■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。 作:あばなたらたやた
ドリームジャーニーが雑誌を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
彼女は悪戯っぽく笑う。
「男性と女性では、そもそもお洋服との付き合い方が違いますからトレーナーさんも難しいでしょう」
そう言ってページをめくる彼女を見ながら、俺はあることを思い出していた。
ドリームジャーニー自身も、服選びには苦労する側だったな。
小柄。
その一言では片付けられないほど、小さい。大人びた落ち着いた顔立ちや、知的な雰囲気と裏腹に、その身体はウマ娘の中でも飛び抜けて華奢だ。
以前、雑談の中で本人がぽつりと漏らしていた。
『着こなせる服は、そう多くありませんので』
あの時は何気ない一言だったが、今なら意味がよくわかる。
服は好きなものを選べば終わりではない。
体格に合うか。
サイズが存在するか。
デザインが自分の身体に映えるか。
そういった条件を一つずつ満たさなければならない。
小柄な彼女にとって、それは俺が想像する以上に難しいことなのだろう。だから以前、制服の話になった時も。
『制服は便利です』
と、珍しく少しだけ嬉しそうに笑っていた。
『毎日きちんと手入れもしておりますよ』
几帳面な彼女らしい答えだった。
制服なら似合う。
制服ならサイズも合う。
制服なら悩まなくていい。
そんな安心感も、きっとあるのだろう。
「……トレーナーさん?」
ドリームジャーニーが不思議そうに首を傾げる。
「私の顔に何か付いていますか?」
「ああ、いや」
俺は苦笑した。
「服の話を聞いてたら、前に制服が便利だって言ってたのを思い出してさ」
一瞬だけ、彼女は目を丸くする。そして、肩を竦めた。
「覚えていらしたのですか」
「そりゃ覚えてるよ」
「……」
「今なら、その理由もよくわかる」
「なるほど」
ドリームジャーニーは雑誌を閉じる。
「やはり、学ぶというのは面白いものですね」
「そうか?」
「ええ」
彼女は静かに笑った。
「以前のトレーナーさんでしたら、『制服が好きなんだな』で終わっていたでしょう」
「ぐっ……否定できない」
「ですが今は、『なぜそう思うのか』まで考えてくださる」
その言葉に、マンハッタンカフェも静かに頷いた。
「服は……その人の事情も映しますから」
俺は二人を見比べる。男の俺なら、サイズさえ合えば大抵の服は着られる。シンプルなシャツとパンツを合わせれば、それだけで十分だ。
けれど彼女たちは違う。
体格。流行。好み。似合うかどうか。そして、自分に合うサイズがあるかどうか。
その一つ一つを考えながら服を選んでいる。同じ「服を買う」という行為なのに、その中身はまるで別世界だった。
「……ある程度、把握した。そっちの大変さも」
思わず漏らすと、ドリームジャーニーは小さく笑った。
「ええ、大変ですよ」
少しだけ視線を落とし、自分の制服の袖を整える。
「ですが」
その仕草は実に丁寧で、彼女らしかった。
「だからこそ、自分にぴったり合う一着を見つけられた時は、とても嬉しいものなのです」
その穏やかな笑顔を見て、俺はようやく、その言葉の重みを理解できた気がした。服の話が一段落した頃、俺はふとドリームジャーニーへ視線を向けた。
そこでようやく気づく。
「……そういえば」
「何でしょう?」
俺は彼女の胸元を指差した。
「そのアクセサリー、結構格好いいな」
ドリームジャーニーは自分の首元へ手を添える。
細いチェーン。胸元で静かに揺れるシルバーアクセサリー。
派手ではない。けれど、彼女の落ち着いた雰囲気によく似合っていた。
「ああ、こちらですか。」
彼女は少しだけ微笑む。
「ありがとうございます。」
「服の話を聞いて思ったんだけどさ」
俺は素直な疑問を口にした。
「アクセサリーとか、小物ってどういう基準で選ぶんだ?」
「基準、ですか。」
「ああ。男だと腕時計くらいしか思い浮かばないんだよ。」
財布。
腕時計。
ベルト。
せいぜいそのくらいだ。
指輪やアニメのアクセサリーを付ける男性もいるが、俺自身はほとんど経験がない。
「でも女性って、ネックレスもあればイヤリングもあるし、指輪もあるし、髪飾りも射程内のことが多い」
「ええ」
「鞄も靴もそうだけど、あれも全部考えて合わせるのか?」
ドリームジャーニーは小さく頷いた。
「合わせますね。」
「やっぱりか……」
「もっとも、毎回全てを変える訳ではありません」
彼女はネックレスを指先で軽く摘まむ。
「例えば私は、こちらを比較的よく身に着けています」
「お気に入りなのか?」
「ええ」
静かな声だった。
「装飾品は、お洋服ほど頻繁には変えません。」
「へえ。」
「気に入ったものを長く使う方も多いですよ」
なるほど。
服は流行や季節で変わる。でもアクセサリーは違うらしい。
「じゃあ、これは服を引き立てるため?」
そう尋ねると、ドリームジャーニーは少し考えた。
「それもあります」
「他にもあるのか?」
「アクセサリーは、自分らしさを表現するものでもあります」
「自分らしさ」
「はい」
彼女は穏やかに笑う。
「お洋服は、その日によって変えることがあります。色々な理由で妥協しなければならないことも多い」
「うん」
「ですが、毎日身に着けるアクセサリーは、その人の好みが表れやすいのです」
俺は思わず感心した。
「なるほどな……」
マンハッタンカフェも会話へ加わる。
