■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。 作:あばなたらたやた
フラッシュの光が、まるで雷雨のように降り注いでいた。
記者会見場。
壇上には二つの席。
一つはメジロラモーヌ。
一つは俺。
だが実際に注目されているのは彼女だけだった。
それも当然だろう。
メジロラモーヌ。
その名前は既に一つの伝説だ。
走る前から伝説であり、勝つ前から勝者として扱われる存在。神話は、時に現実より先に生まれる。だから人は彼女を見に来る。そして神話を管理する人間がどんな顔をしているのか、興味本位で覗きに来る。
それが俺だ。
質問は最初、ラモーヌに集中していた。
「ティアラ路線を選んだ理由は?」
「クラシックへの意気込みを」
「ライバル視しているウマ娘はいますか?」
ラモーヌは微笑む。
春風のような笑みだった。
柔らかく。優雅で。そして誰にも届かない。
「メジロラモーヌはレースに参加します」
それだけで会場が静まり返る。
言葉の内容ではない。
言葉を発する存在そのものに価値がある。
そういう人間がいる。いや、人間ではない。
ウマ娘だ。
「メジロ家に相応しい功績を持ち帰ります」
微笑む。
「後はトレーナーにお任せします」
そして世界の視線がこちらへ向いた。まるで処刑台だな。そう思った。嫌な気分はしなかった。慣れている。人は理解できないものを否定する。それは自然現象だ。雨が降ることを責めても意味がない。
「貴方は無名のトレーナーのようですが?」
「どうやって契約を?」
「他のウマ娘との交流も多いようですが、その意図は?」
「貴方のような人物がなぜ? 家と繋がりが?」
「メジロラモーヌのトレーナーでありながら他のウマ娘を支援するのは不適切では?」
「貴方は本当にメジロラモーヌの担当として相応しいのでしょうか?」
質問。
質問。
質問。
だが本質は一つだった。
――お前じゃ無理だ。
――お前程度が。
――何故そこにいる。
言葉は丁寧だった。けれど意味は変わらない。むしろ丁寧だからこそ露骨だった。
俺は少し考える。どう説明したものか。言葉とは難しい。見たことがないものを説明するのは、いつだって骨が折れる。海を知らない人間に潮の匂いを語るようなものだ。
「猿は鏡を見るそうです。自分の姿が映っているのに。敵だと思う個体がいる。理解できないものを。まず否定するんです」
静寂。
会場の温度が一度下がる。
「賢い動物なのに不思議ですね。もっとも、人間にも珍しくありませんが」
沈黙。
「貴方はメジロラモーヌを評価している。そのラモーヌの判断は評価しない」
完全な沈黙だった。
「なるほど、随分と便利な知性だ」
記者たちは理解した。
今、自分たちが言われたのだと。知らないものを知った気になっている。見たこともないものを語っている。
そう言われたのだと。そして。それが事実だから反論できない。
俺は椅子に座ったまま続ける。
ラモーヌの価値は認めるのに、そのラモーヌが下した判断だけ認めないのは、認識が自己矛盾しているという皮肉だ。
これは相手を馬鹿と罵るのではなく、自分の発言で自分を否定していることに気付いていない、指摘になる。
ラモーヌが隣で微笑んでいる。
面白そうに。
本当に面白そうに。
「皆さんは結果しか見ない。勝ったウマ娘を見る。負けたウマ娘を見る。レースを見る。だがその途中を見ない」
俺は記者席を見渡した。
「泣いた夜を知らない、立ち上がれなかった朝を知らない、諦めようとした瞬間を知らない、だから分からない」
そう。
分からない。
当然だ。
誰も見ていないのだから。
「俺はウマ娘を育てているのではありません」
会場が息を呑む。
「共に走っているのです」
それだけだった。トレーナーという職業を説明するなら、それで十分だった。
指導者ではない。
支配者でもない。
管理者でもない。
隣を走る者だ。
だから。担当以外のウマ娘とも関わる。困っているなら助ける。迷っているなら話を聞く。必要なら支える。
それは当たり前のことだ。
「質問を返します」
俺は記者を見る。
「皆様は俺がラモーヌのトレーナーに相応しいか聞きましたね。ならば、皆さんはメジロラモーヌを理解しているのか?」
誰も答えない。
答えられない。
「理解していない、見てもいない、測れてもいない、なのに語る」
俺は笑った。
「低品質な物差し。それでメジロラモーヌが俺を選んだ判断を評価するのは、彼女に無礼ではないでしょうか?」
会場の空気が凍る。そして。隣から小さな笑い声が聞こえた。
ラモーヌだった。
美しい。
あまりにも美しい笑み。だがその奥には確かな愉悦があった。
「ふふ」
彼女は扇子も持たずに口元を隠す。
「貴方、素敵よ」
まるで恋人を見るように。いや。神が信徒を見るように。そんな眼差しだった。
「皆様」
ラモーヌが立ち上がる。
その瞬間、空気が変わった。
「一つだけ訂正を」
全員が彼女を見る。
「彼は無名ではありませんわ」
静かに。
穏やかに。
絶対の確信を持って。
「まだ」
ラモーヌは微笑む。
「世間が名前を知らないだけです」
会場が息を呑む。
神託だった。
未来の勝利を疑っていない者の言葉だった。
俺は小さくため息を吐く。
まったく。
困ったものだ。
メジロラモーヌというウマ娘は。
自分が神話になることを疑わない。そして神話に付き従う俺まで、当然のように物語へ引きずり込む。だが悪くない。
どうせなら最後まで付き合おう。
神話が神話になるその瞬間まで。
俺は彼女の隣に立ち続ける。
それがトレーナーだからだ。
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