灰冠と香路の年代記   作:MOZIO

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第十五章 黒い雪

北の海は、冬になると眠る。

 

港の縄が凍り、桟橋が白く固まり、波は岸から遠ざかる。

 

ノルハイムの漁師たちは、海が完全に閉じる前に船を陸へ引き上げ、網を修理し、燻製魚を梁から吊るす。

 

春になれば氷が割れる。

 

海鳥が戻る。

 

鱈が沿岸へ寄る。

 

船を出す。

 

それが何百年も繰り返された。

 

だが灰暦八百七十二年の冬、海は眠ったまま目を覚まさなかった。

 

春の第一月になっても、フィヨルドの出口は厚い氷に閉ざされていた。

 

第二月になっても、沖合に白い平原が続いた。

 

第三月、氷の上へ積もった雪が黒く染まり始めた。

 

北西の島々で、泥炭層が燃えていた。

 

漁村が暖を求め、凍った地面を掘り、乾いていない泥炭まで燃やした。

 

煙は低い空へ溜まった。

 

船を解体して燃料にした村もあった。

 

瀝青。

 

樹脂。

 

煤。

 

焼けた木。

 

それらが雪雲へ混じり、黒い粒となって降った。

 

世界樹信仰の古い歌には、黒い雪が降るとき、根の国の門が開くとある。

 

聖冠派の宣教師は、それを異教の終わりを告げる印だと説いた。

 

商人は、黒い雪の話を聞くと穀物価格を上げた。

 

灰冠会議は、地図へ一本の線を引いた。

 

北から南へ。

 

十万人の人間が歩く道。

 

---

 

## 一

 

ルーナ・エイリクスドッティルが最後に海を見た日、海は白かった。

 

ノルハイム北西岸、フロスト湾。

 

家々の屋根まで雪。

 

船は氷へ閉じ込められ、岸と区別できない。

 

夫エイリクの船《海燕》も、夏に使う入り江の中央で凍っていた。

 

エイリク本人は、前年の秋に帰らなかった。

 

嵐。

 

難破。

 

死体なし。

 

船だけが、別の漁師に曳かれて戻った。

 

船底は割れ、帆柱は失われていた。

 

ルーナは修理しようとした。

 

春に海が開けば、長男トールと漁へ出る。

 

そう思っていた。

 

だが春は来なかった。

 

「燃やす」

 

村長が言った。

 

《海燕》を見ながら。

 

「何を」

 

ルーナは分かっていた。

 

それでも聞いた。

 

「船を」

 

「夫の船です」

 

「村の船だ」

 

「借金は返しました」

 

「木は村に必要だ」

 

家を暖める燃料。

 

船板は乾いている。

 

泥炭よりよく燃える。

 

「ほかの船を」

 

「全部燃やす」

 

村長は目を逸らさない。

 

自分の船も。

 

息子の船も。

 

「海が開いたら」

 

ルーナが言った。

 

「そのとき考える」

 

「船がなければ」

 

「生きていれば作れる」

 

どこかで聞いたような言葉。

 

命があれば戻れる。

 

家が燃えた者には慰めにならない。

 

「トール」

 

ルーナは十四歳の息子を呼んだ。

 

「斧を」

 

少年は動かない。

 

「父さんの」

 

「だから私たちで」

 

他人に壊されるより。

 

ルーナは最初の斧を船腹へ入れた。

 

乾いた音。

 

木が割れる。

 

エイリクが触れた板。

 

家族を養った船。

 

二撃目。

 

トールも。

 

七歳の妹ソルヴェイは岸で泣いた。

 

村人たちは一隻ずつ解体した。

 

船首像。

 

櫂。

 

帆柱。

 

冬の火へ。

 

炎は暖かかった。

 

誰も、その暖かさを喜べなかった。

 

---

 

村には、前年の半分しか食糧が残っていなかった。

 

漁ができない。

 

羊は飼料不足。

 

塩漬け肉は尽きる。

 

干魚は黒い黴。

 

麦は南から買う必要がある。

 

だが商人は来ない。

 

海路が閉じ、陸路の橇は雪崩で失われた。

 

四月、最初の子供が飢えで死んだ。

 

五月、老人が三人。

 

六月、村の世界樹司祭が集会を開いた。

 

「南へ行く」

 

彼は言った。

 

「どこへ」

 

「ヴェリグラード」

 

「国境は」

 

「凍河協定で戦争は止まった」

 

「我々は戦争していない」

 

「向こうから見ればノルハイム人だ」

 

ノルハイム諸侯同盟。

 

一つの国ではない。

 

湾ごと。

 

島ごと。

 

首長。

 

盟約。

 

だが南の者には、すべて北人。

 

長船で来れば略奪者。

 

家族を連れて来れば難民。

 

剣を持っていれば、その区別はさらに難しい。

 

「武器を置いていくのか」

 

若者が尋ねた。

 

「狼も盗賊もいる」

 

「持っていけば兵と見られる」

 

「持たなければ途中で死ぬ」

 

司祭は答えられない。

 

村長が言った。

 

「槍は持つ。戦旗は置く」

 

「旗がなければ誰の民か」

 

「生き残った者の民だ」

 

百八十七人。

 

荷橇三十。

 

馬十二。

 

犬四十。

 

羊七十。

 

村を出る。

 

残る者は二十六。

 

年寄り。

 

病人。

 

自分の土地で死にたい者。

 

「母さん」

 

トールが家を見る。

 

扉を閉めるべきか。

 

開けておくべきか。

 

戻るなら閉める。

 

誰かが避難に使うなら開ける。

 

ルーナは扉を閉めなかった。

 

炉の火だけ消した。

 

「春に戻る?」

 

ソルヴェイが尋ねた。

 

「もう春です」

 

「海の春」

 

ルーナは答えられなかった。

 

---

 

## 二

 

ノルハイム諸侯同盟の春集会は、海辺ではなく、内陸の石丘で開かれた。

 

本来なら、各首長が船で集まる。

 

今年は橇。

 

馬。

 

徒歩。

 

二十三の首長。

 

来られなかった者は十一。

 

凍死。

 

病気。

 

道がない。

 

最大勢力のハルドール・スヴェンソン侯は、南進を主張した。

 

「我々には土地がある」

 

彼は地図を指した。

 

「南の灰森平原。百年前、世界樹の民が冬営地として使っていた」

 

ヴェリグラード北部。

 

現在は農村と修道院領。

 

「百年前の話です」

 

シグリッド・ハルヴァルズドッティルが言った。

 

西諸島の女首長。

 

夫と兄を海難で失い、自分で船団を率いる。

 

「ヴェリグラードの農民が住んでいる」

 

「土地は広い」

 

「余っていない」

 

「我々の民は飢えている」

 

「だから奪う?」

 

「取り戻す」

 

「百年前に冬営した土地を?」

 

ハルドールは彼女を睨む。

 

「お前の島はまだ食糧がある」

 

「三月分」

 

「我々は一月」

 

「だから交渉を」

 

「相手は国境を閉じる」

 

「まだ閉じていない」

 

「閉じる前に入る」

 

首長たちが叫ぶ。

 

南へ。

 

西へ。

 

船を待つ。

 

略奪。

 

移住。

 

傭兵として雇われる。

 

意見は割れる。

 

世界樹大司祭エイナルが杖を上げた。

 

杖の先に、枝分かれした銀。

 

「黒い雪は警告だ」

 

集会が静まる。

 

「根を離れた者は、枝を失う」

 

「では残って死ねと?」

 

シグリッド。

 

「神々は試している」

 

「子供を?」

 

「信仰なき者には理解できない」

 

「飢えは理解できます」

 

大司祭の周囲には武装信徒。

 

世界樹信仰の権威も、危機で強くなる。

 

「南へ行くなら、世界樹の枝を携えよ」

 

エイナルが言う。

 

「異教の地で信仰を守れ」

 

「移住へ宗教軍をつけるのか」

 

「護衛だ」

 

聖冠派宣教師も北方にいる。

 

彼らは南へ逃れる者へ洗礼と食糧を提供していた。

 

世界樹信仰側は、それを改宗の侵略と見る。

 

「灰冠救済団から使者です」

 

書記が告げた。

 

集会がざわめく。

 

灰色の外套ではない。

 

白い毛皮。

 

胸に灰色の小冠。

 

男はノルハイム語を話した。

 

