■ウマ娘は『前の貴方と歩んだこと』を覚えている。 作:あばなたらたやた
阪神JFへの出走が正式に決まった。
それは単なる一つのレースではない。少なくとも、俺たちにとっては。
メジロラモーヌという存在に対して、俺たちが初めて真正面から牙を剥く日。
その宣戦布告だった。
集まったのは四人。
俺。
マンハッタンカフェ。
ドリームジャーニー。
そして、ライスシャワー。
普段なら、それぞれが別々の道を歩いているはずの四人だった。しかし今は違う。
一つの目的のために、同じ場所に立っている。
ドリームジャーニーは眼鏡の位置を直しながら、静かに口を開いた。
「さて。先日の会見があり、正式にレースが決まりました。それに合わせて、我々は対決をすることになります」
淡々とした声音。しかし、その奥には確かな熱があった。
彼女にとってこれは、ただの勝負ではない。
旅路なのだ。
憧れた存在へ近づくための、一歩。
マンハッタンカフェが小さく頷く。
「阪神JFですね」
「はい」
ドリームジャーニーは答える。
「マイルではありますが、我々にとって距離適性という問題は大きな意味を持ちません」
彼女は一度、全員を見る。
「因子を取り込むことで、その問題は概ね解決している。ならば今回問われるのは、純粋な性能勝負でしょう」
因子。
この世界に存在する、運命の残滓。
過去から受け継がれる可能性。
それは祝福であり、呪いでもある。
才能を与え、しかし同時に、背負わせるものでもある。だからこそ、この勝負に小細工は存在しない。
あるのはただ一つ。
誰の想いが、誰よりも強く走るのか。
その一点だけだ。
そんな中でライスは、珍しく静かな怒気を纏っていた。普段の彼女なら、誰かを傷つけることを恐れる。
自分が不幸を呼ぶのではないかと怯える。
そんな少女だ。だが今だけは違った。
瞳には、燃えるような決意が宿っている。
「うん」
ライスは小さく呟く。
「あの人には負けない」
その言葉には、迷いがなかった。
「ライスが勝って……この世から、ライス以外のヒールを根絶するよ」
その瞬間、俺は理解した。
彼女が何を背負っているのかを。
ウマ娘にはファンがいる。
それは単なる観客ではない。
彼女たちの走りに夢を見る者。
勇気をもらう者。
人生の支えにする者。
だからこそ、強いウマ娘には社会的な影響力が生まれる。中には、国民的な存在として扱われる者すらいる。
メジロラモーヌは、その極致だ。
彼女は最高傑作。
努力、才能、血統、精神。
あらゆる要素を極限まで磨き上げた存在。
多くの人間が、彼女に期待している。
彼女が勝つことを望んでいる。
彼女が走る姿を見ることで、希望を抱いている。
それほどの存在なのだ。
対してライスシャワーはどうか。
もちろん、彼女にもファンはいる。
彼女を愛する人間はいる。しかし社会全体から見た影響力という意味では、ラモーヌとは比べるべくもない。
そして、もし、もしもだ。
ライスがラモーヌに勝ったなら。あるいは、俺たち破神同盟が勝利したなら、世間はどう見るだろうか。
最高傑作を倒した英雄。
そう評価される可能性もある。しかし逆もまた存在する。
仲の良いウマ娘たちが、一人の偉大な存在を押し潰した。
そう受け取る者もいるだろう。
嫉妬。慢心。集団による暴力。
そんな言葉で語られる可能性すらある。
勝利には、必ず代償がある。
称賛だけを受け取れる戦いなど存在しない。
それを理解してなおライスシャワーは立っている。
逃げずに。
怯えずに。
自分が悪者になる可能性すら受け入れて。
それでも走ると言っている。だから俺は思った。
これは、派手な才能の戦いではない。
これは、覚悟の戦いだ。
ライスシャワー。
彼女の魂は派手ではない。
炎のように燃え盛るものでもない。
これは暗闇の中でも消えない、小さな光だ。
長い時間をかけて磨かれた、燻銀の魂。
目立たない。しかし決して折れない。
それこそが、彼女の強さなのだ。
俺は三人を見る。
神秘を背負うマンハッタンカフェ。
旅路を続けるドリームジャーニー。
誰かの幸福を願うライスシャワー。
この三人が、俺と共にラモーヌへ挑む。ならば俺がすることは一つだけだ。
拳を握り、笑う。
「破神同盟のお披露目だ」
三人の視線が集まる。
「諸君」
一歩前へ出る。
「派手にいこう」
それは宣戦布告だった。
神に挑む者たちの名乗りだった。
勝てる保証などなく、正しいと証明されているわけでもない。だが意味というものは、最初から与えられるものではない。
自分たちで選び、自分たちで背負い、その果てに初めて生まれるものだ。だから俺たちは走る。
ラモーヌという完成形へ、そして証明する。
完成された存在だけが、価値ある存在ではないのだと。
未完成でも、傷だらけでも、それでも己の意志で前へ進む者には、神を越える資格があるのだと。
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