトレーナーが」
アルダンは言う。
「何故ラモーヌお姉様以外のウマ娘を強化しているのでしょう?」
「強化というほどでもないよ」
「そうでしょうか?」
完全に疑われている。
俺は苦笑した。
「単純な話だ」
「はい」
「ラモーヌのためだよ」
アルダンが少しだけ目を細める。
「続けてください」
「ラモーヌは強い」
「ええ」
「強すぎる」
「ええ」
「だから相手が萎縮したり、戦うメンタルを持ち得ない場合が多い。単純に実力も離れている事もある」
アルダンは黙って聞いている。
「ラモーヌ自身はそれを望んでいない」
「……」
「本気のレースが好きだからな」
俺は窓の外を見る。
「だから強い相手が必要なんだ」
「ライスさん達がその相手だと?」
「そう」
「なるほど」
アルダンは納得したようだった。
そして。
「確かに」
少しだけ笑った。
「それはお姉様らしいですね」
コーヒーが運ばれてくる。
湯気が立ち上る。しばらく沈黙が流れた。だが不思議と気まずくはない。アルダンは会話の間を急がない。その辺りはラモーヌと少し似ていた。
「なあ」
俺は聞いてみる。
「アルダン」
「はい」
「ラモーヌって昔からあんな感じなのか?」
するとアルダンは少し驚いた顔をした。それから。ふわりと笑った。
「ふふ」
「何だ?」
「いえ」
アルダンは嬉しそうだった。
「貴方も結局、お姉様の話がしたかったのですね」
「まあ」
否定はしない。だって事実だからだ。
ラモーヌは面白い。強いとか美しいとかではなく。として興味深い。だから知りたい。そう答えるとアルダンはどこか安心したように微笑んだ。
「そうですね」
彼女は窓の外を見た。
「昔からでした」
「へえ」
「誰よりもレースが好きで、誰よりも真面目で」、誰よりも不器用でした」
俺は少し意外に思った。
「不器用?」
「ええ」
アルダンは頷く。
「お姉様は何でもできるように見えます」
「実際できるよね」
「できます」
即答だった。
「ですが」
少しだけ寂しそうな顔をする。
「お姉様はレース以外に興味が薄いのです」
その言葉に俺は何となく理解した。
ああ、だからか。
ラモーヌが時折見せる孤独。
あの完成されすぎた危うさ。
それはレース以外の世界に執着を持たない人間特有のものだったのかもしれない。
アルダンは静かに続ける。
「だから私は」
優しく微笑む。
「少し安心しています」
「何が?」
「貴方がいることです」
予想外の言葉だった。
「俺が?」
「はい」
「何もしてないと思うよ」
「そうでしょうか」
アルダンは首を傾げる。
その優雅な仕草はどこかラモーヌに似ていた。
「お姉様は貴方を評価しているんです。だからこそ、私は貴方と話したかった。何もしていないのに、評価されている貴方に興味があった」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ笑った。
嬉しかったからだ。そして同時に思う。
なるほど、メジロアルダンもまたラモーヌを大切に思っているのだな、と。
その夜のコーヒーは、少しだけ甘く感じた。
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