「我々は穀物二万袋を用意しています」

 

どよめき。

 

「代価は」

 

シグリッドが尋ねる。

 

「返済は将来」

 

「何で」

 

「南部街道の通行料。再建後の漁業税。あるいは、傭兵奉仕」

 

「やはり」

 

「選べます」

 

「どれも、未来を渡す」

 

「今日の命と」

 

使者は穏やか。

 

「穀物はどこに」

 

ハルドール。

 

「三つの救済路」

 

地図。

 

第一。

 

西方沿岸から聖座ルミナ領へ。

 

第二。

 

南東のヴェリグラード北境。

 

第三。

 

内陸を通り神聖エーレン帝国へ。

 

「最も多いのは」

 

「ヴェリグラード路」

 

灰冠が選んだ線。

 

凍河協定で軍が退いた場所。

 

白暁城周辺。

 

国境秩序がまだ不安定。

 

「なぜ」

 

シグリッド。

 

「街道が使える」

 

「そこへ人を集めたい?」

 

「救える場所へ」

 

「軍務契約は」

 

「成人一名につき三年を選択できます」

 

「選択しなければ」

 

「漁業税」

 

「土地を失った者から漁業税?」

 

「再建後」

 

「再建しなければ」

 

「返済免除」

 

美しい条件。

 

だが契約の細字。

 

移住者の居住地指定権。

 

救済団が持つ。

 

パンを受け取れば、どこへ行くか選ばれる。

 

「断る」

 

シグリッド。

 

ハルドールは言った。

 

「受ける」

 

首長同士。

 

「民へ選ばせる」

 

使者が提案。

 

「家族単位で契約」

 

分断。

 

同じ村でも。

 

受ける者。

 

断る者。

 

「食糧を前に選択させるのは、選択ではない」

 

シグリッド。

 

「飢えを作ったのは我々ではない」

 

使者。

 

「利用はする」

 

「救済もします」

 

両方。

 

正直。

 

それがさらに強い。

 

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## 三

 

ヴェリグラード北方諸公会議は、難民数を三万と見積もっていた。

 

実際は、第一波だけで五万を超えた。

 

白暁城司令官ダニーロ・クラヴェツは、城壁から北街道を見た。

 

地平まで、人。

 

荷橇。

 

羊。

 

犬。

 

旗。

 

煙。

 

軍の行軍より遅い。

 

だが長い。

 

「武装者は」

 

「推定八千」

 

副官。

 

「兵士?」

 

「槍を持つ成人男。女も一部」

 

「戦旗は」

 

「世界樹の枝旗。氏族旗。灰冠救済団の白旗」

 

「ノルハイム軍旗は」

 

「見えません」

 

「見えないだけか」

 

城内には凍河対峙の負傷兵がまだ残っている。

 

食糧。

 

二月分。

 

難民へ配れば十日。

 

「門を閉じますか」

 

副官。

 

ダニーロは答えない。

 

城門。

 

開ければ人が流入。

 

閉じれば外で死ぬ。

 

軍が混ざれば砦を奪われる。

 

「国境村へ」

 

ダニーロが言う。

 

「住民避難準備」

 

「難民を敵と?」

 

「数が多い」

 

「門は」

 

「外郭市場まで開く。内城は閉鎖」

 

「何人入れる」

 

「子供、病人、老人。成人武装者は河原へ」

 

「武器を」

 

「登録。預けた者へ食糧券」

 

「拒む者は」

 

「国境外」

 

「国境はどこです」

 

副官が尋ねた。

 

北方草原。

 

古い石標。

 

雪で埋まっている。

 

ノルハイム人は、祖先の冬営地と主張。

 

ヴェリグラードは修道院領。

 

「白暁城の北二里」

 

「なぜ」

 

「守れる線」

 

法的国境ではなく、軍事能力。

 

「イリヤ公へ報告」

 

「諸公会議中です」

 

「戻るまで待てない」

 

「公は難民受け入れを支持するでしょう」

 

「数を見れば変わる」

 

人間は理念ではなく、数で変わる。

 

ダニーロは凍河協定の共同救護小屋を思い出す。

 

敵兵八十。

 

今回は五万。

 

同じ方法は使えない。

 

「名簿を作ります」

 

「五万人を?」

 

「村単位。氏族単位」

 

「文字が違う」

 

「通訳を集める」

 

「時間が」

 

「作らなければ、兵と民を分けられない」

 

「名乗りを偽れば」

 

「完全には防げない」

 

「なら」

 

「不完全でもする」

 

---

 

## 四

 

ルーナたちの村は、南へ向かう途中で灰冠救済路へ合流した。

 

道端に白い杭。

 

灰色の小冠。

 

一日ごとに穀物配給所。

 

最初の配給。

 

一人につき黒パン半斤。

 

子供は同量。

 

老人。

 

病人。

 

誰も身分を問われない。

 

「無料?」

 

トールが尋ねた。

 

受付の書記が紙を出す。

 

「今日と明日は」

 

「その後は」

 

「契約者を優先」

 

紙。

 

ルーナは文字を少し読める。

 

夫が市場帳簿を教えた。

 

《救済移動契約》

 

成人。

 

子供。

 

家畜。

 

進路。

 

返済選択。

 

漁業税。

 

労働。

 

軍役。

 

「軍役は誰が」

 

「成人一人」

 

「トールは十四です」

 

「十五から」

 

「来月十五」

 

「契約日は今日」

 

「登録年齢は春分時」

 

すでに十五扱い。

 

「三年?」

 

「食糧と南部居住権」

 

「どこの軍」

 

「契約時に指定される防衛隊」

 

「灰冠の?」

 

「受入国または救済団」

 

曖昧。

 

「断れば」

 

「次の配給所で一般列」

 

「一般列に食糧は」

 

「残量次第」

 

飢え。

 

選択。

 

ルーナは紙を持ったまま。

 

後ろでソルヴェイがパンを食べる。

 

小さく噛む。

 

残そうとしている。

 

「食べて」

 

「明日の分」

 

「明日もある」

 

嘘かもしれない。

 

トールが言った。

 

「俺が軍役を」

 

「駄目」

 

「パンが」

 

「駄目」

 

「父さんなら」

 

「父さんはいない」

 

強く言いすぎる。

 

少年の顔。

 

ルーナは息を吐く。

 

「ごめん」

 

「俺は漁師だ」

 

「船がない」

 

「作る」

 

夫と同じ。

 

生きていれば作れる。

 

「軍役を選ばなければ、漁業税?」

 

「再建したとき」

 

「なら」

 

トール。

 

「海へ戻れる」

 

紙の中に希望を見つける。

 

灰冠が書いた希望。

 

「居住地指定権」

 

ルーナが指す。

 

「南へ着いたら、どこへ住むか決められる」

 

「村ごと?」

 

「救済団が」

 

「でも一緒なら」

 

村人は分けられるかもしれない。

 

契約書は家族単位。

 

「村全員で同じ契約に」

 

村長が提案。

 

「漁業税」

 

「船を作る」

 

「海辺に置かれる保証は」

 

「ない」

 

議論。

 

後ろの列が怒る。

 

「早くしろ!」

 

配給書記は淡々。

 

「署名できない者は印」

 

ルーナはトールを見る。

 

ソルヴェイ。

 

空腹。

 

彼女は漁業税を選んだ。

 

居住地指定を受け入れる。

 

軍役は選ばない。

 

署名。

 

《ルーナ・エイリクスドッティル》

 

書記は紙を二つに切る。

 

半券。

 

「なくさないで」

 

「なくしたら」

 

「再発行は、登録地でのみ」

 

歩いている途中で紙を失えば、食糧も居住権も消える。

 

ルーナは半券を首の内側へ縫い込んだ。

 

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## 五

 

ノルハイム難民の先頭が白暁城へ着く二日前、灰冠救済団の使者がダニーロを訪れた。

 

「五万三千人」

 

使者が言う。

 

「さらに後続四万」

 

「どこへ置けと」

 

「灰森平原」

 

「修道院領と農村があります」

 

「耕作放棄地が三割」

 

「前年の疫病と戦争徴発で」

 

「空いている」

 

「所有者がいる」

 

「帰っていない」

 

「死んだとは限らない」

 

「難民は生きています」

 

ダニーロは地図を見る。

 

灰森平原。

 

北方街道。

 

白暁城から南西。

 

