ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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19話:メジロラモーヌの始動

 

 フラッシュの光が、まるで雷雨のように降り注いでいた。

 記者会見場。

 壇上には二つの席。

 一つはメジロラモーヌ。

 一つは俺。

 だが実際に注目されているのは彼女だけだった。

 それも当然だろう。

 メジロラモーヌ。

 その名前は既に一つの伝説だ。

 走る前から伝説であり、勝つ前から勝者として扱われる存在。神話は、時に現実より先に生まれる。だから人は彼女を見に来る。そして神話を管理する人間がどんな顔をしているのか、興味本位で覗きに来る。

 

 それが俺だ。

 質問は最初、ラモーヌに集中していた。

 

「ティアラ路線を選んだ理由は?」

「クラシックへの意気込みを」

「ライバル視しているウマ娘はいますか?」

 

 ラモーヌは微笑む。

 春風のような笑みだった。

 柔らかく。優雅で。そして誰にも届かない。

 

「メジロラモーヌはレースに参加します」

 

 それだけで会場が静まり返る。

 言葉の内容ではない。

 言葉を発する存在そのものに価値がある。

 そういう人間がいる。いや、人間ではない。

 ウマ娘だ。

 

「メジロ家に相応しい功績を持ち帰ります」

 

 微笑む。

 

「後はトレーナーにお任せします」

 

 そして世界の視線がこちらへ向いた。まるで処刑台だな。そう思った。嫌な気分はしなかった。慣れている。人は理解できないものを否定する。それは自然現象だ。雨が降ることを責めても意味がない。

 

「貴方は無名のトレーナーのようですが?」

「どうやって契約を?」

「他のウマ娘との交流も多いようですが、その意図は?」

「貴方のような人物がなぜ? 家と繋がりが?」

「メジロラモーヌのトレーナーでありながら他のウマ娘を支援するのは不適切では?」

「貴方は本当にメジロラモーヌの担当として相応しいのでしょうか?」

 

 質問。

 質問。

 質問。

 だが本質は一つだった。

 ――お前じゃ無理だ。

 ――お前程度が。

 ――何故そこにいる。

 言葉は丁寧だった。けれど意味は変わらない。むしろ丁寧だからこそ露骨だった。

 俺は少し考える。どう説明したものか。言葉とは難しい。見たことがないものを説明するのは、いつだって骨が折れる。海を知らない人間に潮の匂いを語るようなものだ。

 

「猿は鏡を見るそうです。自分の姿が映っているのに。敵だと思う個体がいる。理解できないものを。まず否定するんです」

 

 静寂。

 会場の温度が一度下がる。

 

「賢い動物なのに不思議ですね。もっとも、人間にも珍しくありませんが」

 

 沈黙。

 

「貴方はメジロラモーヌを評価している。そのラモーヌの判断は評価しない」

 

  完全な沈黙だった。

 

「なるほど、随分と便利な知性だ」

 

 記者たちは理解した。

 今、自分たちが言われたのだと。知らないものを知った気になっている。見たこともないものを語っている。

 そう言われたのだと。そして。それが事実だから反論できない。

 俺は椅子に座ったまま続ける。

 

 ラモーヌの価値は認めるのに、そのラモーヌが下した判断だけ認めないのは、認識が自己矛盾しているという皮肉だ。

 これは相手を馬鹿と罵るのではなく、自分の発言で自分を否定していることに気付いていない、指摘になる。

 ラモーヌが隣で微笑んでいる。

 面白そうに。

 本当に面白そうに。

 

「皆さんは結果しか見ない。勝ったウマ娘を見る。負けたウマ娘を見る。レースを見る。だがその途中を見ない」

 

 俺は記者席を見渡した。

 

「泣いた夜を知らない、立ち上がれなかった朝を知らない、諦めようとした瞬間を知らない、だから分からない」

 

 そう。

 分からない。

 当然だ。

 誰も見ていないのだから。

 

「俺はウマ娘を育てているのではありません」

 

 会場が息を呑む。

 

「共に走っているのです」

 

 それだけだった。トレーナーという職業を説明するなら、それで十分だった。

 指導者ではない。

 支配者でもない。

 管理者でもない。

 隣を走る者だ。

 

 だから。担当以外のウマ娘とも関わる。困っているなら助ける。迷っているなら話を聞く。必要なら支える。

 それは当たり前のことだ。

 

「質問を返します」

 

 俺は記者を見る。

 

「皆様は俺がラモーヌのトレーナーに相応しいか聞きましたね。ならば、皆さんはメジロラモーヌを理解しているのか?」

 

 誰も答えない。

 答えられない。

 

「理解していない、見てもいない、測れてもいない、なのに語る」

 

 俺は笑った。

 

「低品質な物差し。それでメジロラモーヌが俺を選んだ判断を評価するのは、彼女に無礼ではないでしょうか?」

 

 会場の空気が凍る。そして。隣から小さな笑い声が聞こえた。

 ラモーヌだった。

 美しい。

 あまりにも美しい笑み。だがその奥には確かな愉悦があった。

 

「ふふ」

 

 彼女は扇子も持たずに口元を隠す。

 

「貴方、素敵よ」

 

 まるで恋人を見るように。いや。神が信徒を見るように。そんな眼差しだった。

 

「皆様」

 

 ラモーヌが立ち上がる。

 その瞬間、空気が変わった。

 

「一つだけ訂正を」

 

 全員が彼女を見る。

 

「彼は無名ではありませんわ」

 

 静かに。

 穏やかに。

 絶対の確信を持って。

 

「まだ」

 

 ラモーヌは微笑む。

 

「世間が名前を知らないだけです」

 

 会場が息を呑む。

 神託だった。

 未来の勝利を疑っていない者の言葉だった。

 俺は小さくため息を吐く。

 まったく。

 困ったものだ。

 メジロラモーヌというウマ娘は。

 自分が神話になることを疑わない。そして神話に付き従う俺まで、当然のように物語へ引きずり込む。だが悪くない。

 

 どうせなら最後まで付き合おう。

 神話が神話になるその瞬間まで。

 俺は彼女の隣に立ち続ける。

 それがトレーナーだからだ。

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