■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。   作:あばなたらたやた

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26話:副議論

 

 ドリームジャーニーが雑誌を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。

 彼女は悪戯っぽく笑う。

 

「男性と女性では、そもそもお洋服との付き合い方が違いますからトレーナーさんも難しいでしょう」

 

 そう言ってページをめくる彼女を見ながら、俺はあることを思い出していた。

 ドリームジャーニー自身も、服選びには苦労する側だったな。

 小柄。

 その一言では片付けられないほど、小さい。大人びた落ち着いた顔立ちや、知的な雰囲気と裏腹に、その身体はウマ娘の中でも飛び抜けて華奢だ。

 以前、雑談の中で本人がぽつりと漏らしていた。

 

『着こなせる服は、そう多くありませんので』

 

 あの時は何気ない一言だったが、今なら意味がよくわかる。

 服は好きなものを選べば終わりではない。

 体格に合うか。

 サイズが存在するか。

 デザインが自分の身体に映えるか。

 そういった条件を一つずつ満たさなければならない。

 

 小柄な彼女にとって、それは俺が想像する以上に難しいことなのだろう。だから以前、制服の話になった時も。

 

『制服は便利です』

 

 と、珍しく少しだけ嬉しそうに笑っていた。

 

『毎日きちんと手入れもしておりますよ』

 

 几帳面な彼女らしい答えだった。

 制服なら似合う。

 制服ならサイズも合う。

 制服なら悩まなくていい。

 そんな安心感も、きっとあるのだろう。

 

「……トレーナーさん?」

 

 ドリームジャーニーが不思議そうに首を傾げる。

 

「私の顔に何か付いていますか?」

「ああ、いや」

 

 俺は苦笑した。

 

「服の話を聞いてたら、前に制服が便利だって言ってたのを思い出してさ」

 

 一瞬だけ、彼女は目を丸くする。そして、肩を竦めた。

 

「覚えていらしたのですか」

「そりゃ覚えてるよ」

「……」

「今なら、その理由もよくわかる」

「なるほど」

 

 ドリームジャーニーは雑誌を閉じる。

 

「やはり、学ぶというのは面白いものですね」

「そうか?」

「ええ」

 

 彼女は静かに笑った。

 

「以前のトレーナーさんでしたら、『制服が好きなんだな』で終わっていたでしょう」

「ぐっ……否定できない」

「ですが今は、『なぜそう思うのか』まで考えてくださる」

 

 その言葉に、マンハッタンカフェも静かに頷いた。

 

「服は……その人の事情も映しますから」

 

 俺は二人を見比べる。男の俺なら、サイズさえ合えば大抵の服は着られる。シンプルなシャツとパンツを合わせれば、それだけで十分だ。

 けれど彼女たちは違う。

 体格。流行。好み。似合うかどうか。そして、自分に合うサイズがあるかどうか。

 その一つ一つを考えながら服を選んでいる。同じ「服を買う」という行為なのに、その中身はまるで別世界だった。

 

「……ある程度、把握した。そっちの大変さも」

 

 思わず漏らすと、ドリームジャーニーは小さく笑った。

 

「ええ、大変ですよ」

 

 少しだけ視線を落とし、自分の制服の袖を整える。

 

「ですが」

 

 その仕草は実に丁寧で、彼女らしかった。

 

「だからこそ、自分にぴったり合う一着を見つけられた時は、とても嬉しいものなのです」

 

 その穏やかな笑顔を見て、俺はようやく、その言葉の重みを理解できた気がした。服の話が一段落した頃、俺はふとドリームジャーニーへ視線を向けた。

 そこでようやく気づく。

 

「……そういえば」

「何でしょう?」

 

 俺は彼女の胸元を指差した。

 

「そのアクセサリー、結構格好いいな」

 

 ドリームジャーニーは自分の首元へ手を添える。

 細いチェーン。胸元で静かに揺れるシルバーアクセサリー。

 派手ではない。けれど、彼女の落ち着いた雰囲気によく似合っていた。

 

「ああ、こちらですか。」

 

 彼女は少しだけ微笑む。

 