村二十七。

 

人口一万八千。

 

放棄地。

 

森林。

 

牧草地。

 

ノルハイム人五万以上。

 

入れれば既存住民より多い。

 

「救済団が食糧を」

 

「三月分」

 

「代価は」

 

「将来の漁業税と労働」

 

「ヴェリグラード領内で?」

 

「居住地の港湾税。あるいは森林開拓権」

 

「我が国の税を、あなた方へ?」

 

「救済費回収分だけ」

 

「誰が許可した」

 

使者は文書を出す。

 

北方諸公の一人。

 

アレクセイ公の側近。

 

仮許可。

 

イリヤ公ではない。

 

諸公会議全体でもない。

 

「権限がない」

 

「緊急人道回廊です」

 

「その言葉で国境を変えるか」

 

「人はすでに来ています」

 

「あなた方が進路を」

 

「食糧のある道へ」

 

「灰森へ集めた」

 

「ほかは閉ざされている」

 

救済団が道を作り、他の道への配給を減らす。

 

結果として選択肢は一つ。

 

「我々の条件」

 

ダニーロが言う。

 

「武器登録。軍役契約の公開。灰森への入植は一時許可のみ。土地所有権は与えない」

 

「難民は受け入れない」

 

「保護する。所有は別」

 

「家を建てても追い出される?」

 

「春の諸公会議まで」

 

「春はもう」

 

「次の大議会」

 

「いつ」

 

「三月後」

 

「難民は三月、土地なし?」

 

「仮住居」

 

使者が笑う。

 

「司令官は、彼らを人間として迎えたいのか、軍事荷物として置きたいのか」

 

「五万人を人間一人ずつ見る時間がない」

 

「だから我々が管理する」

 

「それを拒んでいる」

 

灰冠に名簿、配給、進路、契約を握らせれば、難民は一つの軍にもなる。

 

「食糧は買います」

 

ダニーロ。

 

「銀で?」

 

「王国債券」

 

「価値が不安定」

 

「難民の未来よりは」

 

使者の顔から笑みが消える。

 

「全量は売れません」

 

「なぜ」

 

「契約者用です」

 

食糧を人質。

 

「一般配給分を」

 

「二割」

 

「半分」

 

「三割」

 

「四割」

 

「三割五分」

 

「四割」

 

「条件は」

 

「武器登録に関係なく、子供と病人へ優先」

 

「成人は」

 

「労働配給」

 

「軍役契約者は」

 

「別枠を認めるが、武装命令はヴェリグラード法下」

 

使者は考える。

 

「受けます」

 

早い。

 

また。

 

「本部の許可は」

 

「私に権限があります」

 

「それほど簡単に」

 

「人が近づいています」

 

使者は窓から北を見る。

 

まだ見えない。

 

だが煙。

 

「遅くすれば死ぬ」

 

灰冠の者が、遅さを責める。

 

ときに正しい。

 

---

 

## 六

 

白暁城北の受付線は、三日で崩壊した。

 

予定。

 

十列。

 

村単位。

 

武器登録。

 

家族名簿。

 

健康確認。

 

食糧券。

 

実際。

 

雪解け泥。

 

言葉が通じない。

 

列の区別が消える。

 

羊が逃げる。

 

犬が喧嘩。

 

子供が迷う。

 

世界樹司祭が祈りを優先させろと要求。

 

聖冠派宣教師が洗礼を受けた家族へ別のパンを配る。

 

灰冠救済団が契約者列を進める。

 

ヴェリグラード役人は印を確認。

 

偽半券。

 

盗難。

 

喧嘩。

 

「武器を置け!」

 

兵士がノルハイム語で叫ぶ。

 

発音が悪い。

 

《武器》ではなく《腕》に近い。

 

男たちが袖をまくる。

 

別の兵が笑う。

 

侮辱と受け取られる。

 

槍。

 

盾。

 

緊張。

 

ダニーロが自ら泥へ入った。

 

「武器は、あそこ!」

 

通訳。

 

「槍、剣、弓。預かる。名前を書く。返す可能性あり」

 

「可能性?」

 

首長。

 

「砦内へ持ち込めない」

 

「我々は女と子を守る」

 

「城兵が守る」

 

「お前たちから誰が守る」

 

周囲が騒ぐ。

 

「氏族ごとに武器二十本を護衛用に」

 

ダニーロが妥協。

 

「百」

 

「二十」

 

「五十」

 

「三十」

 

「四十」

 

「三十五」

 

「四十」

 

「受ける」

 

槍四十。

 

氏族千人。

 

十分ではない。

 

それでも全没収より。

 

「弓は」

 

「狩猟用」

 

「全部狩猟用だ」

 

首長。

 

「矢を十本ずつ」

 

「狼が十一頭なら」

 

「十頭を射て」

 

通訳が笑う。

 

首長も少し。

 

緊張が緩む。

 

別の列で叫び。

 

子供が倒れた。

 

飢え。

 

医師。

 

母親が、灰冠契約半券を見せる。

 

「契約列へ」

 

救済団員。

 

「子供は一般でも」

 

ヴェリグラード役人。

 

「登録が」

 

「先に食べさせろ!」

 

ダニーロ。

 

パン。

 

水。

 

子供は飲み込めない。

 

少量。

 

粥。

 

「何日食べていない」

 

「二日」

 

母。

 

「嘘だ」

 

医師。

 

腹の状態。

 

もっと。

 

母が泣く。

 

配給を失うのが怖くて、歩けると申告した。

 

名簿の健康欄。

 

《健康》。

 

紙は人間を救う。

 

嘘を書けば殺す。

 

「病人申告で配給を減らさない」

 

ダニーロ。

 

救済団員が反対。

 

「労働不能者が増えます」

 

「だから?」

 

「契約条件が」

 

「子供へ労働契約を?」

 

「家族単位の返済能力」

 

「その欄を消せ」

 

「我々の書式です」

 

「ヴェリグラード領内では」

 

対立。

 

母親は二人の議論を見ている。

 

子供は地面。

 

制度が争う間に。

 

「粥を!」

 

先に。

 

後で書く。

 

---

 

## 七

 

ルーナたちが受付へ着いたのは夕方だった。

 

村百八十七人。

 

途中で十一人死んだ。

 

二人行方不明。

 

三家族が別の救済路へ。

 

現在百六十四。

 

「村名」

 

役人。

 

「フロスト湾、スケル村」

 

「地図にない」

 

「北西端」

 

「領主は」

 

「ハルドール侯」

 

「氏族」

 

「海燕氏族」

 

役人がトールを見る。

 

「年齢」

 

「十四」

 

ルーナ。

 

「春分時」

 

灰冠書類と同じ質問。

 

「十四」

 

「生年」

 

答える。

 

計算。

 

「十五」

 

「まだ」

 

「登録法では年初年齢」

 

「ノルハイムでは誕生日」

 

「ここはヴェリグラード」

 

「契約は春分時と」

 

半券。

 

役人が読む。

 

「軍役なし。漁業税」

 

「はい」

 

「居住地指定、灰森平原第七区」

 

地図。

 

海がない。

 

「漁業税を選んだのに」

 

「将来、港へ再移住した場合」

 

「いつ」

 

「未定」

 

「では灰森で何を」

 

「森林開墾」

 

「漁師です」

 

「木は切れる」

 

夫の船を壊した。

 

また木。

 

「拒否すれば」

 

「一般難民区」

 

「食糧は」

 

「保証なし」

 

トールが言う。

 

「行こう」

 

「待って」

 

「ソルヴェイが」

 

妹は歩けない。

 

荷橇。

 

痩せている。

 

ルーナは灰森第七区を受け入れた。

 

「武器」

 

トールの手斧。

 

「仕事道具」

 

「武器にも」

 

「船大工用」

 

船はない。

 

役人は見た。

 

「登録。携帯許可」

 

手斧の柄へ赤い紐。

 

許可武器。

 

小さな制度。

 

「槍は」

 

村の四十本。

 

残りを預ける。

 

一本ずつ所有者名。

 

「返却は」

 

「入植地の治安確認後」

 

「いつ」

 

「未定」

 

同じ。

 

トールが怒る。

 

「全部未定だ」

 

役人が疲れた顔で言う。

 

「今日、五万人が来た」

 

「俺たちのせいか」

 

「違う」

 

「なら」

 

「決められない」

 

