■■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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三話:皇帝③

 

 俺は食堂の落ち着いた片隅で、静かに昼食を取っていた。

 

 トレイには温かいご飯と味噌汁、シンプルな主菜が並び、湯気がゆったりと立ち上っている。

 

 午後の柔らかな陽光が窓から差し込み、木製のテーブルを優しく照らしていた。

 

 まわりはウマ娘たちの賑やかな声で満ちているのに、俺の席だけは少し静かだった。すると、優雅で落ち着いた足音が近づいてきた。

 

「失礼、ここいいかな?」

 

 シンボリルドルフだった。彼女の黒い髪が肩に滑らかに落ち、姿勢はいつも通り美しく整っている。

 

「大丈夫ですよ。でも、他にも席はいっぱいありますが」

 

 彼女は穏やかに微笑みながら首を軽く振った。

 

「これからウマ娘がたくさん来るからな。一つ席でも開けておきたいんだよ」

「なるほど、納得した。優しいというか、気を遣いすぎとも思うけど、シンボリルドルフはそういうの、どう思っているんだ?」

「当然の行いだよ。見返りもいらない。皇帝として人を統べるならばそれに見合った振る舞いが必要だ」

「滅私奉公か」

「その通り。日常生活も含めて、みんなが幸せな生活を送れるように粉骨砕身の精神で日々を送っているよ」

 

 俺たちはそのまま自然と相席になった。彼女は座るなり、周囲の細やかなことにまで目を配っていた。隣の椅子が少しずれているとさりげなく直し、誰かがトレイを運びにくそうにしていると視線を向ける。

 

 完璧であろうと、完全であろうと、努力を一切惜しまない姿がそこにあった。俺は素直に、そんな彼女の姿勢を心から尊敬していた……が。

 少し離れた席から、ひそひそとした声が聞こえてきた。

 

「あ、シンボリルドルフ会長だ。2人で話しているし、邪魔しちゃ悪いから別のところいこう」

「うん」

「それに少し怖いんだよね」

「分かる」

 

 その言葉がきっかけだった。彼女の周りの席が、次々と遠ざかっていく。

 笑い声や賑やかな会話が遠くで響く中、気づけば俺とシンボリルドルフのテーブルだけが、ぽっかりと空いた空間の中に取り残されるように静かになっていた。

 

 空席が広がり、彼女の周りに見えない壁ができてしまったようだった。シンボリルドルフは静かに箸を置き、目を伏せた。

 その横顔には、自分の威圧的な雰囲気を静かに自覚し、苦く受け止めている様子が浮かんでいた。

 

「本末転倒とはこのことだな……」

 

 彼女は小さく自嘲するような笑みを浮かべ、続けた。

 

「みんなが椅子に座れるように行動しているつもりだったのに、結局は椅子を奪う結果になってしまった。皇帝の名が、こんなにも人々を遠ざけてしまうとは……笑えるほど滑稽だよ。私の存在自体が、親しみを阻む壁になっているなんてね」

 

 俺は彼女の言葉を聞き、胸が少し痛んだ。彼女の声には、強い責任感の裏側にある、静かな落胆と自嘲が混じっていた。

 

 俺はゆっくりと周囲を見渡してから、静かに彼女に向き直った。

 

「悲しい?」

「直球だな。しかし好ましい。そうだな、悲しいというより落胆に近いな。もちろん相手は自分だ。……親しまれるウマ娘として在れないことに、ただただ力不足を感じるよ。もっと柔らかく、もっと近づきやすい存在になれていたら……こんな空席の海は生まれなかっただろうに」

「自分に落胆したんだ」

「そうだ。すべて自分のせいだと思っている。威圧感を抑えきれず、理想を追い求めるあまり、周囲を萎縮させてしまう。皇帝として統べるべきなのに、統べる前に遠ざけてしまう……これほど無力な自分に、落胆せずにはいられない」

「なるほど、これらも自分のせい、というわけか」

「ああ、そのとおりだ。もっと親しまれる存在になれるように、努力しなければならないな。理想を高く掲げながらも、人々から恐れられず、笑顔で近づいてこられるような……そんなウマ娘にならなければ」

「そうか、君がそう言うならその手助けをしよう」

 

 シンボリルドルフは高い基準で自分を律し、努力を決して怠らない。自責の念が強く、崇高で高い理想を追い求める理想主義者だった。

 

 彼女の瞳の奥には、いつも「もっと良くならなければならない」という静かな炎が灯っているように見えた。

 

 俺は彼女を見つめながら、穏やかに言った。

 

「シンボリルドルフは高い基準で努力できるし、厳しい自己批判もできるのは良い。そのスキルは意識して身につけたのかい?」

「ああ、常に心がけているよ。理想のために邁進するのは良いが、完全にエゴイストになってしまっては統治下は悲惨なものになるだろう。故に自分の影響についてはよく考えている」

「確かに、大切なことだよね。上に立つ覚悟というわけだ。ただそういうのって成功しても満足感が得られにくく、失敗時のダメージが大きくないか? 大丈夫?」

 

 彼女はふっと柔らかく微笑み、静かな声で答えた。

 

「ふふ、心配ありがとう。でもウマ娘が笑ってくれるなら私は満たされるのさ」

 

 俺は心の中で、理想主義者の特徴を静かに思い返した。高い理想を持つがゆえに、現実の不完全さを自分の欠陥として受け止めてしまう。

 

 失望や自己嫌悪に陥りやすい。理不尽や不条理よりも、物事には必ずトレードオフがあるという現実のほうが、彼女にとっては遥かに辛いのだろう。

 

 それでも、シンボリルドルフには確かに夢があった。

 

『ウマ娘達が笑顔でいられる世界』――遠くて、難しい夢。けれど、行動しなければ何も始まらない。

 

 その点で、最善を尽くし続けようとする彼女は、やはり本当にすごいウマ娘なのだと、俺は改めて深く尊敬した。

 

 食堂の喧騒が遠くに聞こえる中、俺たちは静かに会話を続けた。彼女の横顔には、強い責任感と、少しの寂しさが静かに混じっていた。

 

 自嘲の笑みの奥に隠れた本気の決意を感じながら、俺は胸の内で、そっと彼女の夢を支えたいと思った。

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  • サトノダイヤモンド
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