「ありがとうございます。」

「服の話を聞いて思ったんだけどさ」

 

 俺は素直な疑問を口にした。

 

「アクセサリーとか、小物ってどういう基準で選ぶんだ?」

「基準、ですか。」

「ああ。男だと腕時計くらいしか思い浮かばないんだよ。」

 

 財布。

 腕時計。

 ベルト。

 せいぜいそのくらいだ。

 指輪やアニメのアクセサリーを付ける男性もいるが、俺自身はほとんど経験がない。

 

「でも女性って、ネックレスもあればイヤリングもあるし、指輪もあるし、髪飾りも射程内のことが多い」

「ええ」

「鞄も靴もそうだけど、あれも全部考えて合わせるのか?」

 

 ドリームジャーニーは小さく頷いた。

 

「合わせますね。」

「やっぱりか……」

「もっとも、毎回全てを変える訳ではありません」

 

 彼女はネックレスを指先で軽く摘まむ。

 

「例えば私は、こちらを比較的よく身に着けています」

「お気に入りなのか?」

「ええ」

 

 静かな声だった。

 

「装飾品は、お洋服ほど頻繁には変えません。」

「へえ。」

「気に入ったものを長く使う方も多いですよ」

 

 なるほど。

 服は流行や季節で変わる。でもアクセサリーは違うらしい。

 

「じゃあ、これは服を引き立てるため?」

 

 そう尋ねると、ドリームジャーニーは少し考えた。

 

「それもあります」

「他にもあるのか?」

「アクセサリーは、自分らしさを表現するものでもあります」

「自分らしさ」

「はい」

 

 彼女は穏やかに笑う。

 

「お洋服は、その日によって変えることがあります。色々な理由で妥協しなければならないことも多い」

「うん」

「ですが、毎日身に着けるアクセサリーは、その人の好みが表れやすいのです」

 

 俺は思わず感心した。

 

「なるほどな……」

 

 マンハッタンカフェも会話へ加わる。

 

「小物は……全体を引き締める役割もあります」

「引き締める?」

「例えば、落ち着いた服装に銀色のアクセサリーを合わせると、少しだけ知的な印象になります。」

「へぇ……」

「逆に、金色ですと華やかな印象になりやすいですね。」

「確かに。高貴な感じはするかも」

「はい。」

 

 俺はドリームジャーニーのネックレスを改めて見つめた。

 言われてみれば、確かに。もしこれが大きく光る宝石だったら、彼女の印象は随分変わるだろう。でも今身に着けているシルバーアクセサリーは、決して目立ちすぎない。

 それでいて、大人びた彼女の雰囲気によく調和している。

 

「……服だけじゃ完成しない、と」

 

 思わず呟く。

 

「そういうことです。」

 

 ドリームジャーニーは満足そうに頷いた。

 

「お洋服は主役」

 

 そして胸元のアクセサリーへ軽く触れる。

 

「小物は、その主役を支える名脇役、といったところでしょうか」

「名脇役か」

「ええ。」

 

 彼女は口元に笑みを浮かべる。

 

「主張しすぎてもいけませんし、何もないと少し物足りない」

「なるほど」

「だからこそ、小物選びも意外と奥深いのですよ。」

 

 俺は小さく息を吐いた。服だけで驚いていたのに、今度は小物まで学問になってきた。

 女性のおしゃれとは、本当に世界そのものが違うらしい。ひとしきり女性の服装について教えてもらったところで、ドリームジャーニーが雑誌を閉じた。

 

「さて」

 

 彼女はにこりと笑う。

 

「質問するばかりでは不公平ですね。」

「ん?」

「今度はこちらがお聞きしても?」

「もちろん」

 

 何を聞かれるのだろうと思っていると、彼女は俺を頭からつま先まで眺めた。

 

「トレーナーさんは、普段どのようなお洋服を選ばれているのですか?」

「ああ、それか。」

 

 俺は苦笑する。

 

「仕事中は制服だからな」

「はい」

「だから私服は、あまり考えてない。」

「……と言いますと?」

「ワイシャツに黒い長ズボン。」

 