正直。

 

少年は黙った。

 

---

 

## 八

 

灰森平原第七区は、平原ではなかった。

 

焼けた森。

 

前年、木炭商人の火から山火事。

 

黒い幹。

 

一部は雪。

 

一部は泥。

 

廃村。

 

家十九。

 

住めるのは七。

 

井戸一つ。

 

水は濁る。

 

ノルハイム人千二百人。

 

「ここへ?」

 

ルーナ。

 

案内役。

 

灰冠救済団の若い女書記アネシュカ。

 

ヴェリグラード人。

 

「仮設小屋用の木材があります」

 

「どこ」

 

黒い森。

 

「切る」

 

「食糧は」

 

「一日一人、麦粥二杯」

 

「契約者分」

 

「はい」

 

「一般難民は」

 

「労働登録後」

 

「子供は」

 

「同じ」

 

「薪は」

 

「自分で」

 

世界樹司祭が地面へ枝を立てる。

 

祈り。

 

土地の霊へ許し。

 

ヴェリグラードの聖堂跡。

 

小さな聖冠。

 

二つの信仰。

 

「ここは修道院領です」

 

アネシュカ。

 

「修道院は」

 

「疫病で放棄」

 

「戻る者は」

 

「いるかもしれない」

 

「我々が家を建てた後」

 

「議会が決めます」

 

未定。

 

すべて。

 

「あなたは」

 

ルーナが尋ねる。

 

「灰冠の人?」

 

アネシュカの胸に小冠印。

 

「救済団の雇員です」

 

「信じている?」

 

「何を」

 

「救済」

 

女は少し考えた。

 

「給金が出ます」

 

「それだけ」

 

「弟が三港で死にました」

 

ヴァルネリア。

 

遠い。

 

「なぜここへ」

 

「戦争を作る者を、内側から見たいと思った」

 

「灰冠が弟を」

 

「分かりません」

 

「それでも働く?」

 

「帳簿へ触れられる」

 

マティアスたちと同じ発想。

 

中へ。

 

「逃げられないだけでは」

 

「それも」

 

アネシュカは名簿を見る。

 

「第七区には、軍役契約者が三百二十人」

 

「軍役は選んでいない」

 

「はい」

 

「誰と戦う」

 

「未指定」

 

「その人たちは、村を守る?」

 

「救済団の命令を受ける」

 

「同じ場所に?」

 

「はい」

 

軍。

 

民。

 

家族。

 

混在。

 

ルーナは不安。

 

「名簿を見せて」

 

「個人情報です」

 

「同じ村の誰が兵か知らない?」

 

「氏族長には一覧」

 

「私たちは別村と混ぜられた」

 

「区長を選んでください」

 

「誰が」

 

「住民が」

 

民主的。

 

同時に統治責任を難民へ渡す。

 

「食糧配給も区長経由」

 

権力。

 

誰かがなる。

 

---

 

## 九

 

灰森第七区の最初の区長選挙は、殴り合いになった。

 

候補。

 

海燕氏族の村長。

 

西湾の戦士長。

 

世界樹司祭。

 

聖冠派へ改宗した商人。

 

女性は候補に入れられていない。

 

ルーナは名簿へ質問した。

 

「なぜ」

 

世界樹司祭。

 

「氏族長は男」

 

「村では、夫が死んだ家を女が」

 

「家と氏族は違う」

 

「配給を決めるのは家の話です」

 

戦士長が笑う。

 

「漁師の未亡人が千人を?」

 

「あなたは何を」

 

「剣を持つ」

 

「預けたでしょう」

 

周囲が笑う。

 

男の顔が赤くなる。

 

「女を候補にするか、投票を」

 

アネシュカが言う。

 

救済団は性別を問わない。

 

理由は平等ではなく、契約管理能力。

 

「外の法を」

 

司祭が反発。

 

「食糧は外から」

 

ルーナ。

 

「なら外の規則も聞く」

 

自分で言い、苦い。

 

食糧で制度を入れる。

 

それでも女性が排除されるより。

 

候補は六人。

 

ルーナも押し出される。

 

「なりたくない」

 

「言ったから」

 

村長。

 

「意見を言う者が責任を」

 

どこでも。

 

投票。

 

石。

 

候補ごとの桶。

 

一人一石。

 

家族代表だけか。

 

成人全員か。

 

議論。

 

結局、十五歳以上。

 

トールも。

 

少年は母の桶へ。

 

ルーナは区長に選ばれなかった。

 

二位。

 

一位は西湾の戦士長アルネ。

 

軍役契約者の多くが支持。

 

「配給を増やす」

 

彼は言う。

 

「どうやって」

 

「救済団と交渉」

 

「代価は」

 

「働く」

 

「軍役を」

 

「必要なら」

 

ルーナは不安を覚えた。

 

その夜、アルネは救済団から追加の小麦十袋を得た。

 

代わりに軍役契約者百名を、南街道の護衛へ出す。

 

「護衛?」

 

「盗賊対策」

 

「武器は」

 

預けた槍が返される。

 

軍役契約者だけ。

 

村の中に武装集団。

 

食糧を持つ区長。

 

「誰の命令で動く」

 

ルーナが尋ねる。

 

「俺の」

 

アルネ。

 

「契約は救済団」

 

「俺が百人長」

 

「南街道の先は」

 

「灰森第五区」

 

ヴェリグラード農村と難民の衝突が起きている場所。

 

護衛か。

 

鎮圧か。

 

「行かないで」

 

ルーナはトールへ。

 

「俺は契約してない」

 

「連れていかれるかも」

 

少年は手斧の赤紐を見る。

 

「俺が守る」

 

十四、あるいは十五。

 

大人の言葉を使う。

 

---

 

## 十

 

灰森第五区では、ヴェリグラード農民が難民小屋を焼いた。

 

少なくとも、最初の報告はそうだった。

 

土地所有者が戻った。

 

村人四十家族。

 

前年、凍河騒乱を恐れ南へ避難。

 

春になり帰郷。

 

自分たちの畑に、ノルハイム人二千人。

 

小屋。

 

柵。

 

世界樹の枝。

 

「出ていけ」

 

「救済団の居住許可」

 

「土地は我々の」

 

「役人が放棄地と」

 

「避難しただけだ!」

 

「我々も避難した!」

 

双方。

 

同じ。

 

一方は北から。

 

一方は南から戻った。

 

灰冠救済団は土地を所有していない。

 

それでも入植指定。

 

「収穫前まで共同利用」

 

役人が提案。

 

「誰が種を」

 

ヴェリグラード農民。

 

「救済団」

 

「収穫は」

 

「配分」

 

「何割」

 

「未定」

 

未定。

 

夜、難民小屋三棟が燃えた。

 

死者二。

 

子供一。

 

犯人不明。

 

現場にヴェリグラード農具。

 

難民側は村人を襲う。

 

三人死亡。

 

翌朝、アルネの護衛隊百名が到着。

 

灰冠救済団の命令。

 

《街道および配給倉庫の安全確保》

 

現地救済団員が指示。

 

「ヴェリグラード村を武装解除」

 

「我々の国で?」

 

村長。

 

「救済区域規則」

 

「誰が作った」

 

「契約」

 

農民は契約していない。

 

アルネは迷わなかった。

 

「武器を置け」

 

「北人が命じるな!」

 

石。

 

槍。

 

戦闘。

 

最初の死者は、アルネ側。

 

鍬。

 

頭。

 

軍役者が矢を射る。

 

農民の胸。

 

一斉。

 

小さな戦争。

 

---

 

報告を受けたダニーロは、白暁城から騎兵三百を送った。

 

イリヤ公はまだ諸公会議。

 

命令を待たない。

 

「誰を止める」

 

副官。

 

「両方」

 

「救済団の軍役者は、登録上民間護衛」

 

「弓を射た」

 

「農民も」

 

「武器停止」

 

「従わなければ」

 

「包囲」

 

「攻撃は」

 

「最後」

 

兵士は不満。

 

自国農民が殺された。

 

北人を守るのか。

 

同時に難民小屋の子供。

 

「道中で噂が」

 

伝令。

 

《ノルハイム人が聖堂を焼いた》

 

別。

 

《ヴェリグラード兵が難民百人を虐殺》

 

数字が増える。

 

実際の死者。

 

十一。

 

噂。

 

百。

 

五百。

 