「小物は……全体を引き締める役割もあります」
「引き締める?」
「例えば、落ち着いた服装に銀色のアクセサリーを合わせると、少しだけ知的な印象になります。」
「へぇ……」
「逆に、金色ですと華やかな印象になりやすいですね。」
「確かに。高貴な感じはするかも」
「はい。」
俺はドリームジャーニーのネックレスを改めて見つめた。
言われてみれば、確かに。もしこれが大きく光る宝石だったら、彼女の印象は随分変わるだろう。でも今身に着けているシルバーアクセサリーは、決して目立ちすぎない。
それでいて、大人びた彼女の雰囲気によく調和している。
「……服だけじゃ完成しない、と」
思わず呟く。
「そういうことです。」
ドリームジャーニーは満足そうに頷いた。
「お洋服は主役」
そして胸元のアクセサリーへ軽く触れる。
「小物は、その主役を支える名脇役、といったところでしょうか」
「名脇役か」
「ええ。」
彼女は口元に笑みを浮かべる。
「主張しすぎてもいけませんし、何もないと少し物足りない」
「なるほど」
「だからこそ、小物選びも意外と奥深いのですよ。」
俺は小さく息を吐いた。服だけで驚いていたのに、今度は小物まで学問になってきた。
女性のおしゃれとは、本当に世界そのものが違うらしい。ひとしきり女性の服装について教えてもらったところで、ドリームジャーニーが雑誌を閉じた。
「さて」
彼女はにこりと笑う。
「質問するばかりでは不公平ですね。」
「ん?」
「今度はこちらがお聞きしても?」
「もちろん」
何を聞かれるのだろうと思っていると、彼女は俺を頭からつま先まで眺めた。
「トレーナーさんは、普段どのようなお洋服を選ばれているのですか?」
「ああ、それか。」
俺は苦笑する。
「仕事中は制服だからな」
「はい」
「だから私服は、あまり考えてない。」
「……と言いますと?」
「ワイシャツに黒い長ズボン。」
俺はあっさり答えた。
「それだけ?」
ドリームジャーニーが珍しく驚いた表情を見せる。
「それだけ」
「ジャケットは?」
「必要なら着る」
「アクセサリーは?」
「腕時計くらい。」
「色物のお洋服は?」
「ほとんど着ないな」
沈黙が流れた。
ドリームジャーニーはマンハッタンカフェと顔を見合わせる。
「……随分と潔いですね」
「楽だし、その時間をウマ娘に使ってあげたいんだ」
俺は肩を竦めた。
「白いワイシャツなら大体何にでも合うし、黒い長ズボンも合わせやすいから問題ない」
「確かに……」
マンハッタンカフェは静かに頷く。
「それなら清潔感もありますね……」
「それに」
俺は自分の腕を軽く叩く。
「俺は服そのものより、肉体を整えた方が早いと思ってる」
「……肉体?」
「ああ」
俺は笑った。
「体型が崩れてたら、高い服を着ても格好良く見えないだろ?」
二人は黙って聞いている。
「だから筋トレして、姿勢を良くして、睡眠を取って、健康的な体を維持する」
指を折りながら数える。
「そうすれば、シンプルな服でもある程度は様になる」
「……なるほど。」
ドリームジャーニーが小さく呟いた。
「ですから貴方は、服より先に身体へ投資する、と」
「そういうこと」
「面白い考え方ですね」
彼女は少しだけ目を細めた。
「服を飾る前に、土台を整える、と」
「俺はそっちの方が性に合ってる」
服は消耗品だ。でも身体は毎日使うし消耗するが捨てるわけにはいかない。だったら、まず身体を良くした方が得だと思っている。
マンハッタンカフェが静かに尋ねる。
「では……お洋服でご自身を表現したい、とは思われないのですか?」
「多少はある」
俺は少し考える。
「でも、俺は服で『自分はこういう人です』って表現するより」
二人を見る。
「話し方とか、立ち振る舞いとか」
「……」
「困ってる人を助けるとか」
「……」
「そういう積み重ねで『こういう人なんだ』って思われたいかな」
しばらく誰も喋らなかった。やがてドリームジャーニーが、小さく息を吐く。
「だから、なのですね」
「何が?」
「トレーナーさんのお洋服は、とても控えめです」
彼女は俺のシャツを見る。
「主張するためではなく、ご自身を邪魔しないためのお洋服」
「そうかもしれない。」
「私は最初、『随分と質素な方だ』と思っていました」
彼女は穏やかに笑う。
「ですが今は違います」
「違う?」
「服が主役ではなく、トレーナーさんご自身が主役なのでしょう」
その言葉に、マンハッタンカフェも静かに頷いた。
「……確かに」
彼女は俺を見つめる。
「トレーナーさんは、お洋服よりも表情や仕草の印象が強く残ります」
「そうか?」
「はい」
「だから、シンプルなお洋服がとてもよくお似合いです」
二人からそう言われると、何だか照れくさい。
「ありがとう。おしゃれの知識がある二人に言ってもらえて嬉しいよ」
「ええ、ええ、貴方らしい」
ドリームジャーニーは笑う。
「もしトレーナーさんが豪華なお洋服や目立つアクセサリーで飾り立てていたら……」
一拍置いて、くすりと笑った。
「少しだけ『らしくない』と思ってしまいます」
「俺も多分、落ち着かないな」
「でしょうね」
三人で笑い合う。服の話をしていたはずなのに、最後は俺自身の話になっていた。
不思議なものだ。服を選ぶということは、その人が何を大切にしているのかを映すものなのかもしれない。
そう思うと、俺の白いワイシャツと黒い長ズボンも、案外悪くない選択なのだと思えた。
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