 俺はあっさり答えた。

 

「それだけ?」

 

 ドリームジャーニーが珍しく驚いた表情を見せる。

 

「それだけ」

 

「ジャケットは?」

「必要なら着る」

「アクセサリーは?」

「腕時計くらい。」

「色物のお洋服は?」

「ほとんど着ないな」

 

 沈黙が流れた。

 

 ドリームジャーニーはマンハッタンカフェと顔を見合わせる。

 

「……随分と潔いですね」

「楽だし、その時間をウマ娘に使ってあげたいんだ」

 

 俺は肩を竦めた。

 

「白いワイシャツなら大体何にでも合うし、黒い長ズボンも合わせやすいから問題ない」

 

「確かに……」

 

 マンハッタンカフェは静かに頷く。

 

「それなら清潔感もありますね……」

「それに」

 

 俺は自分の腕を軽く叩く。

 

「俺は服そのものより、肉体を整えた方が早いと思ってる」

「……肉体?」

「ああ」

 

 俺は笑った。

 

「体型が崩れてたら、高い服を着ても格好良く見えないだろ?」

 

 二人は黙って聞いている。

 

「だから筋トレして、姿勢を良くして、睡眠を取って、健康的な体を維持する」

 

 指を折りながら数える。

 

「そうすれば、シンプルな服でもある程度は様になる」

「……なるほど。」

 

 ドリームジャーニーが小さく呟いた。

 

「ですから貴方は、服より先に身体へ投資する、と」

「そういうこと」

「面白い考え方ですね」

 

 彼女は少しだけ目を細めた。

 

「服を飾る前に、土台を整える、と」

「俺はそっちの方が性に合ってる」

 

 服は消耗品だ。でも身体は毎日使うし消耗するが捨てるわけにはいかない。だったら、まず身体を良くした方が得だと思っている。

 マンハッタンカフェが静かに尋ねる。

 

「では……お洋服でご自身を表現したい、とは思われないのですか?」

「多少はある」

 

 俺は少し考える。

 

「でも、俺は服で『自分はこういう人です』って表現するより」

 

 二人を見る。

 

「話し方とか、立ち振る舞いとか」

「……」

「困ってる人を助けるとか」

「……」

「そういう積み重ねで『こういう人なんだ』って思われたいかな」

 

 しばらく誰も喋らなかった。やがてドリームジャーニーが、小さく息を吐く。

 

「だから、なのですね」

「何が?」

「トレーナーさんのお洋服は、とても控えめです」

 

 彼女は俺のシャツを見る。

 

「主張するためではなく、ご自身を邪魔しないためのお洋服」

「そうかもしれない。」

「私は最初、『随分と質素な方だ』と思っていました」

 

 彼女は穏やかに笑う。

 

「ですが今は違います」

「違う?」

「服が主役ではなく、トレーナーさんご自身が主役なのでしょう」

 

 その言葉に、マンハッタンカフェも静かに頷いた。

 

「……確かに」

 

 彼女は俺を見つめる。

 

「トレーナーさんは、お洋服よりも表情や仕草の印象が強く残ります」

「そうか?」

「はい」

「だから、シンプルなお洋服がとてもよくお似合いです」

 

 二人からそう言われると、何だか照れくさい。

 

「ありがとう。おしゃれの知識がある二人に言ってもらえて嬉しいよ」

「ええ、ええ、貴方らしい」

 

 ドリームジャーニーは笑う。

 

「もしトレーナーさんが豪華なお洋服や目立つアクセサリーで飾り立てていたら……」

 

 一拍置いて、くすりと笑った。

 

「少しだけ『らしくない』と思ってしまいます」

「俺も多分、落ち着かないな」

「でしょうね」

 

 三人で笑い合う。服の話をしていたはずなのに、最後は俺自身の話になっていた。

 不思議なものだ。服を選ぶということは、その人が何を大切にしているのかを映すものなのかもしれない。

 

 そう思うと、俺の白いワイシャツと黒い長ズボンも、案外悪くない選択なのだと思えた。

 

 

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