「鐘を鳴らすな」

 

ダニーロが命じる。

 

白暁城周辺の村鐘。

 

動員信号。

 

凍河で使われた方法。

 

「命令を二重確認」

 

新制度。

 

各村へ。

 

だが第五区の小聖堂では、すでに鐘が鳴った。

 

誰が。

 

---

 

## 十一

 

ルーナは黒い雪の中で目を覚ました。

 

第七区。

 

夜明け。

 

屋根代わりの布に黒い粒。

 

最初、火事と思った。

 

匂い。

 

煤。

 

北からの風。

 

泥炭火災の煙。

 

故郷と同じ黒い雪。

 

「母さん」

 

ソルヴェイが手へ取る。

 

「汚い」

 

「口に入れないで」

 

難民たちが空を見る。

 

世界樹司祭は叫ぶ。

 

「根の国が、我々を追っている!」

 

人々が集まる。

 

「南の異教地へ入った罰だ!」

 

聖冠派宣教師が反論。

 

「古い神の灰だ! 洗礼を受けよ!」

 

信仰が配給列を分ける。

 

世界樹側。

 

聖冠側。

 

灰冠救済団は黒い雪を布で払い、通常配給。

 

「第五区で戦闘」

 

アネシュカがルーナへ言った。

 

「アルネは」

 

「負傷」

 

「死者」

 

「不明」

 

「トール」

 

少年がいない。

 

寝床。

 

手斧も。

 

「どこへ」

 

ソルヴェイ。

 

「兄ちゃん、夜に出た」

 

「何を」

 

「アルネさんの隊へ」

 

ルーナの身体が冷える。

 

契約なし。

 

勝手に。

 

「なぜ止めない!」

 

子供へ怒鳴る。

 

七歳。

 

泣く。

 

「ごめん」

 

また。

 

ルーナはアネシュカへ。

 

「第五区へ行く」

 

「道が閉鎖」

 

「息子が」

 

「兵に任せて」

 

「兵が誰か分からない」

 

「私も行きます」

 

アネシュカ。

 

「なぜ」

 

「名簿確認」

 

「仕事?」

 

「それも」

 

二人。

 

荷車。

 

黒い雪。

 

道。

 

途中、難民軍役者の死体。

 

ヴェリグラード農民の死体。

 

誰が先。

 

分からない。

 

一人の男は、灰冠救済団の白い食糧袋を抱えていた。

 

盗んだ。

 

運んでいた。

 

守った。

 

意味は後から。

 

---

 

## 十二

 

第五区へ着いたとき、戦闘は止まっていた。

 

ヴェリグラード騎兵が両者の間。

 

難民軍役者は配給倉庫周辺。

 

農民は聖堂。

 

死者。

 

二十三。

 

負傷六十以上。

 

ダニーロが現場へ来ている。

 

「武器を地面へ!」

 

両側。

 

置かない。

 

「次に弓を引いた者は、どちらでも拘束!」

 

ルーナは息子を探す。

 

「トール!」

 

返事なし。

 

負傷者列。

 

死体。

 

一人ずつ。

 

十四歳。

 

亜麻色の髪。

 

手斧に赤紐。

 

いない。

 

「海燕氏族の少年」

 

誰か。

 

「北の林へ」

 

難民軍役者。

 

「逃げた?」

 

「子供を追って」

 

「何の」

 

戦闘中、第五区の小屋から子供たちが林へ逃げた。

 

黒い雪。

 

煙。

 

迷う。

 

トールを含む数人が追った。

 

「何人」

 

「十人くらい」

 

「戻っていない」

 

ルーナは林へ。

 

兵が止める。

 

「盗賊が」

 

「息子が」

 

「捜索隊を」

 

「待てない」

 

ダニーロが声を聞く。

 

「母親?」

 

「はい」

 

「兵十人を」

 

「司令官」

 

副官。

 

「現場が」

 

「子供が林」

 

ヴェリグラード農民の女が出る。

 

「うちのミラも」

 

難民と地元。

 

子供。

 

一緒。

 

「二十人」

 

ダニーロが増やす。

 

「両側から案内」

 

「一緒に?」

 

農民。

 

「別々に行けば、林でまた戦う」

 

ルーナと農民女ナターリヤ。

 

互いに見る。

 

息子を奪った側。

 

娘を脅した側。

 

知らない。

 

同じ捜索隊。

 

---

 

林の雪は黒かった。

 

焼けた木。

 

足跡。

 

小さい。

 

複数。

 

狼。

 

犬かもしれない。

 

「ミラ!」

 

「トール!」

 

叫ぶ。

 

返事。

 

遠く。

 

子供の泣き声。

 

谷。

 

倒木。

 

トールがいた。

 

五人の子供。

 

ノルハイム三。

 

ヴェリグラード二。

 

一人、脚を怪我。

 

ミラ。

 

少年は自分の外套を巻いている。

 

「母さん」

 

ルーナは抱く。

 

怒り。

 

安心。

 

「なぜ行った!」

 

「アルネ隊へ」

 

「契約してない!」

 

「俺だけ何もしないのは」

 

「子供を助けた」

 

ナターリヤが娘へ。

 

「北人に何を」

 

最初の言葉。

 

娘が言う。

 

「トールが助けた」

 

母親が止まる。

 

「戦いは」

 

トールが尋ねる。

 

「止まった」

 

「誰が勝った」

 

ルーナは答えた。

 

「誰も」

 

以前なら不満だった少年。

 

今は子供たちを見る。

 

「そうだね」

 

---

 

## 十三

 

戦闘の発端となった放火犯は、ヴェリグラード農民ではなかった。

 

難民でも。

 

焼けた小屋の裏から、油壺の破片。

 

製造印。

 

セレスタ。

 

灰冠救済団の倉庫用。

 

アネシュカが帳簿を調べる。

 

油壺六個。

 

記録では、第四区の屋根補修へ。

 

受領印。

 

存在しない区長。

 

偽造。

 

「救済団内部」

 

ダニーロ。

 

「はい」

 

「誰が」

 

「配給監督官ペタル」

 

所在不明。

 

彼の部屋。

 

地図。

 

第五区。

 

地元村。

 

ノルハイム小屋。

 

火災後の動線。

 

アルネ護衛隊の出発命令。

 

鐘を鳴らす予定時刻。

 

計画。

 

「アルネは知っていた?」

 

「追加食糧と軍役隊指揮権を受けました」

 

「放火を」

 

「証拠なし」

 

負傷したアルネを尋問。

 

「俺は護衛へ」

 

「誰の命令」

 

「ペタル」

 

「村を武装解除しろと」

 

「街道安全のため」

 

「小屋を焼いた者は」

 

「知らない」

 

「食糧十袋」

 

「隊の給金」

 

「自分の取り分は」

 

「二袋」

 

千人の区長。

 

追加食糧を自分へ。

 

「皆やる」

 

アルネ。

 

「だから正しい?」

 

ルーナ。

 

尋問室に住民代表としている。

 

「お前の息子も隊へ」

 

「契約していない」

 

「来たがった」

 

「子供です」

 

「北では十四で漁へ」

 

「戦争は漁ではない」

 

アルネは笑う。

 

「船がない漁師に、何がある」

 

ルーナは答えられない。

 

灰冠は、職を失った者へ軍役を与える。

 

「放火を知らなかったとしても」

 

ダニーロ。

 

「確認せず武装隊を動かした」

 

ファリド。

 

凍河の騎兵。

 

同じ。

 

「軍役契約には救済団命令へ従うと」

 

アルネ。

 

「ヴェリグラード法下」

 

「俺は字が読めない」

 

「朗読は」

 

「速すぎた」

 

契約の同意。

 

飢え。

 

言葉。

 

「アルネを拘束」

 

ダニーロ。

 

難民軍役者が外で騒ぐ。

 

「区長を!」

 

「北人を捕らえる!」

 

「食糧を止める気か!」

 

灰冠救済団は、アルネの拘束を理由に第七区追加配給を停止すると通知した。

 

住民を圧力に。

 

「停止を認めない」

 

ダニーロ。

 

「食糧は救済団所有」

 

使者。

 

「契約違反」

 

「小麦を徴発する」

 

「略奪です」

 

「代金を払う」

 

「受け取らない」

 

「王国債券を置く」

 

「価値が」

 

「子供の腹よりは」

 

ダニーロは倉庫を接収した。

 

戦争になる可能性。

 

灰冠救済団の護衛。

 

ヴェリグラード兵。

 

互いに剣。

 

アネシュカが倉庫帳を持ち出す。

 

「中身は三日分しかありません」

 

「帳簿では十日」

 

「半分が別へ」

 

「どこ」

 

北方街道。

 

次の難民列を灰森へ誘導する配給所。

 

「止めれば、後続が」

 

「ここで分ければ」

 

全員に足りない。

 

また。

 

「後続へ進路変更」

 

ダニーロ。

 

「どこへ」

 

「白暁城東の空地」

 

「水がない」

 

「凍河の融水」

 

「春の洪水」

 

「高台へ」

 

「食糧は」

 

「諸公会議へ緊急徴発」

 

「届くまで」

 

「三日」

 

灰冠の三日。

 

今回は自分たち。

 

「第七区へ二日分。第五区へ二日。残りは後続配給所」

 

「全員が少なく」

 

「はい」

 

誰も満腹にしない。

 

誰も今日死なせないよう。

 

成功するか。

 

分からない。

 

---

 

## 十四

 

イリヤ公が灰森へ到着したとき、黒い雪は雨へ変わっていた。

 

雪の黒い煤が溶け、道を黒水が流れる。

 

諸公会議は難民受け入れを決められなかった。

 

アレクセイ公は国境封鎖。

 

自由都市は労働者として受け入れ。

 

修道院領は聖冠派へ改宗した者だけ。

 

領主ごと。

 

「国としての決定は」

 

ダニーロ。

 

「ない」

 

イリヤ。

 

「五万が」

 

「後続を含め十万」

 

「だから」

 

「諸公国です」

 

一つの命令がない。

 

強み。

 

弱み。

 

「暫定北方保護令を、私の外交権限で」

 

「土地権は」

 

「与えられない」

 

「食糧」

 

「北方同盟倉庫を開く」

 

「アレクセイ公が反対」

 

「兄の倉庫も?」

 

「同盟分だけ」

 

「足りない」

 

「自由都市から借りる」

 

「利子」

 

「公開債券」

 

どこでも。

 

「灰冠救済団は」

 

「契約を監査。違法軍役を凍結」

 

「彼らが拒めば」

 

「居住地指定権を認めない」

 

「食糧を引き揚げる」

 

「買い取る」

 

「金は」

 

「諸公会議が拒否した」

 

「では」

 

イリヤは苦い顔。

 

「私の領地を担保に」

 

「公」

 

「何もしなければ、灰冠が人を軍へする」

 

「個人の土地で」

 

「兄は、私が大公位を買うと」

 

「実際、支持が」

 

難民を救う公。

 

政治。

 

善意は権力になる。

 

「だから帳簿を公開」

 

イリヤ。

 

「誰から借り、何を担保に」

 

「それでも公の名が」

 

「消せない」

 

彼はルーナたち住民代表と会う。

 

ヴェリグラード農民代表。

 

ノルハイム首長。

 

世界樹司祭。

 

聖冠司祭。

 

灰冠救済団。

 

一つの長屋。

 

雨漏り。

 

「土地を返せ」

 

地元農民。

 

「住む場所を」

 

難民。

 

「我々は改宗を強制されない」

 

世界樹側。

 

「聖堂を返せ」

 

聖冠側。

 

「食糧契約を守れ」

 

灰冠。

 

全員が正しい部分。

 

「灰森土地委員会を」

 

イリヤ。

 

呻き。

 

また会議。

 

「地元住民と難民同数。領主代理。修道院。都市監査人」

 

「決まらない」

 

地元村長。

 

「一方だけで決めるより」

 

「畑は春播きが」

 

「十日以内に仮区画」

 

「収穫は」

 

「種を出した者二割。耕した者五割。土地所有者二割。共同備蓄一割」

 

「我々の土地で五割だけ?」

 

「耕すのは難民」

 

「我々も耕す」

 

「なら労働記録で配分」

 

「誰が記録」

 

全員が疑う。

 

「両側一名ずつ」

 

「数が違えば」

 

「第三の監査人」

 

「買収される」

 

「四人目?」

 

議論。

 

制度が太る。

 

「軍役契約者は」

 

ルーナ。

 

「ヴェリグラードの許可なしに武装活動禁止」

 

「契約違反」

 

灰冠使者。

 

「人道救済の護衛です」

 

「第五区で農民を射た」

 

「農民も」

 

「だから双方を裁く」

 

「アルネは我々の契約者」

 

「ここでは我々の法」

 

使者がイリヤを見る。

 

「契約を無効にすれば、残る食糧は引き揚げます」

 

部屋が静まる。

 

十万の腹。

 

「引き揚げれば」

 

イリヤ。

 

「難民が飢える」

 

「はい」

 

「それを公開記録へ」

 

「何を」

 

「救済団が、軍役契約の執行を認めない場合に食糧を引き揚げると発言した」

 

使者の顔が変わる。

 

「交渉上の条件です」

 

「同じ文で」

 

「脅迫と書く気か」

 

「条件と。受け手が脅迫と感じたことも」

 

ルーナが言う。

 

「書いてください」

 

使者が彼女を見る。

 

「あなた方は契約で救われた」

 

「パンを食べました」

 

「だから南へ来られた」

 

「はい」

 

「感謝は」

 

「あります」

 

「なら」

 

「息子を兵にされることへの恐れもあります」

 

両方。

 

使者は黙る。

 

「食糧は引き揚げません」

 

最終的に言った。

 

「ただし契約債権を、ヴェリグラード政府へ譲渡」

 

「代価は」

 

「債券」

 

灰冠は、個人の未来を国家債務へ変える。

 

「条件を公開法廷で」

 

イリヤ。

 

「受けます」

 

また早い。

 

利益は残る。

 

形を変える。

 

---

 

## 十五

 

北方保護令によって、ノルハイム難民は三つへ分類された。

 

一時入植者。

 

都市労働契約者。

 

帰還待機者。

 

軍役契約は凍結。

 

自発的にヴェリグラード軍へ入る者は、半年後に再登録。

 

すぐ兵へしない。

 

時間。

 

一方、灰冠救済団は民間護衛隊を解散。

 

武器はヴェリグラード軍が預かる。

 

難民からは武装解除と批判。

 

地元農民からは不十分。

 

「我々は誰の民です」

 

ノルハイム首長がイリヤへ。

 

「ノルハイムの」

 

「土地はここ」

 

「一時的に」

 

「いつまで」

 

「北の海が開くまで。あるいは、定住を選ぶまで」

 

「選べる?」

 

「次の議会で」

 

「また未定」

 

「はい」

 

イリヤは隠さない。

 

「公は、何も決められない」

 

「すべては」

 

「では、なぜ公なのです」

 

問い。

 

イリヤは答える。

 

「一人で決めないために、決める役です」

 

分かりにくい。

 

首長は笑わない。

 

「北では、首長は先に食べ、先に戦う」

 

「こちらでは、先に署名する」

 

「どちらが勇敢か」

 

「署名で死ぬ者もいます」

 

政治的に。

 

実際にも。

 

---

 

## 十六

 

灰森の春播きは、予定より二十二日遅れた。

 

畑。

 

地元農民。

 

難民。

 

同じ土地。

 

最初は別々の列。

 

言葉。

 

道具。

 

種の撒き方が違う。

 

ノルハイム人は寒冷地の大麦を深く撒く。

 

ヴェリグラード人は浅く。

 

「腐る」

 

「鳥に食われる」

 

争う。

 

土地委員会が試験区画を作る。

 

半分ずつ。

 

面倒。

 

結果は秋。

 

待つ。

 

ルーナは海ではなく畑へ。

 

手斧。

 

木を切る。

 

小屋。

 

トールはヴェリグラードの少年と一緒に水路を掘る。

 

名前はペトル。

 

最初、互いに言葉が少ない。

 

トールが救ったミラの兄。

 

「姉を」

 

「妹?」

 

「助けた」

 

「うん」

 

「ありがとう」

 

覚えたノルハイム語。

 

トールもヴェリグラード語で。

 

「どういたしまして」

 

発音が悪い。

 

笑う。

 

子供は大人より早く言葉を覚える。

 

喧嘩も早い。

 

三日後、鍬をめぐって殴り合う。

 

翌日また一緒に掘る。

 

ソルヴェイは聖冠派の学校へ通い始めた。

 

世界樹司祭が反対。

 

「改宗される」

 

ルーナ。

 

「文字を習うだけ」

 

「文字は信仰を運ぶ」

 

「契約を読めるように」

 

それが最も必要。

 

学校ではヴェリグラード語。

 

聖典。

 

計算。

 

ソルヴェイは灰冠半券の文字を読めるようになる。

 

《居住地指定権》。

 

「お母さん」

 

「何」

 

「これ、私たちが住む場所を、向こうが決めるって」

 

「知ってる」

 

「読めたの?」

 

「少し」

 

「どうして署名したの」

 

ルーナは娘を見る。

 

「パンが必要だった」

 

「悪い契約?」

 

「悪いところがある」

 

「良いところは」

 

「パンをくれた」

 

子供は考える。

 

「両方?」

 

「そう」

 

「学校の司祭は、灰冠は悪魔だって」

 

「パンを焼く悪魔?」

 

ソルヴェイが笑う。

 

「悪魔もパンを焼く?」

 

「人が焼く」

 

善悪を単純にしない答え。

 

子供には難しい。

 

大人にも。

 

---

 

## 十七

 

アルネの裁判は、難民と地元住民の共同法廷で行われた。

 

罪。

 

無許可武装隊の指揮。

 

確認なしの武装解除。

 

略奪。

 

配給横領。

 

放火共謀は証拠不足。

 

アルネは自分を守った。

 

「灰冠契約へ従った」

 

「契約文を読んだ?」

 

「読めない」

 

「朗読は」

 

「軍役と食糧」

 

「民間人への攻撃は」

 

「抵抗された」

 

「先に武器を向けた?」

 

「村人が」

 

「あなたの隊が入った後」

 

「護衛だ」

 

同じ事実。

 

違う言葉。

 

ルーナは難民代表。

 

地元側はナターリヤの夫ミハイル。

 

子供たちが林で助けられたことも。

 

裁判へ関係するか。

 

人格。

 

行為。

 

「横領二袋」

 

アルネ。

 

「区長の取り分だ」

 

「規則にない」

 

「区長は働いた」

 

「ほかも」

 

「指揮した」

 

「だから多く食べる?」

 

「首長は先に食う」

 

ノルハイムの伝統。

 

実際は、宴で首長が最初。

 

飢饉時は最後という別の伝統もある。

 

都合のよい方。

 

「判決」

 

三年の指揮権停止。

 

配給横領分返済。

 

武装攻撃について、一年の強制労働。

 

死刑なし。

 

難民側強硬派は反発。

 

「我々だけ罰する!」

 

地元農民で矢を射た二人も、傷害罪。

 

放火犯は不明。

 

灰冠監督官ペタルは逃亡。

 

「本当の者が逃げ、使われた者が罰せられる」

 

ルーナ。

 

ダニーロ。

 

「はい」

 

「公平ですか」

 

「公平ではない」

 

「では」

 

「捕まえられた罪を裁く」

 

「捕まらない者は」

 

「追う」

 

「見つからなければ」

 

「記録に残す」

 

不十分。

 

それでも、アルネを無罪にすれば次が。

 

全責任を負わせれば灰冠が逃げる。

 

判決文に明記。

 

《本件衝突は、灰冠救済団監督官の偽装放火および不正命令が主要因と推定される》

 

《ただし、被告が確認なく武装隊を動かし、略奪および殺傷を許した責任は消えない》

 

両方。

 

アルネは判決を聞き、ルーナへ言った。

 

「お前も区長なら同じことをした」

 

「分からない」

 

「俺は皆へ食わせた」

 

「自分へも」

 

「指揮官だから」

 

「夫の船を燃やしたとき、最初の板は自分で割った」

 

アルネは意味を理解しない。

 

「何の話だ」

 

「先に食べる首長より、先に失う首長がよかった」

 

彼は笑った。

 

「だから女は首長になれない」

 

「あなたも、もうなれない」

 

---

 

## 十八

 

北の海は、夏の第二月にようやく割れた。

 

ノルハイムから使者。

 

一部フィヨルド開通。

 

漁再開可能。

 

ただし船がない。

 

村がない。

 

畑も荒れている。

 

「帰還希望者を」

 

北方保護令。

 

名簿。

 

灰森の難民十万人のうち、帰還を望んだ者は三万。

 

残る者。

 

五万。

 

未定。

 

二万。

 

ルーナは迷った。

 

フロスト湾。

 

家。

 

夫の船は燃やした。

 

海。

 

漁。

 

灰森。

 

小屋。

 

畑。

 

子供の学校。

 

「帰る?」

 

トール。

 

彼は海を望む。

 

「ソルヴェイは」

 

「学校が」

 

娘。

 

「北にも作る」

 

「本は」

 

「持っていく」

 

「どの信仰」

 

世界樹。

 

聖冠。

 

子供は両方の歌を知る。

 

「決めなくていい」

 

ルーナ。

 

司祭なら反対。

 

「お母さんは」

 

「海へ戻りたい」

 

「じゃあ」

 

「でも、船がない」

 

トールが言う。

 

「作る」

 

父と同じ。

 

ルーナは息子の手を見る。

 

畑仕事で硬くなった。

 

漁師の手ではない。

 

これから。

 

「一年だけ残る」

 

決める。

 

「船材を用意。北の村の様子を」

 

「帰還名簿は」

 

「来年」

 

「土地は」

 

「失うかも」

 

「家も」

 

「最初から借り物」

 

選択。

 

完全ではない。

 

黒い雪が降った日、すぐ帰ると思っていた。

 

人間は歩くと、道の途中に生活を作る。

 

---

 

## 十九

 

ノルハイム諸侯同盟では、難民流出によって権力が変わった。

 

ハルドール侯。

 

灰冠救済契約を受け、南進を進めた。

 

多くの民を救った。

 

同時に軍役契約者四千を失った。

 

彼らは灰冠債権としてヴェリグラード政府へ移管。

 

自分の兵ではなくなった。

 

シグリッド女侯。

 

契約を拒んだ島々。

 

死者は多かった。

 

だが自分たちで船を分解せず保存し、海氷が割れたとき最初に漁を再開。

 

どちらが正しかったか。

 

島ごと。

 

家族ごと。

 

違う。

 

世界樹大司祭エイナルは、南へ移住した信徒が聖冠派学校へ通うことを堕落と呼んだ。

 

若い司祭たちは反発。

 

「文字を知らなければ、契約を読めない」

 

信仰の役割。

 

魂だけでなく、帳簿。

 

世界樹寺院でも読み書き学校が始まる。

 

聖冠派に対抗するため。

 

競争が教育を広げる。

 

善意だけではない。

 

それでも子供は読めるようになる。

 

---

 

## 二十

 

逃亡した灰冠監督官ペタルは、北方街道の廃駅で捕らえられた。

 

捕らえたのは、元軍役契約者たち。

 

契約凍結後も、護衛として働いていた者。

 

彼は灰色の帳簿を持っていた。

 

《北氷移住計画》

 

内容。

 

第一段階。

 

救済路を三本に見せ、食糧をヴェリグラード路へ集中。

 

第二段階。

 

難民を灰森平原へ入植。

 

既存住民との衝突誘発。

 

第三段階。

 

軍役契約者による民間護衛隊形成。

 

第四段階。

 

ヴェリグラード北方政府が鎮圧。

 

ノルハイム諸侯が同胞保護を名目に軍事介入。

 

第五段階。

 

国境地帯を灰冠債権管理の《北方自由保護区》へ。

 

通行税。

 

森林。

 

鉄鉱山。

 

琥珀路。

 

人間の移住先を、担保へ。

 

「第五区の火災は」

 

尋問。

 

「命令した」

 

ペタル。

 

「子供が死んだ」

 

「予定外」

 

「人がいる小屋へ」

 

「夜間は配給集会で空のはずだった」

 

「名簿を見た?」

 

「監督官の報告では」

 

「自分で」

 

「時間がなかった」

 

数字。

 

予定。

 

空の小屋。

 

実際には病気の子供と母。

 

「アルネを」

 

「動きやすい人物だった」

 

「なぜ」

 

「食糧と地位」

 

「彼が人を殺すと」

 

「止められない可能性は」

 

「計画に含めた?」

 

ペタルは黙る。

 

「軍役者が暴走すれば、ヴェリグラード軍が介入する」

 

「はい」

 

「それが必要」

 

「はい」

 

「難民が虐殺されれば」

 

「ノルハイム軍が」

 

計画。

 

ペタルは全体を知っていた。

 

珍しい。

 

監督官。

 

上位。

 

「マルケル・セヴェロスから?」

 

「直接ではない」

 

「誰」

 

「《黒雪》」

 

人物名ではない。

 

北方計画責任者。

 

「所在」

 

「移動中」

 

「どこへ」

 

「聖座ルミナ」

 

次の計画。

 

教皇。

 

枢機卿。

 

エーレン帝国。

 

信仰。

 

「毒歯は」

 

抜かれている。

 

ペタルは自殺を試みなかった。

 

「なぜ」

 

ダニーロ。

 

「死ねと命じられていない」

 

「話してよい?」

 

「捕まった場合、計画の失敗要因を報告せよと」

 

「我々の尋問を、灰冠への報告に」

 

ペタルは観察している。

 

制度。

 

共同法廷。

 

難民代表。

 

公開記録。

 

「戻れると思うか」

 

「交換される可能性」

 

「誰と」

 

「灰冠は、多くの捕虜を持つ」

 

自信。

 

ネットワーク。

 

「公開裁判へ」

 

イリヤ。

 

「情報を全部」

 

「公開すれば、次の計画を変える」

 

ペタル。

 

「公開しなければ、我々が秘密を持つ」

 

「どちらでも会議は学ぶ」

 

敵も学ぶ。

 

制度は一方だけの武器ではない。

 

---

 

## 二十一

 

灰冠会議の北方帳簿には、計画がこう記された。

 

《北氷移住計画》

 

《人口移動、成功》

 

《灰森入植、成功》

 

《現住民との衝突、限定成功》

 

《民間護衛軍形成、成功後凍結》

 

《ノルハイム軍事介入、失敗》

 

《北方自由保護区設立、失敗》

 

《救済債権の国家移管、成功》

 

《ヴェリグラード財政負担、増大》

 

《難民・現住民共同制度、成立》

 

《監督官ペタル、喪失》

 

若い会計官は言った。

 

「また共同制度です」

 

マルケル・セヴェロス。

 

白い髪。

 

左小指なし。

 

「はい」

 

「彼らは、我々の失敗ごとに学ぶ」

 

「我々も」

 

「十万人を動かして、保護区を得られなかった」

 

「債権は得た」

 

「国家債券です。公開監査」

 

「利子は出る」

 

「以前より少ない」

 

マルケルは黒い雪の報告を読む。

 

泥炭火災。

 

船の焼却。

 

海氷。

 

自然。

 

人間。

 

「飢えを作ったのは我々ではない」

 

会計官。

 

「だが進路を作った」

 

「救った人数も多い」

 

「そうだ」

 

「我々は悪なのですか」

 

以前なら尋ねなかった問い。

 

マルケルは彼を見る。

 

「帳簿に、その欄はない」

 

「だから聞いています」

 

老人は少し考える。

 

「我々がいなければ死んだ者はいる」

 

「はい」

 

「我々がいたため死んだ者も」

 

「はい」

 

「どちらが多い」

 

「集計中」

 

「数が出れば決まるか」

 

会計官は答えない。

 

マルケルも。

 

「黒雪は聖座へ向かった」

 

老人が言う。

 

「北方責任者が?」

 

「はい」

 

「ペタルが話した」

 

「想定内ですか」

 

「捕らえられることは」

 

「計画内容まで」

 

「彼が知りすぎていた」

 

「なぜ」

 

「北方は通信が遅い。現場裁量が必要」

 

速さと秘密。

 

権限を渡せば、捕らえられたとき漏れる。

 

「次は、権限を分ける」

 

「我々まで?」

 

「敵から学ぶ」

 

灰冠会議も、複数鍵へ。

 

組織は対抗する制度を吸収する。

 

「聖座計画は」

 

若い男。

 

「教皇グレゴリウス九世の死を待つ」

 

「まだ生きています」

 

「長くはない」

 

「殺す?」

 

「必要ない」

 

老人は言った。

 

「王冠は、人が死ぬだけで空く」

 

---

 

## 二十二

 

灰森平原に、本当の白い雪が降った。

 

季節外れ。

 

薄い。

 

煤を含まない。

 

子供たちは外へ。

 

ノルハイムの子も。

 

ヴェリグラードの子も。

 

雪玉。

 

ソルヴェイがミラへ投げる。

 

外れる。

 

トールとペトルは小屋の梁を組んでいる。

 

海へ戻るための船材。

 

同時に、今住む家。

 

ルーナは畑の芽を見る。

 

試験区画。

 

深く撒いたノルハイム式。

 

浅く撒いたヴェリグラード式。

 

両方、芽が出た。

 

片方は少ない。

 

片方は弱い。

 

秋まで分からない。

 

「お母さん」

 

ソルヴェイが紙を持ってくる。

 

学校の課題。

 

《わたしの故郷》

 

少女は二つの絵を描いた。

 

白い海。

 

黒い森。

 

「どっちが故郷?」

 

ルーナ。

 

「両方は駄目?」

 

「先生は」

 

「一つ選びなさいって」

 

国。

 

信仰。

 

土地。

 

学校は単純な答えを求める。

 

「先生へ、両方と書いて」

 

「間違いにされる」

 

「理由も」

 

「長くなる」

 

「紙の裏へ」

 

娘は笑った。

 

裏面。

 

言葉。

 

《海の村で生まれました。灰森で字を習いました。海には家があります。灰森にも家があります。どちらも、まだわたしのものではありません》

 

七歳。

 

所有権を理解している。

 

難民の子。

 

「最後の一文は」

 

ルーナ。

 

「先生が教えた」

 

「何を」

 

「家は、住んでいるだけでは自分のものにならないって」

 

土地法。

 

「でも」

 

ソルヴェイ。

 

「住まないと家にならない」

 

ルーナは娘を見る。

 

「それも書いて」

 

---

 

黒い雪は、やがて土へ混ざった。

 

畑を汚す。

 

同時に、煤は少しだけ地面を温めた。

 

春の芽が早く出た場所もある。

 

災いだけではない。

 

恵みだけでもない。

 

黒い雪の年、ノルハイムから南へ移った者は、後世の記録で十二万とも十八万とも書かれる。

 

名簿の重複。

 

途中死亡。

 

帰還。

 

再移住。

 

軍役。

 

改宗。

 

誰を難民と数えるか。

 

正確な数はない。

 

だが白暁城の記録には、一人ずつ名前が残った。

 

読めない字。

 

同じ名。

 

別の綴り。

 

家族を失い、姓を変えた者。

 

故郷を二つ書いた者。

 

灰冠救済契約を受けた者。

 

破った者。

 

感謝した者。

 

恨んだ者。

 

すべて。

 

国境は、線ではなく名簿となった。

 

誰を中へ入れたか。

 

誰を外へ置いたか。

 

誰へパンを与えたか。

 

誰から槍を預かったか。

 

その記録が、次の春の政治を決める。

 

---

 

灰暦八百七十三年、春の末。

 

教皇グレゴリウス九世が病に倒れたとの知らせが、灰森へ届いた。

 

聖冠派宣教師たちは祈りを始めた。

 

世界樹司祭は関係ないと言った。

 

灰冠救済団の帳簿係は、南行きの荷を準備した。

 

聖座ルミナ。

 

教皇選挙。

 

改革へ寛容な候補。

 

異端弾圧を求める候補。

 

オルシャへの聖戦を唱える候補。

 

灰冠会議は、すべてへ金を用意していた。

 

ノルハイムから流れた難民の一部も、巡礼者、傭兵、物乞い、護衛となって聖座へ向かう。

 

旗を持たない群衆が、今度は神の王冠を選ぶ都市へ集まる。

 

マルケル・セヴェロスが次に空けようとしていた椅子は、王座ではない。

 

世界最大の聖堂の奥に置かれた、白い石の椅子だった。

書き溜めていた分のストックがほぼ尽きてきましたので… 更新頻度についてアンケートをさせていただきたいと思います。 以降の更新頻度はどの程度がよいでしょうか?

  • 死ぬ気でがんばれ
  • 可能な範囲でがんばれ
  • そんなに急ぐこたーないぞ
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